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短編

推し活社畜聖女は忙しい!〜リアコではないので近寄らないでください〜

「カナ、ディランのこと好きって言ってたじゃない。デート、楽しんできなよ」


仲良くなった城勤めのメイド、アンナの言葉に私は熱く語った。


「推しへの好きは、恋愛じゃないの!!推しは触れるべからず、遠くから見守るもの!!」









聖女カナ──こと、西村佳奈は、天涯孤独だ。


両親は、カナが幼い頃に交通事故で亡くなった。

頼れる大人もいないカナは、幼くして、親戚の家を転々とすることになった。


どこの家にいっても厄介者。


実子と里子とは、扱いだって違う。

その格差は、幼いカナを容易に打ちのめした。


彼女が高校生になる頃には、カナはお行儀が良く、周囲に迷惑をかけない優等生になっていた。


『カナちゃんは、本当に手がかからなくて助かるわぁ』

『カナちゃんは、うちの子の面倒まで見てくれるの』

『わがままも言わないし……本当、いい子!』


カナにとって、大人の言う『いい子』は、自分の居場所を守るためのものでしかなかった。


ただ、そうしないと生きていけないから。

そうしないと、追い出されるから。


だから、カナは大人にとっての【良い子】を演じる。


わがままも言わない。

いつも笑顔で、嫌味を言われても、実子に嫌がらせをされても、嫌な顔をしない。

クラスメイトに陰口を叩かれたって、気にしない。

学校で問題事は起こさない。


「笑顔を忘れずに!」


それは、カナの母親の口癖だった。


(大丈夫だよ、お母さん。今日も私、ちゃんと笑えてるから)


朝、姿見の前で身だしなみのチェックをしながら、笑みを浮かべる。


時刻は、朝の五時。

子供たちのお弁当を作って、朝食の用意をしなければならない。


そうすれば、みんな喜んでくれるし、カナの後見人である叔母さんは『カナちゃんはいい子ね』と言ってくれる。


……大丈夫。

だってまだ、私、笑えるもの。


そう思って、カナは制服のスカートを翻し、キッチンに向かった──。




その日の帰り道、だった。

カナが、バイクに轢かれたのは。


猛スピードで突っ込んでくるバイクを見て、カナは一瞬固まった。


早く、逃げないと。

そう思ったけど、足が石のように固まってしまったのだ。


一瞬、カナは思ってしまった。


(ここで、死んだら私)


お母さんとお父さんに、会えるかなぁ……?……と。



その僅かな時間が、彼女の命運を分けた。

ブレーキをかけようとしたバイクがスリップし、車体ごと彼女に突っ込んでくる。


ドンッ!!と強い衝撃を受け、体が宙を舞った。


視界に、一面の空が映り込む。

綺麗な夕焼け。


そういえば、お父さんとお母さんが事故にあったと聞いた時も、こんなふうに赤い夕焼けが見えていたっけ──。


「きゃあああああ!!」

「事故だ!!救急車を呼べ!!」

「大丈夫なの?」


人のざわめきが、遠くに聞こえてくる。


また頭に、強い衝撃を受けた。


カナの思考は、そこで途絶えた。


そして、目が覚めたら──。






「この国、リゼンフォルアにいたんです」


私の説明に、興味深そうに頷くのは、この国の王子である、ロニア殿下。


バイクに轢かれ、死ぬかと思った私だが、目が覚めたらこの国にいた。

私の周囲には魔法陣のようなものが描かれ、それは淡く発光していた。


突然のことに最初は理解できなかったけど、どうやら私は【聖女召喚】されたらしかった。

聖女??なにそれ??ファンタジー??


私にそんな力ないんだけど……。


と思ったらどっこい、不思議な力が使えるじゃありませんか。

そういったわけで、私はこの力を使い、国内に蔓延る瘴気を浄化していくことになったのだ。


西村佳奈、改め聖女カナの誕生である。


聖女として召喚されたことにはものすごく驚いたが、どうせあのままだと死んでいた身だ。


ここは心機一転、この世界で生を受けたのだと思うことにした。


聖女の正装である白のレースで出来た帽子は、花嫁のつけるベールによく似ている。

純白のドレスも同様だ。

最初はこの服装に落ち着かなかったが、だんだん慣れた。


私は、臨機応変に対応することに慣れているのだ。


(今までの人生が人生だったからね!!)


