再会/蘇生/警告
あの名前も知らない誰かの命が終わった夜を経て今日という朝を無事迎えたあたしはシャワーを浴びてそそくさと出かける支度を整え住処を出ようとしたところで、今日は何の用事もなかったと思い出すもそのまま出かけることにした。
さて、どこにいこうかと考えて昨日の彼女の学校に行ってみるのも面白いかもなんて考えながら大通りに出る。
刹那――
動悸。心拍数の急激な上昇を自覚。これは、夢か、問うも返答なし。まあ、当然。だってあたししかいないんだし。
あれは、夢か、幻か。昨日の出来事に対してとったあたしの行動で無意識にあたし自身が罪悪感を抱いていたのか?
あたしのいる道路の反対側に彼がいた。
そう、昨日誰とも知れない女の子に滅多刺しにされてこの世を去ったはずの男の子が昨日と同じ格好――血で汚れていない真っ白なTシャツにジーパンという相変わらず無難で無個性なファッション――で一人歩いているところだった。
生きていた?
そんなわけはない。あれだけの血を流して生きている人間などそれこそフィクションにしか存在しない、存在しちゃいけない生き物だ。
幽霊?
そんなわけない。
いままで、見えなかったモノがいきなり見えるようになるほどの都合のいい人生ではなかったはずだ。
どうしよう。見なかったことにしてどこかに行ってしまおうか。
それとも――
あたしは、気が付くと走り出していた。
不運なことに横断歩道は存在しないが、不幸中の幸いで陸橋を発見し一段飛びで駆け上る。
どうも、あたしは傍観者という性に抗えないようで、最早、彼に接触することはあたしのなかで確定事項となっていた。
走る。走る。走る。
何としてでも、彼に追いつかなければならない。そして、そして? そして、どうするのだろうか、あたしは?
余計な思考を振り払い階段を飛び降り、無事着地。
彼は? あれ? 見失った?
「なあ、勘違いだったら悪いんだけどさ、あんた、俺になんか用?」
声のする方を向くといた。
すごい訝しげな視線をあたしに投げてよこす。
あたしは呼吸を整える意味でも少し深呼吸した後、
「ええ。昨日の夜の公園での出来事の詳細をインタビューしたくて」
そんなあたしの言葉にとても辟易した表情を浮かべると、
「ついてきな」
短く呟きそそくさとどこかに行ってしまう背中をあたしは慌てて追いかけた。
☆ ☆ ☆
「それで、あんた昨日のあれをどこまで見ていたんだよ」
近くにあったジョイフルに入りあたしはホットコーヒーを彼は洋風ツインハンバーグの和食セットというとんでもなく食い合わせの悪そうなものを注文していた。
ごはんと漬物とみそ汁の組み合わせにハンバーグとはとんでもない黒船襲来だった。
余計な思考は脇に置いてあたしは率直に答えることにする。
「あなたが彼女さんに痴話喧嘩の果てに押し倒されて滅多刺しにされてたところまでですよ」
彼は頭を掻きむしり、殆ど全部じゃねえか、と呟くと、
「何が目的だ、まさか新手の能力者か」
彼の非日常的な発言にあたしは笑い出してしまう。
なに? そのラノベ的な発想。中二病すぎてお腹がねじ切れそう。
「なあ、実はあんた、俺を馬鹿にしにきたんだろう」
相当イラついた声音。
あたしは笑いながら、そんなことないですよぅ、と気持ちばかりの弁解を試みるけれど全然うまくいっている気がしない。
だって、やばすぎるでしょ。
なに? 新手の能力者って。これで、笑わない奴の気が知れない。
「あほらしくなってきたから帰るわ」
いつの間にか洋風ツインハンバーグ和食セットが彼の前から消えていて実際に席を立ってしまう彼。
あたしは慌てて、
「ちょっと、待ってくださいよぅ。まだ何にも話を聞いて――」
「好奇心は猫を殺すって諺を知っておいた方がいいだろうな、あんたは。平穏な生活をこのまま続けていたいならもう俺に関わるな。
『そもそも、あんたは夜公園に立ち寄らなかったし、俺が死ぬところを見たりなんかしていなかった。
――因果変換式 ラプラス』
じゃあな」
☆ ☆ ☆
あれ、あたしはなんでこんなところでホットコーヒーなんか飲んでいるんだろう?
傍らには伝票と一万円札が無造作に置いてあってあたしは慌ててそれを回収する。
無意識とはいえ、あたしはなんて不用意なことをしていたのだろう。
一緒においてあった伝票に目を通す。
え? 洋風ツインハンバーグの和食セット?
そんなデタラメなものを食べていたのか、あたしは?
「帰る」
あたしは一人宣言すると一万円で会計をしてジョイフルを出た。