【一章】追悼と邂逅 Ⅶ
リオ。
本当の名前はリオネッタ・ウィルム。
不死たちの間では、魂の魔女として名を知られている有名人なのだという。
かつて、滅びゆく旧人類と共に人間として過ごしていた頃は日本で生活していたらしくサブカルチャーにどっぷりと浸かった日系欧州人のオタクだったらしい。
リオは「もしかしたらぼくらは何処かで会っていたかもしれないっスね」だなんておどけて言ったけれど、なんだかリオは昔のおれを知っているかのような口ぶりだった。
どうやら、おれが生きていた時代背景は『竜鱗症』の感染拡大が世界的な問題として広まりはじめた時期に当たるそうで、その頃に日本で正常に機能していた都市と図書館は数えるほどしかなかったそうだ。そして、その分野で有名な日本人の研究者は竜胆博士と呼ばれる人物で、妻は『竜鱗症』患者で、子供は二人いた。
友達というほど親しいわけではなかったが内気で気弱な典型的ないじめられっ子だったリオは、博士の娘の『竜胆 恵理沙』という少女に助けてもらったことがあったらしい。
結局、リオは学生生活からドロップアウトしてひきこもりになってしまったが、恵理沙には兄か姉がいたことは覚えていたらしい。
そんな、穴の空いたパズルに綺麗にはまるピースを持っていたリオだったが、肝心のおれのことは何も知らなかった。
ただ、ある事件が起きたことだけはよく覚えていたようだ。旧人類が『竜鱗症適応生物』つまり獣人を生み出す遺伝子実験を始めたことだ。人類初の獣人の祖型と魔物の祖型がはじめて生まれることになった新世界の始まりの起点となった出来事。
おれに関係あるかもしれないし、関係ないかもしれない。少なくともそれから先の未来では竜胆博士もその家族は『竜鱗症』で全員亡くなったとされている。
エリサ、という名前は不思議と聞き覚えがある。
そもそも、エリシャという名前はシーナ様がおれを拾った時に名前を尋ねた時、辿々しい口調でエリシャとおれが名乗ったものだ。つまり、おれは自分の妹の名前だけは忘れていなかったのかもしれない。
思い出せる限りの人間だった頃の記憶も、自分のことより妹のほうが覚えていることが多い。これまで、ずっと舌足らずに妹の名前を名乗っていたのだとすると、なんだか恥ずかしい。
もしも、リオの記憶が確かなものだったとするならば、の話だが。何せ、遥か数億年以上も昔の話だ。ただ、リオにはおれの過去の話をまだ断片的にしか伝えていない。日本人だったってことくらいしか話してなかったのに、そこからおれの知らない竜胆博士の情報まで辿り着いたのだから、おれなんかのうろ覚えの話よりもよっぽど信憑性があると思う。
そうなると、リオは少なくとも数億年以上を生きる古竜で途方もない年月を生きていることになる。そして、おれは数億年の時を超えて竜に生まれ変わった人間ってことになる。
あまりにも壮大なスケールで馬鹿馬鹿しいと思うけど、竜の力で形作られた竜の世界では何が起こってもおかしくない。ちなみに、ナノマシンについての講義はかなりはじめの方のリリとリオの授業でおれは竜人の一般教養として教わっている。
内容は半分も理解していないけど、この世界は竜にとってかなり都合の良い世界にできていることは理解した。
リオは、自分のことをただ怠惰に生きて来ただけの竜などと揶揄するが、蓄えられている知識や技術はやや偏っているものの他の追随を許さない研究者なのだとシーナ様は評価している。ここ数十年の間で、元々はリリのために開発したとされるアニマギアという技術は様々な分野の基礎として技術革新を起こしている。おれは、便利な義肢程度の認識しか持ち合わせていなかったけど、用途は多岐にわたる。
近年ではオブジェクトへの干渉能力を持つことがわかり、権限の低いものでもアニマギアによって限定的かつ局所的な『擬似パーソナリティ』からなる超常現象。リオは顔を顰めるかもしれないが、道具と才能次第で魔法のようなものが使えるようにまで進化したらしい。尤も、規制が厳しく、武器兵器としては未だに銃火器や刀剣などに軍配が上がるのが現状だ。
でも、そう言った『擬似パーソナリティ』の技術を用いて、リオはこれまで不可能とされて来た魔法じみた不可視の障壁、いわゆる結界だとかバリアを都市に展開することを可能にした。その動力になるために、リオは培養槽から出ることは叶わなくなったが、代わりにこの街には魔物の襲撃が起こらなくなった。物理的な衝撃のある程度を無効化し、正規の手段以外でこの街に侵入するつもりなら肉体を消し飛ばす覚悟が必要だという。
