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【一章】追悼と邂逅 Ⅴ



 追悼式の当日。

 正直な話、おれには何も関係ない気がするのだが、聖女としての正装をするシーナ様とその側近であるヘルメス様と同じ馬車に乗り、式場に向かうことになってしまった。

 シーナ様はいつものような老人のような口調ではなく、聖女としての偶像を体現したような、お淑やかな少女として振る舞っている。

 まるで深窓の令嬢とやらのように儚げな笑みを浮かべながら、窓の外からシーナ様を呼ぶ人々に応えるようにささやかに手を振っている。何度か公務には同席させてもらった機会があるのだが、おれには普段のおちゃらけた老人のようなシーナ様と、聖女様として振る舞うシーナ様のどちらが本心なのか、判断に困るところだ。

 でも、なんとなく今のシーナ様は息苦しそうだ。かといって普段のシーナ様からも、なんとなく嘘のような気配を感じる。嘘みたいな気配って言っていいのかわからないけど、そんな感じの言葉が適切だと思う。例えるなら、リリみたいだ。なんでもないと取り繕っているような。どこかで無理をしているような。上手くいえないけど、そんな気配だ。


「エリシャくん、今回は我々の事情に巻き込んでしまって申し訳ない。本来なら、キミには安全なヤドリギで過ごして貰いたかった。このような政治的な矢面に立たせるつもりはなかったのですが……」


「よくわかんないけど、全然いいよ。おれなんかがシーナ様やヘルメス様の役に立てることなんて滅多にないんだからさ。恩返しだと思えばなんだってやるよ」


 とはいえ、おれのやることはシーナ様の数歩後ろを歩いて、数分間の間、黙祷を捧げるシーナ様の側にいるだけだ。獣人ではなく竜人という高位の存在が戦没者の獣人を思いしのぶこと自体にある種の儀式的な意味合いがあるらしい。

 かつて『魔王』と呼ばれていたフラン様も追悼式には欠かさず出席しているみたいなのだが、二十五年前からずっと喪に服している。追悼式があろうとなかろうと関係なく、中心街のはずれ、防壁の緩衝区に設けられた慰霊碑の前には毎日訪れ、祈りを欠かしたことは一度もないのだそうだ。被害を最小限に抑える為とはいえ、自らの手で罪もない民を焼き払ってしまったことはフラン様の心に深い傷跡を残した。以前は花のように明るい少女だったと話には聞いているが、おれが知っているフラン様といえば、まるで感情のない人だ。

『魔王』の伝説が過去のものとなり、治安が悪くなったとは聞いているのだが、壁の内側に関してはそう悪くなったわけではないみたいで、むしろ形骸化していた憲兵たちが国家憲兵として再編されたり、傭兵組合に所属している傭兵たちのおかげで犯罪件数は減少傾向にある。

 言い方を変えれば、取り締まりが厳しくなった。しかし、そのせいで小さなトラブルが増えたのだが、それが明確に、内地と外地、街の中と外を分ける要因になった。

 この国の首都の法令に関しては、武器の携帯を許可されている職業は、軍人や傭兵や郵便組合員。正式に武器を携帯所持することを許される許可証を所有していれば、一般人でも武器を持つことは許されているらしい。しかし、問題は許可証を持たない非正規の傭兵くずれが起こす暴力事件だ。特に、防壁の外側にできてしまった戦災孤児や移民によって作られた貧民街(スラム)ではそう言った犯罪が顕著だという。

 建国からたった一人で国を守って来たフラン様を知る者たちは、これまでフラン様にだけ重荷を背負わせて来たことを深く反省して、終点街の陥落から正規軍を立ち上げた。

 建国以来、形骸化していた軍隊を再興させて国内で起こる内乱を鎮圧する為に動き出した。国内における魔物の討伐や治安維持は、これまで各地の自治体などの義勇軍や傭兵の仕事だったのだが、その仕事も再編された軍隊が取り仕切るようになり、これまで魔物と戦うことを稼業にしていた傭兵たちは軍隊の傘下に入るようになったらしい。

