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【前日譚①】竜の力 Ⅳ



 終点街を駆け回る配達の仕事も、思えば久々かもしれない。

 主に書類仕事が中心の日々で、十二人会のひとりでもある主任の秘書として一緒にビヴロストの街を東奔西走することがすっかり日常の一部になり、名実ともに一人前と認められるようになったのは嬉しい限りだけど、それでも子供扱いを受けるのはもう慣れた。

 善意から来るものなのだから、素直に受け取っておくようにしている。

 わたしは感情があまり顔に出ないのはあまり変わらないみたいだけれど、それは行動と反応にわかりやすいくらい反映されるようになったのだとか、主に愚直な尻尾と耳が感情を表現してしまうようになった。

 そういうところが子供っぽさの理由なのだと思うと、あまり喜べない複雑な心境だ。

 とはいえ、そんな子供っぽさに助けられているのだからあまり贅沢なことは言えない。

 この幼い外見はわたしにとっては劣等感の塊でも、この姿を愛してもらえている。

 引っ込み思案のくせに、意地っ張りで卑屈なわたしの欠点を丸ごと『わたしらしさ』と認めて尊重してくれる環境で生活していけるのは恵まれていると思う。

 配達士として過ごした数年間は、何物にも変え難い大切な経験をわたしにくれた。

 ちょっと前までは、重たい気持ちを引きずったままで足取りは重くて辛くて苦しかった。

 それが今ではどうだろうか、配達を終えて軽くなった鞄と同じくらい気持ちは晴れやかだ。

 俯くことばかりで、地面ばかりを見ていた世界は少し角度が変わっただけで鮮やかに見える。


「よう、リリ」


「先輩」


 クロード先輩は、支局の入り口の壁にもたれかかりながら相変わらず退屈そうにあくびをしながら、わたしを呼ぶと、ゆっくり歩み寄り目線を合わせるようにしゃがむと力強く頭を撫で回してくる。

 髪の毛が乱れてしまうのでやめてもらいたいけれど、不思議と嫌ではない。


「やーめーてーくーだーさーい」


「ああ、わりぃ。ごめんな。ちっこいのは、クセでつい撫でたくなっちまうんだ。って、ちっこいの気にしてるんだったな、悪い!」


 なんというか、最近は先輩のわたしに対する扱いがデリケートになっている気がする。

 一応、孤児院では教鞭を取っているわけだし、子供扱いしていては他の子達に甘く見られてしまうから、先輩なりに気を遣ってくれているみたいだ。

 ありがたいんだけど、先輩には似合わないというか。

 気持ちは受け取っておこう。


「それより早かったな、ちょっと前までは荷物に振り回されながら顔を青くして歩き回ってたのが立派になったもんだ」


「そうですね、わたしもこんな風に走り回れるようになるなんて思ってませんでした。わたしたちのようなハーフリングは、肉体的な成長は絶望的に見込めないものですから運動神経も悪いんですけどね。これのおかげで人並みには動き回れるようになったんです」


 小人症候群(ハーフリング)は、わたしが罹っているということになっている病だ。

 身近な人だと、メリクル主任に見られる症例がそれにあたる。だいたい二次性徴前で肉体の成長が停滞してしまい、見た目はほとんど子供のまま変わらないのだとか。

 わたしの場合は、そんな病に罹っているという設定なのだが、かれこれ数百年も子供のままなのだ。小人症候群よりもよっぽど始末が悪い。


「ふーん、そいつがアニマギアってヤツか、技術の進歩ってのには驚かされるよな」


 服の襟をずらして首輪(チョーカー)で固定されたインナーを見せると、クロード先輩は感心するように頷いていた。

 リオが開発してシーナ様が広めた民間用のアニマギアは物珍しさと、様々な肉体的なハンディキャップを抱えた人々を救ってきた実績が認められて今ではそれなりに広く知れ渡っている。

 とはいえ、大量生産されているわけでもなければ、誰でもすぐに扱えるものでもない。魂を原動力とした『ぱわーどすーつ』だなんて言われても訳がわからないと首を傾げることだろう。