多少のことではへこたれない雑草メンタルが、私にはある。


ここでの生活は、前よりもずっといい。


朝五時に起きて食事を作る必要もなければ、風呂掃除、食器洗い、部屋の掃除もする必要がない。

以前は、家のことを済ませたあとに学校の宿題と復習をしていたから、眠るのは夜中の二時過ぎが常だった。


平日も土日もなく、いつもその生活。

お小遣いはもらえないけれど、バイトすると家のことをやる時間が無くなるからと嫌がられ、渡された食費でやりくりする生活だった。


趣味も持てず、クラスメイトが放課後にカラオケやご飯を食べに行くのが、とてもとても、羨ましかった。


(いつも断るから、ついに誘われなくなっちゃっんだよね……)


私は、可哀想な子、というイメージがつくのが嫌で、いつも断る理由を探していた。

でも、それすら彼女たちにはわかっていたのだろう。

だんだん友達も減って、本当に私は家のことをするだけの人間になってしまった。


何のために、私は生きてるんだろう……って。

考えたこともある。


『笑顔を忘れずに!』


お母さんの言葉を思い出す。

唯一、母を感じられる言葉だ。

それに縋るように、私は笑顔を忘れたことは無かった。


だけど──。


「聖女カナ?」


ロニア殿下に話しかけられて、私はハッと顔を上げた。

彼は、心配そうに私を見ていた。


「疲れてるんじゃないか?最近、あなたは働き詰めだっただろう。気晴らしになれば、とお茶に誘ったんだが……逆に負担になってしまっただろうか」


優美な印象のあるロニア殿下は、まつ毛を伏せ、憂いを帯びた表情で言った。

それに私は、慌てて否定した。


「いいえ!そんなことはありません!ただ……私は、友達とあまり遊んだことがなかったので……。そのことを思い出してしまっただけなんです」


「友達?」


不思議そうにロニア殿下は首を傾げた。

さらりと、彼の白銀の髪が肩に触れる。


私は、日本に女子高生の遊びについて説明した。

学校帰りにプリクラを撮ったり、ファミレスに行ったり……休日は、テーマパークに行ったりする。

その全てが、私は未経験だ。

全て、かつて友達だった彼女たちから聞いたものでしかない。

想像しかできないけど……きっと、すごく楽しいのだろうな、と思った。


私の話を聞いたロニア殿下が相槌を打つ。


「私は……家のことで忙しかったから、したことがないんですけどね。でも、すごく楽しそうだなと思いました。そういえば、この世界にもそういうテーマパークってあるんですか?遊園地みたいな……」


「我が国には、【花の都】、【夢の城】、【光の園】といった観光場所があるよ?そういえば、聖女カナはまだ行ったことがなかったね……」


少し考える素振りを見せたロニア殿下は、次の瞬間、驚くことを口にした。


「そうだ。そしたら、ディランと一緒に行くといい。彼は、花の都出身なんだ。案内人にはちょうどいい」


「えっ」


「おや?ディランは嫌かな。彼は近衛騎士の中でもかなり腕が立つ方だし──冷たく見られがちだけど、結構面倒みもいい方なんだよ」


「い、いいえ!ディラン様が嫌とか、そう言うわけではなくて」


狼狽えた私を見て、ロニア殿下がにっこりと笑った。


「それならいいじゃない!彼は、公爵家の人間なのに騎士職を選んだ変わり者だけど、僕は結構彼を信頼しているんだ。彼なら、我が国の大事な聖女様を任せることができる」


「……………でも、あの、ディラン様に迷惑なのでは?婚約者とか」


「あの偏屈な人間に婚約者がいるとでも?それに、聖女の護衛は彼の仕事だ。大丈夫、楽しんできなさい」


ロニア殿下は、きっと善意で言っている。

それはわかる。


分かるのだけど──


(よりによって、ディラン様……!?)


