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【序章】赤き竜の異邦人 Ⅵ



『仮定の話をする。おそらく、お前の在り方。つまり、自己を自己たらしめる『パーソナリティ』は記憶に関するものである可能性が高い。であるならば、断片的に他人の過去を追体験出来ても不思議ではない』


 ユークリッドの爺さんは、どうにも腑に落ちないと言った様子だった。どうやら仮定とするにも、おれに『パーソナリティ』が確立するのはいくらなんでも早すぎるそうだ。だとしたら、それはあまりにも危うい状態にあることを危惧していた。


『記憶喪失というものには、様々な原因こそあるが、何も頭の中から記憶が跡形もなく消え去るわけではない。忘れるということ自体は、ポジティブなことだからな、記憶を整理する事は生き物にとって自然な反応だ。だが、お前の場合は解離性健忘、強いストレスやトラウマから心を守るための防衛反応で、過去を思い出せなくなっているだけだ。思い出せなくなっているだけで記憶そのものを無くしたわけではない。だから、お前の過去を見ることができた』


 おれは、思い出せるなら自分の過去のことなら少しでも思い出したいけどな。

 肉球が付いているわけでもない。すべすべでしっとりしたおれの手を確認するように眺めていると頭の中にノイズが走る、点滅するようにおれの手とリリの手が入れ替わるように見える。激しい頭痛を伴って。


『思い出したら精神が崩壊して廃人になってしまう、そうならないようにする為の忘却だ』


 過去にどれだけひどい事されたんだろうな、リリも、おれもさ。いや、リリは過去のことを、終点街が陥落したことを覚えているんだよな。だから、復讐をしようとしているんだよな。

 聞いてもユークリッドの爺さんはおれの過去やリリの過去について何も触れなかった。


『お前は、ずっと記憶喪失の自分が何者か知りたいという願望を抱えたまま生きてきた。自己を自己たらしめる『パーソナリティ』の力は徐々に輪郭を露わにしている。しかし、その力は非常に不安定な状態にあると言っても過言ではないだろう。もしも、無理に記憶を取り戻したら、下手を打てば自分の精神を壊す要因にもなりかねない。精度も悪いが、だが知る由もないリリの過去の記憶を追体験できたのだ。ただの偶然の一致でもただの夢でも済まされないのだぞ』


 ……あの瞬間、おれのものじゃない感情が一気に流れ込んできて、どうしようもない後悔と怒りや悲しみ、あれがリリのものだとしたら、とてもじゃないがおれなんかには受け入れられない。もしも普段、今もリリのあの笑顔の裏でこんな気持ちが渦巻いているのだとしたら……おれは、リリに会わせる顔がないよ。ずっと、あの笑顔に甘えていたんだ。何も知らずに。

 ユークリッドの爺さんは、人の記憶を見ることができるみたいだけど、それって、こんなにも苦しいことだったなんて、思いもしなかった。


『不安定なお前の力は、いつ如何なる時に他者の記憶の発露を捉えてしまうかわからない。人の抱えている闇というものは、往々にして底知れないものだ。不用意に見てしまえば、お前の心は容易く砕けてしまうことだろう』


 自分の過去のことを知りたいって思うのも、他人のことを知りたいって思うのも、ダメなのかな。


『今、お前に言える言葉は自分を強く持てということだけだ。過去がどうであれ、それがおまえの原点だろ。まずは原点に立ち返ってみろ、そうすれば見えて来るものもあるだろう。なにより、誰かを思いやるより前に自分のことに目を向けろ。それから、相手を受け入れるだけ強くなればいい』


