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【前日譚①】竜の力 Ⅴ



 お酒が解禁になる時間帯には、わたしは自室に戻るように言われている。何度も子供は寝る時間、だと言われて来たが、面倒ごとを避ける為には仕方がないことなのだ。

 厨房での皿洗いなど裏方作業をすることもやぶさかではないのだけれど、たとえ家業であっても子供を夜遅くまで働かせるのはあまり褒められたものではない。

 一応、戸籍上はまだ未成年なので、法律が関わることには大人しく従っておかないといけない。

 けれど、自室で拳銃や短剣の手入れをしている子供って実際のところどうなんだろうか。

 配達員の中では、筆記試験に合格して実技講習を受けた者には組合から武器を携帯する許可証が発行される。

 許可証がなければ配達士を名乗ることはできず、郵便物の所持や運搬することもできない。最低限の自衛手段を持たない者には、荷を預けられないということらしい。

 武器のメンテナンスは欠かしたことはないけれど、終点街で働いていて武器を抜いた経験は、訓練を除けばまだ一度もない。

 それでも、武器は消耗品だから最低でも半年に一回は状態の審査をしなければならない。

 ガンスミスに診てもらい、状態が悪ければ新しく買い替える必要がある。

 別に、武器のことは好きじゃないんだけど、何度も手入れをしているうちにちょっとした愛着くらいは湧いてくる。

 これは、わたしが配達士である証でもあるのだから。

 ひと息ついて、メンテナンス道具を片付けて換気をする為に窓を開けて夜風にあたろうとする。

 ふと、途中で机の上の写真立てに意識が向いた。

 五年くらい前のヤドリギの開店祝いに玄関先で撮ってもらった親子写真。わたしは、お父さんに抱き抱えられてカメラから目を背けている。

 まだこの街に来たばかりの頃の写真だ。

 お父さんはこういう思い出を残すことが好きなようで、店内にも何かとこういうものを飾っている。

 料理以外に出来た趣味がどうやら写真撮影みたいだ。これと全く同じものが店の中にも飾られているので少し恥ずかしい。

 まあ、痛み分けというわけじゃないけど、お客さんから許可を得て撮影した写真のアルバムが何冊も本棚にある。

 たまに、物思いに耽るようにお父さんがそれらを読み返している時がある。

 お父さんも、この店には愛着があるようだ。

 わたしだって、この店が好きだ。お姉ちゃんも、ココノさんも、ロマさんも。店のみんな、家族と。ここにくるお客さんも大好きだ。

 親子写真の隣には、過去との対比のように比較的最近の従業員五人が写った家族写真が並べられていた。全員がお揃いのエプロンを着けていて、面倒くさそうに付き合ってくれたお姉ちゃんの視線が泳いでいたり、ココノさんの頭に顎を乗せて笑うロマさん。何より、わたしも屈託のない笑顔でいたことが一番の驚きだ。

 最近は感情がわかりやすくなったとか、よく笑うようになったと言われている。しかし、鏡の前で笑顔を作ってみると、まだぎこちないというか、やっぱり少しだけ不機嫌そうというか、つまらなそうな顔をしているように思える。

 意識してみるのは、やっぱり難しい。

 でも、今はあんまり悩んではいない。

 窓の外からは、賑やかな店内の声がより鮮明に聞こえてくる。お酒が入って陽気になったお客さんの声が伝わってくるようになり、下の階では随分と盛況な様子だ。

 以前、お酒を飲んでみたいと言ったら「それじゃあ成人したら一緒に飲んでみようか」とお父さんに言われたことがあった。その為に取っておいたワインをお姉ちゃんが飲んじゃうものだから、珍しく怒ったお父さんを諌めるのはちょっと大変だった。

 お酒といえば、わたしがチョコや甘いお菓子を食べてはいけない理由には、お酒の含まれたお菓子を誤って食べないようにする為という、ちゃんとした理由がある。

 最近のお菓子は凄いらしく、獣人の鼻を以ってしても完全に判断できないものが多く存在する。

 わたしがお客さんから貰ったお菓子を食べた時は、かなり悪酔いした。お菓子にしては酒精のかなり強いものだったらしい。それからは、なるべく貰い物のお菓子は控えるようになった。ミズガルズ連邦は寒冷地ということもあって、お酒などで体の発熱を促す文化がある。