ディラン様は、社交界で氷の貴公子と有名な方だ。

滅多に笑みを見せることのない彼の微笑みが見れた日には、失神する女性もいるほどだとか(若干誇張されてる気はするけど、とにかく人気なのだ)。


雪のように白い髪。白い肌。

青灰色の瞳。


人形のように整った彼は、いつも無表情だ。


美人の無表情は怖い。

彼はいつも一定の態度で、誰に対しても表情を崩さない。

かくいう私も、彼が笑ったところなど、見たことがなかった。


そんな彼を気にするようになったのは、いつからだっただろうか。


確かあれは、魔獣討伐の時──。


(ディラン様が……瘴気に襲われた兎を私のところに持ってきたのよね……)


彼は一言、私に尋ねた。


『助けられますか?』と。

それに、私は頷いて兎に治療を施したのだけど……。


(意外だったわ……)


氷のように冷たいと言われているディラン様だけど、もしかしたら優しい人なのかもしれない。

そう思うと、なんだか──


応援したくなった。


もっと、彼の優しさに気づく人が増えればいいのに、と密かに私は布教活動を始めた。


ディラン様は、私の推しである。


(その推しと……お出かけ!?)


ちよっと、それは受け入れられない。


何とか回避できないか言葉を探そうとした私だったけど、従僕がロニア殿下を呼びに来て、その場は解散となってしまった。





その話を、友人のアンナにしたところ──。

彼女は困惑した様子で言った。


「どうして?カナ、ディランのこと好きって言ってたじゃない。デート、楽しんできなよ」


「推しへの好きは、恋愛じゃないの!!推しは触れるべからず、遠くから見守るもの!!」


ドンッと私はオレンジジュースの入ったジョッキをテーブルに置いた。


ここは、城下町の酒場。

この国では、十五歳から成人とされ、私もお酒を飲める年齢ではあるのだけど、何となく気が咎めて、私は未だにお酒を飲んだことがなかった。

そのため、今日もジュースだ。


アンナは、蜂蜜酒の入ったジョッキを傾けながらも胡乱げに私を見た。


「アンタの言う、その……推し?っていうのがちょっと私にはよく分からないんだけど……」


「貴族の令嬢だって、ディラン様のこと、憧れの眼差しで見てるじゃない。あれと一緒だよ」


「あれは──なんだっけ。ええと……」


アンナは額を抑え、悩んだ末に言った。


「そう!【ワンチャンネラッテル】!!……だっけ?それじゃない?」


うんうん唸っていたのは、私の言った言葉を思い出していたからなのだろう。


ワンチャン狙ってる……。


その言葉に、私はいまいち腑に落ちなかった。


「そうなのかなぁ。舞台役者を好きになる人と、同じ気持ちなんだけど、私は」


「だからそれも、ワンチャンネラッテルのよ。だいたいのひとはね。夢見るものでしょ?一夜限りの火遊び~とか」


別にいいんだけど、さっきからアンナのイントネーションが「(わんちゃん)狙ってる」となっているのはなぜなのだろう……。

指摘するほどのことでもないか、と私はちびちびオレンジジュースを飲み進めた。


「あのね、言っておくけど。ディラン様だってひとりの人間よ?勝手に偶像化されたら、向こうだって困るんじゃないの。アンタだって、愚痴ってたじゃない。聖女とはかくあるべき、みたいなイメージ持たれて、やりにくいって」


「それは──」


確かに、アンナの言う通りだった。


衝撃にも似たものが駆け抜けて、私は目を見開いた。


アンナは、そんな私に構わず手を挙げて店員を呼んでいる。


「あ、すみませーん。ザワークラウトと、ポークパイ、キッパーのグリル焼き、ください!あ、お酒も追加で!!カナもなんかいる?」


「……オレンジジュースください」


私も追加注文を済ませて、皿の上のナッツに手を伸ばした。


『ディラン様だってひとりの人間よ?勝手に偶像化されたら、向こうだって困るんじゃないの』


確かにその通りだ。


でも私は、ディラン様の恋人になりたい……とか、そういうのはないんだけどな……。


ポリ、とナッツを齧る。


この感情を、どう言葉で言い表せばいいのか。

私には分からなかった。


その後、ロニア殿下と会う機会もなく、アンナの言葉もあって、私は結局お出かけを断ることが出来なかった。






当日──。

顔を合わせたディラン様は、やはり神々しい。


そう、神々しいのだ。

白百合がよく似合いそうな方だなのだ彼は。


ディラン様がちらりと私を見る。

慌てて、私は頭を下げた。


「今日は申し訳ありません。突然、護衛をお願いすることになってしまって」


「……いいえ。仕事ですから」


そりゃそうだ。

ディラン様にとって、仕事でしかない。

それでも、私の言葉がきっかけで、彼は駆り出されることになった。

私が不用意な事を言わなければ……。


『ディラン様だってひとりの人間よ?』


アンナの言葉を思い出す。


(分かっては、いるんだけど)





