雷の龍と隕石
ーーバリバリバリバリ
雷の音が聞こえる、空気がビリビリして肌が痛い。
もう少し先だろうか、もう結構走った気がするのにまだ見えない。もう口がカラカラになっている。
学校の東側通路から構内に入った。駐輪場を抜けたら野球場があって、その先にグラウンドがある。
少し立ち止まって息を整える、辺りを見回してみるけど、ここらへんには何もない。いつもと同じ景色だった。
ーーシュ〜
何か音がする。少し先の方で煙が上がっているようだ。もしかしたらあれかもしれない。多分グラウンドの方だ、あと少し頑張って走ろう。
なんの煙だろう、雷が落ちたから何かが燃えているのだろうか。本当にバンちゃんがいるのか、それとも何か超常現象的な何かだったのか、もうすぐわかる。
「何か落ちたぞ! あっちだ」
学校の職員たちだろうか、何人かが走っていった。私もそれについていく。
職員たちがグラウンドの入り口の鍵開けていた。私もその場に追いつき、様子を伺った。
「君! 今日は自宅待機だろう! どうしてきたんだ。危ないじゃないか」
一人の男の人が私に気がついて、声をかけてきた。しまった、慌てて出てきたから、何も持っていない、学生証があれば、学生だって言えるけど。どうしよう、そういえば家の鍵も閉めていない。
「いや、家が近くて、その」
息も絶え絶えで、言葉に詰まっていると、職員さんがため息を吐いた。
「なんだ、もう家を出てたのか? 仕方ないな。さっき雷か何かが落ちたの、君も見たのか?」
「え、あ…そうです。とても気になってしまって」
「まあそうだろうね。こんなこと起きたら、みんな気になって見にくるだろう。全く休校になっていてよかったよ。君みたいな子がいても困る、私は事務局に行ってくるよ、電話がなぜか使えないからね。君もあまり近付かずに早めに帰りなさい」
他の三人の男の職員が、鍵を開けてグラウンド方に入っていく。一人は事務局へとまた走って行った。私もゆっくり三人の後について行った。
グラウンドの端の少し木が生えている所に大きな穴が空いている。隕石が落ちたらこうなるんだと改めて分かった。そこから白い煙が上がっている。
「木が倒れたのか? 一応炎は見えないな、火事ではなさそうだが」
「何が落ちたんだ? 雷だけではああならないだろう」
職員たちが話している。
みんなが穴の手前で立ち止まり、私もその横に並んだ。
煙が上がっていて、底に何があるのかさっぱりわからない。風が少し吹いて、煙が揺らめいている。
ーービュン
風を切るような音がした。そして何かが横に振られたのか、煙が切れて、何が見えてきた。
そこにいたのは人間だった。まだどんな人なのか、はっきりは見えないが、その形は確かに人だ。バタバタと手を振って、煙を払っているような動きをしていた。
「誰かいるぞ?」
「嘘だろ、空から人が落ちてきたっていうのか?」
「雷の中に人がいたってことか? 信じられないな」
職員たちが話している。そうだ、これが普通の反応だろう。でも私は、これがもし人だったならと思っていたから、そしてこれが…
「バンちゃん、なの?」
小さな声しか出なかった。嬉しいような怖いようなとても大きな鼓動が頭にまで響いている気がして、心も、声も震えてしまう。
煙が晴れてきて、見慣れた大刀が地面に突き刺されたのが見えた。そしてそれを突き刺した男の顔が見える。それは夢でいつも会っていたその人の顔。
「バンちゃん!」
私は言うと同時に足を踏み出していた。穴を滑り降りるように下って行き、穴の底まで落ちていった。
底にいた男がこちらに気がつき、私の方を見上げる。
「君! 危ないぞ」
職員たちが上から何か言っている。そんな声もだんだん小さく聞こえなくなる。
「お前は、なんだ?」
私を見上た男が、聞いた。
「バンちゃん、じゃないの? あなたは誰?」
男のすぐ側までついて、私も聞き返す。