他にも、動くことができないリオがあらかじめ作っておいたリリの姿をモデルにした生きた人形。正確にはアニマ生命体と呼ぶらしいが、半永久的に活動することができる試作品だそうだ。リオの研究課題である『アヴァターラ』の目的のひとつ、自分ではない誰かになりたい『変身願望』の『パーソナリティ』の力を具現化させたもので、その成功例がおれがよく知るリオの姿だった。
どうやら、リリのような不老不死の存在とは違い、アニマ生命体としてのリオにはエネルギーを補給する為に飲食が欠かせないらしい。新陳代謝などもするため、普通の生き物と変わらない。けれど、老いることも死ぬことはない。それに関しては、リオが意図したものではなくリリの細胞から作ったことが原因で、不老不死の特性を得たのではないのかとリオは考察している。
アニマ生命体としてのリオは、自身をリリの劣化コピーだと卑下しているが、それでも自分ではない誰かになれた達成感は積年の想いが叶って嬉しかったみたいだ。
何故、竜人だったリオがリリの妹として過ごしているのかと聞けば、アニマギアの開発の初期段階でリオがリリの姿をした人形に入り、リリに「わたしが二人いたら、どっちがお姉ちゃんになるの?」と聞かれ、結果的にリリが姉になることを望んだらしい。正直、それは英断だったと思う。
これは先入観なんだと思うけど、リオってお姉ちゃんって柄ではない。何故か、リリは妹でも違和感はないんだけど、なんでだろうか。
とはいえ、リリと瓜二つの外見をしているのは苦労が絶えなかったみたいだ。なにせ、リリに間違えられて被害を受けたことも少なくはなかったのだが、当の本人は「少しでもリリさんの身代わりになれるなら痛くも痒くもないっス」などと気にもしてない様子だった。
培養槽に浮かぶ竜人のリオの体は、のっぺりとしていていて、竜らしさの欠けた外見をしている。聞けば、リオは同族の竜人たちから危険人物とされていて鱗を剥がれてツノも折られ、翼も捥がれた。再生能力に優れた竜であっても幾度となく拷問を受け続けた結果、それら全てを永遠に失うことになった。だから、そんな過去に比べたらリリの身代わりになるのはむしろ本望だとさえ胸を張っている。
少なくとも、リオの体を張った行動のおかげで、ヤドリギや商業組合に属する人々の多くがリリの味方になってくれた。
リリやリオが商店街を歩いていても、通行人から悪態をつかれることはあっても暴力被害を受けることはほとんどなくなったそうな。とはいえ、味方になってくれる人々の目の届かないところでは、リリは非難の目で見られている。
リリが傭兵団に入ったからと言って、それが原因で被害が減ったわけでもなかった。むしろ、頭の悪いゴロツキは『猟犬』という最強の傭兵団の一員のリリを無抵抗なのをいいことに一方的に攻撃しても反撃されることがないので、箔を付ける為にリリをいたぶるような輩が後を絶たなかったみたいだ。
傭兵団も、やられっぱなしでは沽券に関わると対処に追われていたみたいだが、団長も子守りをする為にリリを迎えたわけじゃないと原則的に自宅で待機するように命令している。突き離すような言い方をしているが、リリを守る為だ。
雇い主の十二人会にはリリの知り合いが多く在籍しており、リリが戦争の引き金になっていたとしても、たった一人に全ての犠牲者の命の責任を取らせるのは間違っているし、政を預かる身としてはそのような個人を攻撃する行為は見過ごせない。だから、リリを保護することに全面的に支援している。
しかし、リリのことを不老不死の化け物だと、戦争の原因になった忌むべき存在だと、様々な噂が飛び交うようになり、もはや収集がつかなくなっている。法で守ろうとも、暴徒と化した国民たちの前では、ほとんど無力だった。
それでも、リリ自身が罪悪感から自責の念に駆られているので、その想いが届くことはない。
リリは、暴力を受けることも、戦争に加担した人を殺すことも受け入れている。
リオが、そんなリリを放って置けるわけもなく、この手の話をし始めると、仲の良い二人の関係に距離感を感じる。
「まあ、色々と話し始めるとキリがないってコトっスね。ぼくらにとってこの二十五年間の問題は、厄介極まりないんスよ」
研究室の一区画で、ちょっとした話をした。おれとしては全然ちょっとした内容ではないと思うんだけど、二人にとっては昔話のほんの触り程度のことみたいだ。