 四年後にはわたしもこの時間帯の店でもお手伝いを許されるのだろうかと思いを巡らせながら、換気された室内の空気を確認してから窓を閉める。

 それでも、やっぱり少しだけ油くさいような気がする。悪臭と呼べるほどではないけれど、なんだか女の子の部屋っぽくないと思われそうだ。

 まあ、正確にはここはわたしとお父さんの部屋なんだけど。

 未だにお父さんと一緒に寝ているのか、と聞かれたら首を縦に振る。特に血を吸われる前後は、不安な気持ちがあるのでなるべく一緒にいて欲しいと約束してからはずっと一緒だ。

 そうでなくとも寝る前にはなるべく一緒にいてもらいたい。正直になると、一人で寝るのは未だに怖い。

 今のわたしは、ちょっとだけ落ち着きがないのかもしれない。ドクターがわたしたちの診察結果を持ってくる閉店時間まで、ただ待っているのはやきもきする。

 時計の針が進むのも、なんだかいつもより遅く感じる。

 普段から日課としてやることはほとんど終わってしまった。

 ベッドのふちに腰かけて、以前、ココノさんとロマさんたちと行ったお祭りの景品でもらったぬいぐるみを手持ち無沙汰な感じを誤魔化すのに触っていた。

 まだかな、まだかな、と思いながらも、診察結果がよくないものだったりしたら嫌だなと不安を募らせていた。

 階下の喧騒が落ち着いてきた頃に、階段を上がってくる二人分の足音が聞こえてくる。

 わたしは我慢できずに、扉を開けた。

 

「リリさんおまたせ……、一人にしてごめんね。だからほら,泣かないでね」


「……泣いてない」


 お父さんに抱きついたまま離れない。今はアニマギアも着ていないので外見相応の非力な姿だけど、見かけによらず結構力があるらしい。

 ドクターにはもう、家ではお父さんにべったり甘えている姿を見られているので、今更取り繕うことなんてしない。変に誤魔化す方がよっぽど恥ずかしい。




「では、単刀直入に」


 わたしはお父さんの膝の上に座り、二人で診察の結果に固唾を飲んでいた。


「お二人とも健康そのものです」


 胸を撫で下ろしていると「対外的には」と付け足してきた。


「ベルさん、以前の診察であなたに冗談混じりに言った病状を覚えていますか?」


「ええ、お医者様も冗談を言うんだなって思いました」


「非常に申し訳ないのですが、冗談では済まなくなりそうでして。染色体というものがありますよね。それだけでみれば、あなたは既に女性と遜色ありません」


 今、お父さんはどんな表情をしているのだろうか。

 わたしには、振り向く勇気がなかった。

 この状況を作り出した責任がわたしにはある。

 わたしの手を握るお父さんの手は震えていた。


「吸血鬼特有の体質の変化、原因は主に不老不死の原因とも言われている竜の力が多分に含まれた血液の摂取。なぜ、そうなってしまうのか、理由はいくらでも推察できますが、確かなことは、今後あなたの体は時間をかけて別の存在に、女性に変化することです」


「そう、ですか。でしたら、私は、リリさんからお母さんって呼ばれることになるんでしょうかね。ちょっと困りますね、役所に行ったりしなくてはいけないですし、そういった装いもしなくてはなりませんかね……。幸い、以前は、昔は、そういう風に育てられましたから、あまり苦労はしないと思います。まあ、いいんじゃないでしょうか、収まるべきところに収まったということで」


 強がりを言うように、いつもと変わらない声のトーンで、淡々と、それでいて抑揚のない感情のこもっていない声だった。

 自分を納得させるみたいに。

 無理矢理飲み込んだ言葉を失い、しばらくするとお父さんは気持ち悪そうに吐き気を訴え始めた。


「失礼。慣れないお酒にちょっとだけ付き合ったので、少しだけ気持ち悪くなってしまいました」


 それが嘘なのは明らかだった。何よりアルコール臭はしないし、ただ心配をかけまいと嘘をついているのがわかってしまった。だけど、お父さんは嘘をつくのが下手だ。

 だから余計に心配してしまう。

 こんなお父さんの姿を見るなんて初めてのことだから。


「私から提案できるのは、女性化の進行を遅らせる薬剤の処方か、反対に進行を早める薬剤の処方くらいです。どう転んでも、肉体の女性化は止められません。でしたら、自分の意思で選ぶという選択肢も視野に入れてください。一択しかない選択を選べとは理不尽だとは思いますが、自分で選ぶということは、自分で受け入れたほうが、気持ちは楽になるでしょう」