私より頭一つ分背が高い、夢ではこんなに身長差がなかった気がする。それでも黒い髪、顔つき、そして異国のファンタジーみたいな服装。夢で見たバンちゃんと同じような姿。でも私の知っているバンちゃんより、少し大人に見える。
私の事を睨むように見てくる、そんな姿もそっくりなのに、この人はバンちゃんではないのか。
地面に突き刺さった大刀、ちょうど夢に見たばかりの、私が作った刀だろうか。
何度も日記を読み返して、できことや世界を確認した。夢で見た景色を、出会った人たちの姿を何度も見てきた。だからわかる、この人はきっと。この刀も私が送ったものだとしたら、やっぱりこの人はきっと……。
私は大刀をよく確かめた、ちょうど私の顔のほどの高さに柄がある。
「白銀の鈴ふたつ、銀の龍の装飾…やっぱりこれは曼龍だ。じゃあ、やっぱり……」
私はそばにいる男の人を見た。
「曼ちゃん、でしょう?」
すぐに返事はない、私の言葉は通じ
ないのだろうか。夢では普通に話せていたけど、もしかしたら言葉が違うのかな。それとも違う人だったのだろうか。
私がどうしたらいいかと逡巡していると、男の人は少し姿勢を逸らし、私に向き直る体制をとった。
「お前は、ハナなのか?」
疑うような視線、そして私の名前はハナ? だったっけ。この世界の私の名前は佐藤二葉だけど、でも夢の中の私は、なんと呼ばれていたっけ、姫じゃないんだっけ、一体……。
ーーズキリ
突然痺れるように頭が痛んだ。
そして頭の中にパッと思い浮かぶ。
私と曼ちゃんと蛇美、三人で花畑のある泉にいた時の風景。そうだあの時、私は…。
『お前の名前はハナにしようぜ! 姫なんてかしこまって呼べねえよ』
『あら、いいんじゃない? 俺は姫さんでもいいけどさ、名前があるのはいいと思うよ。俺たちの名前だって姫さんがつけたわけだしさ』
曼ちゃんが傍にあった花を摘んだ。
『俺にはこれが何の花かは分からねえが、お前には似合うだろうよ』
手渡されたのは曼珠沙華、一年中、四季関係なく花が咲くこの泉で、私に手渡したのはあなたにつけた名前の花。
少し照れくさそうに、柄にもなく花を手渡すなんて。恥ずかしくてすぐにそばから離れていった。
『そうね、ありがとう。私は花、そして、曼ちゃんと、蛇美とこれから一緒に過ごしていくのね……』
「そう、私は花だった。あなたと同じ世界では」
頭がズキズキと痛む、まだ何か思い出さないといけない何かかあるのかもしれない。でも今頭に浮かんだのは、その時の場面だけだった。
「本当に、花か?」
なんだか曼ちゃんはすごく辛そうな面持ちで、私を見下ろしていた。
「うん、私の見た夢が本当なら。あなたは曼ちゃんなの?」
「ああ、俺にその名をつけたのは花だ。お前こそ本当に花なのか? なんでそんなに縮んでんだ?」
「私、小さいのか。曼ちゃんが大きくなってるわけじゃないのね。やっぱり全ての記憶を夢で見たわけじゃないから、分からないことが多いんだな」
「ここはどこなんだ?」
曼ちゃんが辺りをキョロキョロ見回した。50メートルくらいある穴の中からでは、外の様子はほとんど見えない。曼ちゃんからしたら、あちらの世界と変わっているかどうかも分からないのかもしれない。
「どうしてここに落ちてきたのか、分かる?」
曼ちゃんは上を、空の方を指さした。
「急に竜巻にのまれて、空に吸い上げられたんだ。気がついたら暗い穴みたいなところで落っこちてて、明るくなったと思ったら空の上だ。そしたら曼龍が雷に共鳴して暴れ出して、それを宥めながら落っこちたらここだった。蛇美と碧は蛇神様のところに行っていた。俺一人だけだったんだ。それで」
「ちょっと待って、情報過多。ストップ」
曼ちゃんが一気に喋るので、私の理解力が追いつかない。私の知らない人もいるし、まず状況から整理しないと。
「そんなこと言われたって、俺にだってわかんねえよ」
「もう、そうやって私の話聞かないんだから」
「お前だっていつも話をややこしくするだろ。もっとわかりやすく話せよ」
曼ちゃんは眉間に皺を寄せて子供っぽく不機嫌になった。なんだか少し笑ってしまう。夢でしか会えなかった人が実際に目の前にいて、話ができてるなんて。嬉しすぎて少し涙が出てきた。
