95.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか21
「……っ!……体術や剣術に費やす時間が、減る」
「その通り。ちゃんと分かってんじゃねぇか」
見開いた目を泳がせるクレハを嘲笑うように、ユウタロウは不敵に破顔一笑した。
「他の操志者がせっせとジル術を鍛えている間、お前は剣術や体術の修行に集中することが出来る。操志者は確かに色んなことが出来て便利ではあるが、戦闘においては器用貧乏になりやすい立場でもあるんだ。それに対してお前は、剣術体術を他の連中より極めることが出来る。そこに勝機があるんだよ」
「……」
ユウタロウとクレハの純粋な身体能力に大した差が無かったのは、両者が日々行っている修行の種類数が異なっているから。
操志者は通常の鍛錬に加えて、ジルを操る術を磨く必要がある。逆に言えばそれは、ユウタロウが操志者として訓練している間、彼は剣術や体術の修行が出来ないということなのだ。
「まぁ操志者の攻撃には、回避が難しいものも多いからな。俺らが教えられるのは、その回避方法ってとこか?」
「……俺でも、操志者相手に、渡り合えるのか?」
「当たり前だろ?てめぇは操志者だらけの一族の中でも、めげずに鍛錬を続けてきた。それこそ、血の滲むような努力をな。それぐらい、剣を交えば誰にだって分かる。
何でもそうだが、へこたれずに何かを極めた奴っていうのは、最強なんだぜ?」
「っ!」
勝ち誇ったような清々しい笑顔を向けられたクレハは思わず、ユウタロウに目を奪われた。暗然とした暗闇の中、一筋の光を見つけ出したように瞳を輝かせると、クレハは呆けた面を晒してしまう。
「お前は強い。これからもっと強くなれる。この俺様が気に入った奴なんだからな」
刹那、クレハの目に映るユウタロウの姿が一変した。クレハの周囲に温かく、それでいて激流のような風が吹き、世界がガラリと変わった様な感覚に、彼は夢見心地になる。
ここまで自分のことを真っすぐ見据えてくれる人を、クレハは知らない。
操志者では無い自分を、こんな風に認め、評価し、鼓舞してくれる人を、クレハは知らない。
クレハの目の前に泰然自若と佇むユウタロウが、彼にはまるで神様のように見えて、それ以上見ていられなくて。クレハはかぁっと熱くなる頬を誤魔化すように、深く俯いてしまう。
そしてこれこそが、クレハの運命が百八十度変わった瞬間であった。
「っ……。あ……あなたの指導を受ければ、もっと……もっと、強くなれますか?」
((あなた??))
先刻とは明らかに打って変わったクレハの態度に、ユウタロウたちは思わず目を点にしてしまう。クレハは恥ずかしそうに俯きながらモジモジとしており、地に足がついていないのは明らかであった。
話しかけた当初、今にも噛みつかん勢いで毒を吐き、鋭い眼光に殺気を乗せてきた小生意気な少年の姿はどこにも無く、ユウタロウたちは同一人物かと疑ってしまう。
「お前急にどうした?何か様子が……」
「おーい!ユウタロウ!」
「「?」」
クレハの異変について尋ねようとするユウタロウだったが、彼の声は遠くからの呼び声によってかき消された。
思わず三人が怪訝そうに振り向くと、そこには声の主――セッコウ、ササノに加え、見知らぬ少年が一人、彼らの元に向かっており、ユウタロウは増々首を傾げてしまう。
「何だよセッコウ、藪から棒に」
「コイツ何とかしてくれよ。弱すぎるし根性がねぇ。俺の手に余る」
「はぁ?お前が選んだガキなら最後までお前が責任取れよ」
顔を顰め、呆れた様な声を上げたユウタロウだが、セッコウにそこまで言わせる少年に興味を抱き、視線を移した。
うっかりすると踏み潰してしまいそうな程小さな背丈は、一年の中でも悪目立ちするほど。ちょこんという効果音がこんなにも似合う子供もそうそういないだろう。真っ赤な髪を短く切り揃えており、まん丸の頭がとても愛らしい。たんぽぽ色の瞳もクリっと大きく、髪が長ければ少女と見間違えてしまうほどだ。
連れられてきたその少年は、セッコウからの評価にショックを受けているのか、今にも泣き出しそうな表情だった。
「うぅっ……」
「お前年下苛めんなよ」
「苛めてねーよ」
「い、苛めてたよ?セッコウ兄」
「ササノてめっ、裏切ってんじゃねぇよ」