 強くなれって、どうやって強くなればいいんだよ。

「おれ」だって、トラウマから逃げる為に自分を取り繕った虚勢にすぎないんだぞ。おれは、ずっと弱いままだ。


『お前には勇気がある。誰かを愛することができる。そんな、愛と勇気の冒険譚の主人公のようなお前にできないことなどあるものか』


 爺さんは自信満々に言い放った。

 愛と、勇気の冒険譚。

 机の上にある、読みかけの『ワンダラー・テイルズ』に視線を向ける。何も特別なことのない少年少女は、数えきれないほどの挫折と同じくらいの立ち上がって歩き続けた。命が尽きるその瞬間まで、前を向いていた。たとえ二度と元の世界に帰れなくとも、精一杯の勇気を振り絞り、大切な人の手を取り進み、未来を信じて進み続けた。

 リリだって、リオだって未来はどうなるかわからないって口を揃えて言っていた。だったら、おれは未来ってやつを信じてみたいと思った。みんなが、いつまでも笑っていられるような幸せな未来を。なんて、カッコつけすぎかな。おれには似合わないかな。


『どれだけの人間と過ごしてきたと思っている。お前は、今までの誰よりも生意気で無神経だが、真っ直ぐな心を持っている。それだけあれば、物語の主人公になるには十分だ。まあ、その泣き虫は直した方がいいかもしれんがな。涙は感動のフィナーレまで取っておけ』


 


 人は、そんなにすぐには変われない。

 それでもある日突然、急激な変化が現れたとしたら、何かがあったということだ。

 怠けがちだった店の手伝いや勉強だったり、自分の身の周りのことを誰に言われるまでもなくやるようになった。

 いきなり、リリの抱えてる問題をおれなんかが簡単に解決できるわけがない、だったらできることからコツコツと、だ。

 今のおれにできることなんて大したことないんだから、それくらいなんとか出来なくちゃダメだ。

 せめて、この世界のことをもっと知ろうと思った。

 自分が人間だったって過去にばかり目を向けるんじゃなくて、これから先どうするとか、みんなが笑顔でいられる未来の為にはどうすればいいのか。結局、何も知らなきゃ何も出来ないままだ。行動を起こさなければ、結果なんて出てこない。

 

「エリシャさん、何かあったのかな?」


「ふっふっふ、店長は、こういう言葉を知っているっスか、男子三日会わざれば刮目して見よって」


「毎日会ってるんだけどねえ、それにエリシャさんって一応戸籍の上では女の子だよ。性自認は男の子かもしれないけど」


「細かい事はいいんスよ、三日坊主でもないみたいだし。それに、エリシャは元々いい子っスからね」


「リオ、店長、聞こえてるからな。それに、結局、竜の性別とかよくわかんないし、おれはおれだから。あと、おれにだって欲しいものくらいあるから、きっちりアルバイトして欲しいものは自分で買いたいから」


 リオは、なんとなくおれの心境の変化を理解してくれているみたいだ。店長はどちらかというと、傭兵団がギャンブルで借金した悪い見本を見たから真面目になったのかなって思ってそうだけど。まあ、それもあるんだけど、誰かに心配されているようじゃ、他人を心配したり、あまつさえその問題に口出しする権利なんてないと思ったからだ。

 まあ、全部ユークリッド爺さんの受け売りなんだけど。

 無理をしていないかと言えば、嘘になるけど、変わるきっかけをいつまでもただ待っているだけじゃ変われない。自分で考えて、自分で動かなきゃ、そうじゃなきゃ生きてるって言えないだろう。って、これも受け売りだけど、というよりだいたいは教えてもらったことの受け売りだ。でも、自分の意思で納得した上でそれを実行するんだから、まあ、大して変わらないだろ。


 おれがもしも独り立ちをすると言っても心配かけないようになるまで、何年かかるかわからないし、それまでにリリがどこか遠くに行ってしまうかもしれない。

 だったら、おれやリオがリリを探しに行くまでだ。どれだけ遠くに行ったって追いかけてやる。そして連れ戻してやる。

 だから、リリがまるでここではないどこかに目を向けていても気にしないようにする。いつか、おれが強くなってリリの心の闇だって受け入れられるようになったら、全部とは言わないけど、ちょっとくらいおれにも背負わせてもらいたい。みんなが笑顔でいられる未来の為なら。