 長いことお世話になっているわたしにとっても、正直よくわからないものだ。理屈としては理解しているつもりだ。魂の入った人形を動かすのではなく、人形を着るイメージ。わたしがなんとなく直感的に動かす事が出来るのは、人形の姿で過ごした経験があったからだろう。

 それに、リオが研究をわたし用のアニマギアに注力してくれたおかげだ。


「まぁ、技術なんてシロウトにはイマイチよくわかんねえものばっかりだしな、今更か。オレなんて電気とかガスとか水道とか、日常的に使うものすらどっから湧いて出てくるのかさえサッパリだ。……ガキの頃に無限に出てくるものだとばかりに水出しっぱなしにして遊んでたら主任にはこっ酷く怒られたっけな」


 先輩は恥ずかしそうに答えた。主任は、孤児院では母親的な存在なのだ。

 終点街の孤児院育ちでまだ地元に残っている中ではクロード先輩が最も年長者だそうだ。

 主任は肉体の成長が進まないけれど、たぶん年齢について尋ねたら怒られるのかもしれない。見た目ではわからないものだけど、主任と教官は歳が近いらしい。

 いつもヤドリギのテーブルを囲んでいる四人の中で、一番の若年者の先輩はなんだかんだで可愛がられているんだとか。教官がそう言っていた。


「じゃあ、エレイナさんに伝票渡してきます」


「……嫌そうだな」


「嫌いではないんですけど、エレイナさんって距離感が、その、近過ぎるんですよ。わたしって体格差から来る威圧感に少し敏感なので」


「そうなのか?」


「先輩とかドクターとか教官とか、無意識に視線を合わせてくれるじゃないですか。エレイナさんは、なんというか、収穫してきます」


「あー……確かに、いつも収穫していくな、リリを」


 先輩は妙に納得したように笑っていた。

 少しだけ憂鬱になりながら支局の玄関口をくぐると、受付の所にいるはずのエレイナさんの姿が見えなかった。

 少し席を外しているんだろうなと思いながら、職員のみんなに挨拶してからもう一人の受付嬢をしているシンシアさんのところにやってきた。


「はい、配達お疲れ様。伝票頂戴ね」


 彼女は俗に言うところの、ダウナー系お姉さんらしい。いったい誰が言い始めたのだろうか、ちょっと気怠げな様子だけどそこが人気の秘訣なのだとか。

 あまり話した事はないけれど、わたしとはそれなりに仲がいい。主に、エレイナさんの仲裁役をしてくれるのでいつも助けてくれる。


「エレイナは医務室」


「どうかしたんですか?」


「……はあ、どうかしてるのがいつもの事だからね。あの少女中毒者(ロリコン)の場合は」


 中毒者とは言い得て妙だ。

 否定できないのがなんとも。

 いや、思い当たる節が多すぎて。

 嗅がれたり、吸われたり、舐められたりもしたっけ。

 どれもイヌの獣人種族によく見られるという愛情表現の一種だけど、実際にはしないことがほとんど。

 することがあっても公衆の面前でやるような事ではないとお父さんが言っていた。

 人前でするにはかなり勇気がいる行動だとか。

 それを平然と日常的にして来るんだから、エレイナさんが異常者扱いを受けるのは仕方がないことだと思う。

 文化の違いというヤツなのかも。

 貿易の国だから多様性には寛容だけど、それでも限度があるんだと。


「……犯罪だよ犯罪、特に子供に関する保護法ってものがあるんだけど。訴えたら勝てるからね、キミ」


「そんな大袈裟な」


「大袈裟なものかい。我が国の象徴たる二人の竜人様は見た目こそ幼い少女だが、信仰の対象にもなっている程さ。まあ、当人たちは治世に関わることをとことん嫌っているそうだけどね。周りがほっとかないんだ。そんな背景があるから子供にはどこよりも優しい国なんだと思うよ、此処は。少なくともあたしの浅い見聞ではそんな感じ」