 問題ばかり起こす素行の悪い傭兵は軍隊から弾かれて、肩身の狭い思いをしているそうで、軍隊の傘下に入った傭兵を『首輪付き』だなんて揶揄されることもあるそうだが。爺さん曰く「言わずもがな、負け犬の遠吠え」だそうだ。

『猟犬』たちは組合に所属しないフリーランスの傭兵団なのだが、軍隊とは折り合いが悪く協力関係にはない。表立って文句を言う連中はいない。

 いたとしたら、よほどの自殺志願者だと思う。

 なんというか、おれには平和に見えたこの街も色々な問題があるんだなって思わされた。それも氷山の一角なのだろう。それでも、フラン様とシーナ様が終点街の陥落を止められなくても、国民の心が二人から離れていないどころか、今までただ守られる側だった人々が守る側になったというのは、国民性というか、おそらく二人の竜の少女はそれだけ愛されているんだろうな。シーナ様が少女なのかどうかは置いておいて。


「そろそろ、見えて来ましたね」


 ヘルメスの視線の先には戦没者数百万人ほどの名前が刻まれた石造りの書架のようなものがずらりと並んだ慰霊碑があった。少し離れた広場には屋台が並び、ちょっとしたお祭りのようになっていた。

 おれは少し、浮かれていたけど、シーナ様もヘルメス様も口には出さないけれど、苦しそうな表情をしていた。

 そっか、そうだよな。

 戦争を知らないおれからしてみればお祭りでも、あの慰霊碑は遺体すら残らなかった人々のお墓なんだよな。



 

 おれの役目というのも、呆気なく終わった。

 本当にただシーナ様の側にいるだけで、本当に何もすることはなかった。ただ気掛かりだったのは、フラン様はおれたちが来る前から、おれたちが来たあとも、いつまでも戦没者たちに祈りを捧げていたということだ。

 追悼式とは言っても、お祭りも一緒に開催されるくらいだから、もっと楽しいものだと思っていた自分がいた。だけど、数分間の黙祷の中には二十五年間にも及ぶの悲しみや怒りが渦巻いていて、気分のいいものではなかった。

 追悼式はつつがなく終わったものの、これからも戦没者のことを悼む気持ちはなくならないのだと思うと、みんなこんなに重たい気持ちを抱えながら生きていくなんて知る由もなかった。

 おれにとって、二十五年という月日の長さは想像もできない。祭りの会場にあるベンチに座り、ただ茫然と空を見上げていた。

 ユークリッドの爺さんは、屋台で売ってたアイスクリームを食べながら「弔いには何の意味があるか知っているか?」と聞いてきた。


「人が、死んだってことを受け入れる為なんじゃないかな。でも、みんながみんな、そうとは限らないし、家族や親しい人が亡くなったなんて受け入れられない人だって居ると思う」


 ユークリッドの爺さんは、おれの答えに「死に思う感情は千差万別、答えなどないかもしれないが、こういう言葉がある『メメント・モリ』というラテン語だ」と、スプーンでアイスクリームを掻き分けるように食べながら、苦しそうな顔をしていた。頭がキーンとしているらしい。

 つまりどういう意味なのか、爺さんに問えば。

「自分もいつかは死ぬことを忘れるな」ということらしい。

 それは不死にとってその言葉は、この上ない皮肉みたいなものじゃないかと思った。大切な人が死んでも、最後まで、自分はいつまでも生き残るんだから、常に別れと隣り合わせで生きているんだから。悲しい別ればかりが最後の思い出になるだなんて、あんまりだ。おれには耐えれそうにもない。

 リリは、どうなのだろうか。先日、過去に何があったのか少しは話を聞けたけど、やっぱりつらそうだった。きっと、メリクルって人も慰霊碑に名前が刻まれているのだろうか。今朝から姿をみていないけど、たぶんリリは今、そこにいるんだと思う。


「こら、エリシャっち、お祭りだからって浮かれてないの。竜人の一人歩きなんて、シーナ様とフラン様に恨みを持っている過激派連中に見つかったら何されるかわかったもんじゃないんだからね」


