理の冒涜者、魂の魔女リオネッタ②
1,
わたしもリオネッタも、生命体の概念から逸脱してしまっている。生理的欲求。俗にいう三大欲求とやらも。元来、食事を必要としないものだし。睡眠も必要なものではなく。種を遺す欲求も限りなく乏しい。
食事をすることがあっても、それ自体は趣味嗜好の域を出ない。しかしながら、体質には多少の影響を与えるので、わたしの場合はお父さんへ血液の提供する必要があるから体液を補充する意味合いが強く、食事は欠かせないものなのである。睡眠もそれを助長する要素だから、人の目にはわたしはよく食べてよく眠る子供に映るだろう。そして、この幼い容姿は子孫を遺すことができない。わたし個人で完結してしまっている。
竜であるリオネッタも似たようなものだけど、彼女の場合は周期的に生と死を繰り返す伝承の不死鳥のようなもの。その昔、竜狩りという悪習が広まったらしい。竜の血を飲めば同じ竜族となり永遠に生きられるという、根拠のない話の種。そんな竜狩り自体は、すぐに竜人統治の時代背景もあって徹底的に淘汰された。けれど、竜狩りは間違いなくその時代を生きていたリオネッタの心を抉る深い傷跡を残した。
とはいえ、全くの他人事ではない。現在でもなお、永遠の命を求めて不老不死を狩るという因習はどこに行っても続いているらしい。死なない、老いないということは何も無敵ではないのだ。わたしという例がわかりやすいだろう。リオネッタが懸念していることはわたしの身に万が一のことがあってはいけないと『アニマギア』の完成を焦っているようにも思える。ああでもない、こうでもないと、設計図をくしゃくしゃに丸めて放り投げては山を作る彼女からは鬼気迫るものを感じる。普段から書庫の蔵書を好きに読んでも構わないとは言われているけれど、わたしもリオネッタが心配で読書にあまり集中できない。わたしのために頑張ってくれるのは嬉しいけれど、無理はしないでほしい。
いつも、いつもそうだ。
わたしは、わたしのために頑張ってくれる人に、いつもなにも返してあげられない。かと言って、わたしがそう思うのも、口出しするのも、傲慢だ。
夜も更けてきた頃だった。わたしはずっと義体を動かす反復練習をしていた。突然、普段なら聞くことのないリオネッタの癇癪混じりの叫び声は本の背を机を叩きつけたような音と、積み重なった本が崩れる音にかき消されるように、それでも確かに彼女の声は届いた。本の山の下敷きになってしまったリオネッタを助けることが最優先で、慌てていたから経緯を気にしている場合ではなかった。
「リオ、リオネッタ。大丈夫?」
わたしは、リオネッタを助け起こそうとしたけれど、そう易々とは覆らない種族の差と体格の差から来る純粋な力の差に、引っ張られるように抱きついた。彼女はそこで言葉を詰まらせて、気まずそうに笑った。
「あは、あはは……。いやぁ、だいぶ煮詰まって来てるっスねえ。なんだか、情けない姿を見せちゃって」
リオネッタの腕は動揺した様子で、それでもわたしを優しく引き離すと、散乱する本の上にお互い起き上がり、おそるおそる頭を撫でてくれた。なにかを確かめるように。
「……リリさんは、昔の自分を知らないから。でも、それはすごく幸せなことっス。だけど、ぼくはリリさんの身に起きたことを覗き見て知ってしまった。だからぼくの責任は、あんな目に遭わせないことだと思っているんスよ。痛いのも、苦しいのも、怖いっス。ぼくらみたいな終わりのない人生を歩むものには、忘れられない嫌な過去の記憶は何よりも毒になるから」
今のわたしは、作りものの人形の体。五感の乏しい今の体でも、リオネッタの恐怖の色が今にも泣き出しそうな声から伝わってくる。勇気を出して、怯えを誤魔化す引き攣った笑顔を見ていて心苦しかった。
「リリさんは、竜のぼくとも偏見もなく、対等な友達でいてくれるから、だから自分なりに戦うって決めたっス」
わたしのことを思って、その勇気を出してくれたのは嬉しいけど。わたしは、わたしが知らない過去の自分に向けられたその優しさにどうしようもなく嫉妬してしまう。リオネッタに悪気はないのは、わかっている。それでも、彼女の視線の先には今のわたしではない、過去のわたしがいて、彼女が救いたがっているのはそんなわたしなのだと思うとやるせなくなる。