 わたしが変なことを言わなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。いつも通りの日常のままだったかもしれない、なんとなく感じた違和感の正体を手繰り寄せてしまったから、日常を繋ぎ止めていたものをほどいてしまった。

 

「男性であることに、性別に固執しているわけではないので、それ自体は構いません。ただ、気持ち悪いんです。幼少期に、父親が私にした仕打ちが、気持ち悪いんです。私を産んで死んでしまった母親の面影を私に重ね、最初から私など生まれてこなかったかのように振る舞い。結局、私は、私が殺してしまった母親の名を、イザベルとして、父親の伴侶として過ごしたあの日々が、消えない。私は生まれてこなかった子供なのです。だから今、こうして、ここにいる自分さえも、存在しているのか疑わしい。だから」


 だから、だから、と消え入りそうな言葉を繰り返していたお父さんが、わたしのことをゆっくりと抱きしめると。


「リリさんだけが、私が私であることの存在証明なんです。この子がいなければ、この子がいるから、私は私でいられるから。リリさんには優しさの末にこんな余計な重荷を背負って欲しくない、どうせ、いつかはこうなることはわかっていたのでしょう。だったら、私はそれでいい。私は全ての理不尽を受け入れます」


 涙を流して、過呼吸になりながら、思いの全てを吐露したお父さんに抱きしめられたわたしも、一緒になって泣いていた。優しい思い出の詰まった日常が、もう二度と戻ってこないと思っていたのに、温もりは確かにここにあるのだから。


「ええ、遅かれ早かれ、ベルさんが女性化することは避けられませんでした。あなたが、クルースニクの一族が『クドラク』の眷属に堕ちてしまった以上、これはなるべくして起きたことです」


 ドクターは、未だ深刻な表情を崩さぬまま語り始めた。


「リリさんは、精密機械を用いるまでわからなかった『クドラク』の眷属たるその因子、残り香をしっかりと嗅ぎ分けることが出来た。つまり、クルースニクの一族としての能力を持ち『クドラク』を終わらせる宿命を背負っています。ベルさんが吸血鬼になったからと言って終わってないんですよ。この吸血鬼と吸血鬼ハンターの浅からぬ因縁は」


 吸血鬼ハンターのクルースニクと吸血鬼クドラクの物語は、吸血鬼であるお父さんのことを知る為に一度くらいは読んだことのある寓話だ。勧善懲悪の物語はわかりやすい正義と悪がぶつかり合い、最終的に正義が勝ち、世界は平和になったというありきたりな話。まさかそんな話が現実にあるなんて、と思っていたけど。どうにも冗談というわけでもなさそうだ。

 寓話では、最終的には必ずクドラクに勝つとされているクルースニクだが、勝利とは吸血鬼である不老不死のクドラクの生体活動を一時的に止める程度のことで、不老不死ではないクルースニクの一族は何世代にも渡ってクドラクと戦い続けた。

 そして、お父さんの代で戦いの歴史は完全に途切れてしまったらしい。そして、なんの因果か、今のわたしにはクルースニクの一族としての力があり、クドラクと殺し合う宿命があるらしい。涙が引くくらい、荒唐無稽な話で意味がわからないけど。どうやら、本当の話みたいだ。

 いずれ、クルースニクの存在が邪魔になったクドラクという吸血鬼に命を狙われる。わたしが不老不死なのも厄介で、きっと捕まれば積年の恨みを晴らすべく、何度も飽きるまで殺される可能性がある。

 寓話での関係が逆転するのだ。


「……なんですか、それ。大昔に私の負けで、終わったはずじゃないんですか。そもそも、なんで今更そんなことに。なんで、リリさんが、私との血のつながりはないはずですが」


「わかりません。ただ、シーナ様の話では吸血鬼による殺人事件が上昇傾向にあることが挙げられています。同時に、クドラクの眷属と思しき吸血鬼たちが、荊棘に潜入工作をすることもあったそうです。私どもとしても、その眷属であるベルさんとカミラさんにも監視を付けさせてもらっています。水面下では吸血鬼たちの勢力が着々と力をつけています。幸いにも、リリくんの存在はまだ知られていませんが、時間の問題でしょう」


