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人間ではないなにか



 食後の片付け蛇美がしていた。


 囲炉裏のそばで、曼があくびをしながら寝転がっていた。

 姫がすっと立ち上がり、小窓の傍へ向かう。

 ふたりはじっとその様子を見ていた。

 姫は瞼を閉じ、何かに耳を傾けているようだった。

 曼は何事かと、ゆっくりと身体を起こした。

 蛇美も慌てて片付けを済まして、曼のそばへと正座した。



「あいつ頭おかしいのか?」

「なんだろうね」


 姫を見ながら、ふたりはこそこそと話していた。

 一瞬、ふわっと花のような甘い香りが漂った。

 姫はゆっくり瞼を開くと、ふうと息を吐いた。

「まずいわね」

 姫は眉間に深い皺を寄せ、そのままその場に座り込んだ。

「どうしましょ。すぐに行かないと……」


 曼と蛇美は顔を見合わせた。

「なんか言ってるぞ」

「そうだね」

 また姫の方に視線を向けると、いきなり立ち上がった。

「そうね。そうしましょ」

 きょとんとした顔のふたり方へ向き直り、言った。


「出かけましょう」

「は?」

「え?」

 いきなりの事で、ふたりの口は空いたまま動かない。

 姫は立ち上がり、外へ向かって行った。


「ちょ、一体何だよ!」

「え? 姫さん? もう真っ暗だよ?」

 慌てるふたりを尻目に、姫は歩いて行ってしまう。

「大丈夫よ。ついてきて、本当はもう少し後のつもりだったんだけど。まあいいでしょう」

 曼と蛇美は、お互いの顔と姫の背中を行ったり来たり見つめていた。

 姫は振り返りもせず行ってしまうので、ふたりは仕方なくついていった。






 姫の後について、ふたりは遅れぬように必死に歩いていた。

「少し長い話になるから、黙って聞いていてちょうだい」

 少し顔を後ろへ向けて、ふたりの方を一瞥した。

 ふたりは特に反応はしないが、言われた通り黙っていた。

 姫はふっと口元だけで微笑むと、前を向いた。



「ここが普通の森ではないことはもうよくよくわかった頃でしょう。まだあなたたちには姿を見せないけど、この森には人ではないものがたくさんいる。森の生き物、精霊たち。

 外の世界の妖たち、穢れのものたちではない、もっと清いもの。それらの住処なの。

 それ故に人が立ち入る事はできず、人から外れたものを受け入れる。そう言う場所。

 あなたたちも人の道から外れ、外道に落ちるところを、今、踏みとどまっている。ギリギリのところなの。

 だからこそ私が世話をするわけだけど。まあそれはいつか話すわ。

 今は、ちょっと厄介なことが起きていて、それをなんとかしないといけないのよ。

 これは私の役目であり、これからふたりにも任されることだから、とりあえず一緒に連れて行く。というのが前置きね」



 蛇美は真剣に聞いているが、曼はもう飽きてきたのか、そっぽを向いている。

 そんな雰囲気を姫は何かを感じたようだ。姫が怒りから眉間にぐっと力込めた。瞬間、空気に圧がかかり波紋となり円状に広がった。

 後ろを歩くふたりに、その波紋が圧となって届く。

 曼はびくっとして目を見開き、唾を飲んだ。

 蛇美は、兄貴のせいだと言わんばかりの視線を送っていた。


 ふっと息をついて、姫はとりあえず呼吸を整えた。


「では、続きね。

 この森には長老と呼ばれる存在がいて、その方を中心に、六方へご子息がいるの。それぞれが土地を守り、その守護で、ここの大きな森があり、隠されている。

 でもね、守られているという事は力の弱いものが多くいるってことでもある。この森に住む命を食って力をつけようとして、この森を狙うものもいるし、守っている私たちをよく思わないから攻撃するものもいる。

