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【完結】魔王への階段  作者: 稲山 裕


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二十一、愛すべき我が子


 イザがフィリアを産んだ事は、その場に居た者達だけの極秘扱いとされた。

 それは政務担当の一人が言い出したことで、誰も反論しなかった。皆、どう扱えば良いのか分からない、というのが理由だった。

 たったの三日で、しかも卵で産まれた。それだけではなく、こぶし大だったものがみるみる内に、一抱えもある大きさに膨れ上がった異質なもの。

 そこから出て来た得体の知れない化け物。

 それを娘だというイザ。

 このおぞましい事実を、どう伝えれば誰もが納得するだろうか。

 数日が過ぎた今となっても、彼らはイザとその娘を隔離し、人目につかないようにしている。



  **



 窓から入る光の向きが、逆方向に変わり始めた頃。

 イザはベッドに重ねた枕を背もたれに座りながら、横からべったりと引っ付いているフィリアの頭を撫でていた。

 その前は、胸に正面から顔を埋められていて、それをただ抱きしめていた。

 そうした様子だけを見ると、愛情深い母と、その幼い娘にしか見えないだろう。

 けれどそれは、イザにとっては暇を持て余しているのだった。

 イザにへばりついているフィリアを、甘えたいのだろうと無下にせず優しく触れては、抱きしめたり撫でたりと愛情はあるらしいが。

 普段ならば、部屋の前に並ぶ男たちから魔力を注いでもらう時間なせいで、どこか落ち着かない。

 しばらくは問題がないとしても、いずれ魔玉に魔力を吸われてしまうからだ。かといって、幼いフィリアにそんな姿を見せるわけにはいかない。

 そのある程度の時間、娘を誰かに見てもらわなくてはならない。

 ゆえに、隔離されてやるのは良いが、そろそろ手を打とうと考えている時だった。

 ノックの音が聞こえると、イザは「ようやくお昼ごはんね」と、つぶやいた。


「イザ様。お食事をお持ちしました」

 淡々としているが、丁寧で嫌味の無い女の声が届く。

「入りなさい」

 イザも同じように、淡々とした声で答えた。


 イザの寝室には出産以降、治癒士の女が一人、侍女として出入りするようになった。

 魔族の中でそれなりの地位に居るのか、立ち振る舞いが凛とした美しい女だった。

 彼らによくある金髪碧眼で、背もイザより少し高い。ゆるく束ねた長い髪を肩から胸にかけて下ろしている。それがまた、落ち着いた佇まいによく似合う。

「セイラ。体調も戻った気がするし、そろそろ外に出たいわ。フィリアにも外を見せてあげたいし」

 イザが人の名前を覚えるだけではなく、その名を呼ぶのは珍しいことだった。が、それだけ毎日、世話を任せているということだ。

「まだ、許可が出ておりませんので……」

 セイラは、料理をサービスワゴンからテーブルに移しながら、心苦しそうに答えた。

 そしてあまり目を合わせないように、そそくさと出て行こうとしている。

 そうはさせまいと、イザは「それじゃあ」と言って呼び止めた。

「許可を出すか迷っている誰かさんを、呼んでくれる? どうせ、どう発表すればいいのか分からなくて、皆に隠しているだけでしょ?」

 怒っているわけではなく、落ち着いた物言いだった。

 その物腰に安堵したセイラは、うやうやしく礼をして、今度はイザの目を見て答えた。

「その通りだと思います。すぐに来るよう伝えます」

