第二十九話 星名千聖という少女 前編
「はぁ~、つまんね」
時は約8年前に遡る。
小学3年生だった千聖は、ぼけーっといつもの口癖を呟きながら歩いていた。
「うぇーい!」
「ぎゃはははは!」
「死ねー!」
そんな時、千聖の耳にそんな声が入った。
なんとなく、声のする方に目をやると、公園で自分と同い年くらいの少年が、これまた同い年くらいの複数の少年に暴力を受けていた。
殴って、蹴られて、とにかくボコボコにされていた。
「……」
弱者が多勢の弱者に蹂躙される。
千聖にとって、それは随分と馴染みのある光景であり、見かけた所で普段であればそのまま通り過ぎるものであった。
「おい」
だが、その日は気が向いた。
「あん? 誰だお前ー?」
「女が一人で何の用だよー?」
「さっさと消えろー! 言っとくけど俺ら女でも容赦とかしねぇぜー!」
ボカボカボカボカ
『うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!』
千聖に一瞬でボコされた小学生男子三人は泣きながらその場を去った。
「ったく、雑魚がいきがってんじゃねぇよ」
男子の後姿を見て、千聖は呆れるように呟いた。
「あ、ありがとう。助けてくれて……」
その横で、虐められていた少年はゆっくりと立ち上がりながら、千聖に感謝を述べる。
「おい、お前なんでやり返さねぇんだよ」
「そ、それは……だって、勝てないし……」
「バカかお前」
「え?」
「やり返さねぇから餌にされんだよ。雑魚相手ならやり返せば向こうからビビッて大体なんとかなる」
「そ、そうなんだ。あ、ありがとう」
「……」
あまりにも暇だったから気が向いた。
普段自分から関わらない雑魚同士のいざこざに、自ら首を突っ込んだ。
——だが、
やっぱねぇな。
目の前にいる、明らかに自分とは相容れない少年と関わった千聖は改めてそう思うと、その場をあとにしようとする。
「あ、あの……!」
「あ?」
しかしそこで、少年に声を掛けられた千聖は足を止めた。
「ぼ、僕……藍坂創って言います! えと、星名さん……だよね?」
「ん? なんでウチのこと知ってんだ?」
「お、同じ小学校だから……。それに、星名さんは……有名だし」
「あー、そうなのか」
「う、うん。だから……お礼、させて!」
「礼?」
「た、助けてくれたから……」
「いいって別に」
「よ、よくないよ! ぼ、僕を助けてくれたの、君が……始めてだから!」
「……」
なんだコイツ。変なトコで頑固だな。
これなら虐めてきた奴らにも少しは反抗しろよ……。
内心でそう思う千聖。
だが同時に、ここまで言うなら乗ってやるかという気持ちが芽生えた。
「わーったよ」
「ほ、ホント!?」
「おう」
これが星名千聖と藍坂創の出会い。これをキッカケに、二人の付き合いは始まった。
◇
数年後。
「も、もう許してくだはい……」
「勘弁してぇ……」
「あぁ? 朝っぱらから突っ掛かってきやがってこんなもんですむと思ったんのかてめぇら?」
『ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?』
中学の制服に身を包んだ千聖が不良たちを睨みつけると、彼らは恐怖の叫び声を上げた。
そして数秒後。
「ったく」
『……』
千聖に勝負を挑んだ十数人の不良集団は全員が瞬く間に気絶し地に伏せた。
「ふぁ~朝からダリぃなぁ」
大きく伸びをする千聖。
中学二年生となった彼女の朝の一コマである。
「千聖ちゃ~ん! おはよ!」
千聖が通学路を歩いていると、同じく中学の制服に身を包んだ創が手を振って近づいてきた。
あの一件以来、二人の関係はズルズルと続いている。
創は意外にも押しが強く、それを特に不快に思わなかった千聖は、結局今日に至るまで彼を拒むことをしなかったのだ。
「ったく、朝から元気だなお前は」
「千聖ちゃんに会えば元気出るよ!」
「そーかよ」
千聖はその答えを軽く受け流す。
「ふぁ〜……」
歩きながら、再度あくびをすると、
あーあ、つまんねぇ。
無意識に、千聖はそう呟いた。
◇
「あ、あの……! 創くんを、解放してください!」
「あん?」
それは突然だった。千聖は彼女と同じクラスの女子に呼び出され、人気のない場所は連れてこられたかと思えば、言われた一言がそれだった。
「なに言ってんだお前?」
「あ、あなたのせいで創くんはいつも不良との危ない喧嘩に巻き込まれてるんです! だから……!」
この少女は、創のことが好きだった。
だから好きな人のために勇気を振り絞り、千聖という恐怖に自ら対峙したのだ。
まぁ健気である。
「知るかよンなこと。大体、ウチはアイツを縛ってねぇ。勝手にアイツがついてくんだよ」
「そ、そんなの嘘……」
「あぁ?」
「ひっ!?」
向けられた千聖の眼光に、少女は思わず声を上げ、一歩下がる。
「千聖ちゃん!」
その時だった。
大きな声で千聖を呼ぶ創が現れた。
「は、創くん。どうして……」
「千聖ちゃんがいなくなってたからこっちに行ったのを見たって聞いたから。あ、あはは。ごめんね。いきなり大きい声出して。でも危なかったからさ」
苦笑しながら創はポリポリと頰をかく。
「た、多分だけど話はなんとなく分かってるつもりだよ。僕のことを心配してくれてありがとう。けど、ごめんね。これは僕の意思なんだ。僕は好きで千聖ちゃんのそばにいる」
「そ、そんな……っ。わ、私……!」
「あっ! ……行っちゃった」
目に涙を浮かべながら、走ってその場からいなくなってしまった少女。
創はその背中を特に追いかけることなく、千聖の方を見た。
「千聖ちゃん。一応言うけど、気にしないでね。僕がやられたら、それは僕の責任。千聖ちゃんはなんにも気にしないでいいから」
「……別に。気にしねぇよ」
「あはは。だよね」
「……」
--ウチのせい、か。
カッとしちまったけど、言われてみりゃあ、その通りかもな。
創のことが好きな少女から放たれた言葉。
思い返すと、それが妙に引っ掛かった千聖。
この時から、千聖は無意識に求めるようになった。
創から距離を置く契機を。
そして、それは巡り合うように千聖の前に現れる。
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