綿鳥のピエン
「こうして、私と曼ちゃんと、鉄の奇妙な3人の妖怪退治屋さんとしての物語が始まった」
全員の目が点になった。
「え、いやナレーション入れるな! って突っ込むところでしょう」
誰も反応しない、多分あれだ、喜んでしまうから反応したらダメだ。無視して話を進めないと。
「ねえ、曼ちゃん。私の力って戻ると思う?」
「どうだろうな」
愛想悪く、それだけぼそっと言った。
ーーぐう
「おや? お腹空いた人がいるね。なんかご飯食べたいね」
多分曼ちゃんのお腹の音だなと思って、隣を見た。腕組みして目をつぶって知らないふりをしていた。お腹が空いていて機嫌が悪いのかもしれない。
なんだか不思議だった。やはり隣に曼ちゃんがいる感覚というのは。
「血の臭いだ」
鉄が急に立ち上がる。
「おや? 何かあったかな?」
黒井さんが慌てて運転手の方へ向かい、様子を見に行った。そういえば車が停まっていた。
鉄は窓を開けて周囲を警戒して見始めた。
「すごく渋滞しているってこと以外は、ここでは分からないね」
黒井さんが運転手と話したのか、話しながら帰ってくる。
「人の血だろうな、それ以外になんかいるとは思うが」
「そうだな、何かはわからないがいるぞ。嫌な感じだ」
曼ちゃんも何かを感じるらしい。
「おかしいな、何の連絡もきていないんだけど」
黒井さんが端末を出して、どこかに連絡をするようだ。
「黒井でーす。何か異常あります? 鉄くんが警戒体制です。え? 何の反応も連絡もないの? そうですか、じゃあとりあえず見回りに出るから許可くださいね」
すかさず通話を切ってしまった。多分会話途中だろうに、最後の許可というのはしてもらうまでもないという感じだろうか。
「じゃあ、見に行きましょうか」
黒井さんがちょっと買い物くらいの勢いで言った。
「曼、お前もこいよ」
鉄は振り向き様そう言って、窓からひょんと外に出てしまった。
「あぁ、またそんなところから。また面倒を増やして」
黒井さんが大慌てで、会議テーブルそばの椅子を何やら動かすと、座席が蓋のように開いて中から何かを取り出した。とても大きなリュックだった。
「曼くん、姫様、一緒に行きます?」
私はどっちでもいいんのだが、曼ちゃんは少し動きたそうな様子だ。私の足はまだうまく力が入らず、動き回ることは難しいだろう。
「曼ちゃん、私は多分動けないから、いってきてもいいよ?」
「いや、お前も連れて行く。その方が早く元に戻るかもしれん」
曼ちゃんは夢でよく見た意地の悪い笑みを浮かべて、私を抱き上げた。
「黒井、俺たちも行く」
「はーい。じゃあ、鉄くんの後を追いましょ」
黒井さんがドアを開け、私たちは外へ出た。
外に出るとどこかの高速道路、周りは車だらけでだいぶ長い列ができているようだ。
黒井さんはなんだか靴を履き替え、スイッチを押したら、すごいスピードで進み出した。
「行きまーす」
曼ちゃんは私を抱っこしたまま走り出す。自転車並みに早い黒井にも問題なくついていっている。
「曼ちゃん、この乗り物にぶつからないように進んでね」
「わかった、人の気配がするな。全部に人がいるのか?」
「そうだよ、みんな乗り物で移動するから」
黒井さんがひょいと車の隙間を縫って行くのに、曼ちゃんは少し手こずっていた。今までこんなに狭いところをかけることはあまりなかっただろうから。
「あ! いたよー、鉄くん」
何やら鉄はひっくり返った車の傍にいる警察たちと睨み合っていた。
なるほど、事故現場に突然来た柄の悪い男が、警察に怒られている図だろう。
「黒井! 遅いぞ!」
鉄は怒り散らしていて、それでいて何かを警戒している様子だった。
警察の1人がこちらに歩いてきて、私たちを見て嫌そうな顔をした。それもそうだろう、全身真っ赤の喧嘩腰の男を追いかけてきたのは、色付きメガネの不審なスーツの男、それと女の子を抱っこしたあやしいコスプレ男と言った感じか。
「ちょっとあなたたち! この人知り合い? どうにかしてくださいよ! 事故現場で騒ぐなんて」
「ああ、すみませんね。都内では有名なんですけどね、赤い斥候と呼ばれる特別な男なんですよ、あれでも」
警察の皆さんがざわつき、一瞬で静かになった。
「あ、これ身分証です。我々はNEVERの現場調査員です。状況説明をお願いします」
