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【一章】幸せの名残 Ⅰ



 リリたちは、何事もなかったかのように日常を過ごしていた。追悼式から一週間が経ち、街の様子も落ち着いてきた頃、ヤドリギのみんながおれの誕生日を祝ってくれるという話になった。まるで自分のことみたいに喜んでくれるのは嬉しかった。けれど、亡くなったはずのリリの憧れの人である先代メリクリウス、メリクルことフィア・シュトライトとの邂逅を果たしてからリリは、数日の間はぼんやりとしていて何も手に付かなかった様子なのが心配だった。

 屈託のない笑顔を浮かべるリリは、先日のことをどう思っているのか、いくら無神経で空気の読めないおれでも尋ねる無謀さは持ち合わせていない。

 色々な一面を見て、少しでもリリのことを理解できたつもりでいたけど、知れば知るほど知らないことがわからないことが増えていくばかりだ。

 不思議なことなのはおれとユークリッドの爺さん、リリ以外のみんなはフィアが訪れたことをはっきりと覚えていない様子だった。昔馴染みが来た、という認識はあるのだが誰もフィアが来たとは思っておらず、店長も何故自分がオムライスを作ったのか記憶にないと伝票を見て唸っていたみたいだ。

 爺さん曰く、フィアの隣に控えていたグノーシスという妖精が強い認識阻害と軽い洗脳効果をあの場にいた者全員にかけたらしく、おれたち以外はその術中にあったのだとか。

 あの場に居合わせなかったリオもこの件について何らかの違和感のようなものを覚えているのかと思ったが「不自然にぽっかりと空いた、何もないがあった」だなんて意味深なことを言うばかりで、どうにも釈然としない様子だ。

 結局はわからずじまいで、フィアが再び現れる事はなかった。まるで白昼夢のように、あの邂逅さえなかったかのように。ただ、リリの心に不安の種を蒔いて去っていった。


「エリシャ、前にオムライス食べたいって言ってたよね。まかないごはんで悪いけど、作ってみたよ?」


 客足が落ち着いてきた昼下がり、遅めの昼食に出てきたのはリリの手作りオムライスだった。大食いってほどじゃないけど、食べ盛りのおれには嬉しいボリュームだ。

 ふわふわでとろとろとした卵は絶妙な火加減で調理されていて、チキンライスに乗せられた今にもはち切れそうなオムレツにナイフをゆっくり走らせると、ほかほかの湯気を吐き出しながらオムライスの完成だ。付け合わせのビーフシチューを垂らして食べることを勧められたが、まずはひと口、端の方からスプーンで掬って食べる。

 おいしい。おいしいけど、おれもリリも、オムライスを見て強く思い出すのはあの白昼夢。

 何故、よりにもよって追悼式の日に、リリの古傷を抉るように現れたのかわからないフィアのこと。

 ある意味、このオムライスは故人への想いを捧げるために作られた料理で、淡い期待と現実への失望の現れ。そして、もう届かない言葉が詰まったフィアへの追悼の形をした過ぎ去った苦い思い出。何度も、失敗したぼろぼろの卵焼きを泣きながら食べるリリの記憶が思い浮かぶ。

 振る舞う相手がいなくなったから、好きではなくなってしまったというオムライスからは、リリがどれだけフィアのことを、いや、メリクル主任という人物を敬愛していたのかが窺い知れる。


「せっかくなら、あの時食べてもらえたらよかったのかな」


「でも、あの人は……、本当にリリが尊敬していた憧れの人だったのか……?」


「わからない、けど、あの人は無意味なことはしない。わたしの前に現れたってことは何か意味があるんだと思う。あれから、ずっと考えているけど、何を伝えたかったのかな」


「忠告、とか……?」


「既にわたしの正体は割れていること、わたしの力を利用しようと思っている人がいること、だけど、そんなわかりきってることを伝えに来ただけなんて考えにくい。むしろ、問題なのはわたしはあの人から吸血鬼のニオイを全く感じ取れなかった。完全に不意を突いていたのに、わたしを連れ去ろうとはしなかった。チャンスだったはずなのに」