ふと見ると、曼ちゃんの目にも涙が流れているように見えた。
「曼ちゃん、泣いてるの?」
「うえるせえな」
くるっと背をむけてしまったので、顔が見えなくなってしまった。
それにしても私の夢がこうして現実に現れてるなんて、これがまた夢ではないのかと疑ってしまう。
ちらっと上の方を見てみて、職員さんたちが何かを話しているのが聞こえるのだが、どんな内容なのかまではよく聞き取れず定かでない。私の存在もあの人達からしたら異質だろう、空から落ちてきた人と当たり前のように会話しているのだから。一体どう説明したらいいのか。
「曼ちゃん、とりあえずだけど怪我はない?」
「ああ、問題ない」
もう平気になったらしく、こちらを見てくれた。私の姿を上から下まで見てみて、私の左手を掴んだ。
「お前はなんともないのか?」
「私? 私はここまで走ってきただけだからなんともないよ」
「何? お前空は飛べないのか? どうなってんだ」
「いや、ここでは誰もそんな力がないのが当たり前なんだけど」
「いやおかしいだろ、お前が術を使えないってそんな事」
「いやだから、ここはそっちの世界と違うんだって。森の中と外が違うように、ここの世界はまるっきり別なんだって」
「じゃあなんでお前はここにいて、俺と話をしてんだよ。お前はあの日突然消えてから、ここにいたんだろ?」
「え? 私って消えたの? どうして……」
「は? いや、俺の方が聞きてえよ。何がどうなってんだよ」
曼ちゃんは頭をかいて大きく息を吐いた。そして曼龍に手をかざして手をきゅっと握った。
「曼龍、閉じろ」
ーードクン
曼龍が脈打つように振動した、途端に光を放ちその姿が消えた。そして、曼ちゃんの握られた拳には、入れ墨のように見える蛇のような黒い模様が浮かび上がってきた。
「曼龍、そこにいるの?」
私は入れ墨のようは箇所を指差して聞いた。
「ああ? こうして仕舞うようにお前が教えたんじゃねえか。これも忘れたのか?」
「そうなの。ごめんね、私も全ても見たわけじゃないから」
「お前は花だけど、花じゃない、ってことか。ジジイの言ってた通りかよ」
「ジジイって、爺様のこと? もうちょっと敬ってよ、偉い人なんだから」
「なんだよ、そういうところは変わらねえのかよ」
私と曼ちゃんでも話が一致してないところがある。私の見た夢は一部だけで、そもそも最近見ている夢も出会ったばかりの頃のようだったから。
「おーい! 君たち」
上の方から声をかけられた。誰かが手を振っていて、こっちだと主張している。
いつの間にか4人が穴の外に立っていて、私たちのことを呼んでいるようだった。
「ねえ、曼ちゃん。私と一緒にあそこまで行ける?」
「ん? ああ、多分。俺あんまり飛ぶの得意じゃねえけど」
曼ちゃんは私の腰に手を回して、ぐっと引き寄せると、ふっと目を閉じる。ゆっくり目を開くと、足元に炎がゆらめき出てきて、少しずつ体が浮き上がった。次の瞬間、私たちの足元にぶわっと炎が広がって消えたと思うと、体が一気に上昇した。
私は自分の体だけ飛んでいってしまいそうで、慌てて曼ちゃんの腕にしがみついた。
不思議だ、夢ではできたのにここではできない。子どもの頃の私は何度もいろんな術を使おうとしてはできずに泣いていたのに。曼ちゃんはあちらからきただけだから? どうしてかこちらの世界でもできるようだ。
曼ちゃんは慌てる様子もなく体の向きをかえ、空中を何度かけるようにして職員たちがいる方へ飛んでいき着地した。私はよろけてしまったが、曼ちゃんが支えてくれた。
そんな間に3人の職員達はなんだか慌てて離れていった。1人だけ残った男は先ほどまでいた人達ではなく、新しくきた人のようだ。
私は曼ちゃんから離れて、私たちを呼んでいた人の方を見た。きちんとしたスーツを着ているのに、グレーの色つき眼鏡をかけていて、妙にチャラついた髪型をしているなんだか怪しい人だった。