「ユークリッドの爺さんが護衛についてくれてるから大丈夫だって言ったのはシャナだろ?」


「まあ、そうなんだけど、世の中色々と複雑でねー。追悼式に出席した他の竜人の中には権限高くて碌でもないヤツもいるんだわ。国家転覆だとかしょうもないこと考えてる馬鹿がね。そういった連中への牽制としてエリシャっちはあの腹黒ヘルメスにまんまと利用されたってわけ」


 シャナはおれの隣に座ると、熱々のたこ焼きを口にして悶絶しながらも食べ進めていた。猫舌らしい、竜なのに。

 追悼式には国内や他の国からも数十人の竜人が集まり、黙祷を捧げていた。シャナもそのうちの一人だったのだが、なんというか厳粛な場というよりは険悪な感じがした。

 

「おれの存在が牽制に?」


「そそ、竜人の子供なんてどんな『パーソナリティ』に目覚めるかわからないからね。それこそリリっちみたいな不死を殺せる力に目覚めようものなら、竜の地位にあぐらをかいて好き勝手してる連中なんてみんな粛清されてもおかしくないし、シーナ様の親族ってことをアピールしたから、手を出したらフラン様だって飛んできて消し炭にされかねない。いやぁ、ヘルメスって手札の切りかたが、いやらしいというか」


 つまり、おれはいつ爆発するかわからない不発弾のようなものらしい。『パーソナリティ』とやらが、どのように作用するのかは当人の解釈次第や使い方で変化するもので、例えばシーナ様の治癒の力は元々は『恩赦(おんしゃ)』の在り方で、罪を軽減させたり無くしたりするものが怪我や病を対象にして働いた結果、癒しの力に変化したものだとされているそうだ。

 極端な話、シーナ様が罪だと思うものにはあらゆる概念に対して働く能力で使い方次第では危険な力だから、普段からシーナ様はすべてにおいて中立の姿勢を崩さないように怪我や病だけを罪としている。

 それでも、加減を見誤れば簡単に命を奪うこともある。

 相手が不老不死ですら例外ではなく、存在そのものを消しとばすことも出来ると本人は言っている。だけど、自分の在り方が揺らぐと能力も弱まるので、シーナ様は基本的に戦う力を持たない。

 とはいえ、些細なきっかけで『聖女』は『暴君』にもなり得るので、誰もシーナ様を敵に回すような真似をしない。


「……あの腹黒も終点街での生活を奪われて内心穏やかじゃないからね。特に、リリっちを守るためなら手段は選ばないよ。ただでさえ、どっかの誰かさんがリリっちを孤立させようとあることないこと吹聴したせいで、街の中で過ごすのも楽じゃなかっただろうね」


「リリが孤立……?」


 聞き返すと、シャナは気まずそうな顔をしていた。


「……今のは聞かなかったことに、ね?」


「こういう話はリリに聞くべきだってわかってるから、別にシャナに聞いたりしないよ。だってずるいだろ、そんなの」


 当人が口にしていない過去を掘り返すと、結果的に傷付けてしまうことを学んだ身からすれば、あまり深く追求する気持ちにはなれなかった。ましてや、リリのことだから余計に気が引けてしまう。正直、おれにはまだリリの過去を聞く資格もなければ度胸もないと思う。

 

「いやあ、エリシャっちも成長したねえ、シャナお姉ちゃんも鼻が高いよ、ほら、たこ焼きお食べ」


「……あっちぃッ、シャナは何かというと撫でたがるよな」


「あたしは、ちびっ子が大好きだからねぇ。そりゃあもう、食べちゃいたいくらいに」


 シャナはたこ焼きをおれに食わせると、ギザギザで歯並びのいい笑顔を浮かべている。なんだか、サメみたいだな。

 シャナは海竜種と呼ばれる竜人で、青い体のあちこちには半透明のヒレが出ている。尻尾にもヒレがあり、泳ぐことに特化した、水中で暮らすための体のつくりをしている。

 まあ、裏を返せば地上で暮らすのには不向きなんだろうけど、水がなくても空中を泳げるから別に問題ないらしい。なんでも体に触れている部分に水を生み出すことができるとか。