「どちらかといえば、誘いに来たって感じだったけど、リリは手を取らなかったもんな」


 ユークリッドの爺さん曰く、グノーシスという妖精は悪辣で捻くれもので人格破綻者の刹那主義者、爺さんの愚痴を総括すると、とにかく嫌いなヤツってことになる。

 まず、人に仕えていると言う時点で良からぬ企みがあると見て間違いなく、契約した主人が破滅する物語(じんせい)をすぐ側で見ることに悦びを見出すそうだ。

 ちなみに、契約とは権限の限定的な譲渡を他者に行う誓約のようなものらしい。ある程度の権限を持つ者だけが扱える一種の権能で、本来ならば一生涯変わることのない権限を一時的に引き上げる唯一の手段だそうだ。爺さんの見立てでは、グノーシスが契約しているのはフィアではなく、依代となっている黒猫獣人のクロードという青年かもしれない。

 フィアからは何の脅威も感じなかったと言っている。

 とはいえ、フィアもフィアで並列にいくつものことを同時に処理しているようで、妖精対策なのか暗号化した思考は支離滅裂で読むことができないとのことだ。

 結果、フィア自身の人格に深刻な影響を受けているらしく、言ってしまえば何をするかわからない狂人。表面上は落ち着いているようにも見えたが、妖精にとって思考が覗けないのは不気味で仕方がないみたいだ。

 リリは「憶測ばかりで考えっぱなしで、なにも行動しないで腐ってたって仕方がない」と、吹っ切れて前向きな様子だった。今回のことで、ユークリッドの爺さんは以前より索敵の精度を上げて警戒に当たっている。蟻の子一匹見逃しはしないと言っている。ただ、かなりエネルギーを消耗するらしく、相変わらずちっこい体のどこに収まるのか不思議なくらい甘いものを食べている。

 最近は不機嫌そうにやけ食いしてる姿を見る。


「いざとなったら傭兵団のみんなが助けてくれるから、わたしは怖くないよ。エリシャも心配してくれてありがとう」


 おれの隣の椅子に座ったリリは、床に着かない足をぶらぶらと揺らしながら頭を撫でてくれた。カタチはどうあれフィアが生きていたことは嬉しかったんだと思う。こうして、オムライスを振る舞ってくれたことがその証かもしれない。だけど、リリはひとつの可能性として、フィアが敵に回った場合はリリがフィアを殺さなくてはならない。

 それは、いくらなんでも残酷だ。

 これまで、親しい人々を殺された仇を取るために復讐を糧に生きてきたリリが、不死に転じた親しい人々を殺さなくてはならないだなんて、あんまりだ。

 おそらく、フィアが最初というわけでも最後なわけでもない。些細なきっかけで、不死になるということは表沙汰にならないだけでそんなに珍しい話ではないそうだ。

 生命の淀み、自然の摂理の流れに還らない魂という情報体の氾濫は、世界に魔物や不死(アンデッド)を生み出して、生態系を破壊する。古くから『穢れ』だとか呼ばれているものは、戦場跡などのたくさんの命が失われた場所で滞留した魂が肉体を求めて周囲の生き物に流れ込み、変質させる。そうして魔物や不死者が発生する。魔物が生まれる原因はこれだけではないが、ほとんどは『穢れ』によるものだ。

 だから、数百万もの死者の魂に満ちている街の外にはリリと親しかった人々が魔物や不死者として蘇っていても不思議ではないかもしれない。けど、再会を喜ぶなんてことはできない。多くの魔物や不死者と人類は分かり合えない。

