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休息の夜





「寒い!」

 姫が大声で叫んだ。

「うるせえな! 黙って寝てろ!」

「あーもう、2人ともうるさいよ」

 曼が姫に怒鳴り返し、蛇美が嘆いていた。

 明け方、山の朝はまだこない。

 背の高い木々が日を遮る。

 辺りはまだまだ薄暗く、ようやく夜の帷が開けないまま。

 小屋の中も暗いままで、囲炉裏の火だけが明るく轟々と燃えている。

 3人は妖退治から帰ってきて、そのまま火にあたり横になっていた。

「寒い! 布団がない! もう疲れた!」

「こんなもんだろ! うるさくて眠れねぇ!」

「だから、どっちもうるさいって」

 小屋には布団が一組もない。

 座布団もない。

 3人とも囲炉裏に集まって横になっていた。

 木の床は酷く寒いほどではないが、それなりに冷えた。

「今日は布団を作る、なんとしても」

 姫は丸まって瞳を潤ませるほど凍えていた。

「布団なんてあったらいいねぇ」

 蛇美が言った。

「もう暗いのも、寒いのも、ひとりなのも嫌。せっかく帰ってきたのに」

 姫は小さな声で、涙を堪えながら話している。

 眠いせいなのか、なんのせいなのか、姫はとても不安定な様子だ。

「いいから寝ろよ。さっきまでの威勢はどうした。このままじゃたいして寝ないまま朝になっちまう」

 曼が言った。

 曼と蛇美は2人とも震える様子はなく、火のそばで落ち着いた顔をしていた。

 蛇美は曼の顔を見た。

 曼は不機嫌な顔のまま、瞼を閉じていた。

 蛇美は眠るのをあきらめ、身体を横に向けた。

 姫と曼とを交互に見てため息をついた。

「ねえ、姫さん。この小屋に住んでたんじゃないの? なんで自分の分も布団がないのさ」

 蛇美が姫に静かに問いかけた。

「ここは昨日作ったのよ。だから何もないの。私たちがこれから過ごせるように、私が力を使っで作ったの、1日かかったわ」

 曼も気になるようで、一度だけ瞬きして顔を少し姫の方へと傾けた。

「へえー、家ってそんな簡単にできるもんかな」

「なんでもできるわよ」

 蛇美は姫の近くに這って行って、背中を撫でた。

「姫は俺たちを助けてくれたんだね」

「そうよ。偉いでしょ」

 姫は少しだけ元気が出たのか、少し口元が緩んだ。

「なんでこんな森に小屋を作ったの? もっと町の方だっていいんじゃない? そしたら寒くないでしょ」

「ここは狭間なの。人の世界と妖の世界と精霊の世界の。みんなが迷ってでられなくなるところ。だから私たちには都合がいい」

「へえ」

 ーー何言ってるか、全然わかんないわ。

「2人はこの森を目指してきたでしょ? どうしてかは知らないけど。迷っていたもの。それはもう人里には戻れないってことなのよ」

「まあ逃げてきたからね。出られなくなるとは知らなかったけどさ」

「私は迷い込んだ曼と蛇美を見つけて、助ける必要があったの」

 蛇美は目を見開き、少し動揺を見せた。

 すぐに顔を戻し、話を続けた。

「ほう? それで?」

「私は3人で家族になるの。だから頑張らないといけないのに」

 姫はぐずっているようだった。

「せっかくこちらの世界の戻ってきたのに。もう寒いのも、暗いのもいや」

 姫はまた少し涙を浮かべ、呼吸が荒くなった。

 寝たふりをしていた曼は急に身体を起こし、頭をかいた。

「やっぱりまだガキじゃねえか」

「ガキじゃないよ!」

 姫が食い気味に答えた。

 蛇美は姫に置いていた手を離した。

 横になったまま腕を立て、頭だけを起こした。

「だからどっちもうるさいって」

 曼は姫の横まで行って、半べそな姫を抱えた。

「なによ!」

「寒い時はくっついて眠るしかないんだ。ここには火があるからまだいい」

 曼は姫を赤ん坊のように抱きかかえ、そのまま座っている。

 蛇美は大袈裟に笑って見せた。

「そうだよ。兄貴と俺はずっと凍えてたよ。布団なんて使えたことはなかったし。いつもくっついて」