「リリさんはもっとわがままになってもいいと思うっスよ。それはもう、ぼくをもっともっと困らせるくらい」
「それじゃあ、わたしができる範囲で恩返しがしたいな。余計なお世話かもしれないけど、リオネッタとは色々なことを共有したい。楽しいことも悲しいことも。リオネッタばかり昔のわたしのことを知っているのは、なんだか不公平でしょ。だから、わたしにもリオネッタのことを教えて」
お互いに向き直るとリオネッタは驚いたような顔をしてから、困ったように笑ってくれた。
「それが、今のわたしのわがままかな」
「ちょっと欲張りになったっスね」
「あと、わたしが人形の時くらいはちゃんと抱きしめてよ。リオネッタが作った体なんでしょ?」
「でも中身は正真正銘本物のリリさんじゃないっスか。純度の高いリリさん成分、リリニウムの過剰な接種には致死量があるのを知らないんスか。困るっス。常識っスよ?」
なんでリオネッタは、時々ものすごく真面目な顔をして訳がわからないことを口に出すんだろうか。
「……そういう冗談はいいから。まずは、片付けようよ。手伝うから。こんな時間に物音立てたら執事さんたちも心配で気が気じゃないよ」
「それは、大丈夫っス。ぼくが癇癪起こして物に当たって自爆することなんて日常茶飯事だから」
「あのね、みんなリオネッタのこと心配してるんだからね。わたしだってびっくりした」
「ご、ごめんなさいっス。なるべくリリさんがいる時は、こんな真似したくはなかったんスけど」
「わたしがいるいないとか、そういうことじゃないよ。リオネッタにとって屋敷のみんなは家族も同然なんでしょ。身近にいる人ほど、大切にするべきだと思う」
リオネッタは、怒られているのになんだか嬉しそうにしている。「家族、家族かぁ」と反芻するように呟いて確かめていた。
「でも、それだとぼくが家長というか、最年長になるんスけど」
「たぶん、リオネッタはみんなから子供だと思われていると思う」
「……あぁ、うん。まぁ、そうっスよね」
存外、満更でもなさそう。
散らかった本の山を整理し終わる頃には、時計を見るとそろそろ夜が明けようとしていた。特に会話といった会話をすることもなくリオネッタの話に相槌を打ちながら、それでも、お互いそんな空気感が心地よくて。わたしはリオネッタの膝の上に座り、リオネッタはわたしの頭に顎を乗せ、すっかり落ち着いてくれたみたいだ。
「わたしのことを考えてくれて悩んでいるんだから、実際にわたしの身になってみれば見えてくるものもあるんじゃないかな」
「まぁ、確かに一理あるんスけど。お願いだから、からかわないでほしいっスよ?」
「大丈夫、お姉ちゃんに任せなさい」
「あ、リリさんがお姉ちゃんなんスね」
「ちょっと言ってみたかった」
「……それじゃあ、頼りにしているっス。お姉ちゃん」
2,
わたしを呼ぶわたしの声は、聞き慣れた臆病な声色で、不安に押しつぶされそうな、怯えていて今にも泣き出しそうで消え入りそうな声だった。それがわたしの義体に入ったリオネッタだということを理解するのには時間はかからなかった。
「……リリさん。ど、どうっスか?」
驚いたのは、目の前に現れたわたしの義体に入ったリオネッタは恥ずかしそうに赤面していて、声にも腹話術のような違和感がなかった。それを人形と呼ぶにはどうにも難しい。本当に、生きているみたいだった。でも、なんだろう、この胸の内側のモヤモヤした気持ちは。わたしよりも女の子らしい仕草で、わたしよりもわたしが似合っているのが、なんだかちょっと悔しい。
「これじゃあ、わたしのほうがニセモノみたい」
「えへへ、ちょっと頑張ったんスよ。表情筋の再現や試験的に『アニマギア』を内蔵してみたりして、より細やかで自然な動作ができるように色々と応用が効くようにしてみたっス。ただ、初心者向きではなくなってしまったのが改善点っスかね。下地として『アニマ』の理解力と経験値がなくては立ち上がることもできないから、このリリさんの体は特別な試作品ってところっスかね。ここから調整して、義体での生活を強いられている人には徐々に新しい体に乗り換えて貰うつもりだけど。このままだと精神的な消耗が激しくて負荷が心配だから、それも、どうしようかな、と」
