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鬼の監視、働かざる者食うべからず






「なんだって俺がこんなところで」



「まあまあ、兄貴。昔はこんなだったじゃんか」

「うるせっ」



 曼と蛇美は、小屋の外にいた。

 先ほど怖気付いて動けなくなったふたりは、姫に外へ投げ出された。

 文字通り、姫がすっと手を振っただけで、身体が宙に浮かび、そのまま飛んでいったのだ。

 くるくる空をまわって投げ出され、受け身も取れなかった。

 ふたりは身体の至るところが痛んでいた。



 小屋の外は畑のような場所が広がり、そこらかしこに丸太が転がっていた。

「お片付けが今日のお仕事です」

 そう言って姫から仕事を割り振られた。

 曼は薪割りを、蛇美は野菜の選別をしている。

 少しでも手を止めると、

「働かざる者食うべからずでしょ」

 と、姫からの小言が飛ぶ。


 姫がふたりの後ろにある小窓から、じっと観察していた。

 何か少しでも変わった動きをすると、猫のように喉を鳴らすのが聞こえた。




 緊張感が続き、だんだんと疲労してきた頃、また姫から小言を食らった。

「また休んでるの?」

「てめえは働いてねーだろ」

 曼は小声でそっと呟いた。

「ここは私の小屋で、私が用意した薪と食べ物を、使えるようにしているだけでしょう。さあ働く働く」

 軽くあしらわれ、曼はぐっと口を噤んだ。

 懲りもせずに突っかかる曼に、蛇美は呆れていた。



「ねえ、姫さん。名前は?」

 蛇美が大根を洗いながら、問いかけた。

「名前?」

「そうそ、姫ってのは、あれでしょう? お姫様ってことで、お名前は別にあるんでしょ?」


「ないわよ」

「え?」

 蛇美は驚き、振り返った。

 姫は変わらぬ顔をしていた。

「私は姫。それだけ」

「へ、へえ。そうなの」

 納得のいかない顔の蛇美であった。

「んなの、どうだっていいわ」

 一方で曼は興味がなさそうに、ただ薪を割っていた。

 姫の監視は続き、蛇美も大人しく作業をすることにした。




 ふたりが仕事を終える頃には陽が沈みかけ、辺りは薄暗くなっていた。

「さあごはんの時間ね」

 姫はふたりの仕事を最後まで見届けて、そう言った。

 大きく背伸びをすると、大欠伸をして監視をやめた。

 ふらふらと部屋の奥へと戻った。

 長い時間監視されていたせいか、ふたりはだいぶ疲弊して見えた。

「こんなところにずっといなきゃならねえのか」

「俺は逃げられる気がしないよ、兄貴。だって空を飛んで追いかけてくるよ、きっと」



 ひそひそと小声で相談していた。

「あいつなんなんだろうな」

「人間じゃないでしょ。妖怪の類かな?」

「妖怪ってあれだろ、ムカデとか猪とかのでかいやつじゃねえの?」

 曼はこんなに大きなと手を動かしてみて、すぐに固まった。

 そろそろと小屋の方を見て、姫がいないのを確認すると、少し安堵していた。

 蛇美も内心びくびくしながら、小屋をチラッと覗き込む。

 

 人影はなくほっと息をついた。

 ふたりは先ほどまで姫のいた小窓の下に小さくなって隠れた。

「オレだって、虫の妖怪くらいしか見たことはないけど、あれだろ。すんごい美人が実は鬼で男を食うとかって話もあるから」

「確かにそんなのを聞いたことあるな。だったら人間が実は妖怪だったってのもありえるか」

 ふたりは姫の姿を思い浮かべて、鬼に変わるのを想像しゾッとした。



「やばいな」

「食われちゃったりして」

 空想の中でともに殺されたふたりは、静かに落ち込んだ。

 何度も溜め息をつきながら、遅い歩みで小屋の中へ戻る。

 しかし敷居をまたげず、そのまま先に入らないまま立ち止まっていた。

「早く入ってよ。お腹すいた」

 姫の声が聞こえた。

 ふたりは自分が食われる、とそう思った。

 びくびくしながら、恐る恐る中へ入った。



「なんだこれ」

「もう何がなんだか」


 さっきはなかったはずのかまどが3つ、土間にあった。

 他にも籠やら、鍋やら、色々な道具があった。そこには水瓶も置いてあった。水がたっぷり入っていた。

 状況がよくわからないまま、ふたりはとりあえず履き物を脱いで上がった。

 姫が座る囲炉裏の傍には、ご飯と味噌汁と煮物。まだ湯気が出ていて、できたばかりのようだ。

 囲炉裏の鍋を覗き込むと、そこにはたっぷりの煮物が入っていた。

「早く座ってよ。食べましょ」

 姫は不機嫌そうに待っていた。

 上手な作り笑いを浮かべ、蛇美が答えた。

「はいはい、姫さん。ほら兄貴も」

「誰が作ったんだ? ん?」

 曼は納得のいかない顔のまま、蛇美に連れて行かれる。


「はい、じゃあいただきます」


 ふたりが座るや否や、姫はすぐに言った。

 姫は手を合わせたままふたりの様子を見ていたが、なかなか食べ始めようとしない。

 ふたりへ聞かせるように大きく息を吐くと、姫は先に食べ始めた。 

「あったかくて美味しいうちに食べなよ」

 ふたりはじっと姫の方を見ていた。


「毒は入ってねえな」

「そうみたいだね」

「いつの間に作ったんだ?」

「なんか怖いなぁ」

 ぶつぶつ文句を言うふたりだった。

「あんたらがびくびくしながら働いてる隙に作ったのよ! 文句を言うやつは食うな!」

 姫は丸聞こえの文句に腹を立てた。

「うるせえ! 食うぞ!」

 曼はぐっと覚悟を決めて、ご飯をかきこんだ。おかずにも手をつけ、一心不乱に食べる。

 その様子を見てから蛇美は安心して食べ始めた。

「うめえな! 食えるじゃねえか!」

 曼はあっという間に平らげてしまった。

 蛇美は急いで自分の食事を隠した。

「あげないよ!」

 曼はチラッと蛇美を見たが、すぐに姫の方を見た。

「安心して、いっぱいあるからお食べ。全部食べてもいいわよ」

 囲炉裏を指差し、土間のかまどを指差した。

 曼は喜んで自分の椀に煮物を入れ、またかき込んだ。

 蛇美もまだまだあるとわかったからか、急いで食べ始めた。

「全部食わないでおくれよ! 俺ももっとほしい!」

 蛇美のことは知らんぷりで、曼は必死で食べていた。

「うまい! 久しぶりに美味い飯を食った!」

「そうだねぇ」

 ふたりはほくほく顔で食べ続けた。

 その様子を見て姫は優しく笑っていた。

 

 


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