黒井さんが非常に綺麗な営業スマイルを決めた。何やら警察手帳にも見えるようなものを見せて、すぐしまってしまった。例の秘密組織、どうやらちゃんと名前があったらしい。
警察たちがコソコソと話し出し、1人が黒井さんに近づいた。
「状況説明はとりあえず簡単にお話しします。約1時間ほど前に事故があったようで、50分前に通報あり。30分ほど前に現着しましたが、事故車両は1台のみ、付近に破損したものは何もない状況で、こちらの車は見ての通り前面半壊、車は逆さまです。ブレーキの跡すらありませんので、何かを見つけて回避したわけでもなければ、何にぶつかったのかも不明です。運転手は搬送され、現状は不明ですがそろそろ撤収予定です」
曼ちゃんに逆さまになった車の近くにおろしてもらって、様子を見た。
フロント部分は明らかに鋭利な何かで切り裂いたような跡があった。3本爪の獣に引っかかってそのまま吹っ飛ばされた、というのがパッと見てわかる予想。まあそんな獣がいるはずはない、というのが一般的な判断だろう。私たちが来なかったらただの事故として片付けていたのかもしれない。
「ありがとうございます。一応確認ですが、不審な事故事件は全部NEVERに一報いただけるようになっていませんか?」
「……本件がそれに当たるかどうかは不明ですので、後日検討の上ご連絡の手配となる予定でした」
黒井さんが非常に不満そうに、大袈裟にため息をつく。多分あれは煽っているな、意地の悪い男だ。
「そうなんですね! このあとにもし事故が続いた場合はそちらで対象していただけるのですね! 助かります。ではうちは現場を少し見て撤収しますねー」
「なんだと! 黒井! この臭い、まだ近くにいるぞ! 撤収したら誰かまた死ぬぞ!」
鉄が怒って周りの全てに人に聞こえそうなほど大きな声で言った。なるほど、煽っていたのはこっちか。実際搬送されてるから死人が出ているかはわからないんだけど。
「ダメなんですよ! そういうお約束でしょ! うちは要請がないと動いちゃいけないの。情報収集だけさせてもらうってことになってるんだから」
警察たちもなんだか落ち着かない様子になってきて、ざわざわと話だした。何件もこんな事故が起きたらまずいだろう。そっちは任せておいて、私は詳しくこちらを見てみようかな。
「ねえ、曼ちゃん。これって風でついた傷かな、爪か何かかな」
曼ちゃんはいちおう車の状態を見てくれて、うーんと考えて答えた。
「そうだな、何かの爪にしては引っかかってない気がする。何かしらの力を使ってついた後だとは思う」
「そうだよね。周りには水あとなし、溶けた後もないから火ではないし雷でも焦げるし。風っぽいかなと思うけど」
「確かにそうだな。風だったらこれもひっくり返るか?」
「ああ、車ね。風の強さによるけど竜巻が起きたら飛んでいっちゃうとは思う」
黒井さんは鉄を宥めながら、それじゃとそのまま帰ろうとしている。多分任されるの
待っているんだろう、時間稼ぎだ。
「黒井、風を使う何かしらがいると思うぜ。鉄が反応しているから、多分血の臭いがついたままだ」
曼ちゃんか黒井さんに言った。確かに今はそれしかわからない、他に何か情報になりそうなものはないだろうか。
「あのー。車って動かしました? そのままですか?」
近くにいた警察のお姉さんに聞いてみた。かなり驚いていたけど、こそっと教えてくれた。
「あなたもNEVERなの? この車は動かしてないわ。多分何かにぶつかったとしたら、あっちあたりでぶつかって飛んでると思う」
お姉さんは丁寧に答えてくれた。パトカーの停まっているかなり奥側を指差していたので、そっちまで見に行ってみようかな。
曼ちゃんと声をかけようとすると、すかさず抱き上げられた。
「あっちだな」
「うん。見てみよう」
車のガラスの破片なのか、細かい破片のようなものがところどころに落ちていた。確かにこっちから飛んで行ったのだろう見受けられる状態だ。
「曼ちゃん何かわかる?」
「んー、嫌な感じはしねえな」
私には何かを感じることはできないが、客観的に見ることはできる。鉄にはそれはできないだろうからしっかり見ておかないと。
破片が落ちていないところまで歩いてみて、少し先でおろしてもらった。
黒井さんも鉄を引っ張るように私たちの方へ向かってきて、警察の人たちは撤収するのかバタバタと動き出した。
「血の臭いはなくなってねえぞ、まだどこか近くにはいる」
