第七話 天使と悪魔の誘惑
「だ、大丈夫束橋くん?」
「結構いい感じの入ったね」
星名が離れた直後、咲宮と才川が声を掛けてくる。
だがその言葉は、痛みに悶絶しねる俺の右耳から左耳へと駆け抜けていった。
星名のヤツ、まさか腹パンしてくるとは、とんだバイオレンス女だ……!! まぁ殺されるかと思ってたからそれを考えれば傷は浅く済んだ方だけど……。
『もういいんじゃねぇか?』
その時、俺の脳内でそんな声が鳴り響く。
俺はその正体を知っていた。
お、お前は俺の中の悪魔!! いつも俺を唆して散財させ、金欠に追い込む諸悪の根源!!
『いや、それはお前が自分の欲望に負けてるだけだ』
嘘をつけぇ!!
じゃなきゃ俺がD◯siteの新作をとりあえず買い漁ったり、ネトゲで普段使わないキャラの新スキンをとりあえず買ったりなんてするワケがないだろうが!!
『だからそれはてめぇが欲望に負けてるだけだって言ってんだろうがぁ!?』
けっ、どうしても自分の非を認めないつもりか。
まぁいい。で、何の用だよ?
『はぁ……俺はてめぇに助言しにきたんだよ』
助言?
『あぁ。ぶっちゃけよぉ、もう諦めねぇか?』
諦める? 何をだよ。
『決まってんだろ。あの女共をどうにかしようとすることをだよ』
はぁ!? なにバカなこと言ってんだよ!!
『てめぇの心配してんだよ。このままじゃ、いつボロボロになってもおかしくねぇからな』
俺はそんな風にならねぇって!!
『今腹パンされたばっかだろうが』
そ、それは……。
『いいか? てめぇが今してんのは、ライオンの目の前で逆鱗に触れないようタップダンス踊ってるようなもんだ。博打が過ぎるぜ。それよりも、もっと現実的な方法がある』
現実的な方法……?
『あぁ。それはな、このまま何もしないでアイツらがお前に飽きるのを待つことだ』
はぁ!? 何だよそれ!!
『考えてもみろ。アイツらは生粋のギャルで頭も悪い。てめぇに飽きんのも時間の問題だ。ここは大人しくしてんのが賢い選択ってモンだぜ』
なるほど。たしかにそうかもしれない……。
『だろ? だから彼氏を作らせるためにこっちからアクションを起こすのは良くない。さっきみたいに無駄に殴られるだけじゃなく、アイツらの興味の熱を持続させるだけだからな』
お前、悪魔のクセにイイ奴だな。
『建設的な道を行かせようとしてるだけさ。さ、これで分かったろ。作戦は中止して穏便に……』
『ダメだよ!!』
ん? お、お前は天使の俺!!
『おいおい、急になに割り込んできてんだよてめぇ』
『君がロクでもないこと言い出すからだよ!! 騙されるな僕!! コイツは楽な方へと誘導しようとしてるだけだ!!』
何だと!?
『なにを言い出すかと思えば、モノは言いようだな。俺はリスクを冒さず一番安全な方法を教えただけだぜ』
『楽観が過ぎます! 彼女がギャルで頭が悪いとしてそれが飽きる保証にはならないし、仮に飽きるとしてあとどれだけこのパシリ生活を強いられるんですか! そんな不透明な根拠に縋るより、行動を起こすべきです!!』
た、たしかにそうかもしれん!!
『おいバカ流されるな! ここは待ち一択、嵐が過ぎるまで耐え抜くんだよ!』
『悪魔の戯言に耳を貸しちゃダメ! それは堕落への第一歩です!』
くっ!! 悪魔の俺も天使の俺にも一理ある気がする!!
ぐぁぁぁぁぁ!! どっちに従えばいいんだァァァァァァァァ!!!
二つの意思の間で揺れ動く俺。
どうしたものかと頭を悩ませると……。
『ええい!! いい加減にしてください!!』
『ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??』
えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
天使の俺が悪魔の俺をボコボコに殴り飛ばした。
『ふぅ、これで意見は一つですね!』
『お前の方が……悪魔じゃねぇか……』
一仕事終えたように爽やかな表情を見せる天使の俺に、悪魔の俺は死に体な声を上げる。
いや、ちょ!? 天使さんなにしてんの!?
俺は思わず天使を「さん」付けする。
『気にしないで!』
いやとても気になっけど!?
『いいですか。よく聞いて下さい!』
やっべぇ俺の中の天使全然話聞かねぇや!!
『先ほどのバスケで星名と佐鳥の距離は確実に縮まりました!!』
っ!! た、たしかに言われてみれば!!
俺はバスケ中のことを思い出す。
天使の言うとおり、星名と佐鳥の距離が縮まったことはゲーム中の会話を聞いている限り間違いないだろう。
『このままいけば、あの二人の仲をどんどん進展させ、恋仲できると思います!!』
マジか!!
『マジです!! だからガンガン行くべきです!!』
おぉ!! なんか俄然イケる気がしてきたぜ!!
悪いな悪魔の俺。お前の提案もまぁ納得できる部分はあったが、それじゃあ自由は手に入らない……自由は自分の力で勝ち取るモンなんだよ!!
『バカ、野郎ぉぉぉ……』
そうして、脳内でのやり取りを終えた俺は現実へと帰還した。
「はははは……」
「だ、大丈夫束橋くん……?」
「急に笑い出してどした?」
直後、思わず笑みを零した俺に対し、咲宮と才川からそんな声が聞こえる。
今度は耳から抜けることなく、俺は正確にその言葉を捉えた。
「ノープログレェェェェェェェム!」
「きゃあ!?」
「ビックリしたー!?」
意気揚々と立ち上がり、高らかに声を上げる俺に、二人は驚くように体を揺らす。
星名がなんで俺に腹パンしたのか、それは分からない。
だが逆に考えるんだ……あの程度で済むと。
あの反応なら、現在絶賛上昇中の星名の佐鳥に対する好感度が、俺への負の感情によって相殺されることはない。
まぁ俺が物理的に攻撃くらうのはヤだけど、殺されること以外はかすり傷みたいなモンだし、全然オッケー。
……つまり、すべては万事順調ってワケだ!!
「はははははぁ!!」
「束橋くんが本当におかしくなっちゃった……」
「みたいだねー」
咲宮のどこか可哀想な人を見る目、あっけらかんとした才川の声。
気分が上がっていた俺は、それらに心地良さを抱いた。
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