『NEVER』の調査隊員
学校へ戻ると、昇降口の前で階段に座ったヤブがいた。
私たちを見つけると、すっと立ち上がった。
「遅いよ」
ヤブは黒井に視線を向けて、入り口の方向へ顎をくいっと動かした。
「はい! 鍵開けますね!」
ここに帰るまで疲労困憊そうに歩いていた黒井は、それがまるで嘘のように機敏に動き鍵を開けた。
「全員健康チェックだよ、覚悟しな」
ヤブは目をぎらつかせて、鉄、私、曼ちゃんを見た。
「なるほど、特に異常はないのね」
黒井を含め、全員が保健室で待機。1人ずつヤブに調べられた。体の傷や動き、目や耳、手や足の先までいろんなところを確かめられ、かなりの長丁場だった。
あっという間に夜更け、それまで食事も食べられなかった。
「じゃあ飯食ってよし」
ヤブが手配していたのか、黒服の男性が2名ほどきて、食事を運んでくれた。保健室で全員まとめて食事を取るようだ。
豪華な肉料理にご飯とおかず、このところ見なかった立派な献立だった。
「わー! すごい!」
黒井が子どものようにはしゃいで一目散にテーブルへと向かう。
鉄とヤブもそちらへ移動したので私と曼ちゃんも向かった。
ヤブも一緒に食べるようで、人数分の膳が運ばれた。
鉄と曼ちゃんが先に食べ始め、私もいただきますと言ったところで、ヤブが口を開いた。
「私の話を聞きながら、食事をしてくれ。
急遽決まったことだが、私も本日よりここに住むことになった。他2名がここの管理者として清掃と食事の担当で入る。この2人は通いで、仕事が終わればいなくなる。
理由は君たちの体調管理、そしてここでの事件が多すぎるせいだ。調査に専念できるように体制を整える。
今日の検査は、昨日対峙した虫妖怪達に触れたものとして、虫に特有の毒や何らかの寄生虫等がいた場合にそれを人に移されたら困るから、だ。一通り見て、全員に明らかな異常はない。
それもあって血液検査にも協力いただいた。体の中に何かしらが入っていたとして目に見えないものは検査しようがないところもあるが、目に見えないものに対する検査は現状なにひとつないし、確認方法もないのでこれ以上は不問だ。
さて、世間ではこのところ、原因不明の事件や事故などの情報が錯綜している。今までだったら信憑性がない、事実確認ができないといって放置されてきたことだが、現状、無視できないところまで来ている。
先日鉄に調査依頼した『人より大きな虫を見た』、と言うのも事実ここで起きた。
そして君たち3人がいるところでは、毎日のように『何か』が起こる。黒井だけでは心許ないというのが上の方針だ。
そこで、2人しかいなかったNEVERに、時々派遣されていた私が、今日付けでこちらに移動。そして新しくあちらから来た、君たち2人は昨日から所属の形になっている」
私と曼ちゃんの方を見てヤブが言った。
私たちは顔を見合わせる。曼ちゃんは首を傾げた。後ほどゆっくり説明しなくては。
「あ、そうなの。ヤブちゃんもついに捨てられたね」
「うるせえ、箸でこっちをさすな。それと、お前と一緒にするな」
黒井がにたりと小馬鹿にするような顔つきで話すと、ヤブは見下すように顔の角度を変えて凄んだ。
2人は親しげに話している。もともと付き合いが長いように見えた。
「……え? NEVERがまず、よくわからないのと、メンバーは私たちだけって?」
「ん? なんだ、なんの説明も聞いてないのか?」
ヤブは黒井の方を睨みつけるが、黒井は気にせず食事を続けた。
「全く仕事のできない男だ。仕事のできる私から説明しようじゃないか。
まず、『NEVER』についてだね。
どんなものかというと、一応警視庁の所属にはなっているんだが、実情は名前だけのチームのようなものだな。今の世界におけるありとあらゆる不可解なものを調査するためにとりあえず置かれたものだ。
その詳細は完全に伏せられていて、調査範囲は国内全域。実際に被害報告のある不可解事件の調査に動いていたのが、黒井と鉄の2人。
