【一章】追悼と邂逅 Ⅱ
なんだかなぁ、買い食いとかは結構楽しいんだけどさ。女の買い物ってなんでこんなに長いんだろうな。特に服とかさ、適当に自分に合うサイズでなんとなく気に入ったものを買い物かごに入れてレジに持っていけばいいだろ。あと、化粧品とかも別に必要ないんじゃないかな。
まぁ、見た目はそれなりに大人なシャナが仕事の交渉役として身嗜みを気にするのはわからんでもないんだが、少なくとも子供のおれとかリオには絶対必要ない。
リオは「絶対に可愛いから」と、是が非でもおれに女物の衣服を着せようとしてくる。シャナはそれに悪ノリしているだけかもしれないけど。
竜人は尻尾を含めたら「足が三本生えてるようなもんだからスカートとかの方が楽でいいでしょ」ってリオには言われたけど、その三本目の足が不意に動いたら下着丸見えになるから嫌なんだよ。ただでさえ、その下着も太い尻尾の関係でほとんど尻が丸出しになってるんだから実質ただの紐だ。
もう可愛いも何もないだろ。
だから下着なんていらないし、頑丈なデニム生地作りのホットパンツとやらを履いていた方がいい。動きやすいし、ベルトを閉めればちょっとやそっとで尻を丸出しにすることはない。
シャナだっておれと似たような尻尾なんだから同じ苦労をしているだろうに、完全に面白がっている。
正直、二人の妙なテンションについて行けず、居心地の悪さのようなものを感じて一人店の外の広場にあるちょっとした噴水の縁に腰を下ろしていた。
なんとなく疎外感というか、あの場には馴染めそうもなかった。二人の言う「可愛い」っていう感性がよくわからない。ひらひらしていたら可愛いのか、パステルカラーだったら可愛いのか、よく知らないキャラクターのワッペンが付いていたら可愛いのか、少なくとも人に向けるような可愛いって感情とは方向性が違うのはなんとなくわかる。
おれは、自分のことが男なのか女なのかわからない。
竜の性別という曖昧なものに悩まされている。
少年なのか少女なのかはっきりしない中性的な声、生物学的には両性具有だと言われているらしいが、それがつまりどういうことなのかよくわかっていない。
竜とか、不死者の多くは排泄物を出さないらしく、おれも生まれてから一度もトイレを利用した記憶がなく、そのようにわかりやすく男女を分ける公共の施設は使ったことがない。
しかし、ヤドリギの大浴場ではいつも女湯に入っているので、なんとなくおれを女として扱ったほうが都合がいいんだろうなって思っている。それ自体に嫌悪感があるわけではないのだが、それも、なんだか違うような気もする。
だからといって、男とも何か違う気がする。
結局のところ、おれが男か女なのかは記憶も曖昧なこともあってはっきりしない。おれ自身がどちらかひとつを選ぶのならどっちがいいか、それすらよくわからない。そもそも、絶対にどちらかを選ばなくてはいけないのだろうか。
竜人や不老不死の体の仕組みをわかりやすく説明するのならば、あらゆる細胞のひとつひとつがオブジェクトに含まれているので、体のバランスを維持するホメオスタシスという働きによって体の状態のバランスが保たれる。
自己というオブジェクトを完全に掌握して不死になる、ということをユークリッドの爺さんから聞いたが、それは加齢が止まることで不老になることと同義らしい。
不死者という存在は、上位の権限を持つ者に肉体を改変された際に発生することが多いって聞いた。
吸血鬼に噛まれたら吸血鬼になる、みたいな話。
今はまだ、おれはまだ生まれたばかりで、オブジェクトとやらも全く理解していないから、体が成長する。
まだ、不老不死ではない。
どうやら、竜は自己を存続させるために卵を産む必要があるそうだが。いくらなんでもそれがどう言うことを意味なのかわからないほど、おれは無知ではない。
シーナ様が言うには、竜は卵を産むと肉体が雌に寄り、産まなければそれだけ雄に近付くそうだが、竜って生き物は卵で新しい自分自身を産むものだから、長く生きていればそれだけ雌寄りになるらしい。
そして基本的に全く新しい個体は生まれない。
でも、可能性はある。そうなると、誰かがおれを産んだことになるんだが、記憶喪失なおれが親の顔を覚えているわけもない。育ててくれなかったってことは、捨てられたんだろうなって思うと悲しくなってくる。
自分の体を産むはずだったのに、中身が入っていたから気持ち悪かったんだろうか。卵料理をしようとしたら、卵の中からヒヨコになりかけのようなものが出てきて捨てられるみたいに。
ダメだな、おれは近くに誰かがいないとすぐにネガティブな思考に染まってしまう。正直、ショッピングにはあまり興味はないけれど、一人でいるよりはマシだ。
「あれー、エリシャなにしてるんだ?」
「……ロマ?」
たまたま近くを通りかかったヤドリギで働くロマという虎の獣人。普段から料理の配達というサービス、いわゆるデリバリーを任されていることもあり、顔を合わせる機会は少ないのだが、持ち前の朗らかさで誰とでもすぐに仲良くなってしまう。たぶん、ユークリッドの爺さんの次に出来た友達。いや、どちらかといえば家族になるから、友達ではないのかもしれない。
とにかくいいヤツなのは間違いない。
「あ、いや、あいつらが買い物に夢中でさ。なんか居心地悪くってさ」
「あはは、ロマさんもお洋服とかおしゃれするよりも食べ歩きする方が好きかなぁ」
あれ、おれたちが食べ歩きしてることなんて言ったか?