 店長が記念に撮ってくれた写真みたいな未来がいつまでも続くのが、おれの理想だ。

 開店準備を終えてしばらくして、ドアベルが鳴り、本日はじめてのお客さんがやってくる。その日はじめて来店してきたお客さんには従業員全員で出迎えるのがヤドリギでの習慣だ。脳裏に浮かぶのはリリの記憶に出てきた吸血鬼だった。嫌な思考を振り払うように、気合いを入れる為に両頬を叩く。


「……い、いらっしゃいませ!」


 声は小さく緊張で上擦っていた。

 理想はまだまだ遠いかもしれない。



 

 朝から天気はあまり良くはなかったが、だんだんと空は雨雲に覆われていった。昼時に視界を遮るほどの大雨に見舞われた。いつもなら、ランチを食べにきたお客さんでごった返しているのだが、いくらなんでもこの雨じゃ客足も遠退く。

 まだ街を実際に歩いてみた経験もないけど、ヤドリギって街の大通りからはかなり離れたところにあるから、悪天候の影響を受けやすいって店長が言ってたっけ。

 それでも、席の半分くらいは埋まっているのだから、やっぱりこの店の料理はそれだけ美味いんだろうな。自分が作っているわけじゃないけど、自分のことのように嬉しい。

 そういえば、今日は傭兵団の連中も休暇みたいだけど、リリと団長、ユークリッド爺さんの姿を朝から見ていない。わざわざ聞かなくても、おしゃべりなシャナは情報通とばかりに説明してくれる。

 どうやら、三人だけで極秘の哨戒任務に出ているらしい。

 どう考えても罠なんだけど、最近は敵もリリの不死狩りの力を警戒して慎重になってるから動向も掴みにくいそうだから、あえて罠に引っかかってやるらしい。

 そんで、なんで五人はお留守番なのかと聞くと、街の方が手薄になるから防衛を頼まれているみたいだ。

 というのもあるけど、傭兵団の戦力分布とやらが前衛に寄っているので団長が「お前らがチョロチョロしてたらチビが撃てねえだろ」と、戦力外通告を受けているらしい。他の団員が弱いわけではなく、団長と不死を殺せるリリがあまりにも強すぎるとのことだ。

 一応、他の団員の戦闘も見学させられたけど、そもそもおれの動体視力では捉えられない速度で戦っているのでわけがわからない。だいたい比較対象を持たないので、一般的な兵士や他の傭兵の強さがどんなもんなのか知らない。単騎で魔物を倒せたら一人前と言われているそうだけど、おれは魔物を見たことも戦ったこともない箱入り竜人なんだって言ったら「お嬢様だねえ」とシャナに馬鹿にされた。

 それで「ぶっ倒してやるから、剣でもなんでも教えやがれ」と喧嘩を売ってしまったわけなんだけど、ずっと足払いされて転けてたら終わった。「武器を持つ以前に、まず足腰が雑魚すぎる」と言われてしまった。「時間があればとにかく走り込め」と、たぶんシャナは団長の真似をして助言してくれた。言ったら調子に乗ってから言わなかったけど、結構似てた。

 そういえば、シャナがユークリッド爺さんから物理的な干渉を受けていたことを聞いたら。

 竜人にも色々あって、高い権限を持っているのは確かだけどⅢくらいが普通らしい。おれは多分権限Ⅳなんだけど、能力なんてほとんど使えないからシャナを馬鹿にできない。

 あと、シャナは竜人だからか『パーソナリティ』による竜の力が使えるらしい。吟遊詩人だとか『歌姫』と呼ばれているだけあって、音に関する精神干渉系の能力になるとか。味方の戦意を高揚させたり、敵の戦意を無くしたり「あんまり強くはないけど使い方次第だよ」とのこと。