 あと、乾燥にめっぽう弱いので、体に振りかける用の水を常備している。河童かおまえは。


「まぁ、どちらかと言えば、あたしはまだまだ若い竜だからね。妹ができたみたいで嬉しいんだあ」


「あー、竜って元々は一つの個体だったんだっけ。そこから色々と分かれた結果今のカタチで、自我を除けばみんな同一個体って認識、なんだよな?」


「そうだよー、よく勉強してるね」


 竜オタク、と言っても過言ではないリオの授業で自分の体を知るついでに色々な予備知識まで身についた。始祖竜とやらは、飛竜と地竜と海竜をその身を裂いてそれぞれが世界を形作ったとされている。

 旧世界において、各地に様々な竜の伝説があったのは分たれた竜たちによる歴史だったらしい。尤も、旧人類は竜への信仰心を権力をもつ人間に向けさせて神格化して政治に利用する者が後を絶たなかったので、いつしか竜の存在は空想上の産物とまで言われるようになった。

 竜は竜で、その身を人に変えてひっそりと見守っていたそうだが、旧人類の顛末は語るまでもなく、勝手に滅びて行った。

 竜は、はじめに三体に分裂したあと、これまでに約数千までに数を増やしたそうだが、末端にかけてその力は次第に弱まって、強力な力を持つ古い個体は古竜と呼ばれている。ちなみに、シーナ様もフラン様も古竜に分類されているみたいだ。

 大半の竜は、古竜からしてみれば位の低い存在で、かつて人間が使っていた貴族社会の階級制度に基づいた力量の裁定をしている。フラン様は王で、シーナ様は大公。シャナは子爵にあたる存在なのだとか。

 要は偉ければ偉い竜人ほど強いってことになる。そういう選定の儀式のようなものがだいたい一万年周期、竜にとっての一年くらいの感覚で行われているらしい。生まれたばかりのおれなんかには相当先のイベントになりそうだけど、もしもその時が来たとしたら、せめて親のシーナ様の顔に泥を塗るような真似だけはしないように考えるだけで胃が痛くなってくる。


「自我を除けばって言うは易しだけど、その自我……つまり『パーソナリティ』ってヤツが竜の力の有無を決める大切な要素なんだよね。なんで獣人のリリっちが竜の力が使えるのかはわからないけどさ、もしも竜だったらたぶんあたしよりも位が高いよ」


「実際のところ、傭兵団の中では二番目に強いんだろ。竜じゃなくてもシャナより位が高いんじゃないか?」


「そりゃあリリっちってば不死を殺せるんだから、最強でもおかしくないね。でも、それを除けば決め手が欠けるというか、元々が子供の体だから、如何せん脆い。いくらアニマギアで身体能力を上げようと基礎値がたかが知れてるから、基本的には後方支援なの。確かにすごい装備だけど、本来なら戦えるような体じゃない。とっくにガタが来ていてもおかしくないんだ、精神的にも肉体的にも」


「それって……、リリはもう戦えないってことか……?」


「たぶん、どっかでリリっちは壊れてるんだと思うよ。だとしても、あの子は復讐に突き動かされながら、なんとか前に進んでる。雇い主の十二人会もそれがわかってるから、実は戦わせたくない。でも、あの子しか戦えないこともわかってるから。矛盾した思いを抱えているんだろうね。……ちょっと喋り過ぎちゃったかな」


 シャナは、ベンチから立ち上がると「なんか食べ物買ってくるけど、エリシャっちは食べたいものある?」だなんておどけた顔で聞いてくる。復讐って、やっぱり目の前で大切な人を失ったから、その仇を討とうとしているんだろうか。だとしたら、復讐を果たしたら、リリはどうなってしまうんだろうか。考えたところでわからないけど、想像の先にある未来をおれは見たくはなかった。