 お父さんは放心状態でドクターの話を聞いていた。


「それって、もしかして私がリリさんをこの手で傷付ける可能性も、あるって話ですよね」


 ドクターは目を伏せて「はい」と断言した。

 わたしを抱きしめていたお父さんの腕の力が引いていく。


「ですが、その可能性は低いと思います。ベルさんはリリくんのクルースニクの血を飲み、どうやら眷属としての能力を中和して制限しているみたいですし、カミラさんもシーナ様の血を飲んでいます。どちらも不浄には効くでしょう」


「でも、結局私たちはどうしたら……」


「私どもを頼ってください」


「……えっ」


「個人的には癪にさわりますがシーナ様もいます。リオネッタ様だってリリくんの為ならば協力を惜しみません。なんなら、ミズガルズ連邦民であるあなたたちにはフラン様の庇護下にあります。なにも竜人だけではありません、困った時はお互い様なんですよ。あなたたちがこの街で暮らして、培ってきたもの全てが味方です」


 ドクターが手を差し伸べると、お父さんはゆっくりとその手を取った。


「みんなでリリくんを守りましょう」


「はい、ええ、ありがとう、ございます……」


 未だに状況がよくわからないけれど、わたしの身の危険を案じてくれているのだろう。

 だけど、大人しく守られているばかりでもいられない。

 いつまでもただの傍観者でいるつもりもない。

 わたしも、ドクターの手を取った。


「仲間はずれにしないでください。なにができるかわかりませんが、わたしだって、わたしにだってできることがあるはずです。なんだってやります。わたしにも、荷物を分けてください。これでも一人前の配達士なんですから」


「そうですね、なんたって今代のクルースニクなんですから。期待してますよ」


 クドラクたちが水面下で力を蓄えている間に、クルースニク側であるわたしたちもまた力を蓄えつつあった。

 長きにわたる因縁に終止符を打つために、大切な人を守るために。その両者がぶつかり合う日は、そう遠くはないのかもしれない。そんな予感がする。


 


 ドクターが去った後、まだ現実味を帯びていない寓話のような世界の出来事を、わたしは今まで聞いたことのないお父さんの過去の話を教えてもらった。

 お父さんの心の準備もあったんだろうから、その歴史が長いこともあって、一晩で語られるほどの簡単な内容ではなかった。少しずつ、少しずつ、寝る前に子供に本を読み聞かせるように。

 まず、お父さんとお姉ちゃんは腹違いの兄妹で、初めて二人が顔を合わせた時には既にお父さんは歪な夫婦を演じさせられていたのだとか。

 生まれた時から、狂気じみた家庭環境で育てられた昔のお父さんは自我が乏しく、それを見かねたお姉ちゃんはあちこちにお父さんを連れ出して遊び歩いては、その度に父親から手酷い折檻を受けたそうだ。

 今の自分があるのも、お姉ちゃんのおかげだと感謝している一方で、クドラクの眷属化に巻き込んでしまったことに対しては未だに後悔しているらしい。そのことについてお姉ちゃんに謝ろうとすると、馬乗りになってボコボコに殴られるらしい。今の砕けた関係になるにも、結構掛かったのだとか。

 クドラクの眷属になってからは、最低な日々だったという。クルースニクの一族に対しての復讐心を発散するために、不老不死の肉体になったお父さんとお姉ちゃんは、都合のいい玩具としてクドラクに扱われていた。

 父親が亡くなってから、一族の代表に選ばれたのはお父さんだったが幼い頃から虐待のような扱いを受けて来ただけで戦う力を持たなかったお父さんが降伏してクルースニクの一族の敗北を宣言してから、一族全員が奴隷になり、その全ての恨みを買うことになったお父さんは、吸血鬼からも人からも孤立した存在になってしまったと。

 過酷な環境に適応できなかった二人が壊れてしまったからか、クドラクは壊れた玩具を捨てるようにあっさりと二人を手放したらしい。それからは、不老不死を研究する機関を転々とし、気が付けば途方もない時間が経っていた。

 わたしたちが出会うきっかけになった「おばば様」との出会いはそれから更に途方もない時間が経過してからだそうだ。血を吸えない飢餓感に苛まれながらも、正気を失うこともできずに死ぬこともできない。そんな日々を無為に過ごしていた。