ディラン様にエスコートされる形で、私はこの国の観光名所のひとつでもある、花の都を見て回った。

至る所に花が咲いている。


幻想的な光景だ。

どうやら、ここは魔力壌土的に魔法の花が年中問わずあちこちに咲いているらしい。


屋根の上、花壇の上、ベンチの上……。


その花は透き通っており、触ることができない。

幻想だからだ。


触れることが出来ないからこそ、美しい花の彩りに、私はすっかり夢中になった。


(すごーい……こんな綺麗な場所があったなんて)


呆然としながらあちこち見て回っていたら、あっという間に昼過ぎを迎えていた。


「休憩にしましょう」


ディラン様に言われるまで、時間感覚がすっかり消えていた。

そして、夢中で花の都を見て回ったことで彼を振り回していたことにも気がついた。

謝ろうとすると、その前に彼が言う。


「ここは……私の故郷ですが。聖女様が気に入ってくださったのなら、良かった」


「──あの、ディラン様は」


「はい」


やはり、彼は淡々と言葉を返す。


アンナの言葉が、頭を巡る。


推しには、不用意に近づくべきではない。

私はリアコではないし、彼とどうにかなりたい訳でもない。


だけど──その言葉で、勝手に神聖化して、それを押し付けるのは……きっと、違う。


だから、彼と接する時だけは、ディラン様をひとりの人間として見る…………ように、努力することに決めた。


ファンとしての精神が、馴れ馴れしい!!とけたたましく抗議するが、素知らぬ顔でそれを押さえつける。


「ディラン様の、お気に入りの場所はどこですか?もしあったら、教えてください」


私の言葉に、ディラン様が少し驚いたように目を見開いた。

それから、かすかに頷き、言った。


「……ここから少し離れた場所に、白百合の花畑があります。公爵家が所有する土地なので、人気はありません。……観光するのなら、もってこいかと」


「公爵家?でも……」


それは、ディラン様のお家なのでは……。

ディラン様は、公爵家の次男でありながら、その強い反対を押し切って近衛騎士になったという。

ご両親との関係は、あまり良くない、とも。


私の戸惑いがわかったのだろう。

ディラン様はまっすぐ私を見つめて言った。


「実家の土を踏むだけです。何も問題はありません」


あっけからんと言った様子に、思わず私は笑ってしまった。


無表情で、涼やかに見えるのに──ディラン様は結構、豪胆な方らしい。





ディラン様に案内してもらう途中、兎を見かけた。

その真っ白な兎を見て、思わず私は呟いていた。


「兎……」


私の言葉に、ディラン様もそちらに視線を向ける。

それから、なんてこと無さそうに言った。


「ああ、あれは私が飼っている兎です」


「えっ」


「ブラン!」


ディラン様が名を呼ぶと、ぴくりとその兎の耳が揺れ──。

そのまま、タッタッと駆けるようにしてこちらにやってきた。


「え……!?」


ディラン様は、腰をかがめてその兎……ブラン?を抱き上げた。


「この子は、以前あなたが救ってくれた兎ですよ」


「え!?」


もう何度、驚きの声を出しているだろう。

混乱する私に、ディラン様が薄く微笑んだ。


…………微笑ん──!?


それは、一瞬のことだった。

思わず目を見張るが、次の瞬間にはもう、彼はいつも通りの無表情に戻っていた。


「私は兵舎暮らしですので、向こうでは飼えない。そのため、実家に置いてもらっているのです」


「え?でも、ご実家とは……その、折り合いが悪いのでは……?」


思わず、聞いてしまった。

踏み込んだ質問だとは理解していたが、それでも聞いてしまった。


私の質問に、ディラン様が「ああ……」と少し、疲れたような声を出した。


「そんな噂が出回っているのは知っています。ですが、事実無根です」


「えっ」


「面倒なのと、害はなさそうなので放置していますが……両親との関係は良好ですよ。ブランを一番可愛がっているのは、私の母です」


「そ……うなんですか……………」


「どうやら私は誤解されやすいらしく。まあ、私自身、それを改めようという気は無いので、仕方ないのですがね」


「…………」


「意外でしたか?」


ブランを腕に抱えたディラン様が私に向き合った。


(う……!白兎とディラン様の組み合わせはまずい!!とんでもない破壊力だ……!)