 それじゃあ、やっぱりおれは爺さんが仮定した通りの『記憶』に関わる何かなのだろうか。やっぱりこういうのは実際にそういう力を持っている奴に聞くのが一番なんだろうけど、おれの力はあくまで仮定なのであって本当にそうだと決まったわけではないから、権限高いだけの無能力者みたいなものなんだよな。

 特に『パーソナリティ』ってものはリオ曰くとてもデリケートな問題らしいから、おれみたいな記憶喪失な中途半端な状態の人格で使ったらどうなるかわからないって言われた。

 じゃあ、他の基本的な能力くらい使えるようになった方がいいんじゃないかってリオに教えてもらうことになったんだけど、びっくりするくらい才能が微塵もないらしい。

 ゲームとやらで例えるなら「非力で戦士にもなれないし頭も良くないから魔法使いにもなれない。手先は器用な方だから盗賊にでもなったらどうっスか?」と言われた。

 何故か意味が理解できてしまったから悔しい。

 というか、人間しか知らないはずのそういう知識が伝わっているってことは、ゲーム機とかあるんだろうかってちょっと期待したんだけど、サイコロとかで遊ぶボードゲームが老若男女問わず大人気らしい。まあ、設定とかは国民的なRPGの設定っぽかったりするんだけど。おれもなんとなく知ってる程度で詳しくない。中途半端に覚えているのが一番モヤモヤする。

 おれもできる限り色々なことに取り組むことにしているけど、なかなか実を結ばない。

 はじめたばかりだからそう簡単に上手くいくわけないんだけど、何かちょっとくらい得意なことがあってもいいと思う。ほら、小説にある異世界転生ボーナスみたいな。チートスキルとか、アビリティとか。……これもよくわかんないんだけど、その理屈で言えば生まれた環境が既にチートとやらっぽいんだよな。竜人だし、一応これでもシーナ様の娘だし、衣食住も保証されているニートみたいなもんだし、つい最近一念発起してやる気出しましたってだけのダメ人間じゃんか。

 自分で言ってて恥ずかしくなってきた。理由はよくわかんないけど。おれの記憶ってどうなってんだろう。


「え、エリシャ……なんで壁に頭ぶつけてるんスか?」


「なんか、大切な記憶じゃなくてすごくどうでもいい記憶ばっかり思い出すから、こう、シャッフルしたら良いもの出てこないかなって」


「そんなガチャガチャじゃないんスから」


「えっ、ガチャガチャあるの?」


「お菓子屋さんとか、駅とかによくある硬貨一枚で買えるカプセルトイのことっスよね。というか振ってかき混ぜたりしたら怒られるっスからやったらダメっスからね」


 まあ、ハンバーグとか二十世紀頃の銃とかあるんだし、今更それくらいあっても不思議じゃないか。


「そうっスよねえ、エリシャも最近は頑張ってるからちょっと外出したついでに見聞を広めるのも大切かもしれないっスね。ただ、問題なのは……ぼくら二人だと色々心配っスから大人について来てもらいたいっスね」