 伝票とわたしの顔を交互に確認するように見ながら、吐息を漏らす。


「悪いやつではないんだよ。いや、頭は悪いけど。キミは嫌かもしれないけど、仲良くしてやってくれ」


「エレイナさんのこと、嫌いじゃないですよ」


「確かに、嫌ってたらヤドリギにも出禁だものね」


「苦手なだけで」


「……そうね」


 こう言っては失礼かもしれないけど、エレイナさんにも良識はあるみたいで、ヤドリギでお父さんの手伝いをしている時はちょっかいをかけてこない。一緒に来ることが多いシンシアさんが釘を刺しているおかげかもしれない。


「リリ、いる?」


 配達の確認が済んだ頃に、二階の執務室の扉が開き、やつれた表情をした主任がわたしを呼ぶ。


「あ、いま戻りました」


「息つく暇もなくごめんなさいね。このあと、議会に顔を出さなくてはいけなくて。今回もあなたとドクターには私の補佐として出席してもらうわ」


「はい、それは構わないのですが」


「どうしてわたしなんかが、とでも言いたげですが。あなたは自分の能力の過小評価が過ぎますよ。それに、ドクターは監察官のようなものであって秘書ではないのです。幾分か目を瞑って昔からなにかと助けてもらってはいますが」


 わたしは懐から付箋が挟まった手帳を取り出すと、主任の今日のスケジュールが書き込まれていた。

 大変そうだなぁ、と他人事のように思っているけれどわたしも行動を共にするのだから肩が重くなってくる。これに比べたらエレイナさんの奇行なんてまだまだ可愛いものだ。


「あなたは優秀な秘書だし多言語話者ってだけでも貴重なのよ、リリ。交渉の場では誰もが標準語で話すとは限らないし、多国語の読み書きもできる時点で凄く助かるんだからね。誇ってもらわないと申し訳ないのよ」


 身支度を整えた主任が階下に降りて来ると、挨拶代わりに当たり前のようにわたしの頭を撫でてくる。


「な、なな、撫でないでください」


「ごめんなさい、もう癖なのよ」


 みんな理由をつけてわたしの頭を撫でてくるのは、ちょっぴり恥ずかしいのでやめてもらいたいけれど、ゆらゆらと左右に揺れる尻尾が本心を代弁している。

 撫でられるのは、嫌いではない。口には出さないけれど、むしろ好きだ。たぶん、みんなには見透かされているんだと思う。

 月に一度開かれる十二人会(コンセンテス)の定例会に顔を出すのは今回が初めてではないけれど、いつも緊張してしまう。あまり堅苦しい場ではないけれど、世界に名だたる十二人の重鎮が一堂に会するのだ。せめて主任に恥をかかせないようにしなければならない。そんな気持ちが浮き足立ってしまう。


