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【序章】赤き竜の異邦人 Ⅳ



 今日は喫茶店の定休日らしい。

 地下の修練場で、リリはシートを広げた上で武器の整備をしていた。別に今更珍しいものではないのだが、ユークリッドの爺さんに戦っているリリの姿を見せられてから、ほんのちょっと興味が湧いた。でも、普段は拳銃だったりナイフだったりを自分の部屋で整備しているので、ここまで大きな狙撃銃の手入れをしているのは、はじめて見たかもしれない。


「なあ、リリ」


「んー、どうしたのエリシャ?」


「ほら、リリってさ。何もないところから魔法みたいに武器を出せるのに、なんでわざわざ実物の銃を使うんだよ。しかもそれって狙撃銃なんだろ。振り回して銃身が歪んだりしたら、よくわからないけど、命中精度に影響したりするんじゃないのか?」


「魔法じゃないんだけどね」

 

 質問責めみたいになってしまったけど、リリは「さては、ユークリッド様だなぁ」と、おれの頭に引っ付いている爺さんをジト目で睨みながら笑っていた。

 どうやらリリは酔っ払っていたこともあり、昨夜のことはあまり覚えていないらしい。ちなみに爺さん曰く、リリの魔法は、正確には「ナノマシンを介して知識を現実に出力しているに過ぎない」とのことだ。余計わからない。


「そうだね、狙撃銃ってのは精密機器みたいなものだから銃身が一ミリでも歪んだら着弾位置は数十メートルはズレるから狙撃銃としては使い物にならない。だから、この実銃は白兵戦用の大きな剣だよ。狙撃用の銃や弾薬自体は、わたしの能力で生成してるんだ」


 リリは片手間に整備している大剣と狙撃銃を合体させたような武器とは異なると本来の姿の狙撃銃とそれに使う弾薬を一つ生み出して見せた。こうして見ると、全長二メートルほどの長い銃の半分以上は弾丸の通り道で構成されているみたいだ。

 銃とかに詳しい訳ではないし、さして興味もないのでよくわからないが狙撃銃もその弾も異様な大きさってことくらいはわかる。「デザインは旧世界の遺物、ソビエトのデグチャレフ対戦車銃一九四一(1941)年型、使用弾薬は十四・五×一一四ミリ(14.5x114mm)弾だ」とユークリッドの爺さんが補足説明してくれるが、銃マニアでもないのにそんな暗号がわかるわけないだろ。

 リリが生み出した銃を「持ってみる?」と言われて、持ち方を教えてもらい、ちょっとわくわくしながら、いざ持ち上げようとしてみると、どれだけ力を込めてもちょっとだけしか動かなかった。肩が外れそうなほど重たかった。「それ、わたしだって持ち歩けないもん」と笑っている。何もないところから音もなく現れた狙撃銃も弾も、存在感が薄れるように徐々に透明になり、そして消えてしまった。どうやら実体を保てる時間は一分程度が限界らしい。


「わたしの場合、一キロメートルくらい先からしか当てられないんだけど、それって足が速い獣人なら数十秒で詰められる程度の距離なんだ。みんなが時間を稼いでくれるけど、それでも一度の生成では五発も撃てればいい方かな。だから、よく使うのはこっちの手入れしている子。刃渡り千三百ミリの単純な弾丸発射機構付きの大剣、見た目や使用弾薬こそ今の狙撃銃とかわらないけど有効射程距離は百メートルもないんだ」


 リリはまた「持ってみる?」と聞いて来る。

 振り回せるくらいなのだからさっきよりは軽いんだろうなって思ったけどそんなことはなかった。むしろこっちの方が重い。銃架と呼ばれる支えから微動だにしない。ユークリッドの爺さんの記録ではリリは自分の身長や体重を凌駕するコレを軽々と振り回していたが疑わしいほどだ。「これも、持ち上げられないよ」と笑って言っていたが、じゃあどうやって振り回して使うのだろうか。

 聞こうとした時、リリは銃身の半ばにある持ち手に手を掛けて「よいしょ」っと持ち上げて確めるように一振り、二振りと繰り返す。あまりにも軽々と振り回すものだから、何かカラクリがあるのかと思ったが、地面に置くと重厚感のある金属音がした。