 あたし、と言わんばかりにシャナが自分自身に指を向けて、リオの目の前にしゃがみ込んで目線を合わせている。リオは見なかったことにして目を逸らしている。


「ねえねえ、リオっちリオっち」


「シャナっちは仕事あるでしょ」


「シーナ様のご息女の護衛となれば報酬も期待できると思うんだけど」


「いや、腕を疑っているわけではないんスけど、むしろ頼もしいくらいなんだけど」


「じゃあいいでしょー、リオっちー、エリシャっちー、遊ぼうよー!」


「まあ、団長さんに聞いてみるっス」


「よっしゃあ!カネっ!」


 うん、リオの心配な気持ちもわかる。

 というか、決定事項みたいになってるけど、おれヤドリギから外に出るのなんてはじめてなのかもしれないんだけど、ホールに出られる様になったのもここ最近なんだけど。

 でも、行動範囲を広げるのも悪いことじゃないと思う。いつまでも世間知らずな箱入り竜人でいるわけにもいかないし。


「エリシャ、そういうわけだから、今度一緒に外出してみるっス。勉強やお手伝いも大切だけど、たまには羽を伸ばしてみるのも悪くないっスよ」


「……んー、でも、よく考えたらおれ、外出したことないし、人前に出るのも得意じゃないから。ちょっと、怖いかも」


「じゃあ少しずつ慣らしてくっス。まずは家から一歩出るだけでもいいっス。何も焦る必要ないっスからね、息抜きがてらちょっとずつ外の空気を吸うくらいの感覚で」


 こうして、今度の週末にリオとシャナと街に出ることが決まってしまった。

 ……ユークリッドの爺さんも付いてきてくれないかな。


 


 [遡ること数時間前]


 曇天の下、旧市街のはずれで傭兵団は哨戒任務を受けていた。

 

『チビ、射程内に不死者が三体。敵意はないようだ、どうやら難民の家族ようだが。……絶対に手を出すなよ』


 崩れかけた塔に身を潜めたリリは、妖精ユークリッドを介した無線通信を受け、傭兵団団長のグレイからの命令を受けて待機していた。しかし赤い瞳は底無し沼のように淀み、照準を難民に向けたまま離さない。手を出すな、その命令をされた時にはボルトアクション式の対戦車狙撃銃デグチャレフの薬室(チャンバー)に弾を込めていた。


 リリは怪訝な顔ですんすんと鼻を鳴らすと、間髪入れずに引き金を引く。銃声の炸裂音の後に「囮です、周辺に数二十」と報告すると、排莢と装填を繰り返しながら付近の朽ちかけた民家の壁に穴を開ける。穴の向こう側からは光の糸が解けるように天に昇り、そして霧散した。


 遮蔽物ごと火力で吹き飛ばし、その裏に隠れている不死者に次々と弾を撃ち込み。途中で一度銃を精製した後に、次々と光の糸が解けて天に昇りはじめる。リリが「十八」と数え終わったところで、傍の大きなガンケースに手を伸ばす。


「……気が付かないわけないでしょ、血生臭いんだよ」


 呆れたように呟きながら、その長い銃身のほとんどを鋭利な片刃剣に改造されたデグチャレフを取り出すと、薄暗い闇の中に潜んでいた敵の伏兵に対して間髪入れずに切り掛かる。刃は脆い石材を抵抗なく断ちながら、深々と突き刺さる。


「長生きするのは疲れるでしょ、それとも最後におしゃべりしたいの?」


 感情の込められていない抑揚のない声、うんざりするように浅くため息を吐くと精製した弾丸を流れるように装填して引き金を引くと、リリは塔の足場ごと吹き飛ばす。


「まあ、聞きたくないんだけど」


 空中で身動きが取れない中、リリは銃剣を再度発砲した反動で距離を詰めて切りかかる。胴体を半ばから失った伏兵の胸部に切先を埋めたまま地面に着地すると、銃弾を再度撃ち込む。


 銃創からは光の糸が昇り、そして解けていく。亡骸からは次第に色がなくなり、灰となり風に流されていった。


「鼻が曲がりそう」


 リリの体格とはあまりにもアンバランスな銃剣を担ぐと、懐からはタバコを一本取り出して咥える。年季の入ったオイルライターを取り出すと火をつける。メントールが含まれた清涼感のある煙を吐き出しながら。歩きはじめる。