「さて、着くのは昼過ぎね。今日はマスターの昼食が食べられないのは残念だけど、夕食までには必ず帰るわ。オムライスは最低でも一日一食、これは絶対よ」


「主任、オムライス大好きですね」


「訂正して、私はヤドリギのマスター、リリのお父様が作るオムライスが大好きなのよ」


「……そうでしたね」


「あー、笑ったわね?」


「いえ、わたしも大好きですから、お父さんのオムライス。今日の晩御飯はわたしもごろごろチキンのオムライスな気分です」


「じゃあ約束しましょう。今日の議会が終わったら一緒にオムライスを食べましょう」


「はい、わかりました」


「よし、元気出たわ。十二人会、ぶっとばすわよ!」


「ぶっとばすわよ、じゃありません。あなたは何をしに行く気ですか?」


 ドクターが、ため息をつきながらやって来ると、主任の額に指を弾いた。いわゆるデコピンというやつだ。パチンといい音がすると、主任は頭を抱えてしゃがみ込む。


「い、痛ぁ……なにって意気込みよ、意気込み。私は末席の木っ端役員なんだから、大事でしょ、そういうのは」


 涙声で訴える主任を見て、ドクターは肩を落としていた。


「あなたらしいですね、でもリリくんに過小評価するなと言っておきながら自分自身を過小評価しているのはどうかと思いますが」


「仕方のない事でしょう。私腹を肥やすことを優先した先代である父の愚行は許されざるものなのですから、罪人の子なんですよ私は」


「……そう言うところです、あなたの悪い癖は」


 ドクターは眉間を押さえて、また深くため息をついた。


「いいですか、何度も言うようですが十二人会は完全実力主義で、尚かつ国民からの厚い信頼がなければいけません。それらを踏まえた上で何故自分が今の役職にいるか考えてみてください。全てあなたの弛まぬ努力の成果でしょう。それなのにあなたと来たら、いつまでも焦ったいですね」


 ドクターは主任に自信を持って欲しいみたいだ。

 一応秘書として主任のスケジュールの管理を任せてもらっているわたしも、その仕事量の多さは思わず頬が引き攣るほどに常軌を逸していると思う。

 郵便局の業務だけではなく、終点街全体の安全管理から、各種保険などの経済支援、物流網の構築に各所へのインフラ整備。

 わたしが把握している範囲だけでも、人が一人でやる仕事の範疇を超えている。

 働き過ぎだと思う。

 でも、そのおかげで、この街からは貧民がほとんど居なくなった。誰もが平等に学問を学ぶ事が出来て、衣食住に困らない基盤を作り上げた人だ。

 その雛形を国内に広めたおかげで、魔物被害や犯罪件数の減少に繋がっている。後世に名を残す歴史的な偉人と言っても過言ではない。国民からの信頼もかなり厚い。


「リリくんは、どう思いますか。この卑屈朴念仁のこと」


「ひっ、卑屈朴念仁ですって?!」


 わたしの場合はもっと卑屈な人を知っているから、主任はそこまで卑屈ではないと思う。

 どうと言われても、徹底した現場主義で実際に現場を自分の目で見ないと気が済まないようで、行動力と問題を解決する最適解を見つける能力があまりにも型破りで。

 だけど自分が出来ることとできないことをしっかりと把握していて、人の力を借りることに抵抗がない。目的の為ならば、泥にまみれることすら厭わない。

 強い信念を持っているかっこいい人だ。

 だから、主任を支持する人が多いんだと思う。


「主任は、かっこいい人です」


 わたしの答えにドクターは笑いを堪えているようだったけど「失礼」と言うと、主任の頭を撫で回した。

 支局の中では主任を鼓舞する言葉が広がっていた。


「……ほら、こんなにも近くにあなたを見てくれる人たちがいるじゃないですか。背筋を伸ばして胸を張ってくださいよ」


「そう、ね。じゃあ、それじゃあ、みんな、行ってくるから、留守は頼んだわよ」


 主任は照れくさそうにしながら一部始終を見ていた職員のみんなに軽く手を振り、わたしたちは議会のある中枢街へと向かった。

 



 十二人会(コンセンテス)とは、元々は旧人類における、とある物語に登場する十二柱の神様の総称だそうだ。

 またの名を『同意する神々』という意味を持つ古い言葉を持っていたらしい。要するに、十二人の物凄く偉い人の集まりだ。

 かつて竜人が統治していた時代では構成員は全て竜人だったとされている。

 竜は神様にも等しい絶対的な存在、誰がそんな旧世界の名称を呼び始めたのかは定かではない。

 ただ一つだけ確かなことは、神様の名前は脈々と受け継がれており、彼らの誇りであると同時に責務を表していた。神様の名を襲名する時に以前の名前を捨てて、役割に専心する。

 代わりに十二人は血の繋がりこそないものの強い想いで繋がった兄弟姉妹、家族になる。かつての神々が本物の家族であったように。

 メリクル主任が議会に出席する時は、いつも浮かない顔をしている。主任は自分のことを末席の木っ端役員などと評しているものの十二人の関係には明確な上下関係はなく、議会も特定の誰かに主導権が集中しないようにする為に円卓にて行われる。関係者であるわたしとドクターも特別に相席を許されている。