「ニックくんところのタレ漬け肉串焼きの香ばしさ、エマさんとこのいちごクレープの甘酸っぱいにおい、あとはバーガー親父のダブルバーガーかな。おいしーよねー」
においだけでおれたちがどこで何食べたかわかるのか。
これは獣人の嗅覚がすごいのかロマがすごいのか。たぶん後者だろう、メニュー名まで正確に当てているんだから。
「すげぇな、よく全部わかったなロマ」
「ふふん、ロマさんがこの街で知らないお店があったらそれはモグリってやつだよ!」
モグリのメシ屋ってなんだよ。
「そうだ、エリシャとは普段あまり話す機会がないし、ロマさんとおしゃべりでもしようよ。タダでとは言わないぞ、なんと今ならロマさんのお気に入り、売り切れ必至の肉饅頭をあげちゃうぞー?」
ロマは抱えてる紙袋から蒸し立てでほかほか湯気を立てている真っ白な肉饅頭をひとつ差し出してきた。もう結構お腹いっぱいなんだけど、せっかくの好意だし素直に受け取っておこう。あと、たぶんなんだけど、売り切れにしているのはロマだと思う。
聞いた話では、給料のほとんどを食べ歩きに費やしている食道楽らしい。そんなロマのお気に入りなのだから、美味くないはずがない。
「じゃあ、もらっとくよ」
「ちょっとからいけど、それがおいしくて止まらなくなっちゃうんだよねー」
噴水の縁に座り直して、ロマと一緒に肉饅頭を食べる。体の大きなロマにとってはちょうどいいサイズかもしれないけど、おれにとっては両手で保持するくらいのデカさだ。
食べ切れるかどうか心配だったけど、ひと口食べたら止まらなくなった。溢れる肉汁に、ピリ辛で味わい深い中身の餡は味もさることながらタケノコやキクラゲやハルサメの歯応えがアクセントになっていて色々な食感で口の中が楽しい、ほんのり甘いもちもちの饅頭の皮も肉汁をよく吸っている。ぷるぷるした部分と蒸したてのふわふわとした部分があって、無心で食べ切ってしまった。
体も芯から温まるし、ついほっこりとしてしまう。でも、もうお腹は、はち切れそうだ。
「おいしい」
「でしょー、ココや店長、リリちゃんが作ったヤドリギのごはんもおいしいけど、街には他にも美味しい料理がたくさんあるんだよ」
「……たとえば、他にロマのおすすめとかある?」
よくぞ聞いてくれましたと、ロマは誇らしげだ。
「たくさんあるけど、鉄板焼きのお店の魚介類は新鮮で美味しいよー。お好み焼きとかね。あとね、裏メニューでたいやきってのがあるんだけど、見た目だけで魚は全く入ってないけど甘くて美味しいやつがあるんだよ!」
たぶんロマは魚が好きなんだろうなって思う。魚のことになると明らかに目の色が変わる。
「たぶんリリちゃんもエリシャも大好きだろうなって思うのは、ロコモコって料理だよ。似ているけどハンバーグ丼ってのもあるんだけど、そっちも美味しいんだけどロコモコって料理のほうがおすすめ!色々なお魚の刺身がたくさん乗っかった海鮮丼ってのも美味しいよ!」
「色々な店を知ってるんだな」
「まだまだ、こんなものじゃないよー!えっと、えっとね!」
ロマは無邪気にあれでもないこれでもないと言いながらも、どこの店のなんて料理がおいしいとか、おれならたぶん好きかもしれない料理をおすすめしてくれる。
食の好みまで何気ないところまで人のことをよく見ているんだなって思った。
シーナ様が飽食の時代とか言っていたけど、それだけ食べ物と料理があるということは幸せなことなんだと思う。
それにおれの記憶にある人類がいた時代から現在まで残っている料理がまだまだ他にもあるのだと思うと、人間は世界を滅ぼしたろくでもない歴史的な失敗だけじゃなくて、こうして人を幸せにすることも出来たんだなって思うと、少しは報われたような気がした。
実際は、そんなことは建前で、よく知っている料理がまた食べられるのだと思うと、少しは救われた気がした。
「それ、じゃあねー。ロマさんのちーとでいはまだまだこれからだからね。お腹いっぱいになるまでたくさん食べるんだー」