「うん、いい感じかな」


「……振り回せるじゃん」


「あ、言い方が悪かったかも。元々のわたしの力では無理ってことなんだ」


「元々の?」


 元々も何も目の前で振って見せてくれたんだけど、無理も何もなくないか。ユークリッドの爺さんは肝心なところでダンマリを決め込んでるし。


「エリシャは、わたしが不老不死で子供まま成長しないのは知っているよね。だから、そのままだと使えないよっていう意味なの。だから、特別な装備のおかげで戦えてるってわけ」


「だが、その装備を使いこなしているのは、間違いなくチビの実力が為せる業だ」


 団長のグレイが、いつからそこにいたのかわからない。ただ、おれの隣の席に座っていた。

 席とはいってもただの大きな段差のような場所なんだけど、心臓に悪い。おれ以外は気付いていたみたいなんだけど、そういう傭兵団基準での当たり前で過ごさないでいただきたい。ユークリッドの爺さんも、気が付いてるならそうと言ってくれればいいのに。絶対性格悪いよなこの爺さん。


「さて、待ってやったんだ。少しは楽しませてくれ」


 えっ、ちょっと、何を言ってるんだこの人は。もしかして、修練場って、そういう修練をする為の場所なのか。

 なんの変哲もない一振りの剣を手に、やる気満々のリリの前に立つと戦いはじめてしまった。いや、もう、目で追えないし何がなんだかさっぱりわからないし、危ないから早くこの場から離れようかと思った時、リオがポップコーンの入ったカゴを片手に降りて来た。


「あれ、エリシャ。今朝から見かけないと思ったらこんなところにいたんスか」


 それからぞろぞろと傭兵団のメンバーが降りて来た。


「おー、エリシャっち。おはよー、いや、こんにちは、かな。まあ、奇遇だねー」


「あの、おれ、リリが武器の手入れをしているのを見ていただけなんで、そろそろおいとましようかとー……」


「もったいないよエリシャっち、リリっちと団長の試合なんてレア中のレア、滅多に見れないんだから!」


 鼻息荒く興奮しているみたいだけど、おれは正直戦っているリリの姿なんて見たくないわけで、あの怖い団長といるなら尚更。


「つうかさ、リオ、お前ならこういうの真っ先に止めるとばかり思ってたんだけど!?」


「いや、リリさんの専属技術者としては実戦データに勝るものはないんで、見過ごすわけにはいかないっスから」


「そんな肩書き、はじめて聞いたんだが?」


「まあ、稀によくあることなんでいい機会だしエリシャも見ておくといいっスよー」


 んな悠長な。


「さあ、張った張った。勝つのは団長かリリちゃんか!」


 傭兵団の連中はまた賭けを始めるし、よりにもよって一番常識人っぽそうなシスターって人が中心になって賭場を仕切ってるし、この人ただ聖職者のコスチュームを着ているだけの遊び人なのではなかろうか。


「ぼくは当然今回もリリさんに賭けるっス!十万アンバー!」


「それじゃあ私もリリさんに十万アンバー」


「リリに十万アンバーだ」


「よくわからんけどロマさんもリリちゃんに一万アンバーだ!全財産だぞー!」


 喫茶店(ヤドリギ)もかよ。おれに味方はいないのか?


「ほぉ、相変わらず面白いことをしておるな。それじゃあ、わしもリリに賭けるとするか」


「し、シーナ様ぁ?!」


「息災か、エリシャよ」


 ええっ、シーナ様との久々の再会がこんなんでいいのか。


「シーナ様ぁ、みんな止めてください」


「まあまあ、エリシャよ。おまえもそろそろ博打を覚えてみるべきじゃな。ほれ、リリに一億アンバーじゃ」


 シーナ様はおれにも「賭けろ」とアンバー硬貨を握らせる。しかも白金貨だ。百万アンバー、たぶんおれが真面目にヤドリギで働いて一年分くらいの給料だ。こんな形で、こんな形で白金貨を拝みたくはなかった。

 みんな馬鹿だ、頭おかしいよぉ。


「団長勝ってぇえ!!聖女様(ハイローラー)が馬鹿みたいな額ベットした!!負けたら破産するから、払戻金で傭兵団破産しちゃうぅ!!!」


「……お前ら後で一回ずつ殺す」


 シスター目掛けてリリが勢いよく投擲された。殺すというのは安い脅し文句ではなく、実際に一度殺傷されるみたいだ。シャナが顔を青くして説明してくれた。

 ちなみに、この模擬戦においては十分間で一度でも団長に攻撃を当てたら勝ち、足元の円より一歩でも外に出したら勝ち。そこまで手加減されて、団長相手にリリの勝率はこれまで三割程度らしい。手加減がなければ誰も団長に勝てないので賭けが面白くないから、ハンディキャップひとつ追加するごとにつき倍率が段階ごとに上下する。ハンディキャップ無しだと利益無し、今のところ十倍で百アンバー団長に賭けて団長が勝てば千アンバーになるらしい。リリの倍率は五十倍。リリが勝ったら、傭兵団は五十億アンバー以上を払わなければならないようだ。