 意気揚々と議会に出席した主任は、議会から帰った時にはさながら真っ白な燃え殻になり、口からは霊魂のようなものを吐き出しながら夕暮れのヤドリギのカウンター席に突っ伏していた。

 心身共々くたびれているのだろう。


「妖精ちゃん、お疲れさま」


 わたしたちの隣の席にいる物腰の柔らかい妙齢の女性はボーダー・コリー種のイヌ獣人でミネルヴァ・コンセンテス様。


 主に商業関係の仕事を任されているらしく、わたしたちとは議会以外でも顔を合わせる機会が一番多い。

 わたしは親しみを込めて妖精ちゃんなどと呼ばれるようになった原因は、言わずもがなアニマギアにあるだろう。

 主任以外の十二人会の方々全員からの妖精ちゃん呼びがすっかり定着してしまった事に対して、リオに責任を追及したら「ぼくは悪くないっスよ?!」とのことだった。

 リオは外に出られないし、わたしも誰かにアニマギアの存在はおろか、妖精型という名称を口外した覚えもない。いや、先輩とかにはチラッとだけ見せたかもしれないけど。

 と、なるとシーナ様だ。失礼だけど口が軽そうだし、他にアニマギアに詳しい人に心当たりがない。

 そりゃあ、リオにはきちんと謝ったけど、妖精ちゃんなどと呼ばれるたびにその名付け親を恨みたくなる気持ちにもなってしまう。


「妖精ちゃん、真面目さんやからなぁ。ウチなんてただの職人やからねえ、しょーじきな話みんな何言ってるか、ようわかからんから、あとでこっそり教えてなあ。堪忍なぁ」


 フォーマルなドレス姿のミネルヴァ様の隣には、ある意味対照的な存在の煤埃で汚れたツナギ姿の小柄な女性が座っていた。東部諸島の独特な訛りのあるゆったりとした愛嬌のある喋り方をするウェスタ・コンセンテス様だ。三毛猫の獣人で、主に製鉄業からなる『工房』を任されている二人の職人の内の一人。

 もう一人、ウルカヌス・コンセンテス様というイヌ獣人のおじいさんがいる。かなり気難しい職人らしく、融通の利かない『堅物じじい』とウェスタ様に憎まれ口を言われているけれど、二人の仲は良好。我儘な孫娘に振り回される昔気質(むかしかたぎ)な祖父とも呼ばれている。


「それにしてもウェスタ、貴女までこっちまで来るようになるなんてね」


「そらあ終点街は、街の郊外やけどなぁ。同時に、こっから始まる。全部終わんのも此処。この街の戦いの最前線であり最終防衛ライン。丁度、ひと月にいっぺんくらいは技術屋がキッチリとメンテナンスしておかんとな。ついでに姐さんに美味いメシ奢って貰えるから来ない理由がないなあ」


「あらあら、ちなみに今日は何を食べているのかしら」


「いやあ、大将さんは天才やね。ハンバーグにパン粉をまぶして油で揚げたメンチカツってゆうてな、名前がええな、名前。カツってのはカツレツ……こーとれっと?の略称みたいなモンらしくてな、まあ、なんか勝つみたいで縁起がええなって」


「ふむ、この店で扱われている料理のほとんどは洋食というジャンルにあたる存在。この世界にかつて存在した料理形態のひとつ、もはや地図上にはその片鱗さえない失われた筈の料理もこうして受け継がれているとは、感慨深いものがありますね」


 ミネルヴァ様は歴史に、特に旧人類考古学に精通している。

 数多ある旧人類の歴史や文化の保存や継承に力を注いでいる学派のひとつの学長も務めている。この方がわたしを気に入っている理由のひとつが、どんな本でも読めるように勉強するために身につけた様々な言語にある。