チートデイって別に食べ放題って意味じゃなかったと思うんだけど、肉饅頭を五個ぐらい食べてもまだお腹いっぱいになってなかったのか。
なんか普段から食べ過ぎないように食事制限されてるみたいだから間違いではないのかもしれない。
だからあんなに大きいのか、色々と。
腰に長袖のシャツを巻き、タンクトップ姿のなだらかな自分の胸をチラッと見るように確認してみると、わずかに膨らんでいるような気がする程度のなだらかな胸があった。
って、何考えてんだよおれは。
邪念を振り払うように頭を振ると、一部始終を見ていたリオとシャナはニヤニヤとしていた。
「まあ、エリシャもお年頃ってことっスね」
「お、おい、なんだよそのたくさんの服は……」
服の入った紙袋を抱えたリオたちの獲物を見るような目に思わず身が竦んでしまった。
「エリシャは今着てるのと合わせても二着くらいしか服を持ってないんだから、是が非でも着てもらうっスからね。いくら竜の子の体温が高いからってそんな薄着してたら寒いでしょ」
「いや、いいよ」
「大丈夫大丈夫、今の服と似たのもちゃんと買っておいたっスから」
何が大丈夫なんだよ。
まあ、気持ちはありがたいんだけど、着せ替え人形にさせられるのだけは勘弁だからな。
とりあえず、たくさんの手荷物を抱えたまま街を歩き回るわけにはいかないので、一旦アパルトマンに帰ることになった。
「なぁ、本当に似合ってるんだよな。大丈夫なんだろうな?」
「エリシャは心配症っスね」
正直、あまり乗り気ではなかったのだが、おれのバイト賃では手が出ないような衣類をリオが買って来たものだから、渋々着ることにした。
何も悪気があるわけではないことはわかるんだけど、本当に変じゃないのだろうか不安になってくる。
「そろそろ追悼式の時期っスからね。ちゃんとした服の一着二着は持っておくべきっス」
「追悼式?」
「……エリシャはまだ参加したことはなかったっスね。終点街の陥落から今年で二十五年の節目を迎えるっス。まあ、主導となって開催しているのはシーナ様だから、そんなに堅苦しいものでもなく、慰霊碑に祈りを捧げた後には街を挙げてお祭りをするっス」
たぶん、冠婚葬祭とかの場で着るきちんとした服なんだろう。少しぶかぶかな気もするけど、おれの体の成長具合を見越して、店の人はあえてオーダーメイドで少し大きめに作ってくれたみたいだ。
採寸された記憶はないんだけど、だとしたらあの短時間で目算で服を仕立てたということになるんだけど、そうだったら、尋常じゃない職人だと思う。
「でも、なんでおれなんかにそういう服を?」
「追悼式にはシーナ様もフラン様も顔を出すっスからね、一応、シーナ様の娘であるエリシャも顔を出すこともあるかもしれないから、念には念をね。少なくとも普段着で参加したら悪目立ちしてしまうっスからね。そんなのイヤっスよねエリシャは」
「そりゃあそうだけど」
リオはおれのことをよくわかってくれているみたいだけど、服はまだまだたくさんある。あと、オーダーメイドのフォーマルな服ということだけあって竜人が着ても違和感がまるでなかった。つまり、今まで着ていた服は、おれがあまりちゃんとしていなかったん安物だったんだと思う。
クローゼットなんてガラガラだし、男だろうが女だろうが、ある程度の衣類は必要なんだと思った。
「エリシャって、自分が男の子なのか女の子なのか、よくわかっていないみたいだから、男女兼用の服とかも買って来たんスよ。寝巻きさえ持ってないのはどうかと思ったからっスね。他にもちゃんとした普段着も、買って来たっス。ほら、ちゃんと尻尾を通す穴のついた服や下着とかね。シャナっちは悪ふざけしてるように見えていたかもしれないけど、結構おしゃれには真面目なんスよ?」
なんだかお母さんに買ってもらった服感があるけど、男女共用の服はだいたいこんなものなのだろうか。
でも嫌いではないかもしれない。
