表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人鬼〜JINKI〜 時空の守護者たち  作者: 志摩
3、目覚める異世界の力
17/25

林火洞の護神刀ー金鶏と深紅


 今日はすることもなく、ゆっくりとした時間を過ごしていた。



 当然戸が開いたかと思うと、何かが飛んできた。



「姫様、ある社に人が来ております。なんだか朝から帰る様子がなくて」

「少し見に行って欲しいと長老が言っておりました」



 くろとしろが、2人揃って家に訪ねてきた。ここに住むようになってもう5年はすぎた。修行も一通り完了して、森のみんなに会うこともなかなか少なくなっていた。久しぶりに姿を見た気がする。



「珍しいわね。しろとくろがくるなんて」

「それがですね、火の神の刀が納めてある社で……」



 私は大きな溜め息を吐いた。それでも足りず、もう一度深呼吸をした。

「なんかまずいのか?」

 ちょうどお茶を飲んでいた曼ちゃんが、何か気になったらしく、会話に入ってきた。




「そう、少し厄介な話なのよ。


 ここらへんは森の精霊たちを中心にいろんな精霊の集まる住処なのだけど、隣というか少し先は火と土の精霊たちがそれぞれ集まって住んでいるのよ。

 そのなんというか、それぞれに合った土地になっているから集まりやすい感じでね。

 

 それでその2つとこの森とがそれぞれあまり管理干渉せず、争わずっていう決まりがあるのよ。そのためにお互いの境目を守っている場所があって、のがさっき言っていた社の場所なの。


 林火洞りんかどうという社でほら穴の一角に作ってあって、中には火の神様が作った一刀、御神刀が納めてあるの。


 土地は土の精霊が、社を森の精霊が、そして刀を火の精霊が作り宿り、全ての土地を繋ぎ守るような場所としてあるのよ。その場所で何かあるとなると、そこに関わる全ての精霊に影響が出るかもしれない。