嬉々として饒舌に語っていたリオネッタは言葉じりを濁すと、急に泣き出してしまった。涙まで本当に流されたらどうしようかと思ったけど、そういう生き物的な状態までは作り込んでいないようだ。あくまで義体は人形であることの一線を超えないようにしているのはこだわりを感じる。
「リオ、ちょっと」
「ああ、いや。なんか、急に悲しくなって死にたくなってきて。勝手にリリさんの姿を使って何を得意げに語っているのやら、冷静になって考えたら、ぼくってやっぱりどうしようもないクズだなって、ははっ」
「ええと、それってやっぱり『アニマ』が魂だとか精神的なものに由来するから、高性能なその義体だと情緒不安定みたいな感じになっちゃうのかな」
「みたいっスね」
わたしも、自分で自分の姿をしたリオネッタを慰めていることが精神衛生上たいへんよろしくない。自己同一性が迷子になってしまいそうだから。
「やっぱり、ぼくがリリさんになっても、ぜんぜん美味しくないっスね」
「でも、せっかくだからしばらくはわたしの姿でいたらいいのに」
そんな提案をしたのは、別にいじわるをしているわけではない。ちゃんとした理由がある。義体の中にいる間は、本来の肉体は目覚めることのない休眠状態になる。熟睡しているようなものだ。自分を追い込み精神を擦り減らしてまで研究を続けているリオネッタには休みが必要だと思った。でも、自分を蔑ろにしがちなリオネッタに休憩をとるように言っても、そんな素直に言うことを聞いてくれないのは目に見えている。わたしはまだ『アニマ』の仕組みは理解できていないけど、少なくとも人形の中にいる間は自分の肉体が疲れることはない。元に戻れば体力も気力も回復する。
普段からリオネッタも人形の姿でいればいいのに、と思ったことは何度もあるけど、それなりの制約があるらしい。竜人の肉体ではない状態だと、他人の『アニマ』には触れることができない。だから、最悪の場合『アヴァターラ』の研究そのものが頓挫してしまう。例えば、今から突然竜人の肉体を物理的に失ってしまった場合、わたしもリオネッタも人形のまま元の姿には戻ることができなくなる。肉体が生体活動を停止してしまっても、魂が健在で仮にも体がある状況だから、魂に、まだ死んでいない状態だと判断されて、リオネッタはすぐに生まれなおすことができない可能性が高いと予測していた。最悪、義体そのものを破壊して、生まれなおすにしても、次の肉体が孵るまでどれくらいの時間がかかるのかはわからない。そういう危険性があるから、自分の肉体を持つ協力者がいる間、まだ竜人の力が必要な内は義体のまま生活することはしないようにしているそうだ。
漠然とした千年という時間制限は、長いようであっという間に過ぎ去ってしまう。それは、リオネッタの焦りの要因だろう。
元々は自分の為の研究なのに、リオネッタは本当に心配になるくらいお人好しが過ぎる。
「で、でもっ」
狼狽するリオネッタを見ていると、それは自分の姿をしている筈なのに段々と違うものに見えてくる。目の前にいるのは、わたしなんかよりも感情が豊かで純真無垢な少女だ。昔はわたしもあんな感じだったのだろうか。今のわたしは、無愛想で可愛げがなく印象は悪い。最近では少しは改善したとは思いたいけど、基本的にそっけないままだ。常々、そんな無愛想で可愛げのない幼い子供の姿であることには劣等感を抱いているものの、皮肉にもそんな姿であることにはいつも助けられている。
わたしなんかが、竜人のリオネッタのお眼鏡にかなったのは、たまたま彼女好みの幼い子供だったからだ。リオネッタは、わたしの劣等感の全てが好きだと受け入れてくれた。
泣き出したいのは、こっちだよ。
「ねぇ、リオ」