 それを教えたのが誰かと遡れば「おばば様」だ。一応お父さんの母親、わたしにとってのおばあちゃんになるのだが、我が家は色々と他人に説明するのが厄介な家系になっている。

 直接、血の繋がりがあるのはお父さんとお姉ちゃんだけで、あとは寄せ集めなのだから。わたしの複雑な家庭の事情はさておき、ミネルヴァ様が危惧しているのは旧世界の知識。旧人類の知識の検閲がミネルヴァ様の仕事なのだが。


「姐さんもぶつぶつ言ってないで注文せんと、小難しい話じゃ腹は膨れんよ。大将さんメンチカツおかわりー!」


「それじゃあ、シーフードグラタンをひとつ」


 次々と皿を重ねていくウェスタ様は食べながらミネルヴァ様と会話している。


「そういや姐さんの好きな言葉は温故知新やったな。(ふる)きを(たず)ね、新しきを知る……論語とかいう昔の言葉やろ、耳にタコができるほどぎょうさん聞かされてんねん、ウチかて覚えるよ」


「そう『論語』の為政の一節。時には過去を振り返り、未来を切り拓くことの力とすることの大切さ。その精神は私たちが人類である限り忘れてはいけない精神なの」


「う、掘り返したんはウチやけど、難しいハナシは妖精ちゃんとしてなあ。おんなじ学校の先輩後輩なんやし」


 会話をわたしに誘導されると、なんとも複雑な気持ちになる。

 この世界における最高峰の知識の園『方舟(アーク)」と呼ばれる学問の国がある。お父さんとわたしは、そこの中途退学者ということになるのだが、問題は如何なる形であれ門戸を叩き受け入れられたと云う事実だ。それ自体が、何よりも名誉なことらしい。

 わたしたち親子は「おばば様」の鶴の一声で学院を介して人の世界に送り出された。曰く、刹那主義者で快楽主義者の傲岸不遜で慇懃無礼、無責任が足を生やして歩いているような存在で生きている災害なのだとか。

 とにかく、外の世界に出てからいい噂をなにひとつ聞いたことがない。放浪者ヘイズルーンは、わたしが「おばば様」と慕っていた家族の長である。『魔女(ウィッカ)』と呼ばれ、畏れられている存在であるらしい。

 別に魔法が使えるという意味ではなく膨大な知識量と暴力性の塊で人格破綻者。ポジティブな言い方をすれば、自分にとても素直な生き方をしている不老不死の女性だそうだ。


「わたしは、おばば様のコネで入学を許されただけなので、本来なら『方舟』に足を踏み入れていい存在じゃないんです」


「ふむ、そのおばば様の存在は興味深い話ではあるんだけど」


 ミネルヴァ様は、わたしなりの事情を察したのか。それ以上、深く追求することはなく、むしろこれからが本題と言わんばかりに軽く咳払いをすると、改めてお父さんに向き直る。

 なんとなくわかる、商人の顔をしている。


「店主殿、あなたはいつも娘さんにこんな姿をさせているのですか。こんなの、ほとんど上着一枚だけじゃない!」


「ああ、えぇ、仰りたいことはわかりますよ。リリさんは普段は汚れてもいいような私の古着を着て仕事のお手伝いをして貰ってるんですよ。あと、アニマギア……でしたっけ、そのせいで服の上に服をいくつも着るのは嫌みたいでして」


「わかります、ええ、わかります。店主殿、あなたの経済状況はわかります。住み込みの従業員二人と幼い娘さんが一人、身内の傭兵一人、収支を考えれば裕福とは言えない生活なのはわかります。が!」