 そして今回はそこに人が入っているという。ということは人にも何かあったのか、起こるのか……」


「お前が担当なわけだ」


 曼ちゃんが、珍しい正解を導き出した。

「そうなの。そうです。それぞれに担当を割り振っていて。この辺の人間の起こした何かは、全て私の担当なのです」


「私たちにわかるのは社の周りの状況だけです」

「近くにいた精霊たちが何かおかしいと、便りを送ってきました」


「そうなの。あそこは遠いからね、なかなか状況もわからないのよね」


「姫様、お願いします」

「今回は私たちは手を貸せません」



 それだけ言って、しろと、くろはふっと消えた。

「ここに伝えに来てくれただけありがたいよ」

 ふわっと風が吹いて、2人の気配は消えた。


 姐さんと碧は蛇神様の使いでしばらく家をあけている。今動けるのは私たちだけだ。

「仕方がない、行きましょう」

「おう」

 とりあえず状況確認にと、簡単な装備を持って社に向かった。



















「この社に入って」

 私は人里に降りて、まず近くにあった社に向かった。

「これに入るのか?」

 小さな集落のかなり小さな社だったので、2人が入ると窮屈だったが仕方がない。林火洞には歩いたら3日ほどの距離がある。そのまま向かったらまず状況は悪化するだろう。

 曼ちゃんと私とがぴったりくっついて立っているのがやっとだ。


「社を繋げるよ、光が消えたら向こうにつくから」


 私は護符を取り出し、社の戸内側に貼り付けて術を使った。

 ピカッと部屋中が光に包まれる、曼ちゃんは目を閉じ、顔を伏せた。


 光が静まると、社の外から悲鳴が聞こえた。先ほどまでいた社の4倍ほどはある広さで、こちらでは身動きをとっても窮屈なことはなかった。


「なんか声したか?」

「外に人がいるのよ」


 そもそもそれが発端でここに来ることになっているのだから。

「あれ? こんなに広かったか?」

 曼ちゃんはまだ状況が掴めていないのだろうが、ここはもう林火洞の内部だ。

 それにしても真っ暗だ、どうしたのだろう。


「ーー篝火が消えているのか」

 何か異常事態なのは確かだ。ここは火の精霊たちが絶やすことなく火を焚いている。暗いなんてことはないはずなのだ。

 戸を背にして、奥にある三方を確認する。

 神饌はあるが、中心にあるはずの刀がなくなっている。

「まずいな、やはり何か起きているようだ」

 社の外へ駆け出ると、外には人が土下座していた。


「神様! すんません、すんません」

 私ごほんとわざと大きく咳払いをして、それらしく話しはじめた。

「私は神様の使いだよ、神ではないさ。何が起きているのだ、刀がない。お前は何か知っているのか?」


 土下座していた者は顔を上げた。

 顔や体に煤をいっぱいつけた、誠実そうな老人だった。なんだか涙を流していて、酷く怯えた様子だ。

「へえ。おらはこの先の山に住む刀鍛冶です。おらの息子が、息子が刀を持ってんです。どうか、どうかお許しください」

 まさしく人による騒ぎが起きていたようだ。



「なんてことをしてくれたんだけど。この辺りの全ての集落が滅びるぞ。どうしてくれるんだ」

「そんなまさか! そんなことになるなんて。ここはこの辺りの守り神だとは伝わってますが、そんな。うちの山だけの問題ではないのか」

 なんだか合唱して手を擦り合わせているが、泣いて拝んでも事態は変わらない。


「そうだな、少なくても100里先までは影響が出るだろうな。ここは3つの神たちの住処だからね。お前の息子はとてもまずいことをしている。このままでは本当に、まずいことになる」

「そんな、そんなことになったらおらも、みんなも死んじまうかも」

 老人は泣き続け今度はまた地面に伏した。

 

「お前の息子は今どこに?」

「へ、へえ。それがこの先のお殿様が刀の収集をしておりまして。今回は何かの記念に祭りをやっとります。お眼鏡にかなうとお抱えになれると言って、平太、息子も刀を打っていただが、どうにもうまくいかず。そのまま諦めるのかと思ったら、どこかから持ってきたのか赤く輝く刀を持って見せびらかしてたもんで。そのままいなくなっちまったんだ」


 窃盗か、自分のものでない刀を持ち込んだところですぐにばれてしまうだろうに。

 愚かな息子のせいでかなりまずいことになっている。火の精霊たちが宝を取られたと、人々を燃やし尽くしたら取り返しがつかない。

 火の子たちは基本的に気性が荒い、喧嘩好きで争いも嫌いではない。


「どうしてここに刀があると知ってたんだ?」

 ここは普通の人は立ち寄らない、知るものも限られており、神主がいたはずだ。

「へえ、おらが以前、ここの神主様に頼まれて刀を綺麗にさせてもらいました。それを息子が知っておりました。だから息子の持った刀を見て、ここのじゃねえかと誤りにきたんです」



「……そう、お前は家に帰りなさい。そして愚かな息子の罪を、これからの人生で出会った人、全てに話しなさい。このお札を渡します。これが手元にある限り、お前は永遠に息子の罪を伝え続けなければならない」

 私は1枚の護符を渡した。これを持つ限り、この老人の居場所は常に把握できる。これ以上の何かがあったとしても対象できる。この縁が途切れない限りはここから息子の居場所を探せるだろう。