 そしてフィリアにも視線を移し目が合うと、微笑んでみせた。

 立ち振る舞いは別として、随分と現金な、分かりやすい女だった。

「……さ、フィリア。いただきましょうか」

 イザに引っ付いたままのフィリアは、しかし、扉が閉じきるのを待ってから声を発した。

「ママ。わたし、おもったことがあるの」

 フィリアは、赤い瞳で扉を見据えたまま言った。

 少し舌足らずな話し方ではあるが、その幼子はすでに会話が出来た。

 生まれて数日にして、齢五つほどに見えるそのままか、もう少し幼いくらいのやや流暢な言葉を使う。

 それを悟らせないために、セイラが居る時には押し黙っているのだった。そしてそれも、イザが指示した訳ではなく、フィリアが自らそう判断してのことだった。

 彼女は己が異質であることを、誰よりも理解している。

 そして、イザはその知能の高さを知っていた。我が子のことだからという以上に、フィリアのことがなぜか分かっている。

「なぁに? フィリアは何を思ったのかしら」

 誰にも見せたことのない、優しい微笑みのイザがそこにあった。

「ママ。わたしね、ママはすごいなぁって」

 フィリアは、イザを横から抱きしめて離さない姿勢のまま、顔だけを上げて言った。

 そしてイザは、その深紅の双眸にしっかりと目を合わせて応える。

「あら、私のなにがすごいの?」

 イザは娘の美しい銀髪を撫でながら問う。

「わたしがうまれたときにね。ママがわたしをきょひしてたらね。みんな、ころしちゃおうとおもってたの」

 齢五つ程度の子が、こんなことを言えば普通は恐ろしく思うだろう。だがイザは違った。

「あら。拒否なんてしないわ。私の娘だって、一目見て分かったもの」

 一切動じないどころか、それがまるで、二人にとってよくある会話のように答えた。

「たまごからうまれるなんて、ヘンだとおもわなかったの?」

 その幼子はさらに、見かけ通りではない知性を当然のごとく口にした。舌足らずなところだけが唯一、その体に似つかわしいものだった。

 イザがそれを不審に感じないのは、母ゆえの同調だろうか。

「ぜんぜん? むしろ、小さく産めて助かったと思っているくらいよ。それでも痛かったんだもの。普通の大きさで産んでいたら、私は死んじゃったかも。だから、ありがとうフィリア」

「わぁ……わかってくれてたんだ。うれしい」

「やっぱり、フィリアがそうしてくれたのね」

「うん。うん!」

 その幼子は嬉しそうに目を細めて笑むと、重ねて強く頷いた。

「さすがフィリアね。偉いわ。お陰で私は死なずに済んだのだから」

「えへへー」

 その会話は、第三者が聞けば異様だと感じただろう。

 だが、二人の間ではそれが当然だった。

 それに初めて二人きりになった時、会話が出来ると見抜いたのもイザだった。

 最初から、幼子ではなく一人の人として声をかけたのだ。

 イザ自身も、なぜそうしたのかは理解していない。

 ただそうするのが自然で、意思も言葉も通じると――知っていた。



  **



 しばらくして、食器を下げに来たセイラと共に、老齢で白髪の男が部屋に来た。

 彼は本国から増援として来た男で、政務担当に加わっていた。

「イザ様。わたくしめがここに閉じ込めた、張本人にございます」

 見目通りにしわがれた声。

 彼は深く頭を下げたが、したことを反省した素振りではなく、堂々としていた。

 だが、背も高く生気に満ちているのに、腰が少し曲がっている。そして、刻まれたシワの数が他の男たちとは違う。長命でいつまでも若い魔族が、見て明らかに老齢なのはイザには珍しかった。