少なくとも、おれが理解したのは、本当のリオが竜人でありながらリリの妹として過ごしていることに、リリを取り巻く環境が思いのほか複雑なこと。
聞きたいことはいくらでもあるけど、とりあえず今は少し話題を変えた方がよさそうだ。特に、この街とリリの関係について深く追求するのは、追悼式が終わって間もないのに話すことじゃないと思った。なんとなく、リリの体の中にいる時に記憶が流れ込んできてしまったので、過去の出来事はなんとなくわかる。ただ、凄惨のひとことに尽きる。
少なくとも、おれはリリみたいな過去を経験したら、笑顔でいられない。その全ての責任が自分にあるだなんて考えたら、気が触れてしまいそうだ。
「……そういえばさ。さっきからずっと気になって仕方がなかったんだけど、この研究室やリオの本体ってなんなんだ。表にはボイラー室だとか、危険だから入るなとか書いてあったけど、実のところこの部屋って、竜人のリオがあんなにぼろぼろなのって、まだ、全然わかんなくて」
「まぁ、そうっスよね。エリシャからしてみれば、ぼくのことをずっとリリさんの双子の妹だと思っていたわけで、突然こんなもの見せられてもびっくりするっスよね」
おれたちは、培養槽に浮かぶ竜人のリオの姿を見ていた。
「今は詳細を省くんスけど、このアパルトマンはシーナ様がぼくの為に用意してくれたシェルターのひとつで、この研究室もシーナ様からの贈り物。あの人は、何かとぼくのことを助けてくれた恩人なんスよ。同族のよしみとか、そんなんじゃなくて、ぼくにとってはずっと昔からすごく偉い親戚のおじちゃんみたいな感じだったっス」
リオは、培養槽に向かっていって、目の前で自分自身を観察していた。
「……いつ見ても、不細工な。醜女っスね。無理矢理剥がれた鱗の痕は、抉れてぼこぼこだし、翼の痕は内側の骨を歪ませて猫背になっている。頭骨だってツノを無くしたせいで変形していて、酷い有様っス。元々、そんなに容姿は優れていなかったけど、いっそ清々するっスよ」
おれには、竜人のリオが不細工だとか醜女だとかは思わない。あちこちに残された傷痕は痛々しいけど、リオから無意識のうちに感じる優しい気配と同じものを感じる。だけど、この気持ちは、リオにとっては劣等感を刺激するよくないものなんだろう。
「こんな姿のぼくのすべてを愛してくれたのはリリさんだけだったかもしれない。シーナ様は、こんなに変わり果てたぼくを見るとつらそうな顔をして謝るだけだったっスから」
リオは、リリと瓜二つの自分の姿を見ると、安心したように胸を撫で下ろしていた。
「ぼくは、リリさんの双子の妹って立場を気に入っているっス。だって、こんなにも精巧なお人形さんみたいに整った顔立ちをしている可愛い女の子になれて嬉しかった。みんなに愛してもらえるこの姿が好き。だけど、ぼくの中身はこの愛らしい外見にそぐわない醜いままなんスよ」
リリが、今にも泣き出しそうなリオに歩み寄ると抱きしめる。そのまま頭を撫でながら、何も言うことはなかった。二人の間には言葉はいらないのかもしれない。
「こんな卑屈になってたら後でリリさんに叱られてしまうっスね。でも、まあ、リリさんの妹として受け入れられたのは嬉しかったっス。誰よりも一番近くで寄り添えるのは妹冥利に尽きるっスから」
やっぱり、リオは、リオなんだなって思った。大きな竜人のリオも、リリと瓜二つのちいさなリオも変わらない。
培養槽の中の竜人は、微かに微笑んだ気がした。
「っと、自分語りが過ぎたっス。エリシャの質問に答えなきゃっスね。あの、扉の外のボイラー室ってのもまあ間違いはないんスよ。ぼくの竜の体はこの辺り南部一帯の竜の力を制御するエネルギー源になってるんだ。首都のビヴロストには北側の湖を除いて他にも東西にも竜の体を使った同様の施設があるみたいっスね。そっちの動力は完全に竜の亡骸っスけど」
「……それじゃあ、リオは進んで街の動力になったのか。もしかして、こんなに体が損壊してるのもその影響で?」
「いやいや、単純にぼくの体が無駄に大きいからバラバラにして此処に運び込む必要があって、その時の傷が完全に癒えてないだけっスからね。本来なら亡骸からエネルギーを吸い出す仕組みだから、治癒がかなり遅いんス」
リオは、自分の体とはいえ竜人としての自分をいくらなんでも粗末に扱いすぎなんじゃないか?
