ハッピー・テロリスト
赤い光線が、小学校に飛んで来る。
五月末と言う事で、朝から少しばかり開け放たれた窓。
「先生!」
「うるさい!」
「いや、赤い光が!」
「まったく、そうやって言い訳して!人の話を聞かん奴はろくな大人になれんぞ!」
当然の如く反応する児童たちと、8時半を少し過ぎたばかりの時計の下で吠える教師。
そして真っ先にその赤い光の存在を指摘しながら、教師の叱責からの言い逃れと言う烙印を押され耳に入れてくれない哀れな児童。
その間にも赤い光は三階建ての校舎の三階にあるこの教室の窓へと迫り、大きさを増して行く。
窓枠をも越え、教室の中に入る。
「何をふざけておるのだ!」
「いや本当なんです!ああ来てる!」
「それが遅刻した事の理由になどなるか!廊下に立っとれーー…!」
渾身の一言と共に、教師の体はあくまでも遅刻したお前が悪いのだと言わんばかりに児童に覆いかぶさる。
体重七十キロの肉体がその半分以下の児童にのしかかり、罪を糾弾しようとする。
何も言わないまま、ただただ児童の罪を押し潰すように。
「—————ひっ!」
その言葉が他の児童の口から出たのは、十五秒は後だった。
ようやく腰を跳ねさせた児童たちが集まると、教師の頭と遅刻して来た児童の背中が赤く濡れていた。
「キャーッ!!」
「血、血ぃー!」
「先生!先生!」
「保健室!保健室!」
「いや110番、じゃなかった119番!!」
児童たちの叫び声が、事態をはっきりさせていた。
—————四年二組担任、武野教太郎、死亡。
—————死因、頭部を赤い光により撃たれた事による即死。
当然授業どころではなく、四年二組のみならず全校授業中止。
叱責を受けていた児童・日野譲を含む児童たちは教師たちにより付き添われ、集団下校を余儀なくされる。
全児童分の給食も行き場を失い、義務教育とは言え本来受けられるべき授業も受けられない。
埋め合わせをするとか言うにはあまりにもその理由が重すぎる。
一人の教師が突然死んだとか言うだけならまだしも、死に方があまりにも酷い。
まるで、武野教太郎と言う一人の人間に向けて、一直線に空中から飛んで来て、その命を奪うと言う目的を達成すると言う、真っすぐな力。
あまりにも混じりけのない、純粋な殺意。
そんな物に当てられた人間が無事でいる事など、とても不可能だった。
集団下校に参加できない教職員は児童たちの親を含む保護者たちへの連絡に追われ、集団下校に加わった教職員でさえも歩きスマホをこらえながら止まった時に必死に連絡を取っている。
そんなバカな、すぐに迎えに行きます、うちの子は無事なんですか、武野先生は大丈夫なんですか、様々な声が入り込んで来る。当たり前だが平穏な声は一つもなく、たまに動揺の色がなさそうに聞こえても平板すぎて事態を理解できないと言う調子だった。
それはそうだろう。誰だってこんな事態を理解したくない。
可能と不可能ではなく、受容と拒否だ。そして受容と言う選択をできた人間でさえも、武野教太郎に何らかの持病があった事にした。したかった。
それでも現実とは実に重たく、そしてそれ以上に悲しく、厳しかった。
誰か三太郎
うちの側の小学校で死者が出たって
ふじこOL
何でも赤い光がどうとかって
ウマイヌ目男
即死って聞いたけど
小学校もXトレンドも大騒ぎになる中、一通のメールがネット上に飛び交う。
それも誰も彼もと言う訳ではない。
警察庁。新聞社。テレビ局。
果ては、国会議員にまで。
この国の権力者とでも言うべき存在に向けて、放たれた一通のメール。
「本日8時32分、我々は小学校武野教太郎を殺害しました。
全ては武野教太郎の幸福のためであり、ひいてはこの国、否この世界に住まう全ての人類のためにです。我々はこれよりもまた、皆様の幸福と正義のために動き続けます。
ハッピー・テロリスト」
「ハッピー・テロリスト」を名乗る存在からの、犯行声明とでも言うべき一通のメール。
ただこれだけで、彼らはあっと言う間にこの国の中心に立ったのである。