話を聞き出すのが得意な全身黒づくめの男、通称『ペテン師』、これが黒井。そして、『赤い斥候』これが鉄。まあ赤い服の男が何かあれば調べにくるという意味を込めたんだ。
この2人の噂を流しまくっているんだ。他にもすごいやつがいるけど、話せるのは2人だけだと言ってね。
警視庁ではかなりの人数が知っている良くも悪くも噂というの広がるからね。それに人も多い。
そして『NEVER』が来たら、不可解な事件の詳細を全て話すこと。と、警察関係者にはお知らせされているよ。知らないってやつがいたらそれは嘘をついているか、よっぽどのお馬鹿とかかな。
研究機関各所のお偉いさん達と、国のお偉いさん達と、まあ関わっている人は結構多いよ。秘密裏にだけど、世界規模でそちらの研究がされている。日本では君たちのみたいな渡界者が新人を含めると4人発見されているけど、世界では珍しいことだ。人でない姿のもので、会話ができないものは多く発見されているみたいだけどね。そう言った生物の研究は米国が1番進んでいるよ。
一応言うと、会話のできる渡界者として発見されているのは中国で2人、豪国で2人だけ。まあこれだけしか見つからないのが、どうしてなのかはわからない。単純に少ないのか、隠れているのか。行き来する方法があるのか。
現状はあっちへ行く手段はない。ので、来た人と会話をしているところだよ。何が起きているのかね、と。
この名前についてはそこの黒井が名付け親だよ。とりあえず何か名前をつけなきゃいけないとなった時に、ない頭から何も出てこなくて、ありえない事を探さなきゃいけないから『NEVER』と安直にもつけた。
黒井が担当しているのは事件が起こった時の現地調査員、鉄のサポート。目に見えない何かに襲われているんですというような通報があった時などの調査だね。主にこれが仕事で、その現場で何が起きていたのか、どうやって対処したのかを鉄から聞き取りまとめる事。現場の収拾、その辺が今までの『NEVER』。
その情報を元に、私達のいる科警研、そして科捜研、東大などの合同チームが研究解析。という流れになっていたんだ。
ここまではわかる?」
私は頷いた。こちらの私の知識でもわかる内容だった。
鉄は多分食事に集中して聞いていないし、曼ちゃんは少し聞いた段階で諦めた顔をした。
それを分かってか、ヤブは私にだけ顔を向けて話している。
「その状況がつい先日から変わった。
これまで月に1、2件、どこかから怪しい噂が入って『NEVER』に調査依頼を出していただけだった。のが、あの雷の一件以来、様子が変わったんだ。
まず、君たちが発見されたこと。
鉄からの聞き取りでわかっていた、『姫』と、『曼』の存在が実在していたこと。それにより異世界の存在と、そこへのゲートが不定期に開いている事。
昨日の件のように、目に見えない何か、幽霊がいる、ではなくて実態のあるものが出てきたこと。
そして鉄だけの時には発見していなかった、君たちの世界の武器が出てきた事。そしてそれによる術が発動する事。
更に人を害する、君たち以外のあちらの世界のものの存在も明らかになったこと。
ここへ来る途中にあった『綿鳥』、アレは見えなかった黒井が、見えた『大百足』。これについてもどういうことなのか不明。
そして昨日の『大百足』は、虫の大群を引き連れていた。それが操っていた普通の虫および見た事ない虫。それができてしまうこと。恐ろしいね。
いわゆる妖怪とか言われているものなのか、虫が変異したのか、進化したのか実に興味深い……というのは置いておいて。
まあここへ来て、世界の変化が大きすぎるという事だけは確かなんだ。
そろそろこの研究も、何かの片手間とはいかなくなってきて、おそらく近日中には新しくチームもできるだろう。それに伴い『NEVER』の方も人員を増やして情報を集めないといけない。調査班はこちらの人間だけでは難しいんだ。何しろ見えない気づかないでは話にならん。
そこでこちらの事情がわかる、あちらの記憶があるという『姫』はうってつけなわけだよ。そして『曼』。