こんなこと、どこで覚えてきたんだろうな。気がついたら、わたしはリオネッタの口をわたしの口で塞いでいた。接吻。口付けだとか、キスだとか、呼び名自体は重要じゃない。作りものの、舌と舌とが絡み合い、誰かの指が背筋をなぞるような、不快感とも快感でもない。わたしも、よくわからない感覚。最もそれを享受しているのはリオネッタのようにも見える。
啄むような、怖々とした児戯のような拙い接吻がしばらく続いたあと、そんな行為を止めて互いに向き合うと、リオネッタは混乱した様子で、いきなりの出来事によくわかっていない感情をしていた。
「本当、呆れるくらい非生産的な行為だよね。しかも人形と人形同士なんて、最たるものだよ」
わたしは、ちょっとした悔しさの復讐をした。自分の姿をしたリオネッタに。わたしの義体が感覚の鈍い旧式でよかった。新型の試作品である義体のリオネッタには、色々と刺激が強すぎたらしく、床にへたり込んでしまった。
「り、リリさん、ななな、何をッ?!」
「いや、さ。わたしが何かお姉ちゃんぶれることって何かな、って考えたら、こんなことくらいしか思い付かなくて、だから。つい」
「リリさんのお姉ちゃん像って相当に歪んでるっス」
「そうなの?」
わたしはお姉ちゃんの真似をしただけで、リオネッタが激しく動揺する様子を見て小首を傾げた。
「唇の粘膜を通して脳を刺激する効果があるのは知っているけど、別にキスをしたくらいじゃ子供はできないのは知っているし、同性の親しい間柄ではこれくらいは普通なんでしょ。お姉ちゃん、そう言ってた」
「ええと、リリさんの親族は確か吸血鬼だったっスね。お父さんは純血種の吸血鬼ハンターのクルースニク、お姉さんは混血種の吸血鬼殺しのダンピール。どうやら言い伝えでは、お姉さんのほうは、その、言いにくいんスけど。血よりも性行為を要求する吸血鬼、なんじゃないんスかね。ぼくも、そんな詳しくないんスけど、心当たりは?」
そんなこと言われても、あんまり身に覚えがない。ただ、お姉ちゃんはお酒に酔うとキス魔になる。誰彼構わず、目が合ったら満足するまで付き合わされる。最初は嫌々付き合わされていたけれど、慣れたらそんなに嫌なことではないし、気心知れた仲ならば当たり前だと聞かされている。
「親しい仲では挨拶みたいなものなんでしょ?」
「いやいやいや、どこの世界に粘膜同士がコンニチハする挨拶があるんスか?!」
「あっ」
つまり、そういうことなのか。
「ごめんなさい、まだわたしたちは親しい仲ではなかったんだね。なんだか、わたしばかり先走って、リオネッタも、びっくりしたよね」
「違う違う違うっス、いやもうご褒美指数が振り切れちゃうほど嬉しかったけど、その、ぼく、なんというか、何度も転生しているけれど。ちょっと、恥ずかしいんスけど、言いにくいんすけど。はじめてだったんスよ、その、キスをしたのが……」
わたしの姿をしたリオネッタは、言い淀むと俯いて口を結んだまま黙り込んでしまった。
「こういうことは、その、好きな人同士がやることで、そんなことぼくには無縁で、いくら人形同士とはいえ、ぼくには刺激が強すぎるし、ましてや客観的に見ればリリさん同士がキスしてるような尊いものの間にぼくみたいな不純物が紛れ込んでいるのは、許せないっス」
ゆらゆらと立ち上がるリオネッタの手には、人形の造形に使う鋭いヘラのような道具が握られており、感情が一切ない、文字通り人形の彼女は「とりあえずぼくを一回刺してくるっス」と言いながら歩みを始めたので、できる限り全力で阻止した。
3,
生き物には命があり、命があるものにはいずれ終わりが訪れる。生命とは、生きる命が紡いでゆく生と死の物語だ。物語は、終わるものだ。どんなに分厚く重たい本に記された溺れるほどの文字の奔流も、長い道程を経て、穏やかな流れになり終わりに辿り着く。裏表紙を閉じる頃には、少しだけ寂しい気分になる。けれど、与えられた知識の種は徐々に新しい知識の花となり、また別の物語に誘ってくれる道標になる。
けれど、終わらない物語は。わたしたち、不老不死に与えられた終わらない命なんのためにあるのだろうか。少なくとも、冗長で退屈な自分の物語を紡ぐことに使われるものではないだろう。理由があるとするならば、わたしたち以外の物語を見守ってゆくことなのだとリオネッタは言った。わたしたちは主人公にはなれないけれど、彼らを手助けする名もなき群衆になれる。あるいは舞台装置。語り部。歴史の傍聴者。