「まあまあ、今回はどうやら申請してくれなさそうだから我慢してよ。勝手にやったらまた俺が怒られちゃうよ」
黒井さんも苦労しているらしい。
道路の端の方、草が生い茂っている車道でない部分で少し会議だ。
「まあこれは確実に何かいるだろう」
「ええ、普通に考えて人ではできない傷じゃない? あれ」
壊れた車を見てただの事故だと思う人はいないだろう。それもあって完全に通行止めにしているのだろうし。
「そうなんすよね、乗ってた人無事なんでしょうかね」
「死んでるだろ、すげえ血の臭いだ。血を流しすぎだ。それだけじゃねえ、他の血の臭いもする。何か起きてるのは間違いねえ」
「鉄くんの鼻は信用できますからね、嘘つけないし。どうです? 曼くんと姫様的には」
「何かはいるが、わからん」
「そうですね……」
ふわっと何かが頬に飛んできた気がした。そういえばここはあまり風が吹いていないのに、なんだろう。頬に当たったのは綿毛のような、ゴミのようなににか。
「ねえ、曼ちゃん。これ飛んできたよ」
「ん? そりゃ綿鳥の毛じゃねえか? どっかに巣でもあんだろ」
綿鳥、そんな鳥はこっちにはいない気がする。
「ねえ黒井さん、これ綿鳥って鳥の毛らしくて、知ってる?」
黒井さんに手に持っているふわふわを渡そうとする。
「いや、俺には何も見えないっすね……」
私と黒井さんだけがやばいとわかった。
「まずいね! 皆には見えない鳥がいるんすね。しかもそんな遠くに行ってないんだ」
黒井さんが警察の方へあの変な靴で走っていく、事情を説明しに行ったのだろう。
「曼ちゃん! 鉄! 綿鳥ってこっちの世界にはいないの。いたらダメなやつ、多分ぶつかったのそれだ」
「なんだよ、綿鳥かよ。さっきから何匹か空飛んでるんだよな。だからどれだかわかんねえのか」
ポリポリと頭をかきながら鉄は上を見上げた。私と曼ちゃんもつられて空を見る。
私にはいつもと変わらない少し雲の多い青空にしか見えない。
「うそ、私全然気が付かなかった」
「綿鳥は基本的に綿毛の塊だからな、飛ぶってよりは風に流されてる。あとは自分で風を起こして好きなところに行く」
曼ちゃんがあー、いるな。と言っているが私には見つけられない。
「あの傷は声だな、あいつら怖くて泣く時に攻撃してくんだ」
「じゃあ車にぶつかりそうになって、怖くて攻撃したってことか」
詳しく状況がわかってきた。すると黒井さんがわざとらしく顔を手で覆って走ってきた。
「ねえ聞いてよー、目に見えないものがいるなんて信じられませんっていって取り合ってくれないのよー」
うえーんと大袈裟に、泣いていないのに警察の方を指差していじめられていることのように私たちに報告してきた。ここだけ見たら、かなり恥ずかしい大人だ。
いきなりすっと、その仕草をやめ、ふっと息をついた。
「こちらからは厳重注意を促しました。そして……」
スーツの胸ポケットからジッポライターを取り出した。
「これに録音されていますので、責任があっちにあることは証明されます。もう少し待機して何もなければ帰りますよ」
「黒井。4匹、ずっと上を飛んでいるんだ、何か起きないことはないと思うぜ」
「そうか。じゃあここで様子を見ようか」
レッカーが到着して事故車を動かす準備を始めた。警察の人たちは手分けして片側から先に車を通すのかこちらも動きがあった。
「降りてきたぞ、あれはもうあの車に対して敵対してるのかもしれねえ。動かしたらやばそうだ」
鉄が上を指差した。私も見てみると、なんだか雲が近づいてきている気がした。
「くるぞ!」
ーーピエン
泣き声? が聞こえて、地面に衝撃波が落ちてきた。地面に爪痕のような傷がつき、軽い地鳴りのような音が起きた。
「ええー! ちょっと何!」
黒井さんが飛び上がり、鉄の後ろ側に隠れた。
曼ちゃんもすかさず私を抱き上げていて、私もびっくりして曼ちゃんにしがみついた。
「おい、黒井! どうすんだよ!」
「だからうちにお願いさせるまで、ダメなのよー」
黒井さんは借りてきた猫のようになっていて、鉄の後ろからは頑なに動かない。
パトカーもレッカーも動き出そうとしていたのをやめ、なんだか大騒ぎしている。
ーーピエン、ピエン
「2回泣いたよ! また来るよ!」
私が大きな声で伝えると、警察の人たちに聞こえたのか頭を抱えて車から飛び出して道路の端の方へ逃げ出して行く。