セッコウは自分に厳しく、他人には更に厳しい人間(ササノには少し甘い)なので、見るからに小心者そうなスザク相手だと、その特性がいかんなく発揮されてしまったようだ。
あくまでも無実を主張するセッコウは、告発したササノに敵意剥き出しの恨めしげな視線を向けた。一方ハヤテは、その台詞を吐いている時点で、スザクを苛めていたことを認めているのでは?と、心の中で指摘してしまう。
「はぁ。じゃあこうしよう。ハヤテとササノはそこの……あぁ、そこの赤髪のガキ。名前は?」
「ひっく……す、スザクです……」
涙を手の甲で拭いながら、少年――スザクは自己紹介をした。
「スザクは今言った二人に指導してもらえ。そこの暴君とは比べるのも烏滸がましいほど優しいから安心しろ」
「は、はい……」
「はぁ……俺はひよっこを甘やかすのは反対なんだが」
ため息をつくと、どこか不服そうな表情でセッコウは苦言を呈した。セッコウは、軟弱な人間に程厳しい指導を課すべきだと考えているので、ユウタロウの判断を即座に受け入れることが出来なかったのだ。
「甘やかすわけねぇだろ。ハヤテは軟弱な奴には厳しいからな。それに相性ってもんがあるだろうが」
「でもよぉ」
「安心しろ。ここにお前の鬼指導にも耐えられそうな見込みのある奴がいっから」
「見込みが、ある……」
ユウタロウは悪戯っぽい笑みを浮かべると、未だどこか呆けた様子のクレハを紹介した。ユウタロウが何気なく発した〝見込みがある〟という評価に反応したのはセッコウでは無く、不意に顔を上げたクレハである。
クレハは熱に浮かされた様な揺蕩う表情でユウタロウを見つめており、セッコウは思わず胡乱げな眼差しを向けた。
「コイツ本当に大丈夫か?」
「……お前さっきまでの威勢はどうしたんだよ?具合でも悪いのか?」
「……っ!あ、いえ……だ、大丈夫……だ」
「……ならいいけどよ」
クレハの返答は明らかにしどろもどろとしており、ユウタロウは妙な胸騒ぎを覚えたが、それ以上の追及はせずに本格的な指導を開始させた。
ユウタロウ、セッコウの二人はクレハの指導を。一方スザクの指導は、ハヤテ、ササノに加えて、ライトの三人が受け持つことになった。
********
それから約二時間。彼らは休むことなく修行を続け、指導が終わる頃には疲労で一歩も動けない程消耗しきっていた。
木陰にしゃがみ込み、物凄い勢いで水分補給をしている二人をユウタロウたちが見守っていると、庭園の真ん中に佇む重鎮が声を張り上げて、子供たちに伝令を出した。
「これから三十分程休憩時間を設ける。まだ鍛錬を続けたい者は自主練をしてもよいが、一年から三年には休憩の後、一対一の模擬戦を行ってもらう為、体力は温存するよう努めなさい」
「「……」」
重鎮からの伝令を聞くと、ユウタロウたちは無言で顔を見合わせた。ユウタロウ、セッコウ、クレハの三人はどこか当惑したような表情であったが、ハヤテたちは逆に、何故三人が困惑しているのか理解できず、キョトンと首を傾げた。
「……模擬戦?聞いてねぇぞ」
「お前が聞いてないのが悪い」
「えっ!?んなこと言ってたか?」
呆れたようにハヤテが苦言を呈すると、ユウタロウは声を荒げて愕然とした。その隣では、セッコウも同じように目を見開いており、ハヤテは内心「コイツらが同族嫌悪の代表格だな……」と、辟易としていた。
「訓練前にちゃんと知らせてくれていたぞ。ユウタロウとセッコウは聞いて無いだろうなとは思っていたが……。案の定だったな」
「んだよ……。クレハは知ってたか?」
「あ、はい……」
話を振られたクレハの表情には翳りが見え、彼の不安がユウタロウたちにも犇々と伝染してきてしまう。ユウタロウに実力を認められたからと言って、やはり操志者の同級生と競い合うことには憂慮が残っているらしい。
何せ相手は、普段からクレハを嘲り、ありとあらゆる嫌がらせと罵詈雑言で彼を傷つける同級生なのだから。
クレハの心情を察したユウタロウは、不意に手を伸ばすと、胡乱な手つきで彼の頭を撫でる。
「っ……!」
「この俺様直々に指導してやったんだ。俺を信じろ。大体、お前の実力にも気づけねぇで甚振るようなクズに、お前が負ける訳ねぇだろうが」
「っ……。っ……」
頭上から精悍な言葉を降り注がれたクレハは内心欣喜雀躍していたが、口をパクパクとさせるばかりで、彼の心の中で嵐のように渦巻いている感情の欠片も表現できていない。