「へえ。その使命しかと果たしまする」

 これは戒めだ、この過ちが2度と起こらないように。


 私は風の子たちを呼び、ふわっと空に浮かび上がる。力を使いすぎるからあまり使いたくはないのだが、あまりよろしくない状況のようだ。出し惜しみはしてられない。


「曼ちゃん、一緒に行くよ」

 社の中に留まって様子を伺っていた曼ちゃんもついでに運んで飛び立った。

 老人はまだ地面に頭をつけたまま這いつくばっている。

「あの老人は神を畏れるしっかりした人だったから、まだよかったわね」

「俺は何よりお前が恐ろしいがな」

 曼ちゃんは私の隣で吐き出すようにいった。


「そうなの。まあ、もう慣れたものでしょ? とりあえず馬鹿な殿様のお祭りとやらに行きましょ。刀泥棒さんもいるはずよ」


 私たちはこのあたりにはひとつしか無い大地主の城へと向かった。












「……ここね」

 城下町の裏道の方へ降り立ち、そのまま街道へ入った。

「強い力を感じるな。こんなもの馬鹿じゃねえと持てねえよ」

 曼ちゃんの言うとおり、強い、恐ろしいほどの力が近くにあると感じられる。

「でもおかしいわ、2箇所あるのよ」

 不思議なことに、ひとつはこの近くに、もうひとつはおそらく城のある方角から気配がする。

「あきらかに、ひとつはやばいぞ」

「そうね、禍々しいわね」

 ひとつは明らかに精霊たちとは異質な気配を放っている。

 私たちは近くの商人に聞いたり、民家を覗きなら城へ向かって歩き出した。



 街はお祭りだ聞いていたが、特に出店が出たり、賑わう様子は無く普通の商人と村人たちがいるだけだった。

 微かに遠くから雅楽のような音もするが、街道沿いにそのような人だかりはない。


「人斬りじゃ」

「あそこで誰か死んでいるらしい」

「またお殿様がやったのかい?」

「騒ぐな巻き込まれるぞ」


 何人か逃げるようにかけてきた人たちの声が聞こえた。


「曼ちゃん、聞こえた?」

「ああ、よっぽどの馬鹿殿様がいるみたいだぜ」

 走ってきた人たちのいた方へ進むと、城の門のひとつだろう場所に出た。

 さっきの場所からそう遠くない場所でもう門がある。ここの城は相当大きいらしい。

 門前にはひとりの男が倒れており、門番らしき人が道路の端へと担いで移動しているところだった。


「おや、これは巫女様? 殿に呼ばれた方ですか?」

 

 門に控えている門番の1人が声をかけてきた。

「いえ、私は通りすがりですが、何か御用でしょうか? 近くの神社の御神刀が盗まれてしまって探し歩いているんですよ。それが片付いてからでしたらお手伝いできますよ」

 できるだけ優しい巫女さんに見えるようにおっとりとした仕草で動いて聞いてみる。

 門番たちはひそひそと話はじめ、何人かが小さな通路から門の中へと入っていった。


「誰か、真っ赤に光る刀を見た方はおりませぬか」


 私はか弱い巫女風に、精一杯困った感じで問いかけてみた。

 門番たちはザワザワと騒ぎ始め、中に入って行った人たちがかけて戻ってきた。そして1人が私たちの元にかけてきて、他の門番たちはなんだか門を開きはじめた。


「門、あけたな」

「ええ、何か起きているのかも」

 私たちがこそこそ話している間に、門は完全に開いた。


 私たちの近くにきた人が、懐から布に包まれた何かを出した。

「殿が祟られておるらしい。可能であればみて行ってくだされ。これは、収められなくなってしまった刀の鞘です」

 布に包まれていたのは、真紅の鞘。光輝く美しい鞘だったはずだ。金の鳥の美しい装飾までもくすみ、光を失っていた。

「この子の力を感じたのね。まだ力が残っているけど、かなり汚れている。よく耐えたわ」

 ふっと息を吹きかけて、軽く払ってあげる。少しだけ顔色が良くなったような気がする。


「案内を頼みます。私の探している子でした」

「ご案内いたしましょう」

 鞘を渡してくれた門番の男が、中へと連れていってくれた。

 城の中へ行く道ではなく、外の堀の方を通らさせた。

 敷地はかなり広めで、庭までしっかりと作り込まれていた。かなり裕福そうに見える。

 たくさんの人がいてもおかしくないほど大きな城。その一角には畑もあれば道場もある。この門の中でも一つの町のようだ。

 屋外にも人の代わりとなる藁が何体も置かれた訓練場のようなところがあり、その近くの休憩所のような小さな小屋があるところ連れて行かれて、そのままここで待つように言われた。

 