リリに同意を求めようと視線を向けると、呆れた様子で首を横に振っていた。つまり、リオは昔からこういうことを平気でするような奴だったらしい。
「それって、シーナ様に怪我を治してもらってから入れば良かったんじゃないか?」
「そりゃあ、あらかたくっ付けて貰ってから入ったんスけどね、中で接着したトコが解けちゃってね、まあ、治りは遅いけど死んでるわけじゃないからそのうち生えて来るから大丈夫っスよ。たぶん」
笑いごとじゃないんだけど。倫理観が狂ってる。
「まあ、他にも地下道が街のあちらこちらに繋がってるっス。なんだか秘密基地みたいでワクワクしないっスか?」
それでいて無邪気に瞳を輝かせてるんだから、そもそも価値観が全然違うんだろうな。かなりデリケートな問題だと思って心配していたんだけど、そうでもなさそうだ。
おれが竜人だからなのか、ナノマシン……竜の力が満ちているこの研究室は不思議と居心地がいい。リリとリオも蟠りがとけた様子で、いつも通りだ。
リリなんて、鼻歌混じりにアニマギアのアクセサリーを外しながら、ついでにリオにメンテナンスを頼んでいるみたいだった。そのまま服も脱ぎ始めて、服を?
「リリ、なんで脱いでるんだ?」
「脱がなきゃ脱げないから」
あれ、なんか当たり前みたいに言われたんだけど、おれって今なにか変なこと言ったか。間違えてなければ、脱がなきゃ脱げないからって聞こえたんだけど、何を言ってるんだ?
なんだか脳が混乱しながらリリを見ていると、衣服をすべて脱いでしまった。なんだか薄っすらと電子回路みたいな模様が背骨のあたりを中心に全身を走っている。
「ちゃんと着てるみたいっスね。防具なんだから出かける時は装備して欲しいんスけど、武器や防具は装備しないと意味がないんスよ?」
いや、裸なのに何を着てるってんだよ。
「『竜皮』が無いと、日常生活もまともに送れないんだよ。ずっと着てる、いつ敵に攻められるかわからないもの」
リリは少しうんざりしたように子供っぽく拗ねた口調でリオに返事をしながら更に服を脱ぐように脱皮した。
脱皮した?!
リリが脱いだ白い皮のようなものは、次第に黒ずんで、真っ黒になった。驚いているうちに、リリが服の下に更に何か首から下の全てを覆う皮のようなものを着ていたことがわかる。
えっ、でも服の下は普通に毛皮があってもふもふしてたはずだろ?