 ヤドリギや傭兵団のみんな、おれの身の回りにいる人々が稀有な存在なのであって、不死という存在はそもそも価値観が違う。不死者にとっては自分たち以外は、家畜程度の認識らしい。ある種の選民思想を持っているのが普通だと爺さんが言っていた。つまり、人類の敵だ。

 リリは、そんな人類の敵である不死者を殺すことができる存在。そのような芸当ができる者は限られている。強力な力を持つ竜か、具現化したこの世界の意思である精霊。そして、魔女と呼ばれている存在だけだ。リリの場合は、竜でもなければ精霊でもない。かと言って魔女とやらでもない。ならば、なぜリリにはそんな力があるのか。本人から聞いた話では、そんな力が自分にあったなんて知らなかったらしい。ただ、その力を悪用しようとした者のせいで、たくさんの命が奪われたことは確かだと。


「いざとなったら、わたしは相手がメリクル主任でも引き金を引けると思う。引かなくちゃいけないんだ。でも、それは、やっぱり嫌だな。わがままだけど、できれば、わかり合えれば、これからでも昔みたいに戻れるかもしれない」


「なんてね」と言いながら、ぎこちない笑顔を浮かべていたリリは、愛想笑いが苦手なんだなって思った。




 夕刻。

 忙しい時間帯なのだが、おれはいつもヤドリギで手伝いをしているわけではない。ビヴロストの地下に作られたシーナ様が管理している街『アガルタ』から、ヤドリギに働きに来ている人々がいる日は、のんびりと店内でくつろいで過ごしている。以前なら部屋に篭りっぱなしだったのだが、本を読むにも勉強するにも、不思議なことに店内では落ち着いていられる。たぶん、ヤドリギのこういう雰囲気が人気の秘訣なんだろう。

 まあ、だからって読書や勉強が捗るわけではないんだけど。気分って大事だと思う。

 二人掛けのちいさなテーブル席の向かいには、常連客のオレンジっぽい茶色の毛並みをした長耳兎(ロップイヤー)の獣人が座っていた。名前はライラック・ライブラリ。気さくな性格をしていて誰とでも親しげに会話している姿が印象に残っている。

 お兄さん、なのか。お姉さん、なのか。パッと見ただけじゃ中性的でよくわからないけど、獣人はニオイだけで雌雄の判別が容易にできるみたいで、お兄さんが正解らしい。髪の毛が生えていれば女性だろうという偏見があるので、おれはライラックのことをお姉さんだと思っていたし、おれ自身も髪があるから当たり前のように女性として認識されている。

 リオ曰く『メスお兄さん』とやらで、美容師を職業としているので、おれたちの髪を切ってくれるのはこの人だ。というか『メスお兄さん』って愛称で通ってしまっているけど、失礼なのではないかと思う。名付けたリオはどこ吹く風だ。

 ちなみに、兎族は『ドワーフ』と呼ばれているらしい。他にも、狼族は『ライカン』であったり、犬族は『クーシー』であったり、猫族は『ケットシー』など、一括りに獣人と言っても呼び名は様々だ。種族を細分化する名称は一般教養として覚えておかないといけない。特に人の社会で生きる竜人は将来的に国家の要人になるから、ちょっとした動物博士になる必要が出てくるそうだ。今更、子供向けの絵本を指差して確認するのはなんとなく屈辱的だ。とはいえ、小難しい専門書を持ってこまれても困るんだけど。でも、意外とみんな犬獣人だの猫獣人だので通っているから、勉強する意味があるのかはちょっとした疑問。

 ちなみに、リリは自分の種族のことをよくわからない『雑種(キメラ)』などと言っているが、それは『混合種族(ミックス)』に対する一種の差別用語で、犬族であれば同種族である犬族と種を遺すのが美徳だとされている。

 例えば犬族と猫族のハーフであったりすると、迫害を受けてもおかしくはないみたいだ。この国では、そう言ったことは少ないけれど、口汚い言葉で相手を挑発する場合には『雑種』と煽ることがあるとか。