 お父さんが営業スマイルを崩しそうになりながら困惑しているのが伝わってくる。「たぶん姐さんは何もわかってないねえ」とウェスタ様は笑っている。


「制服が普段着の上からエプロンだけ、というのは勿体無いのではないでしょうか!」


 その言葉を聞いて勢いよく立ち上がったエレイナさんは「そうだそうだ」とヤジを飛ばしていたけど、シンシアさんが「そうだ、じゃないから」と絞め落として着席させた。


「前向きに検討しておきますね」


「ミネルヴァ様、諦めてください。リリを着せ替え人形にしようとしている魂胆は見え見えですわ」


 特製のチーズオムレツを乗せたオムライスを配膳すると、さっきまで萎れていた主任が息を吹き返した様子だ。

 無邪気な子供のように瞳を輝かせ、ぷるぷると膨らんだオムレツの腹にナイフを横に入れると半熟卵と野菜とキノコのクリーム煮が溢れてくる。

 主任は「食べてよろしいですか?」と確認するようにお父さんに視線を向ける。困ったように微笑むと、なんとも幸せそうにオムライスに舌鼓を打つ。


「じゃあ、メリちゃんだけでも。どうですー?」


 スーツケースから取り出したフリルのあしらわれたピナフォア、いわゆるエプロンドレスなどと呼ばれている衣服だ。

 主任は目の前のオムライスにご執心の様子で「結構ですわ」と、普段ならミネルヴァ様の言うことは絶対だと疑わない彼女が敵対心剥き出しでオムライスを奪われないように威嚇している。

 ミネルヴァ様はオムライスに負けた、と悔し涙を流していた。


「なはは、十二人会にはみんなこういうクセが強いのばかりやからなぁ」


「あなたにだけは言われたくないわ」

「ウェスタ様にだけは言われたくないです」


「ね、姐さんもメリちゃんも酷いなぁ、あ、ウチもひらひらな服は嫌。鍛冶場では事故の元、非実用的だし」


「男の子も女の子はみんな可愛い服着なさいよ!」


 ミネルヴァ様、随分と大荷物だなとは思ったんだけど、わざわざ服を持ってきたんだ。

 しばらくして厨房のオーブンからミネルヴァ様のお気に入りの一品を運んできたお父さんは「たいへんお熱くなってますのでお気を付けてお召し上がりください」と一言添えて、煮え立った溶岩のような料理はこんがりと程よく焦がしたチーズと魚介類とトマトをじっくりと煮込んだブイヤベース風グラタン。

 しょんぼりとしていたミネルヴァ様は、子供のように無邪気に微笑むと熱々の料理を口に運び、はふはふと湯気を吐きながら幸せそうな顔をしていた。

 個性(クセ)が強いというだけあって。みんな、他には居ないような唯一無二な感じがする。

 だけど、それは当たり前のことで、人を人たらしめる要素なのだとか。特に彼らのような定まった寿命を持つ者たちは、それが特に濃厚で。わたしたちにはない輝きを放っている。

 まるで星の輝きのような、手の届かないほど遠くにありながらも、物凄く身近な存在との関わりが一瞬の瞬きのうちに終わってしまうのは、嫌だなって思った。

 そうなんだ、わたしが求めた人の世の生活はすぐに終わってしまうのだ。すこし足踏みをして振り返ったら、この温かさと同じものは手放したらもう二度と手に入らない。

 それって、すごく残酷なことじゃないんだろうか。

 一瞬の背筋を刺す氷のような冷たい視線を手繰り寄せれば、それはドクターから向けられていて。わたしは同じような気配には覚えがあった。お父さんやお姉ちゃん、シーナ様、リオからさえも時折向けられる喪失感のようなものが伝わってくる。

 なんとなく、理解はしているつもりだけど、人の世界で暮らし続けるのはそういうことなのだろう。

 きっと、何も語られることはない。

 ただ、人の世界で生きるにはわたしたちは異物であることを忘れてはいけない。わたしたちにはわたしたちのルールがあることを思い出させるような、冷たい沈黙が静かに後ろ髪を引いていた。