 私は渡された鞘をよく観察してみる。

「かわいそうに、離されてしまったのね」

 鞘をよく見ると、傷などはひとつもないのに、不自然なほど装飾の金の鳥がくすんでいた。なんだか金色がどんどん土のような色合いに変化している気がした。

 込められていた何かを守るような温かい力が少しずつ弱まっていくのを感じる。


「刀身はどうしたんだ」

 そう、ここには鞘しかない。なぜか刀身と一緒でない。

「誰か持っているのでしょう。鞘から抜いたということは、何かを切っているかもしれない」

「切っていたらまずいのか?」

「ええ。もしかしたら血を浴びたのかもしれないでしょう。刀身に宿る精霊の子がいるとしたら、相当苦しい。それによって精霊が消えてしまったら、刀にも影響が出ておかしくない。それか穢れてしまったのかもしれない」

「じゃあこっちはどうしてこうなったんだ」

 曼ちゃんが示しているのは私の預かった鞘のほう。どうにも具合が悪いが、こちらにも相当の力が宿っていたもののように見える。こんなに凝った装飾、意味もなくつけたりはしないだろう。

「共鳴してるのかも。どうやって作られたのか詳しくは聞いてはいないからわからないけどね」



 何やら外で人の騒ぐ声がする。

 また何か起きているのだろうか。

 何人か、休憩所の前を走り去っていく。

「なんだろうね」

「嫌な予感しかしねえな」

 そうなのだ、とても心がざわついている。

 不思議と手を持つ鞘にも、そんな気持ちがあるように思えた。

「……ここにいるのかい?」

 鞘がかたかたと震えて答えた。

「なんだ、これ動くのか?」

「いや、ここにも霊が宿っているのよ。どうしよう……」

「何がだ?」

「この子に少し力を貸してあげるか、迷っているの。この子は私の眷属というか、式神となってしまうから。元々の火の精霊たちを護る刀にいるということは、そっちの住処の子だと思うのよ。でも私の式神となったら、元のところへは戻れなくなってしまう」

 鞘はずっとかたかたと震えていた。まるで出してほしいと、最後の力を振り絞っているようだ。

「仕方ない、か」

 私は小屋の外へ出ると、護符を取り出す。

火符かふ、炎龍」

 気を込めて術を唱えた。火符は一気に燃えて、空高く伸びる細長い龍のような形で炎が現れる。

「鞘よ。もし力を欲するのならば、この炎を喰らうといい」

 手に持っていた鞘は震えるのを止め、ふっと宙に浮かぶと、炎龍の中へ入っていった。

 曼ちゃんも様子を見に私の隣へときた。

「入ったな」

「ええ」


 炎の中の鞘はあっという間に焼けて、真紅の炎をあげると、私の作った炎龍はたちまち吸われていった。

 全ての炎が小さな真紅の炎となり吸われ尽くすと、それは一気に弾けた。するとその炎は元の場所に戻っていき、形を変えていく。終にそこにはひとりの青年がいた。

 黒のような深い紅の真っ赤な長い髪、蘇芳色の異国の服きている。私たちよりもかなり背が高く、伽羅色の肌をしていた。

「君は鞘か?」

「ええ。お力添え感謝する。森の姫巫女。今この姿として形を得ることができました。あなたの力をかりて使いを飛ばして、火の神様へ助けを乞いました」

「なるほど。君は今、何が起きているのか知っているんだね?」

「はい。すべて見ておりました……」

 私と曼ちゃんは顔を見合わせて、鞘の青年へと視線を戻した。



「我は深紅。鞘です。そして今渦中で騒ぎを起こしているのは金鶏きんけい

 我々は金鶏と深紅の名を受け、それぞれ刀身と鞘として火の神様に造られました。

 護るものとして、社にあるものとされておりますので、普段は力も意識も何もかもを封じられております。それによりあの場所を護る糧になっておりました。

 我々が気がついたのは鞘から刃を抜かれた時です。その時に封が解け我々は意識をもちました。

 その時に見たのは、大量の人、獣が放たれ、我々を持つ男が、それに切りかかると言う話をしていた時でした。そして、我は打ち捨てられ、金鶏はその身を使われて、そこにいた者たちを斬りはじめました。