「リリちゃん、ねえリリちゃん。手加減できる?手加減、できれば今回は団長にわざと負けるとか!」


「団長が手合わせしてくれる機会なんてそうそうないんですから、イヤです!シスター、それでは!!」


「リリちゃん!!?」


 八百長の現場を見たような気がするけど、リリは構わず団長に跳んで行った。というか、足元の円の直径って一メートルもないんだけど、リリの攻撃はまだ一撃も当たらないのか。それどころかリリに隙があれば容赦無く殴り飛ばしてる。

 十分間もこんな一方的な暴力を見せられるのは心苦しい。

 ヤドリギのみんなは、リリの説得諦めたような顔をしながら観戦している。店長は「ひぃ」と悲鳴を漏らしながら顔を覆っているが。


「せ、聖女様……か、賭け金を、その、せめて十分の一に……」


「なんじゃ、面白くないのう。【灰被り】のグレイの部下ともあろうものが情けない。勝ち試合ではないのか?ん?あと五分で億がころがってくるのだぞ、もっと喜べ?」


「いや、そりゃあ、えへへ、ハンデがなかったらそうなんですけど……でも、リリちゃんもめっちゃ強いんですよ?!私たちはリリちゃんに手加減してもらう側なんで!!」


「ふむ、そうかぁ、では棚ぼたじゃのう。表立って私財を動かすわけにはいかぬから、博打のフリをしておぬしらへの援助金と思っていたのだが、まさか五十億になるとは」


 シーナ様がおれの髪を結って遊んでいるが、この声色からして全部わかっている上でわざとらしく言っている。


「おぉ、勝負がついたぞ」


 これまで二人が何をしていたのかわからなかったけど、ただひとつだけわかったことがある。

 手加減をされていたとはいえ、リリが団長の首元にナイフを突き立てていたことだ。修練場の地面には、ぽたぽたと団長の血が溢れていた。リリは力を出し切ったらしく、憔悴した様子で団長に抱えられていた。


「……ルール的には、わたしの勝ちですよね、団長?」


「外野の馬鹿共のせいでやりにくいったらありゃしねえよ。ああ、俺の負けだ。お前の勝ちだチビ助。次からはハンデ減らしといてやるよ」


 賭け事をしていた傭兵団が膝から崩れ落ちる音。店長は泡を吹いて卒倒し、リオがリリに駆け寄って行く。


「まったく、団長さんは幼気な女の子の顔を殴ってなんとも思わないんスか!ひどいっス!鬼、悪魔、高額債務者!」


「……おっと、約束通り傷ひとつ付けちゃねえだろ『妹ちゃん』」


「言い訳は聞きたくないっス!!」


「あんたの技術がそれだけすごいってことだ、キャンキャン吠えるな……顔似てんだからワケわかんなくなって来る」


 あー、やっと終わってくれた。


「エリシャ、なんだかんだで楽しくやっておるようじゃな」


「シーナ様、聞いてくれよ。大変なんだよ、ヤドリギでは毎日色々なことがあってさ」


「話ならゆっくり聞いてやるからの、まあ、わしにもヤドリギの食事を食わせてくれ。これでも公務をこっそり抜け出してやって来たんじゃ」


「……絶対もうバレてる、またヘルメス様にしこたま怒られるよ」


「ひぃ、余暇くらいあやつの顔を忘れさせてくれえ」


「余暇って、仕事サボってるだけじゃん」


「こ、細かいことは気にするでない。後生じゃから、わしにもクリームコロッケを食べる機会をくれえ、できれば酒も飲ませてくれえ」


 店長気絶してるし、リリはぐったりしてるんだけど大丈夫なのかな。二人のことは心配なんだけど、そもそも今日って定休日なんだよな。シーナ様、せっかく来てくれたのに料理食べられないかもしれない。料理長は融通が利かないというか、公私は完全に分けるタイプだからたぶん休日は料理作ってくれないと思うけど。