「ねえマスター、リリの夕食はまだ済んでないですわよね?」


「ええ、注文も落ち着いてきましたし、そろそろリリさんも食事にしようかなと」


「でしたら、少々リリをお借りできないかしら。昼間に約束したんです。一緒にオムライスを食べる約束を」


「一緒にオムライスを?」


「ええ、チキンがたっぷり入ったオムライスをリリに頂けないでしょうか。あと、私も、その、リリと同じものをおかわりを。約束をしたのに、先に一皿食べてしまったので、あの、悪気はなかったんです。でも、オムライスが食べたくて食べたくて仕方がなくて、不可抗力なんです。リリ、ごめんなさい。ですから、悲しい顔をしないでください。約束を反故にするつもりは、メニューの新作オムライスの文字にに目が眩んだわけでは、いえ、はい、ごめんなさい、飛びつきました……飛びつきました。ドクターに白い目で見られていることに気がつくまで、気が回りませんでしたごめんなさい」


 先程鋭い視線を感じたドクターの方を向いてみると、おいしそうに食事を楽しんでいる姿があった。

 ただ、主任はひどい慌てようだ。

 無言の圧力というやつだろうか。

 主任は頻りにドクターの視線を気にしていた。もしかして先ほどの視線は主任に向けられていたのだろうか。

 わたしも考えすぎなのかもしれない。

 お父さんはわたしに、主任の隣に座るように目配せをする。席に着く前に、冷たい水の入ったコップを二つ持ってきて、ひとつを主任の前に置いた。


「謝らないでください主任、わたしを待っていたらいつまで我慢させてしまうのかわかりませんから。おいしそうに食べている姿を見るだけで、わたしも嬉しかったです。それより、二皿も食べて大丈夫ですか?」


「ええ、私はオムライスをおかずにオムライスを食べることなど造作もありませんから。太ったら、痩せればいいんです!」


 主任は、自慢気に、すこし恥ずかしそうにそう言った。と、言うのも、主任はヤドリギに通うようになってから五キロ太ったらしい。


 一度は通うことをやめようかと考えた時期もあったらしいけど、だったら運動量を増やせばいいのだと、馬車での移動を控えたり、数駅くらい離れた場所なら歩いて行くなどしていた。秘書として同席することが多いわたしも、巻き込まれることになったのだが、リオがアニマギアを作ってくれなかったら郵便局をやめていたかもしれない。

 ドクター曰く、拒食気味だった痩せすぎな体が健康的な体になっただけとは言っていたけど、運動は悪いことじゃないからと黙っているらしい。

 視線の先は、お父さんが料理をしている姿を追っていた。


「それにしても、実際に料理を作るところを見ながら、完成を待つというのも、楽しいものですわね。ライブキッチン、と言いましたっけ?」


 お父さんは注文を受けてからお客さんの前で料理を作り始める。時間のかかる煮込み料理とか以外なら、ほとんどライブキッチンと呼ばれる形式で提供している。

 主任が言うように、ただ待つだけではなく、自分の為に完成していく過程を見ながら出来たての料理が食べられるのは特別な気持ちになれるみたいだ。

 お父さん曰く、子連れのお客さんの負担が少しでも減るように、料理が出来るまでの退屈な時間を無くすために取り入れた手法らしい。

 昔のわたしが、落ち着きのない子供だったからか、苦労の実感がこもっていた。

 それはそれとして、現にヤドリギではお父さんが料理を作る姿に視線が集中するので、給仕をする際にお客さんにぶつかったりするトラブルがほとんどなくなったのだとか。


「はい、お待たせしました。オムライスです」


 あっという間に完成した二皿のオムライスに、わたしたちは釘付けだった。

 チキンライスの上に乗せられたオムレツに、ナイフを軽く押し当てると半熟卵のオムレツがとろけるようにチキンライスを包み込む。まるで黄色い大輪の花が咲いたかのようだ。思わず、ごくりと喉が鳴る。けれど慌ててはいけない、まずはこの言葉を言わなければいけない。


「「いただきます!」」


 主任は「やっぱり最終的には基本のオムライスがいいんですわぁ」と涙を流しながら食べていた。主任は本当にオムライスが好きなんだなぁ。

 お父さんの料理は魔法だ。

 科学的とか非科学的とかつまらない理屈とかじゃなくて、それ自体が特別なんだなと思う。


 

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