 グレイの元に到着したリリは、無表情から一変して飛びつくようにして甘え始めた。


「団長、今日は『十九匹』やっつけました!ほめてください!リーダー以外は殺しませんでしたよ!ほめてください!」


「はいはい、すげえすげえ、よくやった」


 難民家族と、手足を落とされ心臓に剣を刺されて仮死状態にされた襲撃者のリーダーよそに、場違いなほど和やかな異様な雰囲気。


「ふ、不死狩り……」


 難民家族の父親らしき男が、信じられないといった様子で口にした言葉と共にリリを見ると。無邪気なリリの顔から、徐々に表情の色が消えていく。


「団長、こいつらもくさいよ。なって日は浅いみたいだけど、吸血鬼だ、吸血鬼は殺さないと」


 リリは銃剣を構えながら銃弾を三発生成すると臨戦体制に入った。


「ま、待ってくれ、私たちは何も知らないんだ……。ヤツらの餌にされて、いつのまにか吸血鬼にされて、でも人の血は一滴たりとも吸ってない、まだ、家畜の血くらいしか」


「でも、わたしたちを捕まえるための囮にされたんでしょう。それって、共犯だよね。これ以上罪を重ねる前に精算した方が楽になると思うけど、それに不老不死なんて苦労しかないよ。今ここで消えた方が、世の為人の為、なにより自分のためになる」


 リリは淡々と語りながら、弾を装填していた。グレイは射線を遮るように銃剣の背を持ち上げる。


「……極めて正論だが、拠点のひとつくらいは吐かせてからだ。それに、まだ若い、せめて常人の寿命くらいは生きさせてやれ。殺すのはそれからだ」


「団長は甘いですよー、絶対後悔するよこの人たち」


「あと、タバコやめろ」


「外の吸血鬼のにおいは鼻が曲がりそうなので」


「その前に俺の鼻が曲がる」


「うー……、考えとく」


 リリは不機嫌そうに銃剣をガンケースに収納しはじめる。


「まあ、そういうことだ。あんたらが被害者ってのに嘘は感じないが、加害者になった時にはどうなるかわかっただろ。あと、不老不死なんて碌なモノじゃねえぞ。死にたくなったら決断は早い方がいい。……じゃ、ついて来い、街の中には入れられねえけど、街の外にもそれなりの住居がある。治安もそれほど悪くはないはずだ」


 グレイも「こういうのは俺の仕事じゃねえだろ」と愚痴を溢しながら、コンパクトになった襲撃者たちのリーダーを麻袋に詰めて帰路についた。


「あ、雨降ってきちゃったね団長」


「お前はいつまで殺意剥き出しにしてんだ。そのガキみたいな口調やめろ、不愉快だ」


「……えっ、あ、はい、ごめんなさい。なんか、吸血鬼にずっと見られていると思うと気が抜けなくて」


「まあ、そうだろうな」


 グレイは、落ち込むリリをよそに、遥か遠くから自分たちを監視している存在がいることに気が付いていた。リリの嗅覚やユークリッドの索敵範囲外からこちらを見ている二人組を牽制するように一瞥した。




「あら、怖い怖い。やっぱり厄介なのはあの男ですわね」


「世界最強と呼ばれるだけのことはあるかと」


「あの子も、もっとはやく手を打っておくべきでしたわ。狙撃の腕も中々、これでは同士討ちでグレイを殺すのも難しそう。不死殺しの正体がもっと早くわかっていたら、なんて言うだけ無駄なのに。あの無能共ときたら、餌扱いしていた私たちに頭を下げるなんて本当に馬鹿みたいに」


 雨の中、二人の吸血鬼がリリとグレイを眺めていた。


 端正な顔立ちをした執事のような黒猫の獣人と、令嬢のように着飾ったあどけない少女のような黒いリスの獣人だった。


「まあ、でもあの子は私たちを撃てると思う?」


 嘲笑混じりに少女は執事に問う。


「有事の際は容赦無く撃て、確かそんなことを教えられていたかもしれませんが。無理でしょうね、どうやら健気にも我々の仇を討つために頑張っているみたいですので」


「ふふ、可愛いリリ。よっぽど私たちと過ごした日々が楽しかったみたいね。あの子にとっては悲劇でも、私にとってこれほど面白い喜劇はないわ。ねえ、クロード?」


 激しくなる雨音にかき消されるように二人組の姿は消えていった。



 (つづく)

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