 リリは鼻歌混じりに料理をしていた。団長に勝てたのがよっぽど嬉しかったんだろう。厨房を歩くリリの尻尾は絶え間なくゆらゆらと揺れていた。店長はふらふらとおぼつかない足取りで、調理の補助をしていた。どうやら人の血を見るのが苦手らしい。目に見えてげっそりしていた。料理長は、店長の有様を見て嫌々ながらに厨房に入ってくれた。

 あれからシーナ様が団長の怪我を治療をして、傭兵団の有り金を残らずすべてむしり取った。あの一瞬で傭兵団の総資産十億ほどが全てがシーナ様とヤドリギ側に転がり込んだ。不足分は借金として借用書を書かされていた。地下の修練場ではおれみたいな子供には見せられないような『おしおき』が行われているらしい。爺さんは「過去の記録を見るか?」と言って来たが、昼食を前にそれはやめて欲しかったので全力でお断りした。それより、爺さんは『おしおき』されないのか。不満そうに角砂糖にガジガジと齧り付いていた。ホント、外見だけは可愛い妖精なんだけどな。指を近付けると余計なお世話と言わんばかりに指に噛み付いて来た。妖精とやらはどこまで人の考え拾えるんだろうか。それとも単に勘がいいだけか。


「ユークリッド様は傭兵団の参謀ですからね、自身を中心に一キロ四方くらいなら情報伝達が任意に出来るそうです。経費は嵩みますが、アンテナを設置すればある程度は延長出来るみたいですね」


「つまり、こうしてる間も全部この爺さんに考えてること筒抜けってことか、妖精ってスマホだとか携帯電話か何かなの?それとも頭にアルミホイル巻いた方がいい?」


 指を指したらまた齧られた。というか、俺にはシャナに使った魔法みたいな見えない手で引っ叩いたりしないんだな。


「すまほ?けーたいでんわ?なんで頭にアルミホイル?」


 そりゃあ、この世界でスマホとかが通じる訳ないか、おれもどんなものだったかうろ覚えだけど、遠くにいる人と会話ができる魔法みたいな道具ってことくらいしかわからない。いや魔法ではないか、電話くらいならそんな珍しいものではないし、でもなんか違うんだよな。

 なんだろう。うまく説明できないのがモヤモヤする。

 悩んでると「貴様、そんな原始的で低俗な電子機器と我々妖精を一緒にするな!そもそも妖精というものは高次元な情報生命体だ!」とユークリッドの爺さんに脳を揺らされるみたいに怒鳴られた。滅茶苦茶にキレてるみたいで後半はノイズが混じり何言ってるかわからなかったけど、意識が飛びかけるほどの大声だった。それはおれ以外にも聞こえるくらいで、みんな激しい頭痛を訴えていた。にもかかわらず、爺さんは物理的に噛み付いて来ることしかしなかった。


「エリシャよ、おぬしはその妖精と話しておったのか?」


 シーナ様は目を回しながら聞いて来た。

 

「そうだけど、なんかちょっと怒らせちゃったみたいでさ」


「おぬしの権限が高くてよかったわい、我が子が妖精に縊り殺されるところを見ずに済んだ。いいか、その妖精のナノマシン権限(レベル)はⅢだ。物理的な干渉ができるレベルで強力な個体じゃからな、エリシャの権限が下回っていたら今頃頭と胴体が分たれていても不思議ではなかったぞ?」


「え、そんな深刻な話?」


「その殺意に狂った妖精を見よ。あの手この手でエリシャを殺そうとしておるが、上位権限を持つおぬしの前でエラーを吐いておる」


「ええと、つまりどういうことだ?」


「魔法で殺そうとしておるが、魔法を使えないから必死に噛み付いているんじゃ」


「シーナ様、竜の力を魔法と呼ぶには語弊があるっス!」


「うっさい、その手の専門家が聞いて呆れるわ」


「いや、それは、エリシャに教えるのはまだ早いかなって『パーソナリティ』に関わる話はデリケートな問題じゃないっスか」


「そうじゃな、悪かった……つい熱く……」


 えぇ、これどういう状況。

 ユークリッドの爺さんは痛くも痒くもない体当たりを繰り返しながらノイズを吐いている。シーナ様とリオはなんだか気まずそうだ。


「エリシャは、シーナ様のこと馬鹿にされたらどう思う?」


 リリは頭痛を気にしながら穏やかな口調でおれに尋ねて来る。


「……そりゃあ、怒るよ。許せないし」


「エリシャはね、同じことをしたんだよ、ユークリッド様に」


「……それはおれが、悪いけど、でもそんなの知らなくて」


「知らず知らずのうちに誰かを怒らせちゃったり、悲しませたりしちゃうのは責められないけどね。でも、自分が悪いと思ったのなら謝らないと。許してもらうためじゃなくて、同じ間違いを繰り返さないように反省するために」