「魔族って、一生若いままだと思っていたわ。でも考えてみれば、前線にはあまり出て来ないわよね」

「その通りにございます」

 彼はもう一度頭を下げると、その姿勢からイザを見上げた。

「何か、お話があるとか」

 魔王を目の前にして、一歩も引かないつもりだろうか。

 イザはそれを疎ましく感じたが、同時に、彼らはいつもこうだったのをすぐに思い出した。

「ええ。そろそろ皆に、私が子を産んだと伝えなさい。でも、その気がないなら自分で伝えるから、城下に集めなさい」

 凄むでもなく、イザは静かに言った。

 自身でも、魔王としての風格が出てきたのを感じてのことだった。

 けれど、老齢の男は微塵も応じる気がないらしい。

「できませぬ」

 頭は下げていても、意思は曲げないという強気な態度だった。

「随分と頑固なのね」

 この男は、今日まで部屋に訪れたことがない。

 つまり、イザに魅了されるには接点が無さ過ぎたのだった。

 若ければ、ひと目見ただけでイザに魅了される者も居るが、年齢が高くなるに比例して接触が必要になる。

 たとえ精を注がせようとも、以前の少年のようにはならない。

 それが、高齢な者ともなれば一筋縄ではいかない上に、今日言葉を交わすのが初めてくらいの相手では。

「魔王様に一言申し上げるのも、時には必要にございますゆえ」

 低姿勢なのは振舞いばかりで、言う事はきっちりと上から物申す。

 それを黙って聞いていたフィリアが、セリアもまだ居るというのに無表情に口を開いた。

「じい。ママはまちがわないの。いうことをききなさい」

 幼子の発音は拙い。しかし、その深紅の双眸に、老齢の男は意識を奪われたようになった。

 フィリアと目が合った瞬間に様子が変わり、即座に畏怖の念でもって深々と頭を下げ直した。

「お、畏れ多いことをいたしました。この老いぼれの浅はかさ、どうかご容赦を……」

 再び目を合わせることさえ、勿体ないという様子。

 それは、手の平を返すどころではない態度の変わりようだった。

「わかったら、ママのいうとおりにしなさい」

「はっ! 仰せの通りに」

 老齢の男は身を低くしたまま後ろに引き、そしてうやうやしく退室した。

 侍女のセリアもつられて、食べ終えた後の食器をあたふたとワゴンに下げた。

「し、失礼します」

 扉にワゴンをぶつけそうになり、さらに慌てた様子で去っていく。

 彼女らを見送ってすぐ、イザは問いかけた。

 今の力は、一体何をどうしたのだろうという興味にそそられた様子で。

「フィリア。あなたはひと目で魅了出来るの? それとも洗脳?」

「しりたい?」

 途端にフィリアは、あどけない満面の笑みでイザに振り仰いだ。

「とっても知りたい」

 そのイザの声は、対等な娘として扱っているものだった。

 それが嬉しいのか、フィリアはもったいぶることなく答えた。

「うーん。ぜんぶだとおもう。みりょう、せんのう、しはい……どれもまぜこぜみたいな、そんなかんじがする」

 まだ小さな手の、その細い人差し指を立ててくちびるに触れ、思考を巡らせた上での回答だった。

「それは凄いわね。私にも使えたら便利だったのに」

 これまでの魔族とのやり取りを思い返しながら、イザは少し拗ねたように返した。

「ママにしかできないことも、あるじゃない」

 そう言ったフィリアからは、どこか妖艶な雰囲気が一瞬漏れた。

 それを察知したイザに、ある推論が浮かぶ。

「あら。もしかしてフィリアは、私が何をしてきたかも知っているの?」

「ええ、しっているわ。わたしはママのぜんぶをしっているわ」

 その言葉で、イザは確信した。

「それはつまり、私の記憶を受け継いでいるのね」

「わぁ! ママすごい! そうよ。たぶんぜんぶ、しっているとおもう。それから、ママのしらないこともね」

 魔族の男たちと何をしてきたかだけでなく、魔力の扱いも魔法の知識も、もしかすれば人生の全ても。そういうことだろうと、イザは理解した。

 しかも、自分の知らない何かまで知っているという。

 その思わせぶりな態度は、まず間違いなく魔玉のことを言っている。

 イザはそう感じた。

「そう……。それなら、話は早いわね」



 そうして二人の退屈だった時間は、有意義なものへと変わった。

 フィリアは、存分にイザに甘えてそれを満喫した。

 イザに聞かれたことに応えるとさらに撫でてもらえるし、褒めてもらえる。

 それがたまらなく楽しくて、幸せを感じることを知った。

 イザは、聞いたことに的確に答えてくれるフィリアが頼もしく、そして懐いてくる様子が愛おしかった。

 それに、何も隠す必要が無いのは、ありがたかった。

 魔力を注いでもらう時間を、誤魔化さなくても良い。これだけはどうにも隠しておきたかったけれど、フィリアはすでに知っている上にどうやら、精神も成熟しているように思えた。

 まだ熟れていない部分があるけれど、幼い子どもというわけでもない。

 愛らしい娘でありながら、往年のパートナーのようでもある。

 それはイザにとって、単に自分の子どもであるという以上に、深い繋がりを感じるのだった。

 自分の分身。我が娘。パートナー。

 そして、魔玉について知る者。

 一つ一つ言葉を交わす度に、それらが代わるがわる顔を見せるのだ。

 夢のような相手。

 それが、フィリアだった。




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