何とかこの感謝の思いを伝えようとするクレハだが、胸の中に渦巻く熱風のような物がせり上がり、それに促されるように口が開くばかり。顔もどんどん紅潮していき、クレハはとうとう膝から崩れ落ちてしまう。
「っ!?おいっ、大丈夫か?」
「…………勝つ」
「あ?」
ユウタロウがクレハの身体を支えると、深く俯いたまま彼はボソッと呟いた。思わずユウタロウが怪訝そうに尋ねると、クレハは己の力で立ち上がり、精悍な眼差しで彼を見据える。
「絶対に勝ちます。見ていてください」
「お、おう……。ってか、敬語きめぇからやめろ」
「しょ、承知したっ」
何が彼のやる気に火をつけたのか全く理解できていないユウタロウは、当惑気味にそんな要求をした。以前同じことをライトにも要求したが、底意地の悪い彼とクレハの反応は雲泥の差である。
気を引き締めると、クレハは同級生との模擬戦に備えるのだった。
********
模擬戦が始まってから三十分ほど経過した頃、クレハの番は早々に回ってきた。クレハの対戦相手は同い年の少年で、普段からクレハを苛めている連中の一人だった。
今回の模擬戦は相手が戦闘不能に陥るか、降参するかで勝敗が決まり、庭園の中に留まっていればどんな戦闘方法を用いても良いことになっている。
クレハと対戦相手は三メートル程距離を取った状態で向かい合っており、その間に監督役の重鎮が佇んでいる。
「よかったなぁ、クレハぁ……お前みたいな出来損ないでも指導してくれる先輩がいて」
「……」
ニタニタと、虫唾が走るような笑みを浮かべる対戦相手を、クレハは酷く落ち着いているような。いや寧ろ、酷く冷めた眼差しで捉えていた。
「でもお前みたいな能無しを指導するなんてどんな物好き……」
言いかけて、不意に視線を移した対戦相手の瞳に映ったのは、模擬戦の行く末を見つめているユウタロウの姿。刹那、対戦相手の少年は面白い玩具を見つけた様に顔を歪ませる。
「あぁっ!そうかっ……お前の指導者って、重鎮の方々が問題児扱いしてるクズだろっ?」
「っ……は?」
その瞬間、クレハの纏う空気が一変した。低く唸るようなその声には、全身が粟立つような殺気が込められており、傍にいた重鎮は思わず戦慄くが、当の対戦相手は気づけていないのか、続けざまに発言する。
「精霊術師なのに勇者一族の人間として自覚がないだとか、才能を無駄遣いしてるとか……つるんでる連中には忌み色持ちや役立たずもいるって話じゃん。あはっ!お前にピッタリの相手だなっ」
「……」
「なんだよ?正論過ぎてぐうの音も出ないのか?ほんっとにお前って」
「もういい」
「あ?」
向かい合って初めて、真面な言葉を発したクレハは深く俯いており、対戦相手にその表情を窺い知ることは出来ない。少年に分かったのは、本来弱い立場にいるはずのクレハが、強者であるはずの自分自身に反論したということだけ。
思わず、棘を帯びた声で尋ね返すが、クレハはそれを遥かに凌駕する棘を突き刺してくる。
「聞こえなかったのか……世界のゴミが」
「は?」
「もういいと言ったんだ。……お前はもういい。いらない。俺の世界に……。
世界のゴミは、俺がきれいに掃除してやる」
絶対零度の、酷く冷めた眼光だった。表情には出ないが、クレハは確実に憤慨しており、居丈高なオーラで圧死してしまいそうなほど。鈍い対戦相手もこの威圧感には身体が反応したのか、戦慄く唇に鞭を打って何とか言葉を発した。
「はぁっ!?お前何様なんだよっ」
「静かにしなさい。模擬戦を始めるぞ」
「ちっ……」
重鎮に咎められ、苛立つ感情を抑えきれなかった少年は、軽く舌打ちをするとそのまま抜刀した。クレハも倣うように抜刀すると、模擬戦の幕は切って落とされる。
視界に入るだけで怯んでしまうような。刃のようなクレハの揺るがぬ瞳には、自らが倒すべき敵の姿しか映っていなかった。
「レディバグの改変<W>」のストックが無い中、二日に一話の投稿を続けていましたが、リアルで忙しくなってしまう為、次回以降の更新が不定期になってしまいます。申し訳ございません。
出来るだけこれまで通りの更新頻度になるよう心がけますが、忙しく執筆できない期間があった場合、更新が遅れる可能性があります。その時は察して頂けると幸いです。
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