93.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか19
勇者であるエイトの口添えもあってか、ライトは厳重注意だけで済まされ、彼に助けられた七人の子供たちも訓練量を少し増やされるだけで済んだ。
一方、授業をばっくれてしまったユウタロウたちは、訓練で課せられるノルマが更に過酷なものになった上、訓練に赴く度に重鎮から嫌味を言われる羽目になったが、ハヤテは寧ろこの程度で済んで良かったとさえ思っていた。
『前々から思ってたんだけどよ、俺らの罰として訓練量増やしたら、他の連中と俺らの実力差が今まで以上に広がって、寧ろ俺らの利益になっちまうんじゃねぇか?……じじぃ共、もしかして気づいてないんじゃね?』
ふと気づいたようにユウタロウが呟いたこともあり、今回の件で悲観的になる者は一人たりともいなかった。
それから。ライトはユウタロウたちとよく行動を共にするようになり、その内、ユウタロウ、ハヤテ、ロクヤ、チサト、ライト、セッコウ、ササノを一まとめにして〝ユウタロウ一派〟と呼ばれるようになっていた。
一方で、その呼び名に不満を抱く者も少なからず存在した。それは当然セッコウである。
双子が彼らとつるんでいるのは、偶々意気投合したからであって、双子にはユウタロウの仲間という感覚があまり無い為、セッコウは一括りにされることに不満を覚えていたのだ。だがセッコウにとって最も気に入らないのは、仲間と一括りにされることでは無く、〝ユウタロウ一派〟という名前の方だろう。〝ユウタロウ一派〟という呼び名では、誰がどう見てもユウタロウを頭だと判断するので、自身がユウタロウの僕だと思われることがセッコウには我慢ならなかったのだろう。
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ライトがユウタロウの仲間になってから、三年の年月が過ぎた。ユウタロウ、ハヤテ、セッコウ、ササノは四年生になり、ライトは五年生である。
この三年の間に、とっくにロクヤも修行を開始する年になったのだが、やはり彼は病弱でとても訓練に耐えられる身体では無かった。故にロクヤは真面に訓練を受けることが出来ず、成人するまで――一族を追放されるまでの期間、刻一刻と過ぎていく虚ろな時に身を任せることしか出来ない。
ユウタロウたちはロクヤの価値を何とか大人たちに理解してもらおうと、彼独自の力の件を伝えてみたのだが、重鎮らは真面に取り合ってくれなかった。ロクヤの作った料理を食べた者にのみ効果を発揮する身体能力向上の力など、あまりにも特殊で前例がなく、彼らはユウタロウの話を、仲間可愛さについた嘘だと決めつけたのだ。
ユウタロウたちはロクヤの力を一族に認めさせられなかったこと悔いていたが、当の本人は「追放されたとしても殺される訳では無いし、そんなに気にしないで?」と、逆に彼らを励ましていた。
かくかくしかじかで、彼らの環境は悪化も好転もすることなく、毎日修行三昧のつまらない日常が続いていた。
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この日。新たな子供たちが修行を開始してから、まだ数日しか経っていない春の日。ユウタロウたちは屋敷内の庭園に集っていた。
重鎮の伝令によって集められたのは、一年生から九年生の子供全て。つまり、下は六才から、上は十五歳までの子供が一堂に会しているのだ。
勇者一族の修行は、九年生――十五歳になる年までに全課程を修了することになっている。その後は基本的に、国立操志者育成学園に進学して、更に研鑽を積むことになるので、屋敷での活動はぐんと少なくなる。
つまり、今日この日に集められたのは、今現在勇者一族の修行に励んでいる子供全てということだ。
ピシっと整列している子供たちは、重鎮たちが来るのを待っている状態で、ユウタロウたちは暇を持て余していた。特にユウタロウは、頭上からひらひらと舞い落ちてくる木の葉を吐息で受け止め、その葉を地面に落とさないゲームを勝手にしており、それだけで彼が如何に暇なのかは理解できるだろう。
ふぅーっと、強く息を吹きつけ過ぎたせいで、その葉はあらぬ方向へ飛んでしまい、ユウタロウの一人遊びは呆気なく終わりを告げた。
「あっ……ちっ」
「ユウタロウ……お前は十歳にもなって何を馬鹿なことをしているんだ」
「なぁなぁ。何でこの訓練一年から九年まで全員参加なんだ?」
「少しは俺の苦言を聞いたらどうなんだ」
ため息交じりのハヤテの苦言など完全無視のユウタロウは、今更の疑問を零した。ユウタロウのせいで心労が絶えないハヤテは呆れたように顔を顰めるが、真面目な彼はどうしたって相手の疑問に答えてしまう。
「はぁ……。今回の訓練は、一年から三年の子供たちの為に計画されたものらしい」
「は?なにそれ」
「まぁ要するに、一年から三年のガキ共の出来が悪いから、上級生の俺らが付きっきりで指導する機会を設けたってことっすよ」
怪訝そうに首を傾げたユウタロウの疑問に答えたのはハヤテでは無く、突如後ろから声をかけてきたライトだった。