「……また回路が焼き切れてる、リリさん違和感とかなかったんスか?」
「ちょっとガンケースが重いかなって思ったけど、気分の問題かなって」
「今夜は、ぼく徹夜っスね」
「ちょっと待て、いきなりだけど何それどういうこと?」
さも当たり前のように目の前で裸になったリリのことは、別に脱衣所で裸を見ること自体珍しくもなんともないけど、爬虫類じゃあるまいし、突然脱皮したことに対しては説明をしてもらいたい。
「なにって、リリさん専用のアニマギア『妖精型』のインナー『竜皮』っスけど」
「いや、名前を聞いてるわけじゃなくて、リリって獣人だろ、ふわふわしてて、なんか、こう、脱皮とかそうじゃないじゃん?!」
「普段は皮下組織のあたりまで浸透してるから目視ではわからないっスけど、リリさんはいつも着てるっス。まあ、滅多なことでは脱ぐことはないからエリシャが知らないのは無理もないかも」
「この間言わなかったっけ、わたしが特別な装備で戦えてるって。これのことなんだよ」
「うーん、この『竜皮』の上に更に着込めるのが利点なんだけどなぁ。これはなにより脱がされたりしないだろうし日常生活でも有用だし遮蔽性も高いけど、如何せん防御の膜が薄いから心配だなぁ。子供の体のわりには頑丈になるけど、痛みを感じなくなるわけじゃないし、そもそも痛覚というものは危機管理能力において最も重要な要素になるわけっスから……」
リリは、よろよろとしていて立ち歩くのも困難な様子で金属質のひんやりとした床にぺたんと座り込んでしまった。リオは『竜皮』をじっくりと観察しながら、ぶつぶつと呟いている。
おれは、正直何ひとつとしてわからないままだったけど、とりあえず自力で立ち上がることさえ困難な様子のリリを持ち上げて椅子に座らせた。
「そういえばエリシャにはちゃんと説明してなかったよね、わたしがアニマギアに完全に依存した生活をしていることを」
「アニマギアに依存?」
「うん、今のわたしが本来のわたし。外見相応の力しかない非力で無力な子供。成人男性が力を込めて握ったら、枯れ木の細枝でも折るように壊せてしまうような貧弱な体。わたしは、リオの作ってくれたアニマギアがなければ日常生活すら満足に送れないんだ」
「……あっ、だから本来の自分の力では武器が持てないとか言ってたのか。でも、団長も使いこなしてるのはリリの実力だって言ってただろ?」
「わたしがアニマギアで得た力は自分の力じゃないから、それを自分の力だと過信してしまうことはリオにも失礼だし、危ない。アニマギアがなくなったらわたしはただの無力な子供ってことを忘れちゃいけないから、その為の戒めみたいなものかな」
なんというか、リリは随分はっきりと割り切っているんだな。謙虚というわけではなくて、合理的な判断をしている現実主義者みたいな感じだ。アニマギアによって増強された身体能力は自分の力ではないと一蹴している。信頼しているからこそ、自分からアニマギアを取ったら何も残らないと思っているのだろうか。
「それはそうと、いきなり自分の皮引っぺがすような真似をしないでくれよ。何も知らなかったからびっくりしたんだけど」
「ごめん。ここに来るのはわたしとリオだけだから、いつもの癖でつい。エリシャもわたしの裸くらい見慣れてるだろうし別にいいかって」
「おれがいうのも変なことなんだけどさ、リリって案外デリカシーがないタイプなのか?」
「……そんなことないよ、たぶん。わたしの家族は女性しかいないから、男の人の目とかあんまり考えたことなかっただけ」
そう言われると、おれがリリの裸を変に意識しているやばいヤツになりかねないけど、やっぱりリリにとってはおれは女性の家族なんだろう。いや、間違っちゃいないけど正解でもないというか。いっそのこと性別がちゃんと決まっていれば丸く収まるんだけど、おれ、竜だもんな。
竜ってひたすらに面倒な生き物だなって思いながら。ひとまず、リリにはおれの上着を着せておいた。
「つうか、どういう仕組みなんだ、その『竜皮』ってやつは。リオは皮下組織まで浸透とかよくわからないこと言ってたけどさ」
「わかりやすく言うとね、皮膚って大きく分けて三層構造になるんだけど『竜皮』は純粋な竜の力だけで織られた繊維みたいなもので、皮下組織は一番下にある。つまり毛皮の奧底の方まで沈み込んでわたしの体の一部になって補強してくれてるの。昔はもっと編み目が粗くて全身を覆うタイツみたいな感じだったんだけど、ずっと着たままでも生活できるようにってリオが頑張った結果、今の形になっちゃった」
「……なっちゃったって、それ痛くないのか。着るにしても脱ぐにしても」