長袖の上から半袖を着させたりするあたりが特に、古い感じがする……。
でも、こうしてみると、この世界の衣食住は近代レベルくらいまで進んでいるんだろうなって思ったりする。
「そんで、ちゃんと今まで着ていた服に似ているのも買っておいたっスからね。ただ、尻尾穴付きのスパッツとスポーツブラくらいは身に付けて欲しいっスかね」
「あ、ああ……わかったけど……」
「エリシャっち、最初は抵抗あるのはあたしも理解できるけど、体に合った服を着た方が快適なんだよ。前のエリシャっちのファッションもなかなかパンキッシュでよかったけど、鱗も生えてないのに肌を晒すのは危ないんだよ?」
別に、ファッションのどうのこうのにこだわりがあるわけではないんだけど、あんな格好をしていたのにはちゃんと理由があって、汗を全くかかないくせに体温が上がり続けるような感じがするから露出度ばかり上がっていった。
幼い竜の体温はかなり高いらしいから、そればかりは仕方がないとリオもシャナも理解してくれていた。
クローゼットは埋まっていったけど、毎朝服を選ぶのもそれはそれでちょっと面倒だなって思った。
それじゃあお披露目とでもいいたげに、おれは二人にアパルトマンの住人、とは言っても、定休日でくつろいでいるヤドリギのみんなと傭兵団のみんなに姿を晒すだけ晒されただけなんだけど。バカ男子二人からようやく文明人になったな、と涙ながらに言われた時には流石にイラッとした。
それでも、服を見繕ってくれたリオとシャナには感謝している。
週末の定休日のヤドリギの店内には、客こそいないが、従業員のみんなはだいたい一階に集まっている。
リリや店長、料理長は集まって新しいメニューの試行錯誤をしていたりする。休みの日まで仕事をしているだなんて、本当にいつ休んでいるんだろうかと疑問に思っているんだけど、店側の都合で休んでいるわけではなくて、契約している業者と法律の関係で一週間の営業日のうち最低でも一日は休日を儲けなければいけないらしい。
そういえば、今日はまだリリや団長を見かけてないな。
シャナは厨房から漂ってくるいい香りを前に「適当に運動でもしてお腹減らしてくる」と、地下の修練場に消えてしまった。おれもまだ、外を歩き回ることに慣れたわけでもないので、少し休憩したい気分だった。
「料理人のみんなが厨房に集まって新しい料理を考えてたり、傭兵団のみんなが武器の手入れとか、シャナみたいになんかのついでに街の見回りをしているのはわかるし、そういうプライベートなことに首を突っ込むつもりはないんだけどさ。リリとリオって普段何をしてるんだ?」
「リリさんは休みの日には馴染みの武器屋に顔を出したり、消耗品の補充に行ってることが多いっスかね。それで空いた時間には、エリシャの勉強を見たり、まあ、色々やってないと落ち着かないみたいっスね」
「じゃあ、リオは?」
「ぼくは、エリシャの勉強や面倒をみたりしているのがほとんどなんスけど、自分の時間は研究したりしてるっスね」
どんな研究をしているのかリオに聞いてみると、どうやら「アニマギア」というものの開発や改良をしているらしい。いくら世間知らずなおれでも、それがなんなのかくらいはだいたいわかる。生身同然に動かせる高性能な義肢だ。
「ぼくは、これでも結構有名な発明家なんスよ」
「ああ、だから頭いいのか」
「別に発明家だから頭がいいとか関係ないと思うんスけどね」
リオは手持ち無沙汰に店の中を掃除し始めていた。
「それにしても、もう追悼式の時期になるんスねぇ」
「終点街の陥落を追悼するんだよな?」
「そうっスね」
「でもお祭りみたいなものなんだろ?」
「まあ、戦争を経験したことのない新しい世代からしてみれば、退屈な時間っスから。それでも、戦争があったことを忘れてほしくないからお祭りとしての側面も持っているんスよ」
よくわからないけど、礼服まで買ってくれたんだ。そのうち詳しく教えてくれるだろう。
なんか余計なこと聞いて空気悪くしたらイヤだし。




