昼食/断絶/忘却
という訳で、今度はマクドナルドにやって来ました。
あたしは照り焼きマックのセットを彼女はホットコーヒーをそれぞれ注文してテーブル席にて対峙している。
「で、あんたの要望に応えてあげたんだからちゃんと話なさいよ」
早速、ごはんに有り付こうというのに急かされる可哀そうな私。
ふう、と溜息を一つ。
本当になんでもないことなんですよぉ、と前置きをして、
「あのよく見るとちょっとカッコいいお兄さんとはそんなにお話できなかったんですよねぇ。いっぱい訊きたいことがあったのに逆にぃ、昨日どこまで見たのかって訊かれた後にさっさと帰っちゃってぇ。最後には、平穏な日常を送っていたいならこれ以上関わるなってぇ。
ていうか、あの催眠術みたいなのなんですかぁ。あたし、気になりますぅ」
ポテトをパクつきながら話す。
彼女はあたしに軽蔑と思しき視線を寄越すと、
「まあ、だいたいわかったわ。それは、措くとしてまず、食べながら喋るな。そして、その媚びた口調をやめろ。吐き気がする。ついでに最後のあれはお嬢様がやって受けるやつだからあんたみたいなちんちくりんがやっても様にならないのよ。マジで止めなさい」
チョイヒス気味に捲し立てる。
反応が面白い。
ちょっと、煽って遊んでやろうかな、と思うもこの女包丁持っているんだったなと思い出した瞬間にサっと血の気が引いたので、止めておくことにした。
でも――
「わかりました。じゃあ、ここまで、付き合った報酬として、あの催眠術みたいなのの種明かしをしてくれてもいいんじゃないないですか?」
そう、あれは確かに異常だった。
どこかの裸エプロン先輩じゃないけれど、あたしの中で本当に昨日のことが『なかったこと』にされていた。
異常。超常。あるいは、奇跡。
そんなものを身をもって経験してしまった以上、傍観者としては黙っていられない。
絶対に訊き出してやる、と彼女をさらに問い詰めようと――
「――――――!」
息を、呑む。
あたしの目前には彼女の顔。
一切の光が宿っていない虚ろな双眸が睨むわけでもなくあたしを見つめている。
首筋には包丁――ではなく、首筋に手を当てられているだけだったけれど、そう幻視してしまうほどの圧倒的な殺気を放っていた。
首元に埃がついているじゃない、なんて、白々しいことを言いつつ、
「私ね、自分の使命を果たすためならどんな手段だって使えるの。正義の味方なのよ。だから、これ以上余計なことに首をつっこまないで。じゃないと、私――」
わかるでしょ、と耳元で囁き妖艶に微笑んだ。
恐怖。
この瞬間、あたしの好奇心は惨殺された。
この女は本当になんの躊躇いもなくあたしを殺すだろう。
この一瞬でそれを強制的に理解させられた。
ふう、と一呼吸。
「わかりました。これ以上のことは一切聞きません。それじゃあ、あたしはこの辺で――」
「待ちなさいよ。せっかく、友達になったんだから連絡先と名前くらい教えなさい。あと、住所もね」
こいつ、あたしを監視するつもりか?
とんでもない。
けれど、断るという選択肢はこの女に対しては絶対にとってはいけない選択肢だろう。
本当は絶対に教えたくなかったけれど、しょうがない。
「あたしの名前は――」
あたしの名前――
あたしの名前――
――あたしの名前?
あれ?
「あたしって誰だっけ?」