「竜の力ってね、微細な粒子みたいなものだから、人の細胞の隙間から体の中に入り込めるんだよ。脱皮した皮みたいに薄い膜だけど、竜の皮みたいにしなやかで強靭なんだ。ただ、筋肉に纏わりつくために、神経とか血管よりも奥に入り込むからね着る時はともかく、脱ぐ時はちょっとピリピリする」
ピリピリする程度で済むのか。
いや、待てよ。そんな内側まで入り込んでいたとしても神経だとか血管は『竜皮』の外側にあるなら怪我をするから意味がないんじゃないか。
「リリさんが戦いに行く時は、その『竜皮』の上に更に一枚『妖精型』の装甲を着てもらっているっス。つまり『竜皮』で筋骨の補強をして運動能力を上げて、装甲で全体の防御力を上げる二層構造になってるんスよ」
リオは、作業台のようなところに置かれた、ほぼリリの全身を覆うであろう一体成形のウェットスーツのようなものを指さしながら言った。
「……なんというか、アレだな。SFとかに出て来るパワードスーツみたいな感じ」
「ほお、エリシャもなかなかロマンがわかるっスねえ。ぼく的には、どちらかといえばロボに乗るパイロットのスーツ、いわゆるパイスーをイメージして作ったんスけどね。体のラインが浮かんで中々良いと思うんスよね。このハニカム構造の化学繊維の織り目が本当に美しいと思うんスけど、どうっスか、どうスかね!?」
興奮した様子のリオが瞳を輝かせながらおれに詰め寄ってくる。
「……いや、おれもそんな詳しいわけじゃないからあんまりいえないけど、かっこいいよな。上からエンジニアが来てそうなベストとか着てるといいんじゃないか?」
「……アッ、それ、それ良いっスね。リリさんは主に銃火器を使った戦闘スタイルになるっスから弾薬の携帯ポーチがついたタクティカルジャケットを着てもらうのも、傭兵団の外套と合わさってコレはカッコいいっス!!」
「弾薬とかならわたし自分で作れるんだけど、それに自動拳銃とかより回転式拳銃の方が好き。動作不良を起こさない銃が一番だよ」
おれは、急に早口で喋り始めたリオのことが心配になってきたけど、リリはこれがリオの平常運転だとばかりに素っ気ない反応をしている。
「それに、弾薬を持ち歩くのは重量が増えて移動が遅くなる。反応も鈍くなるからダメ。『妖精型』の利点はなんだっけ?」
「……リリさんの体重の軽さと身軽さを活かした装備っス」
リオはしょんぼりとしながら、とぼとぼと作業台のところに歩いて行った。
「いいのか、アレ」
「リオのロマンとやらが爆発したらとんでもないことになる。ただでさえ『妖精型』は昔はちょっと長い跳躍ができる程度だったのに、今じゃ低空飛行なら際限なくできるようになっちゃった。明らかにわたしにはオーバースペックってヤツだと思う。ありがたいんだけど、色々と機能を追加されるとわたしもどうやって体を動かせば良いのかわからなくなる」
実際に戦場で戦ってる経験のあるリリからしたら、不確定要素はなければそれだけいいって考えなのかもしれない。
「というか『妖精型』って、なんだ?」
「リオの趣味、わたしが妖精みたいに可愛いからってわたし専用のアニマギアにそう名付けたんだってさ」
半ば諦めたようにため息を吐くリリの姿と、黙って甘いものを食べている時のユークリッドの爺さんと比較して、妙に腑に落ちたようなような気がした。確かにリリは妖精っぽい。口に出したら怒られそうだけど。
リリはひとまず、予備の『竜皮』を身につけると、全身をくまなくぴっちりと覆う珍妙な姿をしていたのだが、リリの体を感知して『竜皮』が脈打ちはじめる。
光沢のある黒いゴムのような表面が徐々にリリの毛皮と同じ色合いに変わり、スポンジが水を吸収するように体内に音もなく取り込まれていった。
ふわふわな綺麗な毛並みが露わになり、金属製の首輪をしている以外に特に変わったところはなく、リリは体の具合を確かめながら服を着た。
「本当にどうなってんだそれ」
「皮下組織に四層目の膜を張るってことになるのかな、どちらかといえば筋繊維や骨の強度を増強して運動神経を上げる役割が強いんだ、体が多少頑丈になったからと言ってわたしは元々が貧弱だからね。大袈裟に見えるかもしれないけど、人並みに生活を送るのに手段は選んでいられないの」
「リリさんはレベルが初期値から上がらないから装備でステータスを補わなきゃならないっスからねぇ」
リオが肩を落としながら、アニマギアのメンテナンスを続けている。その例え、リリに伝わるのか?
「とりあえず、ぼくらもお父さんが焼いてくれたアップルタルトを食べにいくっス」
破損した『竜皮』をすぐにどうにかできるものではないと判断したリオは、これからの作業に向けて腹ごしらえをするみたいだ。