とりあえずは鉄と黒井のチームと、姫と曼のチームとで動いてもらうことになると思う。本来なら、姫と曼にはそれぞれこちらの人間を1人ずつつけて3チームとしたいんだが、君たちは2人で一緒というルールがあるらしいね?」
ヤブが鉄の方を見た。そうでしょうという雰囲気で。
「俺が話した。姫と曼っていうやつがいると。このよくわからねえ事が、もし分かるやつがいるとしたら誰だって聞かれたからな。俺がまず思ったのは姫、お前だ。
もともとよく分からねえことは迷いの森の巫女か長老に聞けっていうのが、俺たちの認識だ。まあ長老に会うにはまず精霊と巫女を通さなきゃなんねえ。
俺は長老にはあまり会ったこともねえ。よく会ってたのはお前らだ。
あとは怪しい術を使ってよくない事を起こそうとする奴はたくさんいたと言った。変な術師は腐るほどいたからな」
「そういう事さ。そしてその時に君たちの仲間についても少し聞いたんだ。鉄はあまり話してはくれなかったけどね。
そしてちょっと説明が下手というか伝わりにくくてね。私たちの解釈ではって感じでいうと、
まず迷いの森の姫巫女。術を使って、人も妖も害のあるものを成敗する役割。
4人の式神がいて、グレン、コウ、スイレン、フウカという名前。
そしてその姫巫女のパートナー曼。姫巫女の守り役か補助役。
そして姫巫女のグループとして他に名前があったのが、蛇美と碧。
ここまではあってる?」
私は頷いた、曼ちゃんの方を見ると、一応頷いた。とりあえず話しを理解しようとしてはいるようだ。
「じゃあとりあえず、この内容については問題ないわね。
では君たちの話を聞きたいわ。
特に姫巫女様の、ね。あなたのこちらでの事は調べさせてもらったの。悪いけどそれが仕事でね。
佐藤二葉さん、2016年の4月29日に、〇〇県の川で発見された推定5才少女。衣服はかなり汚れた古い着物のようなもの、流されたのか水浸しでかなり衰弱していた。付近で似たような外見の失踪者、行方不明者なし、記憶喪失により詳細不明。というのがこちらの世界のスタートの情報。君はその時にこちらへ来たのか、それとも本当にこちらで産まれたのか、どうかしら」
「こちらの私の記憶として、一番最初にあるのは、誰かも分からない人がたくさんいる白い部屋よ。それより前の事はわからないの。
私はその時に色々聞かれたけど、よくわからないとしか言えなかった。それは本当なの。
その頃にも、多分不思議な森で遊ぶ夢を見ていた。それが段々と、私がそこにいたんだと自覚してみる夢になった。
そしてそれは物語のように繋がっていると気づいて、ノートに記すようになっていった。それで私は曼ちゃんを知った。そしてここではない世界があるのかもしれないと、あったらいいなと思うようになった」
「ふむ、それで?」
「それで、あの雷の酷かった日、私は空を見て思った。あれは曼ちゃんの龍だと。夢が本当だったのかもしれないと、確かめずにはいられなかった。だからすぐにその場所を探して走った。
そこへ落ちていたのが曼ちゃんだった。あとは黒井さんに会って、ここに連れてこられて……」
頭がくらくらしてきた、私がわたし? 誰がどうしてこうなっているんだ。
考えていると、完全に食事をするのを忘れていたようで、もう全部食べ終えた曼ちゃんが、私の味噌汁を持って椀を口に押し付けてきた。
「俺がはじめて見た時には、こいつが花だとは思えなかった。力の感じと、何より見た目が違う。
そして俺もしばらく振りに見たから、一目では様子がわからなくなっていたと思う。これはあちらでいなくなっている。俺は探していたんだ。
まあ、話してみた感じは花だった。今はもう、しばらく一緒にいて、これは花だとわかる」
「それは鉄君も同じ事言ってましたね! バスの中で最初に会った時っすよね。こいつは誰だ! みたいなの」
「俺の知ってる姫とは匂いが違うからな。今も違うが、話す感じや感覚はあっちにいた時とそんな変わんねえと思う。力が足んねえとは思うが、それは全員そうだ」
「そうか。姫巫女様がどうやってこちらに来たのか、そこまではわからないか。川にいた記憶はどうなんだい? 姫巫女様としての記憶で川に流されてこちらに流れ着いたとか、そういう可能性はないの?」
