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ハッピー・テロリスト  作者: ウィザード・T
ターゲット2 ラナウェイ・ブライド
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イッツ・タフ・ビーイング・ア・マン

「そりゃ目の前でその、彼女が、いや連れの女性がいきなり撃たれたとなればそりゃ逃げますよ!って言うか、うぐ、うぐぐ…!」

「落ち着いて下さい純太郎さん。では唐山さん、こちらをご覧ください」



 唐山と言う浮気男は、純太郎に胸倉を掴まれながら必死に呻いていた。



 勤めていた会社も退職代行サービスを使い辞め、一人暮らし用のマンションにも実家にも帰らずに素泊まりホテルを延々一週間渡り歩いていた彼の口座には、五百万円の現金があった。

 その五百万の金を抱え込みながら一泊素泊まり五千円にもならないホテルの一室にいた男に書状を差し出しその口座の八割の額をむしり取ろうとする男たちは、第三者から見れば明らかに悪役であり恐怖の対象でもあった。だがそれ以上に、唐山にはもっと怖い物があった。

 言うまでもなく、ハッピー・テロリストだ。


「お、俺は…あの、俺は、その、殺され、ああ……」

「……」

「は、払います、払いますから、それで俺の命は……」

「保証しますから」

「裏切ったら化けて出ますよ、いやその、マジで……!」


 署名捺印しながらも手は震え、窓の方ばかり向く。ついこの前まで媚山千賀子との禁断の愛に溺れていたとは思えないほどにやつれた顔をした唐山は手を震えさせ、股間をわざとらしく抑えながらトイレへと立った。

「逃げるんでしょうか」

「既に署名捺印は頂きましたからそれでもいいですが」

「しかし探偵さんを疑う気もないですけど彼は」

「間違いなく二十八歳です」

 やがてトイレから排尿ではなく嘔吐の音が聞こえて来、戻って来た唐山はアラサーどころかアラフィフの顔をして二人の前に座った。


「純太郎さん、此度は本当に、何と、何とお詫びを申し上げればよろしいのか……」

「……………………」

「ああ申し訳ありません、そう言えばその、千賀子さんから頂いた、八百万相当の、それは……ああ高級外車とかにしちゃったのは……あの弁護士さん……」

「それはまた別件となります。もちろんその件についても請け負いますが」

「でもやっぱりそれって、その、純太郎さんの側で……」

「はい」

「でしたら遺言書を作って下さい、俺が死んだ時には財産の全てを純太郎さんにって」

「やめてくれよ、借金を押し付けられたらたまったもんじゃない。今すぐ四百万でいいから払ってくれ、もうお前と金輪際関わりたくない!」

 


 十分以上トイレに籠っていた唐山は全面降伏と言うか完全試合放棄状態であり、責めれば責めるだけ悪人になれそうだった。それでも純太郎は吠えてみたが、その瞬間胸が重くなった。

 もちろん心痛などではない。

 唐山が純太郎の胸にすがって来たからだ。


「離れろ、離れてくれ!」

「お願いします、コロサナイデ、コロサナイデクダサイ……!」

「だぁもう!」

「弁護士さん、タスケテクダサイタスケテクダサイタスケテクダサイ……」


 この男からこれ以上の要求をするのはあらゆる意味で不可能だと悟った純太郎と弁護士は彼を車に押し込み、彼の実家まで届けた。

 その際に彼の両親にハッピー・テロリストの話をし更に彼からは彼の貯金から四百万を払って手を打つ事を約束させ、二人は事務所へと帰った。




「あーあ……何かムカつくんですが」

「おっしゃりたい事は重々わかります。ですが退職代行を使っていた事からしても彼が決して慰謝料から逃げようとしていなかった事は明白です。確かにこちらに連絡を取らなかった責めはあるとしてもあの脅えようでは…」

「それで無職の引きこもりになるのが制裁だって言うんですか」

「まあそうですね。その辺りが落としどころでしょう」


 落としどころと言えば体裁はいい。確かにそれなりに勤めて来た会社でのキャリアを失いその理由も不貞行為からの自主退職とあっては打撃は大きい。そしてそれ以上に精神的打撃も小さくなく、今後社会復帰が出来るかどうかすら怪しいかもしれない。


「でも確かに、ムカつくとか言う気持ちがわからない訳でもありません。とは言えあの現場にいた他の皆さんが他人事とは言えもう立ち直っているのに対してあの脅え方は少しばかり過剰です。もちろん精神科での治療を行えば立ち直れるとは思いますが」

「正妻ですらない愛人だってのにあそこまでショックで立ち直れなくなるのかって、なんか負けた気分になるんですよね」

「負けた気分と実際に負けたのは違います。純太郎さんにはこれからの人生がありますが、あの二人にはありません。ああ、一人はありますけどかなり難易度の上がってしまった人生です」


 弁護士の言葉にも純太郎の気持ちは浮き上がらない。単純に男として媚山千賀子と言う女性の愛情を受けていなかったと言う悔しさもあるし、それ以上にあそこまで落ち込めるのがうらやましかった。


 さらに言えば、その千賀子の事だった。


「本当、逃げ得ってのはああいう事を言うんですよね!」

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