 我々は神聖なるものとして産まれ、護るものとしてあり、その力を秘めることにより、土地を加護する役目がありました。


 しかしその身に血を浴びて、穢れを蓄えてしまった金鶏は悲鳴をあげ、次第に狂っていったのです。打ち捨てられ、鞘として金鶏の穢れをうつしても、もうかばいきれませんでした。動くこともままならずいたところ、ひとりの男が布にくるんで隠してくれました。

 その男はここに長くいたものなのか、このようなことに辟易していたようです。金鶏を持った男を制止しようとして切られ、先ほど門前に投げ出されていました。

 ほんの一刻です、その間にたくさんの死を経験して金鶏はおかしくなり、今ではもうその気配は別の何かになってしまった」


 事態は思ったよりも深刻だった。これでは社の守りところでは無く、穢れてしまった御神刀によってこの辺りは壊滅するかもしれない。

「これはかなりやばいんじゃ」

「ええ、今刀はどこに?」


「引き離されてしまったから、詳しくは分からない。だが、こちらに近づいている」


 深紅が向いたのは私たちが歩いてきた方向だった。

 そして不思議と騒いでいる人たちの声もそちらから聞こえる気がする。

 何人かこちらへ走ってきた。

 私たちを案内した門番もその中にいた。

「巫女様! 先ほどの大きな炎はこちらでしょうか?」

 どうやらどこからか、術の炎龍が見えたようだ。


「ええ、この火の精霊を呼び出しましたの。異常事態のようですから」

「そうなのですね! いや、城の中も火でいっぱいなのです。殿がご乱心で、火を放っているのです。我々も逃げてきました」

「そうですか、こちらへ殿を連れて来られますか? 我々が引き受けましょう。あなた方は火を消してください」

 そう言って曼ちゃんと深紅を見た。

「承知した」

「任せろ」


「よろしくお願いいたします」

 門番たちは、元来た方へ戻って行くと、またすぐに私の方へ駆けてくる。


「巫女様! もう来ております! 殿です!」


 門番たちは私たちの横をそのまま通り過ぎて、どこかへ去っていった。


「金鶏!」


 深紅が問いかけるが反応はない。

 殿様は刀を持ち歩いているが、ふらふらと挙動もおかしく、おそらくあれはもう生きてはいないだろう。

「まずいね、あんなのと戦うのは想定してきてないね」

 私の護符もそんなに持ってきてはないし、今日は2人しかいない。

「曼龍、出ろ」

 曼ちゃんが曼龍を呼び出し、構えるが、殿様が気になっているのは深紅のようだ。

「深紅が狙いか?」

「そのようね」


『食うつもりなのさ』


 突然空から声がして、私と曼ちゃんは慌てて顔を上げた。

 そこには小さな蜥蜴のような生き物がいて私の頭の上に落ちてきた。

「え? 何?」

 全く気配を感じなかった。一体どこからやってきて空にいたんだろう。


『あれはもう鬼だな』


「鬼? あれが?」

 私が問いかけると、蜥蜴は私の頭の上で居住いを正し、ふんと鼻を鳴らしてから話しはじめた。


『ああ、もともと人や獣を斬って楽しむような男だったんだろう。そこに精霊の力が入り、それも穢して取り込んでしまったんだよ,きっと。今は体が耐えきれず、力だけで暴れているのだろう。今のうちになんとかしないと、力を蓄えすぎて自我が芽生えたりしたら、厄介だな』

 曼ちゃんが蜥蜴を見て口を開けて呆けていた。

 私の頭の上で一体何が起きているのやら。

 それにしても、この蜥蜴が来てから、殿様が動きを更におかしくしている。進もうとするが後ろに下がるような。進んでは行けないと感じさせる力でもあるのだろうか。


「火の神様、金鶏は…」

「だめだ、もう死んでるんだ」

「そんな」


 深刻な事態なのは分かっているが、私と曼ちゃんには状況理解が追いつかない。

「え? 神様?」

「蜥蜴の神様?」

 なんだかんだと狼狽えて、動けずにいると火の神様に頭を小突かれた。

 私は大人しく、頭を差し出し、静かにしていることにする。

 頭の上で溜め息が聞こえた気がした。




『せめてあなたの手で壊してあげなさい』


 

