喪失/懐疑/住処
あたしのそんな間の抜けた発言に彼女はこともあろうにあたしから財布を取り上げてあさくり始めた。
「ちょっと、勝手なことしないでくださいよ」
「あんたが始めから正直に話していれば済む話だったんでしょうが! 自業自得」
あたしの抗議も虚しく強制執行を施すクソ女。
あぁ、あたしのプライバシーが、人権がぁ。
ていうか、ホントにあたしってば、自分がどこの誰でどこに住んでいたとかもう完璧にわからないんだけど。
これって、割とピンチじゃね?
あぁ、マジでどうしよう。
神待ちするしかないかなぁ。
だけど、体売るの気持ち悪いなぁ。
「あんた、どこの学校に行ってるの? 見た目は小学生でも通りそうだけど実際どうなの?」
あたしの財布を調べ尽くした彼女はあたしに確認を取るが、そもそも、覚えてないし、身分を保証するモノなら何かしら健康保険証くらい入っていそうなものだけれど。
そう言うと、あたしの財布を投げて寄越し、
「そんなもの、その中にはなかったわよ。名無しのごんべえさん」
「ちょっと、投げないでくださいよ。お気に入りなのに」
あたしの抗議にもどこ吹く風で肩をすくめるクソ女は、ひょっとして、あいつ……とぶつぶつ呟いた後、
「まあ、いいわ。監視するのにもちょうどいいし、あんた、私の家においてあげる」
は? なんで? なんで、あたし、殺人女と一緒に暮らなきゃいけない訳? しかも、隠すこともなく監視とか言っちゃたよ、この人。
「結構です。間に合ってます。それじゃあ――」
「そんな所持金じゃあ、カプセルホテルにすら泊まれないわよ。それとも、神待ちでもしてみる? 確かにあんたみたいな体形の娘が好みの変態もいるでしょうね。精々、避妊と病気に気をつけなさい」
「厄介になります。お姉さん!」
ここまで煽られちゃうとこんなヤバめのお姉さんのところが天国のように思えてきた。
少なくとも、散々っぱら犯された挙句に捨てられる、なんてことはないでしょうし。
それなら、この女に殺された方がマシだった。
それじゃあ、決まりね、と微笑んだ後、
「私は霧島華恋。あんたはそうね、今日から霧島メアリって名乗りなさい。私の妹ってことでよろしく」
勝手に変な設定と名前を付けられてしまいました。
こうして、あたしは新たな住処と霧島メアリ(仮)という名前を手に入れたのだった。
☆ ☆ ☆
そうして、新しいお家にやって来ました。
そこそこ立派なタワーマンションが立ち並ぶ区画の一棟にこれからあたしが厄介になるお部屋があるそうです。
やっべ、金持ちジャン。
いいとこに通ってるお嬢様はやっぱり家柄もいいようで。
オートロックに指紋認証。
防犯設備もバッチリです。
「私と一緒じゃなきゃ家に帰れないから気をつけなさい」
……うん、多分、半分監禁状態かな、これは。
あたしが勝手に出歩かないように牽制している訳だ。
まあ、しょうがない。
華恋さんのとこにお世話になる名目も監視だしね。
そうして、我らが住処となる部屋の前に到着。
再び、指紋認証の後、ガチャと音を発し解錠されたことを報せてくれる。
じゃあ、上がって、という華恋さん。
「いいんですか? ご両親に一言いわなくても」
流石に他人の家にこれからお世話になるのに図々しく上がれない。
「いいのよ。両親ともに死んじゃったし、一緒に暮らすべきクソバカ兄貴は訳あって別に暮らしているから。ここの主は私なの」
さあ、さっさと上がる、とあたしに上がるように促す。
じゃあ、遠慮なく。
そして、扉を抜けるとそこはとんでもない汚部屋だった。
え? なにこれ? ごみが散乱してはいないけれど、とにかく、物で溢れている。
文字通り、足も踏み場もなかった。
呆然とするあたしの肩に手を置く華恋さん。
「これから、よろしくね。掃除係さん」
ええ、マジか。