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第四十二話 最低の救世主

 東京国際空港(羽田空港)


「ご自宅の荷物は後日業者を手配して片付けさせます」

「うん」


 雅也と琴葉は短く言葉を交わしながら、ターミナルを歩く。

 琴葉のその足取りは、明らかに重かった。


「……」


 一瞬、琴葉は期待した。

 あの時、湊斗が千聖にしたように、自分を連れ出してくれるのではないかと。

 しかし、現実は無情だった。


 ーームカつく。


 よくよく考えてみて、琴葉の中に、ふつふつと怒りが湧き上がる。

 それもそうだろう。

 湊斗が千聖のために動き、琴葉のために動かなかった理由。それはひとえに胸が大きいかどうかでしかなかったのだ。


 千聖と離れるのは悲しいが覚悟はしていた。

 けどそこで自分のために立ち上がってくれた湊斗に少しだけ、一人よがりの期待を寄せた。

 だがその直後、胸で損切りされた。


 琴葉自身からすると怒るのも無理はない。


 ただ、怒っても仕方のないことである。

 今の琴葉の状況は、当初の予定通りなのだから。


「……」


 さよならするのが、イヤ……か。


 琴葉は自分があんなことを言ったことを、自身で驚いていた。

 

 根上琴葉、偉大な数学者と科学者を両親に持つ彼女は、生まれながらの天才だった。

 五歳にして高校生の勉強課程を修了した彼女は歩和高校に入るまでは、両親の後について、その頭脳を以てさまざまな研究へと参加した。


 圧倒的な頭脳を持つ琴葉は、自分という生き物が他者とは一線を画す存在であるとイヤでも認識していた。


 そして、そんな彼女が、他者の気持ちが分からないのは必然だった。


 両親に言われるがままに、研究と学問に従事を続けた琴葉。

 そんな彼女は、ある時出会った。


 それは一本の映画。

 世間の評価は残念ながらそこまで高くない低予算映画だった。


「……」


 だが、琴葉は食い入るように、それを観た。

 初めて触れる異質に、論理と合理に囚われていた琴葉の脳みそに、これまでには無かった刺激が走った。


 空想、異物。

 自分と同じ存在と概念を目の当たりにし、彼女は興奮と親近感を覚えた。


 この時から、琴葉は己の意思で、自走を始めた。

 映像作品に影響され、無頓着だった髪や服も変えるようになった。髪色にビビッドな色を選んだり、パンク系のファッションを好むのは、これまで自分が無色透明であったことからの反動である。


 そして彼女は、もっと外の世界を知りたいと思うようになった。

 論理と合理の外側、自身が高揚するに足るナニか、それを求めて。


 彼女は初めて、父と母に意見した。

 外の生活を体験してみたいと。最初は反発されたが、なんとか一年という期限付きで許しをもらい、彼女は高校一年生……もっと言えば、初めての学校生活を送るに至った。


 こうして触れることとなった外の世界。

 琴葉の目に映るもの、触れるもの。すべてが新鮮で、彼女の脳みそを掻き立てた。

 

 そして彼女はある人物と出会う。

 星名千聖。新たな自分となるために、これまでの世界から新たな世界へと来た彼女は、どこか琴葉と似ていた。

 そんな彼女たちが友達になるのに、時間は掛からなかった。


 千聖との楽しい時間。

 その中でも、琴葉の頭の片隅には一年後のことが常に過ぎっていた。

 刻々と迫るリミットに、琴葉の中に初めて言いようのない感情が湧き上がる。

 その感情の言語化はできなかったが、しばらくして両親の都合でリミットが翌年の五月末に延びたことに対しては、容易にその感情を特定することができた。


 ——安堵である。


 そして四月。

 リミットが二カ月を切り、頭の片隅にあったものが徐々に大きくなっていった頃。

 彼女は出会った。


 これまで見た誰とも違う、異質で異常な存在——束橋湊斗。

 繰り出す一挙手一投足に惹きつけられたのは、琴葉にとって初めてのことだった。


「……」


 そんな彼にあっさりと見捨てられ、琴葉は自然と頬を膨らませる。


 ——その時だった。


 ん?


 琴葉のスマホが振動する。LANEの通話着信だった。

 無視しようとしたがずっと鳴っているので、琴葉は画面を見た。


「どうしましたお嬢様?」

「先行ってて。トイレ行ってくる」

「分かりました。ではここでお待ちしています」

「うん」


 雅也から距離を取り、琴葉はスマホに耳を当てる。


「湊斗。どうしたの?」

『おっせぇよ電話出るの!! 今空港だよな!?』

「そうだけど。なんで知ってるの?」

『あぁ? こっちには陽那がいんだぞ? そんなの朝飯前だっての。ってンなことはどーでもいいんだよ。いいか? 今すぐ送った位置情報の所まで来い』

「それって……」

『んじゃあ切るぞ』

「待って。近くに雅也がいる。多分出口まで逃げきれない」

『いーから動け。なんとかする』

「……」


 はっきりとそう言い放つ湊斗。

 その言葉に、どれだけの頼もしさがあるのか、千聖の一件から琴葉は知っていた。


「湊斗、ありがと」

『礼はここ乗り切った後にしろー』

「……うん!」

 


 琴葉から約十数メートル離れた位置から、雅也は彼女の背中を見ていた。

 久しぶりに自身の肉眼で見る琴葉の生の姿。

 雅也は思わず目を細める。


 お嬢様。背丈は特に変化は無いが、どこかたくましくなったような気がする。

 この一年間で、なにかあったのだろうか。


 琴葉が両親に出した条件には、『琴葉を監視しないこと』という事項が含まれていた。

 両親は毎月必ず生活についての報告をするという条件を提示し、これを承諾した。


 故に、本来のボディガードである雅也はこの一年間、琴葉のことを報告書や写真でしか知らない。

 だがそれでも、報告内容からある程度彼女が変化しているというのは分かっていた。

 

 しかしこれほどとは……と、雅也は驚きを隠せなかった。

 

 そして同時に、近くにいた琴葉の存在が、遠くなっているような、そんな一抹の寂しさを雅也は感じた。


「……」


 あれ、というか……。


 だがその直後、雅也は気付く。

 

「お嬢様ぁ!?」


 自分の護衛対象である琴葉との距離が、物理的に離れていっていることに。


 完全に雅也の不意を突き、走り出すことに成功した琴葉。

 それを遅れて理解し、琴葉を追いかけ始める雅也。


 二人の鬼ごっこがスタートした。

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