 二人が目覚めたのは現代の統一暦が始まる少し前らしい。竜暦の後期に「おばば様」に拾われて、共に旅を続けていた。それからは毎日が楽しかったらしい。お父さんは料理にうるさい「おばば様」を満足させる為に様々な料理本を読み研究したり、旅先々でレシピを蒐集していたり。わたしと出会ったのもこの頃で、旅のついでに不老不死の研究所を潰して回っていた時に気まぐれで拾ってきたそうだ。つまり、わたしの年齢は竜暦の終わりから統合暦六世紀の現在までで、最低でも五百歳は悠に超えていることになる。

 お父さんは「自分の過去なんてほとんど暴力を受けていたくらいしか記憶のないからつまらない内容でごめんね」と、申し訳なさそうにしているけど、思い出すのも辛そうなのに教えてくれたことには「わたしの方こそごめんなさい」と謝り合うことになってしまった。

 それでも「おばば様」と出会ってからのお父さんの人生は楽しそうだった。「色々と最低な人だったけど、師としては最高の人だった」なんて言っている。

 わたしも「おばば様」がどんな人だったのか思い出せないけど、会ってみたいなって気持ちになった。お父さんは心でも読んだみたいに会わない方がいいかもしれないと、念入りに釘を刺して来た。

 ちなみにお姉ちゃんも途中までは一緒に旅をつづけていたのだが「おばば様」と絶望的なまでに仲が悪く、喧嘩別れをしてそれっきりだったそうだ。

 お父さんの過去を知って、クルースニクの一族に対する印象は最悪だった。

 どれだけ譲歩して、お父さんの父親が愛妻家ゆえに狂ってしまったとしても、全ての悲劇がそこから始まってしまったのだから、わたしは絶対にその人のことをおじいちゃんなんて呼んだりしない。

 もしも、その人が狂わなかった場合、わたしがお父さんに出会う可能性が無かったとしても関係ない。

 絶対に許さない。

 お父さんの過去が次第に明らかになる中で、並行して行われていたのは、わたしの血やシーナ様の血がクドラクの眷属化への浄化作用があるとのことを聞いて、ドクターはその成分から解毒剤のようなものを開発して、お父さんとお姉ちゃんには治験に参加するように呼びかけていた。

 流石はヘルメス様だ、とは口が裂けても言えないけれど、本当にすごい。

 研究を続けた結果、眷属化の影響が少しずつ薄まってきたようで、黒い毛皮と金色の瞳の色が変わった。いや、元に戻り始めたという方が正確かもしれない。お父さんも、お姉ちゃんも毛皮の生え際の色が全体的に白くなって、ゆくゆくは全身が真っ白だった昔の頃のようになるらしい。そうなったら、嬉しいな。外見的な特徴が少しでも一致すれば、わたしたちをちゃんと親子として見てもらえるようになるかもしれないって、個人的な思いなんだけどね。

 それでも仮に眷属でなくなったとしても、お父さんとお姉ちゃんが吸血鬼であるがゆえの不老不死だということは変わらず、他人の血がなければ生きてはいけない。

 死なないことだけが生きていることには繋がらないから。

 それに、二人を本当の意味で解放する為には、わたしがクドラクという吸血鬼を終わらせなければならない。

 おそらく獣人が文明を築き始めた再生期から存在するであろう化け物に、わたしが太刀打ち出来るのかは疑問だ。

 結局、わたしが今代のクルースニクだとかそう言ったよくわからない話に乗せられているわけではない。わたしは自分の意思で、お父さんとお姉ちゃんを助けたいって思っている。

 それでも、謎が多いのが現状だ。クドラクが滅ぼしたクルースニクの一族とやらに危機感を今更覚えるだろうか。

 遥かに長い年月を生きる不老不死なのだから、もうそんなこと忘れているのではないだろうか。ただ、吸血鬼の間ではクドラクは名の知れた存在ではあるらしいから何かを蜂起する首謀者として、矢面に立たされているだけかもしれない。

 結局は、詳しいことはわかっていないのが実情だ。

 もしも、影も形もない偶像に敵意を向けるように仕向けられているのだとしたら。本当の敵は、誰なのだろうか。

 そもそも、なぜ、わたしにはクルースニクの一族としての力があるのだろうか。

 わからないことが多過ぎる。

 でも、ひとつだけ確かなことは何があってもわたしの家族は変わらない。お父さんが、たとえ女の人になってもお父さんであることは変わらないのだから。

 


(つづく)

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