 殿様は刀から火を吹き出して、ぶんぶんと振り回した。あれではただの火遊びのようだ。黒煙を上げるどす黒い色の炎で、その火力は異様に強い。


「……はい」


 深紅は悔しそうに答えて、殿様の方へ向き直った。まだ顕現したばかりで、うまく力は使えないだろう。

「私の力も貸しましょう」

 私は両手を構え護符を使い、炎龍を2体作る。そしてそれは深紅の両腕に吸い込まれていった。

「助かる」

 曼ちゃんはできることがないので、とりあえず警戒体制のまま私の後ろまで下がった。



 深紅は一気に距離を詰めて、殿様の腕をすっと斬り、刀と離した。

 刹那、刀身からは炎の柱が立ち上がり、誰もがそこへ近づけなくなった。

 深紅は両腕から炎を出し、それを刀身のように凝縮し収束させた。

 赤く輝く、まさに元の護神刀のようだった。

 

 炎の柱まで歩んでいき、そのまま柱の中心にある刀身のある場所まで歩き続ける。

 私たちからは背しか見えないが、その背は泣いているようだった。


 ーーキン

 高音が鳴り、炎の柱が少しずつ収束していく。


「私たちのやることはなかったみたいね」

「まあ、ここにきただけだったな」


 炎がなくなっても、暫くの間、深紅は動かずそこにいた。


『森の巫女よ』

「はい」

『今回の騒ぎはここで終わりだ。精霊たちも、それに連なるお主たちも咎はない』

「承知しました、しかし社はどういたしましょうか。刀はなくなってしまいました」

『ひとまず私の力の一部を置くことにするよ、新しく刀を打たねばならぬが、あれは時間がかかる』

「そうですね。あの子はどうするのですか?」


 私は動かずにいる深紅の方を見た。

『あれはもう役目を果たせぬ、そのまま彷徨うか、いずれ力もなくなり消えるだろう。まあお前次第だな』

「私の力は与えてしまいましたからね」

 

 人の声が聞こえはじめた。

 いつの間にか炎の柱ができて、それもこれも消えてから少し経つ。様子を見にくる人がいるかもしれない。


『人が来る、場所を移そう』


 火の神様はそう言って私の頭からふわふわと浮かび上がった。

 深紅と私たちの中心あたりに移動すると、周囲が赤い膜のようなもので覆われはじめた。

「なんだ?」

 曼ちゃんが驚き、私の側へ近づいた。

「神様の力だと思う」

 周囲が赤く囲まれると、次の瞬間にはあたりの景色が様変わりしていた。

「ここは?」

『火の精霊の住む、赤い森だよ』

 赤い膜がパリパリと割れて崩れていった。

 あたりには木などは無く、 乾荒原が広がっている。

 深紅は何かを手に持って、火の神様のところへ向かっていた。私と曼ちゃんも様子を見にいく。

 手にあったのは二つに折れた刀身だった。

「これはもうただの折れた刀だ」

「そうね。禍々しい力が残っているけど、ただそれだけね。人の手に渡らなけばもうあのようなことは起きないでしょう」


『金鶏の魂だったものは私が預かる、いずれその身が綺麗になった時、別のものとしてうまれることができるだろう』

 火の神様が刀身に手をかざすと、何か小さいものがほぅっと抜け出た気がした。

 そして、火の神様は深紅の方を向いた。

『お前はもう、ここに来ることはできん。穢れを受け、人の力を宿した別のものとなってしまった。そのまま消えるというのなら、最後の時を過ごすことは許そう』

 深紅は折れた刀身を見つめていた。

「私たちときてもいいのよ? うちははぐれものばかりだけど。それなりに楽しくやってるわ」

 私がいうと曼ちゃんが曼龍を突然深紅に向けた。

「俺たちは戦いの中にいる。お前が耐えられるならこいよ」


「火の神様……この刀身は持っていっても良いですか?」

『好きにしろ。もとより森の巫女に渡すつもりだ。これはすぐには浄化できないだろう。精霊には持てぬし、只人では狂うだろう。それなりに力があり、祓えるものではないと持てない。お前がこれを持つのなら、森の巫女と共にある道をゆけ』