 リリは厨房の奧の方に行って、パフェに使う材料を持って来た。甘いものを嗅ぎつけた爺さんは、リリの手元に注目し始めた。綺麗なガラス皿の上にカスタードプリンとバニラアイスを乗せて、フルーツを並べる。ホイップクリームとチョコレートシロップを彩りに加えて、リリは、プリンアラモードをおれの前に出す。あとはわかるよね、と言いたげだったけど、リリは爺さんに深く頭を下げたまま動かなかった。


 おれが、おれが悪かったけど、リリが謝ることじゃないだろ。悪いのはおれなんだから、爺さんに謝らなくちゃいけないのはおれだろ。なんでリリがおれのせいで謝らなくちゃいけないんだよ。

 申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 胸の奥のどす黒い気持ちに爪を立てて引っ掻き出したい。

 俯いた時に皿にあったのは、妖精用の小さい匙と普通の匙。リリが考えていることはなんとなくわかったけど、それを口に出すのは恥ずかしい。でも、たぶん、口に出すことが大切なんだと思う。だって、おれの考えてることはユークリッドの爺さんには手に取るようにわかるんだから。


「……ユークリッドの爺さん、その、おれ、あんたに会ったのは、昨日の今日だけどさ、言わなくても、言葉にしなくても、考えてることが伝わって、便利だなって、なんもしなくても、おれのこと全部知ってるみたいだったから、その、馴れ馴れしくして、ごめん。だから、だからさ。一緒に、リリが作ってくれた、甘いもの、食おうよ。おれ、甘いもの、あんまり好きじゃなくて、いや、そうじゃなくて、いや、そうなんだけどさ。おれのこと教えてくれよ、爺さんのことも教えてくれよ。ごめん、おれ、友達ひとりもいなくってさ、わかんないんだよ、こういう時にどうしたらいいか。だから、ごめん、ユークリッドの爺さん。おれ、もう、爺さんのこと怒らせるようなこと考えないようにするからさ」


 呆れたようなため息が聞こえた。シーナ様かもしれないし、リリかもしれない、リオかもしれないし、おれを育ててくれた人のため息だったら、嫌だなって思った。


『今のはわしのため息だ、馬鹿もの、早くしろ。いつまで人の匙を妖精に持たせるつもりだ?』


「……ユークリッ、むぐっ」


『こちらこそ大人気なかった。たかだか数年しか生きていない子供にあまりに多くを求め過ぎた。リリの甘味とおまえの謝意に免じて許してやろう。代わりに、わしを許せ。それで手打ちとしよう。ほら、おまえの番だ、わしはいつまで口を開けておればいいの、むぐっ」


「やっぱりおれ、甘いものあんまり好きじゃないみたいだ。だって、おかしいよ。しょっぱい味がする」


『しょうがないやつだな、かねてより妖精とは人間と共にあるものだ。これからは、未知も既知も分かち合う良き友人となろう。エリシャ、おまえの物語は退屈しなさそうだからな』


 なんだろう、おれが一番言って欲しかった『人間』って言葉が痛いほど嬉しかった。ずっと我慢していた、待ち望んでいた言葉に、涙が止まらなかった。おれは『人間』なんだって認めてもらえたのが、嬉しかった。


『おい、こらエリシャ。甘味を、甘味を食わせろ。わかった、わかった、嬉しいのはよくわかった。……むぅ、ならば好きなだけ泣くがいい、時を越えた人間の子よ、我は最良の友だからな』


 泣き止まないおれの代わりに、仲直りをしたことをみんなに教えてくれたユークリッドの爺さんは、おれの涙でしょっぱくなったプリンに文句をいいながら頬張りながらも。おれが生まれてはじめての友達になってくれた。

 それから、やたら豪勢な昼食をみんなで食べた。シーナ様、ヤドリギのみんなと、傭兵団のみんなとだ。少し遅れて、怒ったヘルメス様がやって来て、シーナ様は土下座をしながら説教が終わるまでずっと「ごめんなさい」と謝り続けていた。涙が引いた頃に、お腹が痛くなるまで笑って泣いて。おれにはじめての友達ができた記念に、店長が写真を撮ってくれた。


 

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