神々しくて思わず目を細めそうにすらなってしまう。


今日だけで、私は彼の意外な一面を目の当たりにすることになった。


彼は、私が思っていたようなひとではない。

少なくとも、社交界で呼ばれる【氷の貴公子】像とは異なっている。

それでも、美人すぎる(ビジュが優勝な)のだ……!!


(もしかして私、面食い?)


ハッとその可能性に思い至っていると、ディラン様が言った。


「あなたのおかげで、救われた命です。……お礼を言おうね、ブラン」


いつもより柔らかい声で言うと、ディラン様がブランを私に向けた。


何??可愛すぎない??


思わず額を抑えたくなった。


ディラン様が、私に言う。

やはり無表情に、淡々と。


「私は小動物に弱くて」


「……はい」


「実家には、犬が三匹、猫が五匹います。全て幼少の私が拾ってきたものだそうです」


「……そうなんですか」


さっきから、知らない情報ばかりだ。


「休暇の度に、私はここに来るのです。ここは公爵家の所有地ですから、誰も立ち入りません。この子達も、伸び伸びと過ごせる」


「……そんな大切な場所に、私が来ても良かったのでしょうか」


不安になって恐る恐る尋ねると、ディラン様がふっと僅かに笑ったように見えた。


「あなたに知って欲しいと思ったから、来ていただいたんですよ」


ディラン様はブランを下ろすと、ブランはそのまま花畑を駆けていった。

大丈夫なのかと心配してその姿を追っていると、彼が言う。


「問題ありません。彼女は賢いですから。そろそろおやつの時間なので、邸に戻るのですよ」


「おやつ……」


「聖女カナ。私は、あなたにお伝えしたいことがあったんです」


ディラン様が、去っていったブランから視線を外し、私に向き直った。

その言葉に、私は何を言われるのかと緊張した。


「は……はい」


「あの日──ブランを助けていただいてから。ずっと、あなたが気になっていたのです。ですから、聖女カナ。どうか私と──」







その頃、王城の執務室にて。


第二王子ロニア・リゼンフォルアは、書類にサインをしながら、ふと背後の窓を見上げた。

空は、鮮やかな青。


今頃、あのふたりは花の都でピクニックを楽しんでいることだろう。


しかし──。


「あの堅物の騎士が、他人に興味を抱くなんてねぇ」


意外なこともあったものだ。


先日、辺境での魔獣討伐を終え、帰城した際、ディランが言ったのだ。


『聖女カナは優しい方ですね。ぜひ──』







「友人になってください」


ディラン様の言葉に、私は目を見開いた。


それから、ふたたびアンナの言葉を思い出した。


『ディラン様だってひとりの人間よ?勝手に偶像化されたら、向こうだって困るんじゃないの』


……確かに、彼女の言う通りだ。


ディラン様だって、ひとりの人間だ。


小動物に弱くて、ご実家との関係も良好。


(……社交界の噂も、当てにならないなぁ)


そう思いながら、私は笑った。


推し……ではなく、ひとりの人として、ディラン様に向き直った。


「ええ、ぜひ。私でよければ──お友達になりましょう!」







「だから、ま、お似合いだと思うんだよね」


友達とあまり遊んだことがない、と寂しそうに呟いた聖女カナと。

聖女カナと友人になりたいと言った、対人経験の浅い(変わり者な)ディラン。


そのふたりが、どう関係性を変化させていくかは──まあ、ふたり次第、というところなのだろう。


だけど、ロニアは確信を抱いていた。


「まあ、良いようになるでしょう」


ディランは、その冷たげな容姿と、無表情&口下手さで誤解されているだけで、結構面倒見がいい。

聖女カナは、素直で心優しい少女だ。


放っておいてもまとまるだろう。

彼はそう思ったのだが──。


ふたりの歩みは、王子の予想に反して、牛歩も驚きの遅さとなる。











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モウ付き合っちゃえよ!(牛歩だけに)
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