曼ちゃんに食べさせられた、ご飯がまだ口に入っていて、とりあえず飲み込んで話す。
曼ちゃんは早く食えと、私に食わせるために待機している。
「川に入った記憶はあるが、それが最後の記憶とは言えない。あなただって全ての出来事を記憶しているわけではないでしょう? 私もそう。ただ私は森の巫女として、精霊たちの記憶を伝えてもらうことができたから、それができればわかるかもしれない。
でもそもそもの川にという場所はどこかに繋がりやすいというか、流れやすい場所である事は確かよ」
「繋がりやすい、というのはどういう事?」
「そうね。世界には何かしらの力の重なりやそれらによる干渉があったりすると、そこがゆがみわ別の時間や場所を繋げてしまうことがある。歪と呼ばれるのだが、私たちのいた場所、迷いの森は特にそれが多くてね。外の人たちがうっかり森へと入ったりしないように、術が施してあった。普通の人では森の奥まで入ってこれないようになっているんだ。だから精霊達は過ごしやすいし、その歪みの多発するせいで森自体の時の流れはその外の世界と比べ狂っている。
私はその森と人たちの住処の間の場所を守っていた。
精霊たちや、生き物たちが歪みに落ちないように、できてしまった歪みを閉じる作業も私の仕事だった。そのために私は長い時間を過ごした」
「じゃあ今のこっちとあっち、ああ、わかりにくいな。ここをリアルワールドであちらがファンタジーワールドだとして、ファンタジーワールドではその歪は昔からあったんだね?」
「そう、歪は昔からあったわ」
「へえ、興味深いね。それは……」
「一旦、やめだ。また倒れるぞ、こいつ」
ヤブの話を遮って、曼ちゃんは少し大きな声を出した。
多く話していた私とヤブ以外は、食事を終えている。私たちはまだ半分も食べていない。
「そうか、それはすまない。君たちは体に症状として出ないから会話に集中してしまった」
「だめだ。これでも消耗している。さっきだってずっと紅蓮の刀に気を送ってたんだろ。さっさと寝とけ」
私の服は土や泥だらけで、抱えって持って帰ってきた紅蓮の刀の土が服についたままである。帰宅直後にみんなここで待機だったので、何もできていないのだ。私が検査されている時間以外はずっと紅蓮を抱えていたが、今は足元にある。
「確かにもう頭痛が酷いので、倒れる前に休みたいかな」
「ごめんねー。ヤブちゃんこういうところあるから、俺ら先に泥流しちゃうから、ご飯食べてて! ヤブちゃんもしっかり食べるんだよ!」
黒井はそう言って、鉄を連れて行った。
私も頑張って食べないと、と思っているのだが、私よりも先曼ちゃんが動いてくるので、永遠に食べさせられそうに見える。
「君の彼氏は執事でもあるのか」
ヤブはくすくすと笑った。
▪︎ ▪︎ ▪︎
「ねえ、出目爺、聞いてよ。私の言った通りに作ってよ?
この折れた刀はね、私の初めての式神となる子の依代とするのよ。だから出目爺の言う、俺に任せよ、じゃだめよ。刀は任せるよ。でもちゃんと細身で、しなやかに作ってよ。
だから、鞘だけはこだわらせて。この子はね、鞘なの、守るもの。だからちゃんと聞いて…」
「だあ! うるせえ、さっさと言え!」
出目爺はひとつしかない目をぎょろぎょろと剥き出して、大きな口をあけて言った。
怒ってそんなに目を見開いたら、残りひとつの目までなくなってしまいそうだ。
「そんなに怒らなくても……。まあいいわ。
この子の装飾はね、全て赤、柄も鍔も鞘も、全部よ。燃えさかる業火、深くて重い赤、暗くて強い赤。そして鞘には金の鳥が欲しい。長くて美しい尾が立派な、細身で美しい鳥よ。それを空に飛ぶような、舞うようなように描くの」
「んなの、俺には無理だ! てめえでやれ! 形だけ作ってやる。あとは知らん!」
「そうよね、そう言ってくれると助かるわ」
爺様に相談して、皆に手伝ってもらおう。こればかりは私もやったことがない、教えてもらわないと。
私は森まで飛んで行った。