 そもそも、犬と猫でなぜ子供が生まれるのか疑問だけど、ベースは人間だから普通に子供が生まれるらしい。なんなら、獣人が人間と同じような食生活なのに体調崩したりしないのも、ベースが人間だから。極論、草食獣でも肉を食う。それでも、食べ物の向き不向きがあるようで、消化に影響するのだとか。確か、海藻を消化できるのは一部のアジア人だけで、外国人はそれができないみたいなものだろうか。

 まあ、自分で言っておいてよくわからない理屈なんだけど。

 悔しいけど、リリの問題におれはなんの力にもなれない。おれは、まだまだ子供で、大人の問題に首を突っ込めるほどじゃない。ただ、この街でリリと過ごせる時間には限界があることだけは理解している。いつかは、みんな離ればなれになってしまうのだろうかと思うと、勉強にもあまり身が入らない。

 忙しそうに働いているリリを見れば、花が咲いたように笑うリリの姿があった。先ほどとは違う。やっぱり、無理をしていたんだろう。いつか、あの笑顔が見れなくなる未来が来る。そう考えたら、途端に恐ろしくなった。明日を迎えることが。


「浮かない顔をしているね。どうしたんだい」


 ライラックは頬杖をつきながら、退屈そうに絵本を読んでいるおれを見て柔らかく微笑んでいた。なんだろう、別に嫌味なヤツではないのだが、考えていることが顔に出ていたことを指摘されるのは少し嫌だ。リリの問題なのにまるで自分が被害者ヅラして振る舞っていたことが、嫌だ。


「いや、別に、ライラックには関係ないだろ」


「そうだね、ボクには関係ないと思うけど、たぶんキミにも関係のないことだよ」


 ライラックは運ばれて来たコーヒーに角砂糖をふたつ落としてかき混ぜる。鋭いというかなんというか、全てを見透かしているかのような口振りだ。


「あまり気張らないことさ、助けを求められていないのに他人の問題に口を出すなんて賢い選択ではないからね。余計なお世話ってヤツさ」


「それは、ライラックも似たようなモンだろ」


「老婆心から来るものだよ。話半分くらいに聞いておいて損はないのさ。無駄に年食ってる人の言葉って、意外と馬鹿にしたものじゃないよ。長生きの秘訣は、危ないことには首を突っ込まないことなのさ」


 ライラックがコーヒーを半分ほど飲んだ後、嗅ぎ慣れているはずなのに思わず反応してしまうヤドリギの看板メニューであるハンバーグステーキが熱い鉄板の上で肉汁を迸らせながら運ばれて来る。給仕(ウェイター)の店員は、あまり顔を合わせる機会のなかった見知らぬ獣人だったが落ち着いた老紳士で、決まった口上を言うと優しくおれに微笑んでくれた。


「うわ、ニンジンのグラッセが付いてるよ。ニンジン嫌いなのになあ」


「ウサギってニンジンが好物なんじゃないのか?」


「それは昔ながらのマスメディアに侵された偏見。こと獣人においては肉食獣ってのも草食獣ってのも曖昧なものさ。どちらも雑食だし、食べられるモノが限られてる人類は須く淘汰されてる。意外と生活習慣で誰しも肉食にはなれるモノだよ」


 文句を言いながらも、ライラックはニンジンを食べている。野菜嫌いの幼い子供でさえヤドリギの食事は残さず食べるほどらしい。要は、食べ物の好き嫌いというものはアレルギーなどの体質で食べられないもの以外は、ほとんど第一印象が影響しているようで、おいしくないものを食べれば嫌いになるし、おいしいものを食べれば少なくとも嫌いになることはないみたいだ。それでも、ライラックはニンジンを食べている時は完全に無表情を通り越して虚無。文句も言わずに残さず食べているが、どうにも釈然としない様子だけど、たぶん美味いんだろう。曰く、ショートケーキの苺は最後に食べるタイプ。つまり、好物は最後まで取っておくらしい。