 そんな意識さえ持たずに、ただ漂うもの、魂だけのもいる。色んなものに脅かされているのよ。

 私はここを守るものであり、そして世界の均衡を保つもの。歪みはじめたこの場所を守るための力をつけなければならない。

 そのための一歩が曼と蛇美なんだけど、まあ言ってもわからないから、いいわ。今はとりあえず、これから妖退治に行くわよ」


 二人は話を聞きながら、頭ではそれぞれこう考えていた。


 ーーこいつ何言ってたんだ? 全然意味わかんねえ。妖怪退治ってことしかわかんねえ。まあ喧嘩できるならなんでもいいや。


 ーーいやいや、妖怪退治って何? そんなの普通の人間にできるわけないでしょ。坊さんとか巫女さんのやるやつでしょ。もう全然意味わかんないんですけど。


「あ、ごめんね。もうしゃべってもいいよ」


 姫はくるっと後ろに回転して、ふたりの方を向いて言った。そのまま後ろ歩きをしながら進んだ。

「殺しすぎた人はね、そのうち鬼になってしまうんだ。知っていた?」

 姫は不敵な笑みで話している。


「妖? なんて言えばわかってもらえるかな。君たちの里にも出ることがあるだろう、人ではないもの。異形のもの」

 姫の身体がふわっと浮かび、空を漂い、曼の隣へ移動した。



 吐息がかかりそうなほど、顔が近い。

 曼は立ち止まり、その隣を歩いていた蛇美も、そちらを見て止まった。

「俺は鬼って呼ばれていたから、もう鬼なんじゃねえか?」

 曼は吐き捨てるように言った。

「そうね。今は人でなくなりかけている、でも鬼でもない。そしてここに迷い込んでこれから精霊の力を得る。全てであり全てでないものになる」


「ねえ、それって、兄貴だけでしょ? 俺は関係なくない?」

 蛇美が問うた。

「お前この長い話わかってんのか? すげえな」

「兄貴は何にも考えなさすぎ。ちゃんと考えなよ」

 曼はとぼけた顔をしていた。

 それを見て蛇美はあきれていた。

 姫は曼の側からふわっと離れて、蛇美の傍に漂っていく。


「手にかけた命の数は少ないが、同じ時、同じ穢れを受けたことに違いはない。同じよ」

 蛇美はため息をつき、肩を落とした。

「で、どういうことなんだ?」

 曼は蛇美と姫を見比べ、蛇美に問いかけた。

「兄貴も俺も、ここに迷い込んだ時からもう人間じゃなくなったって事だね」


「はあ! なんでそうなる!」

 曼は蛇美に詰め寄り、まさしく鬼の形相である。

「俺に言われても」

「意味がわからねえ!」

「兄貴頭悪いからなぁ」

「いい加減にして、先に進むわよ」

 首根っこを掴まれていた蛇美を助け、曼の肩をぽんぽん叩いた。

「もうあきらめなさい。悔いる事よりは先を案じる方へ頭を使うのよ」

 姫はそう言って、また歩き出した。

 納得のいかない顔のふたり。

 姫はあっという間に遠くなった。

 ざわざわと木の葉が揺れ、茂みがざわついていた。



 曼と蛇美はお互い見合って、そして辺りを見回した。

 深い森の中、なんだか怪しげな気配がたくさんあった。

 置いていかれると困ると急いで追いかけた。

 慌ててかけていくと、足元に石が多くなってきて、足場がだんだん悪くなってきた。

 次第に森が開けてきて、水の音が聞こえる。

 川が近くにあるようだった。

「もうすぐそこよ」

 姫がふわっと浮き上がり、ふたりの頭より高いところに飛んでいった。

「何が」

 曼が問うた。

「問題の場所よ」

 それだけ言い残し、素早く空を飛んでいってしまった。


「さっき言ってた妖怪退治? 嘘でしょ」

「お! やっと妖怪退治だな! 喧嘩なら負けねえ!」

 曼は急に活気付いて、腕を回した。

「いや兄貴、そんな馬鹿なこと言ってないで。相手は人間じゃないでしょ?」

「一緒だろ! 行くぞ!」

 ひとりで駆けて行った。

 蛇美は呆れ顔で、ゆっくりと追いかけた。



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