ザクザクと道路を切るような音が鳴り、あっという間に傷だらけになる。パトカーにも直撃して、1台はもう乗れそうにない。
「ねえちょっと! 早く事務所に電話してよ! このままじゃ被害が出て大変でしょうよー」
黒井さんが鉄の後ろから情けない感じで叫んでいた。
ーーピエン、ピエン
「また泣いたよ!」
私は曼ちゃんにしがみついた。声が近くなっている気がする。
曼ちゃんはぐっとしゃがみ込んで、ひょいと高く跳ねた。するとさっきまで私たちがいたところに攻撃が飛んできた。
鉄はぎりぎり当たらないところにいたため動かずその場にいたので、驚きすぎた黒井さんの甲高い悲鳴が聞こえた。
「綿鳥は泣き疲れて寝るまで、ずっと泣くぞ!」
「赤ちゃんじゃん、やめてー!」
鉄と黒井さんの叫びが聞こえる。まるでコメディ映画のようだ。
ふわっと穏やかな着地をして、曼ちゃんはため息をついた。
「力が扱いにくいな、なんだかやりにくいぞ」
「まあそもそもはそういう力が扱えない場所だったから。精霊の子たちもいないし、力を集めるのも難しい」
子どもの頃夢を見ながら何度もやってみたけど、何かできたことはなかった。夢の中の私は空だって飛べたし、火の蝶を作ったり、花を咲かせて空に並べたりしていた。
ーーピエン、ピエン
ーーピエン
また泣き声がした。
「ちっ」
曼ちゃんはまた跳躍した、だんだん範囲が広くなってきている。反対車線にも攻撃が落ちて、あたりはもう車が通れる状況ではない。
「早く電話してよー」
ーーピエン、ピエン
ーーピエン、ピエン
「まずいぞ、全部泣き出したら面倒だ」
曼ちゃんが飛び回りながら叫んでる。
向こうでは黒井さんが悲鳴をあげている。
この状態では警察の人も動けないのではないだろうか。そもそもまた通話できなくなっている可能性だってある。
警察の1人が鉄と黒井さんの方へ走って行くのが見えた。
「NEVERの人! 今本部から連絡をしてもらって、要請出します!」
「はーい! 承知しましたー」
黒井さんの情けない声がする。
ーーピエン
ーーピエン、ピエン
もうあたりの道路は傷だらけ、パトカーの後ろに少し離れて停まっていた車からも、いろんな人が逃げ出している。
警察がなんとかそっちの対処にいっているようだ。
草や木も木っ端微塵になって吹き飛んで、嵐のようになっている。
一瞬空から大きな透き通った綿あめが降りてきて、曼ちゃんが跳躍した風と、自分たちの放っている風に煽られてまた上空へ飛んでいった。近くに転がっているパトカーの3台分くらいはありそうな、大きな雲のようだ。
「あれが綿鳥?」
「そうだ。真ん中にスイカくらいの体があって、あとは全部毛玉だ」
「曼! お前曼龍はあるのか!」
鉄が叫んでいる。後ろにいる黒井さんが足にしがみついているから動けないのだろう。
「大丈夫だ! 俺ならあのくらい曼龍で一撃だ」
黒井さんが何やらもぞもぞ動いている。端末を手に取り、それを示すようにふつた。
「曼くん! 俺に電話くるはずだから、合図したら対処して!」
黒井さんが叫んだとほぼ同時に端末がなり、通話に出た。
「曼ちゃん! 合図だ! いいよ!」
「うっしゃ!」
曼ちゃんは一度地面に降りると、ぐっと力を込めてしゃがみ、一気に空に跳ね上がった。私を抱き上げたまま。
「出ろ! 曼龍!」
手を空へかざし大きく叫んだ。
しかしその手に変化はない。
「なんだ! 出ねえぞ!」
「嘘でしょ」
力がうまく作動していないのかもしれない。私がいることで身動きもいつもより取り辛そうだ。
そうこうしている間に、だんだん体が落ちていってる。
「お願い、曼龍。出てきて」
私が作ったはずの曼ちゃんの相棒ーー曼龍。私もそっと手を伸ばし、その隠されている右手の甲の模様に触れた。
ーーバリバリバリ
稲妻の音が鳴り、手にの周りに電気が花火のように広がった。ピカっと真っ白な光が出たと思うと、曼ちゃんの手には曼龍が現れていた。
「よっしゃ! 出たぜ!」
曼ちゃんが曼龍を上から下に振りおろすと、大きな風が吹いて落ちる速度がゆっくりになった。
ゆっくり着地したところでまた大きく跳躍した。
今度は下に構えた曼龍を大きく上空へ振り翳した。
「雷龍翔!」
大きな龍のような雷が、曼龍から出て空へ昇っていく。その間にうねうねとまがりながら、綿鳥を絡めて燃やしていった。
おそらく綿鳥全て雷に焼かれただろう。
そのあとあの不思議な泣き声、『ピエン』は聞こえなかった。