それでも、リオネッタはどんなに稚拙な物語でもいいから、主人公になりたかったらしい。『アヴァターラ』は、いずれ不安定な物語の演者を生み出すことになるだろうと。人の世界からすれば、それは懐疑的な生命で、理の冒涜者になりかねない。
それを危惧した『古竜人』はリオネッタを異端の竜とした。幾度となく翼を折られては千切られた彼女の背中からは、もはや生まれ直しても翼は失われたまま、度重なる拷問の末に鱗をも失い、尊厳たるツノも奪われた。竜としての誇りは完全に奪われた。墳墓だったこの場所にリオネッタは封印され、それ以来一歩も外には出ていない。時は流れ、竜による王政時代になってもそれは変わらなかった。どうあれ、古き時代から存在しているリオネッタには王としての相応の権力が与えられたが、まるで人形のように何の反応も示さなかったからか、為政者の操り人形として利用されていた。リオネッタの名前はその頃の名残だとか。
リオネッタの凶行を止めようとしたら、わたしたちは自身の肉体が眠る寝室で自分の抜け殻を眺めることになっていた。こうして改めて見ると、リオネッタは竜の種族柄、獣人と比べるかなりの巨体だ。一般的な成人男性を縦にふたり並べたくらいはありそうだ。姿勢が悪く普段から猫背になっているから頭ひとつぶんはちいさく感じるけど、やっぱり、かなり大きい。
リオネッタは結局、わたしの義体で自分の体に馬乗りになり、首の辺りに鋭利な道具を突き立てたけど、まったくの無駄だった。鱗がなくとも、しなやかな竜の皮を穿つことは敵わなかったようだ。
「複雑っス」
リオネッタは道具を手放すと、ため息混じりにそう溢した。
「ぼく、リリさんにキスされて凄く嬉しかったんスよ。でも、同時に。こんな醜女に、かわいい女の子の愛情が向けられるなんてありえないことくらいわかってて、虚しくて。現実見ておかないと、舞い上がっちゃうから自分に会いにきたっス」
わたしとリオネッタの肉体は、同じベッドの上でそれぞれ微妙な距離感をおいて静かに呼吸していた。
「まあ、どうせそんな簡単に怪我するような体じゃないのは知ってるけど、リリさんを驚かせたっスね。ごめんなさい」
わたしは、躊躇いなく自分を傷つけようとしたリオネッタの心情がわからなかった。
「ぼくは、ホントにどうしようもないやつで、自分で自分に嫉妬してこんなことをしてしまった。ぼくは、あまり短絡的ではないとは思っていたはずなんですけど、なんかこんな感情ははじめてで、後先考えずに体が動いて、どうしたらいいのかわからなかったっス」
「それじゃあ、こうすればいい?」
わたしは、ついさっき人形同士でしたように眠るリオネッタの唇をふさいだ。
「リリさん?!」
驚くリオネッタに見せつけてやるみたいに、ただただ拙い接吻をした。人形同士とは違って意識のないリオネッタの息遣いが少し乱れるくらいには、彼女の口を塞いでいた。
「わたしが好きなのはリオネッタだよ。わたしの姿をした人形じゃない、わたしはそこにいるあなたが一番の親友で、こんな恥ずかしいようなことでも平気でできちゃうくらいリオネッタのことが好きなんだよ」
「そういうの、だめ。情緒が、情緒に対する暴力っス。リリさんの、リリさんのばかぁ!」
わたしの姿をしたリオネッタが罵倒すると、人形はぷつりと糸が切れたように脱力した。
「こっち、見ないでぇ……」
正真正銘のリオネッタ本人が、今にも消え入りそうな声で鳴いていた。どうやら、本体が近いこともあって元の体に『アニマ』が戻ったようだ。
「あぁ、リリさんが、たくさんがリリさんッ?!」
混乱した様子でリオネッタはそういうと今度は気絶してしまった。どうやら、隣にわたしの肉体があって、中身のないわたしの義体が虚ろな瞳のまま覆い被さり、わたしの中身が入った義体に見つめられた今の状態に対する反応だったのだろう。いくらなんでも気絶されるのは、ちょっと傷付いた。だけど、わたしたちはなんだかんだ似たもの同士なんだろうなと、今回再認させられた。