『まったく、お喋りが過ぎるぞ。おまえはいつもそうだな、エリシャに要らぬ心配をかけるな、こやつはおまえと違って繊細なのだぞ。あと、先程クレープの屋台を見たからチョコ味のを買ってこい。あと、エリシャには塩気のある小食を買ってこい』


「えー、あたし完全にパシリじゃん」


『ほれ、カネだ。釣りはいらんから、それでおまえの好きなもの買ってこい』


「ユーちゃん愛してる!」

 

 ユークリッドの爺さんはおれの鞄の中でもぞもぞと動き回り、自分の財布から金貨を一枚取り出すとシャナに押し付けた。案の定、金の亡者は喜んで人混みの方に消えて行った。


「シャナは、現金なヤツだな……」


『わかりやすくて助かるがな』


 いっそのこと清々しくて笑えてくる。というか、爺さんも太っ腹だよな。金貨一枚って十万アンバーだぞ。たぶん口止め料というか、これ以上余計なことを喋らせない為には十分な金額だと思ったのかも知れない。

 おれも、リリの口以外からリリの話をされるのは少し心苦しい。でも、今のはシャナの個人的な意見だから、あまり関係ないのかもしれないけど。それでも、やっぱり、リリがどこか無理をしているのは、みんなの共通認識だったのかもしれない。

 浅くため息を吐いた。まだ全然リリのことを知らない自己嫌悪だったり、少し知ってしまった後悔だったりで。

 ユークリッドの爺さんは、ゴミ箱にアイスの空容器を捨てて来て、何かを察知したのか『む?』と怪訝そうに唸っていた。


「どうしたんだ?」


『リリが墓参りに来たみたいだが、これはあまりよくないな』


「……何がよくないんだ、リリだって大切な人を亡くしたんだから墓参りに来たっておかしくはないだろ?」


『悪意、害意のある気配がリリに集中し始めている』


 ユークリッドの爺さんの視線の先には、ガンケースを背負い、献花用の百合の花束を抱えたリリの姿と、リリの手を引く見知らぬ白猫の女性がいた。


「リリ先生、大丈夫です。今日は私がいますから、何があっても守ってみせますから!」


「……だめだよ、クレアさんまで巻き込んじゃったら、わたし、先輩に顔向けできない。わたしは夜にでも一人で来るから」


「そんなことで兄さんが怒るなら、私が兄さんを怒ります。だから一緒に、リリ先生はフィア母さんに、私は兄さんに、一緒に花を贈りましょう?それに、夜に来るなんて危ないことをさせるわけにはいきません!だいたいおかしいじゃないですか、いつも街のために戦ってる先生が責められるのは!」


 リリのことを先生と呼ぶ女性は気にもしていない様子だが、リリはどうにも浮かない顔をしている。フィア母さん、つまりメリクルのことだろう。話からして、いつもは夜に墓参りに来ているみたいだが、強引に連れてきたのだろうか。


「去年みたいなこと、私が絶対にさせません。もしもリリ先生に手出しするような輩がいたら、私がぶん殴ってやります。死ぬほどぶん殴ってやります。そのために来たんですから!」

 

 険悪な空気だ。

 先程まで賑わっていた祭りが、嘘のように静かになって。リリ一人に嫌な気配が集中しているのがわかる。

 群衆がざわめき、ひそひそとリリの悪口を膨らませているのが聞こえた。

 

「悪魔の子だ」

「殺しても死なない化け物だ」

「あいつのせいで何万死んだと思っている」

 

 心無い言葉が飛び交い、リリを糾弾していた。

 リリは孤立させられている。

 シャナから聞いたそんな言葉を思い出してしまった。

 おれにはリリの姿がノイズが走るように酷く歪んで見えた。

 そんなリリにおれが手を伸ばしたと思った瞬間。底の見えない谷へと落下していくような、奇妙な浮遊感と共に意識が遠のいて行った。

 ユークリッドの爺さんが、最後まで何度もおれに声をかけていたが、その声も最早届かないほどの深淵にいて、おれは抗えずに意識を手放した。

 


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