「蛇、黙ってろ」

 曼は蛇美をひと睨みした。

「はいはい」

 蛇美は目を細めて適当に返事をした。

 だんだんと温かくなってきたのか、姫は静かになった。

「寝たの?」

「ああ」

 曼はそのまま姫を抱えていた。

「まったく困ったガキだ」

「そうだね。最初はどうなることかと思ったけど、普通の子どもみたいなところもあるんだね」

「こいつ、一体なんなんだろうな」

 曼は姫の顔を見つめた。

 まだ幼い子どもの姿、先ほどまで天女と見紛う美しさをしていたとは到底思えない。

 蛇美は声を出さずに口元だけで微笑んだ。

「それは俺にもわかんないけど、俺たちの敵ではないんじゃない?」

「だろうな。これだけ隙を見せてくるなんてありえねー」

 曼は不細工な顔になって言った。

「どうしたもんかな」

 蛇美は曼の顔を見て声を出して笑った。

「まあ、生意気だね。ちっちゃい頃の兄貴に似てる気がする」

「似てねぇよ」

「まあ頭の良さが違うね、兄貴未だにバカだし。この子めっちゃくちゃ頭いいよ、きっと」

「うるせえ」

 蛇美が曼の方に近づいてきて、姫の顔を覗き込んだ。

「可愛い顔してるじゃん」

「そうかい」

 蛇美は姫の頭を撫でる。

「なんだか不思議だね、怖いと思ったのにな。今はもうなんだわかんないや」

「怖くはねえな、意味がわかんねえ」

 曼はしたり顔をして見せた。

「兄貴はもうちょっと頭使いなよ」

 蛇美も身体を起こして曼の隣に座った。

「懐かしいね、こうやって2人でくっついてたの」

「そうだな。住むとこもなけりゃ食いもんもない。そんなだったからな」

 2人はぼうっと火を眺めていた。

 一瞬火が大きく燃え上がった。

 火の上の方で、くるくると風が回って小さな渦ができる。

 火を巻き込み、キラキラと輝いて見える。

「なんだ?」

「なんか変だね」

 2人はきらきらと浮かぶ不思議な渦を見ていた。

『今日はご苦労様、私たちの森を助けてくれてありがとう』

 光る渦から、小さな声が聞こえた。

「なになに?」

 蛇美が驚いて、その渦に声をかけた。

『私は精霊の森に住む者たちの声を届けにきたの。風を司る者です。姫は眠りましたね。あなたたちに話すことがあります』

「へえ、それはご丁寧にどうも」

 蛇美が咄嗟に反応した。

 曼は眉間に皺を寄せたまま、黙っていた。

『姫は力を使いすぎると、先ほどの赤子のようになってしまうのです。強い力の制御に苦労をしており、なかなかうまくはゆきません』

「いや見てたの、そんな前から」

 蛇美は指さしまでして指摘した。

『あなたたちの穢れが全てなくなれば、いずれ相見えることになりましょう』

「ほうほう」

『もともとは人の世で100年以上前に産まれた子です。こちらは時間の流れが緩やかですから。今よりもっと精霊の力が強く、数も多く、人と近いものでした。こちらに迷い込み、そのうちにここに住むようになった。昔は精霊の泉で精霊達と一緒にいました、7つになるまで。人と精霊の区別が難しいから、その年までは一緒にいられたのです。でもその後は泉には決められた時しか入れなくなりました。ここでの時間は終わり、今度はあなたたちの時間です』

 蛇美はよくわからないままだが、最後まできちんと話を聞いていた。

 一方の曼は、姫を抱えたまま船を漕いでいた。

『とりあえずは貴方がたが、そこまで悪い人間ではいようで安心しました。姫を頼みます』

「はあ」

 蛇美は間の抜けた返事を返した。

 それを聞いたか聞かずか、光の渦は霧散して消えた。

 ーーなんだったんだ。これ。

 蛇美は傍を見た。

 曼は姫を抱えたまま眠りについていた。

 起こさないようにそっと倒して、2人を床に寝かせた。

「俺も寝よう」

 曼の後ろにまわり、背中をつけるようにして眠りについた。




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