 火の神様が途中でかなり重要な話をしていたが、今深紅との話を遮るわけにもいかず、笑顔で飲み込んだ。


「森の巫女よ、我を連れて行け。お前のもとに行く」

「ええ、いいでしょう。その刀身は少し穢れを祓ったら打ち直しましょう。うちの近くには流れの刀鍛冶がいるのよ。神からはぐれた本当に腕のいい刀鍛治が」

「承知した」


『では林火洞へ運んでやろう』


 あたりがまた真っ赤になる。気がつくと、林火洞の、前に立っていた。

『森の巫女よ、その子たちを頼んだぞ』

 姿は見えないが、火の神様が話す声がして、赤い膜が割れて消えた。

 あたりは夕暮れだった。以外と時間が経っていたらしい。

「深紅、その刀は私が一度預かりましょう」

 深紅は私に刀を渡してくれた。

 曼ちゃんは手拭いを懐から出して渡してくれた。

 私はそれを受け取り、そっと包み込んだ。

「しばらくはお休みだね」

 私は護符を貼り付けて気を込める。帰ったらしっかり祓いの儀式を行わないと。

「さて、では君には新しい名前をあげないとね」

「新しい名前?」

 曼ちゃんが不思議そうに首を傾げた。

「そうよ。この子は完全に式神として、新しい名前を授ける必要がある。ちょっと違うけど、曼と蛇美という名をつけた時と一緒かな」

「へえ、名前が重要なのか」

 私は深紅を見つめた。友なくした悲しい火の精霊、苦しみを背負い、それでもなお共にあろうとする。

 陽が沈見かけて、陽がちょうど差し込んでいる。赤く、怪しげでそして温かい色。


「紅蓮」


「決まりか?」

「うん。君は紅蓮だ。今の私からはそんなに授けられるものがないが、この折れた刀は双剣として君に授けよう」

 私は自分で炎を作るのが得意ではないのだけど、両手のひらをだして、作れるだけの炎を生み出す。私たちの顔をよりは大きな炎ができた。

 炎を凝縮していって、小さな蝶の形にしていく。指先に乗るほどの蝶ができた。

 私は自分の、鈴のついた根付けを取り出してそこに蝶を重ねた。鈴は歪んで、形を変えると、金色の蝶になった。

「これを渡しておくね。紅蓮、これからよろしく」

「ああ、世話になる」

 紅蓮は根付けをつけると、ぼうっと穏やかな炎が体全体を包み込んだ。

「なんだ?」

「私の力に包まれているのよ。これで私の式神となるの」

 出てきた紅蓮は特に変わった様子は見られない。

「何か変わったのか? さっきの火はなんだったんだ?」

 紅蓮は右腕の袖をまくった。

「腕があつい」

 そこには紅蓮の花と蝶の模様が描かれていた。

「へえ、すげえな」

「ええ。綺麗ね」

「まあこれで式神となったわけですね」

「じゃあもうしまいだな」

「そうね」

 今日の騒動はなんとか片付いた。

「なんだか忙しい1日だったね」

「帰ろうぜ」

「そうね。でも社伝いには帰れなそうじゃない?」

 社に全員は入れないだろう。力もだいぶ消耗してしまった。帰りはゆっくり旅して帰るのもいいだろう。

 

 だんだんと景色が朧げになっていく。

 

 ーーあれ、また力を使いすぎたのか





  ▪︎ ▪︎ ▪︎





「ほれ、刀を打ち直したぞ」

 出目爺さんのところに頼んでいた、紅蓮の刀が仕上がったようだ。


「ああ、ごめん。少しぼうっとしていたようだ」

 

「全く、癖の強い刀じゃったよ。これは、だが間違いなく、最高の仕上がりじゃ。ワシが打ったのだ」


 受け取ったのは、真っ赤な装飾の2刀。

 2つに折れてしまった刀身、それを迷いの森にあった鉱石を混ぜて2つの刀に打ち直してもらった。


「これで、紅蓮の依代となるだろう。私と紅蓮の繋がりがしっかりとできたな」


 私の意識はそこで途切れた。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