 それにしても、みんな幸せそうにヤドリギで食事をする。でも、知らないだけで笑顔の裏に誰もが悩みを持っているのだと思うと、表に出さないのはやっぱり大人だからだろうか。


「それで、何かお兄さんに相談事かい?」


「あ、いや、その……」


「リリちゃんや、リオちゃん、他のみんなには言いづらいことなんだろう。じゃなきゃ、わざわざお兄さんのところには来ないだろう?」


 まあ、その通りなんだけど。


「当ててあげようか、フィア・シュトライトのことじゃないかな。まさか、自分たちだけの秘密だとか思っていたのかな?」


 ライラックは、特に不思議に思っている様子もなく、黙々とハンバーグステーキを平らげる。


「そんなに驚くことじゃないよ。これでも一応、ボクは情報屋の端くれだからね。くだらないゴシップから国家機密まで、知らないことは知らないし、知ってることは知っている。不思議な不思議なウサギのお兄さんだよ」


 懐中時計を取り出して机に置いて、ライラックは自分の前で手を組み、悪戯めいて笑うと小首を傾げる。


「ところでおカネ、つまりアンバーってなんだと思う?」


「……そりゃあ、信用とか時間の目に見えないものの価値の象徴、なんじゃないかな」


「おっ、ちょっとは勉強しているね。先生がよかったのかな」


 なんだよ、急に。

 おれが不貞腐れてるのを見てライラックは楽しそうだった。


「それじゃあ、情報の価値が安くなるのはどんな時だと思う?」


「そんなこと言われても、よくわかんねえよ」


「そんなよくわかんない時ほど情報の価値は上がるよね。じゃあ、みんなが知ってる当たり前の常識には価値はないと思う?」


「……おれ、あんまり頭使うことは得意じゃない」


 ライラックは苦笑しながら、懐中時計をしまった。


「ごめんごめん、ボクの悪い癖だね。おカネのニオイがすると、つい。まあ、将来有望な竜人様に恩を売っておくのも投資としては悪くないかもね」


 こいつ、(したた)かというか結構な守銭奴ではないのだろうか。ライラックは快活に笑っている。

 

「じゃあ、たいしたおカネにもならない常識の話をしよう。『穢れ』が原因で生まれた怪物どもの意識というものは、不特定多数の色々が混ざって黒くなった絵の具のようなものだからね。とりわけ我の強い主人格が意思を持っているかもしれないけど、どちらかというとアレは擬態の一種だ」


 指先でカトラリーを遊ばせながら、退屈そうに語るライラックの目付きが鋭くなり、おれを見る。


「所謂、魔物と呼ばれるのはそういうものさ。腕っぷしの強い戦士であれば易々と殺せる。それでも、人類の天敵で脅威には変わりない。ただ、本物の不死ってものは色んな意味で厄介なのさ。『穢れ』とは、また違った原因だからね」


「そもそも、みんながよく言う不死者ってなんなんだ?」


「ハッキリとはわからない、理由はどうあれ死なないし老いないそういう存在なのさ。まあ、この世の不思議のほとんどは竜が関わってると言ってもいいけどね」


 付け合わせのパンをつまみながらおれを見る。


「そうだねえ、たとえば最もポピュラーな吸血鬼って種族の不死性の元を辿れば竜の血を飲んだ影響が大きい。多量に摂取すれば並みの生き物なら竜鱗症で粉々になって死ぬけど、用法用量をもって正しく飲めばあら不思議、不老不死の出来上がり、とはすぐにはいかないけれどある程度の寿命の延長や人並外れた再生能力が身につく。長い長い時間をかけて、その身に竜を宿すことで死とは無縁になるという。不老不死の一例だね」


 まるで血を吸うように、わざとらしくコーヒーを啜って飲み干す。ちょっと行儀が悪いようにも見えるけど、冗談のつもりなんだと思う。

 