「君は落っこちてきた人だよね。女の子の方はいったい誰? 宇宙人とか好きなタイプ?」
なんだか失礼な言い方にムッとしたが、普通に考えて空から落ちてきた人間と当たり前のように話しているのだから、そう捉えられてもおかしくない。
「信じてもらえるか分からないけど、私はこの人の事を知っているんです。ここではない世界で過ごしている夢で会っていて、そして彼も私のことを知っている」
曼ちゃんの方を向いて、説明してみた。曼ちゃんがきちんと会話をしてくれるかわからないから、かなり不安だけど。
「俺は確かに空から落っこちてきた。そんで多分こいつのことは知ってる、でも少しおかしい」
「ほうほう、なるほどね。これはまた難しい状況な訳だ。そっちの男の子はさ、デンとテツは知ってる?」
「知ってるぜ、犬神の兄弟だろ。お前はなんでその名を知ってるんだ」
曼ちゃんは普通にこのおじさんと話していた。デンとテツ、聞いたことあるような、知っているはずだと感じるのに、それでも思い出せない名前だった。
「それはまあ追々で。女の子の方は? 知ってるの」
「デンとテツ? 多分知ってる、気がする。でも思い出せない」
そう答えるしかなかった。
今の私は知らない、でもきっと思い出せる、そんな気がした。
男は、どうしようかなと悩むような顔をして少し考えると,口を開いた。
「女の子は服装的にさ、落っこちてきたわけじゃないよね? この辺の子?」
「はい。この学校に通っています。家は近くで、学生アパートに住んでます」
「そうか、女子大生か。了解。じゃあ今すぐに家に帰って、すぐに旅行セットを作りましょう。家近い? 住所は?」
「え? なんで急に」
曼ちゃんは意味がわからなそうに、間抜けな顔をしていた。
「君達はね、ちょっと世間に知られてはまずいのよ。女の子の方は、わかるでしょう? どう説明する? これ」
男の人は大きく空いた穴を指差した。
「隕石とでも言うしか…」
「まあそうでも、目撃者多数でしょ、まあねさっきの人たちは公務員ですからね、色々と手を回しますよ。それでも君がね、もう関係者なわけでしょ。えっと、名前は?」
「佐藤二葉です。あ、えっと、あちらでは森の姫神子をしていて、曼ちゃん達からは花と呼ばれています」
「えー! 君がヒメなの! いやこれはまいった。それでこっちのがバン!」
なんだろう、この人は私たちのことを知っているみたいだ。
「んで、なんで知ってんだよ俺らのことまで」
曼ちゃんの機嫌が悪くなる、何か警戒しているのだろうけど、多分この人が一番現状を把握しているのだと思う。
「まあまあ、とりあえずね場所を移したいんだ。ここ丸見えなので、もうちょっとバレないところにね。困ったことに電子制御の車も電車も止まってる。旧式のバイクで来たから、すぐに全員で移動も難しいと」
男はパチンと指を鳴らした、そしてそのままの流れで私の方を指差した。
「まずは君の家で状況整理、そして僕たちの秘密基地に移動ってわけですよ」
にこにこの笑顔で男が言った。横を見てみたけど、あの顔の曼ちゃんは多分、今の言葉の意味は何もわかっていない。この人の言う秘密基地に行くかどうかは別にしても、ずっとここにいてはまずいということはわかる。
もし警察が来て状況説明と言われても、私も曼ちゃんも頭がおかしい人と思われても終わりだろう。
「とりあえず、ここを移動することには賛成です。私の家まで案内します」
私はよくわかっていない曼ちゃんに状況説明することは諦め、手を引いて歩き出す。
「曼ちゃん、まずは移動します。大きな声を出さない、何をみても叫ばない、私から離れない、術を使わない、曼龍を出さない。これお約束ね」
「お、おう」
曼ちゃんはわからないから私の言うことを聞くことにしてくれたみたいだった。ちゃんと手を繋いで歩いてついてくる。
そして怪しげな、私たちのことを知っている風の男もその後に続いた。
「あ、僕はね黒井です。真っ黒いスーツの男、黒井って覚えてね」
なんだか陽気な男はそう名乗った。