部外者
三題噺もどき―ろっぴゃくにじゅうさん。
冬の風は未だに吹いている。
鼻の奥がジワリと痛み、涙が溢れそうになる。
それでも散歩はやめられない。
「……さむ」
しかし今日はあまりの寒さに、いつもより早上がりをしてきた。
さすがにこの寒さの中ではいつもの通りにとはいかなかった。もう少し歩いてもいいかと思ったのだが、あまりにも寒すぎる上に、風が強い。
「……」
首元に巻いたスヌードを限界まで上にあげ、なんとか鼻まで覆えないかとしながら帰宅した。結局それもできずに、鼻が冷えて真っ赤になっている。痛い。
夜の散歩も考えないとなぁ……ま、そう思ったところでやめるという選択肢はないのだけど。寒いのなんて今だけだろうし、これから季節が変わればまた話も変わってくる。
「……」
いそいそとマンションの玄関ホールに向かい、階段へと向かう。
壁に掛けられていた時計は、すでに真上を刺している。なんだ、案外いつもと変わらない時間散歩してきたのか。でも今日は家を出るのが少し遅かったからな……。
「……」
そんなことをぼんやりと考えながら、歩いていく。
その道中、集合ポストが置かれている、のだが。
銀色の箱がならび、見やすいように黒で数字が刻まれている、シンプルなモノ。
「……」
普段なら、何も気にせず素通りするそのポストに、ふと。
違和感を覚えた……というか、何かが気になった。
「……」
足を止め、ポストを見る。
部屋番号順に並んだ、銀色の箱。
ずらりと並んだその中で、一か所だけ、何かがはみ出しているものがあった。
それは確認せずとも分かった。
明らかに、普通の手紙ではないことが分かるように、私の視界に入るように、そういう何かが施されている。
「……」
嫌な臭いがする。
嫌な記憶がよみがえる。
嫌な予感が胸を刺す。
「……」
はみ出していたのは、黒い紙で。
それがあったのは、私たちの部屋番号の場所だ。
先月見たばかりだし、毎年見るものだから、見間違えるわけもない。気のせいにしておきたいくらいのものだけれど。
ここを通るたびに視界に入り込んできて、嫌なものだ。
「……」
漏れそうになる溜息を堪えて、震えそうになる手を抑えて。
ポストに近づき、黒い紙を引っ張り出す。
それはいたって普通の形の封筒である。黒い封筒である。
「……」
長方形に切り取られ、三角の蓋で閉じられたもの。
蓋は、赤い蝋で封をされ、そこには。
見たくもない見慣れた紋章が浮かんでいる。
「……」
手紙に手を伸ばした瞬間に、何かの視線を感じたが。
それはもう、みて見ぬ振りをすることにしよう。
どうせ、しょうもない奴らが、嫌がらせか何かのつもりでこんなことをしているのかもしれない。そうでなくても、大した理由でなくても、わざと私に気づかせるために置いていたのが分かっている以上、下手に反応するのはよくない。
「……」
全く。何がしたくてこんなものをよこしたのだ。
部屋に持っていくのもいやだなこれ……。
ここで読んで燃やしてしまうか……。
手に持っているのも嫌なくらいなのだ。
「……」
これを入れたやつはどうやら外にいるようだし、受け取ったのは見ているだろうから、そうしてもいいだろう。
そうしよう。これをうちのに見せるのも嫌になってきた。
どうせ大したものじゃないだろう。返事が必要ならそこにいるやつに聞かせればいい。
何にせよ、全てNOだが。
「……」
爪の先で蝋の端を持ち上げ、封をはがす。
黒い封筒の中には、趣味の悪い黒い紙が入っている。見ずらいったらありやしない。
紙を引き抜き、開くと、そこにはどうでもいいことばかりが書かれていた。
普通の人には読める形ではないが、黒地に黒で書いているからな……その前に書く字の形が違うから読めやしないだろう。
「……」
見た限り返事が必要なものでもない。
先月顔を出したからと言って、調子に乗った誰かからのどうでもいいモノだった。
だから、燃やした。
「……」
外で声がした気がしたが、気のせいだろう。
今後二度とこなくなればいいが、また来たらその時に考えよう。
「……ふぅ」
全く余計な仕事をさせないでくれ……。
これから楽しい食事の時間だと言うのに。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
「……なんかありましたか?」
「何でもないよ。それより今日の昼食は?」
「……今日は、寒いのでトマトスープにしましたよ」
「あぁ、うまそうだな」
お題:涙・時計・紋章