「たしか、ライラックも不死者なんだよな」


「あー……うん、ボクも不死者だよ。正確には妖精との契約者かな、自分のことを図書館(ライブラリ)だなんて可愛げもない名前で呼ぶ無口な妖精少女に青春の花のライラックを捧げる信心深いお兄さんってところかな?」


「……妖精って、近くにいるようには見えないんだけど」


 ユークリッドの爺さんみたいに、周りにふよふよと浮いてる小人の姿はどこにも見えない。


「ユークリッド様みたいに実体を持ってる妖精は稀なんだよ。大半は実体を持たない情報生命体で、別の生き物に宿るものなのさ」


「その、幽霊が憑依するみたいな?」


「はははっ、可愛らしい比喩だね。まあそんなとこ、妖精という純度の高いナノマシンの塊を取り込んでるからボクは心臓を貫かれようと、首を落とされようとピンピンしてるよ」


「ものすごく普通に教えてくれるけどさ、そういうのって秘密の話で、その、情報料とか高く付かない?」


「非常識で需要もないし、売り物にもならないよ。不老不死のなり方を知ったところで、なれるかどうかは別の話。大半は中途半端に魔物化しておしまいさ」


 食後のデザートにアイスクリームに舌鼓を打っているライラックはどことなく嬉しそうだ。やっぱり、存在に妖精が関わってるから甘いものには目がないのだろうか。


「あっ、今日のごはんは相談料としてエリシャくんが奢ってね」


「……別にいいけど、本題がまだなんだけど」


 正直、子供の小遣い程度のアンバーしかないのであまり持ち合わせがない。とはいえ、子供から財布を掻っ攫うほどライラックも非常識な奴ではないと思う。


「それじゃあ、端的に言うけどフィア・シュトライトは魔物ではなく紛れもない不死者だ。本人は吸血鬼に感染させられたとでも思い込んでいるようだけど、あの子の気配はリリちゃんやリオちゃんに近い。同一といってもいい」


 一呼吸おいて、適切な言葉を選ぶようにライラックは口を開いた。


「フィア・シュトライトは、不死者に適合した。吸血鬼は、そもそも感染してなるものじゃないからね。吸血症という病はあるけど、それ自体は吸血鬼と因果関係はない。これ以上は、エリシャくんには教えられないかな」


「えっ、そんだけ!?」


「人間は考える葦である。昔の人は、随分と皮肉屋でイジワルだね。でも、考えることは自由の本質だよ。ケチなお兄さんとしては特別サービスさ、ちょっと早い誕生日プレゼントを受け取ってくれたまえ」


 ライラックはよれよれのバケットハットをかぶると、愉快そうに店を後にした。聞きたかったことは山ほどあったのに得られた情報はわずかだ。『穢れ』の常識と、フィアが不死者に適合したってことくらいしかわからなかった。子供の小遣い程度で教えられるのはそれだけってことだろうか。

 落胆しながらテーブルに残された伝票を見ると、ライラックの注文した食事にしては桁がおかしいと思った。

 デザート付きハンバーグステーキセットの値段は千二百アンバーの筈だが情報量という欄が追加されていて、そこには十万アンバーという目を疑う値段が書き込まれていた。おれの貯金箱に入っているほぼ全額だ。備考欄には「必ずエリシャくんが働いたおカネで払うように」と書かれている。

 そうして、高い授業料を払わされたおれは枕を涙で濡らすことになった。不用意にライラックから情報を買うと高く付くから情報屋には気をつけるようにリオから言われたのは後の祭り。普通は数千万とか数億持っていかれてもおかしくないらしい。そう考えたら、十万くらいまだ可愛いものなのだろうか。というか、なんで貯金箱の中身を知っていたんだろう。考えたって仕方がないけど。前言撤回、ライラックは非常識ではないが非情なヤツかもしれない


 

 

 

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