背後から、自身の顔面の真横で話しかけられ、ユウタロウは思わずビクッと肩を震わせると、顔を背けながら苦々しい相好でライトを睨む。
「お前何でここにいんだよ。五年の列はここじゃねぇぞ」
「えー、いいじゃないっすかぁ。俺がどこにいたって。まだじじぃ共は来てないんですし。今だけは俺も、お頭たちと同級生ってことで」
「はぁ……」
ニコニコと、相変わらず胡散臭い笑みを浮かべるライトだが、その表情にはユウタロウに対する親愛の情が滲んでいた。悪びれる素振りすら見せないライトを前に、ユウタロウは反論する気も失せてしまい、先の話に関する疑問を呈す。
「ってか、そんなに俺らの下の学年よえーの?」
「いやぁ……その……」
「「?」」
何故か突然言い淀み始めたライトを前に、ユウタロウたちはキョトンと首を傾げた。ポリポリと頬を掻きながら、思いきり目を逸らすライトだが、視線を戻すと恐る恐る口を開いた。
「アイツらが弱いっていうか、お頭たちのレベルが高すぎて、じじぃ共がガキに求めるレベルが上がっちまっただけですね、多分」
「「…………」」
「ほら。お頭たち……っていうか主にお頭、一族で問題児扱いされてるじゃないっすか?そんなお頭がこんなに強いんだから、真面な連中はもっと強くて然るべきみたいな謎のプライドがあるのか知らないんすけど、まぁ……じじぃ共が年少組に過度な期待をしちまってるのは事実っすね……」
「「…………」」
ライトの話を聞いた四年生組は、口を半開きにした状態で茫然自失としてしまっている。何故かバックに宇宙を背負っている四人を前に、ライトはどう励ましの言葉をかけていいものかと当惑してしまう。
幸い、数秒で現実へと引き戻されたユウタロウは、眉を落として呟いた。
「なんか、年下に申し訳ないことしちまったな……」
「そうだな……。せめて、今回の訓練で一人でも多く育ててやらないと」
ユウタロウの呟きに対し、ハヤテは最大限の同意を込めて返した。双子たちも激しく首肯し、彼らは妙な罪悪感を原動力に、今回の訓練に挑むのだった。
********
今回の訓練は上級生が下級生の中から指導する相手を選び、必ず下級生全員を誰かが指導する決まりになっている。人数的には明らかに上級生の方が多いので、下級生が余る心配はない。上級生は複数人で一人の下級生を指導しても良いことになっており、下級生にとっては、一対一以上で指導してもらえる滅多にない機会となっていた。
「ユウタロウ。どんな奴を指導するつもりなんだ?」
「そうだな……小生意気なガキを徹底的に叩き潰して、従順な俺の犬にするのもいいかもしれん」
「さっきまでの心意気はどこに消えたんだ」
流石に冗談だと分かってはいるが、この訓練の元凶とも呼べる男の発言とは思えず、ハヤテは思いきり眉を顰めて言った。
ユウタロウたちがめぼしい子供を探していると、彼らの耳に不快な笑い声が届く。
クスクス、クスクス――。
それは、ユウタロウたちにとって、とても聞き馴染みのある嘲笑だった。それは一人や二人のものでは無く、不特定多数の集合体であった。
まるで、五月蠅い羽虫たちが耳元で飛び交っているような。そんな嘲笑を一身に受ける標的を探ると、その存在はすぐに姿を現した。
(アイツ……何であんな所に一人でいんだ?)
ユウタロウの目に留まったのは、庭園の端の端――木陰に佇みながら、獰猛な眼光で周囲に敵意を向けている少年。
藍色の髪はサラリと細く、首の中間辺りまで伸ばしている。前髪はセンターで分けており、色白のおでこが露わになっている。キリっと鋭い吊り目の奥に光る瞳は澄んだ青色で、飲み込まれそうな程の魅力を孕んでいた。
「あの子……苛められているんだろうか?」
「……かもな」
ハヤテもその少年の存在に気づいたのか、どこか不安げな表情で囁いた。ユウタロウは、その少年に対する陰口を叩いている子供たちをジッと観察すると、低く唸るような声で呟く。
『アイツ、やっぱ余ってるぞ』
『当然だろ。アイツ才能ねぇもん』
『アイツを指導する羽目になる先輩可哀想……』
『アイツにいくら指導したって無駄じゃん。だってアイツ……』
「っ……!」
陰口一つ一つに耳を傾けていたユウタロウは、嘲笑うような声で紡がれた事実に一瞬目を見開く。そして同時に、あの少年が同級生たちに揶揄されている原因を、ユウタロウは理解した。
一瞬でその少年に興味を持ったユウタロウは、脇目も振らずに少年の元へ歩み寄る。
「っ?ユウタロウ?」
何の合図も無しにスタスタと歩いて行ったユウタロウに当惑しつつ、ハヤテは彼の背にピッタリとついていく。因みに、双子はユウタロウたちが気を取られているうちにどこかに行ってしまったので、その場にはおらず、ライトの方は遠目から様子を窺っていた。
少年は、突如自身の目の前に現れたユウタロウを見上げると、酷く冷めた凍てつくような睨みを利かせる。
「……」
「お前、こんなとこに突っ立って何してんだ?そんなとこで親の仇見るような眼力飛ばしたところで、誰も気づいてくれねぇぜ?」
「……る」
「あ?なんだって?」
ユウタロウが聞き返すと、少年はピクっと青筋を立てて、その瞳孔に殺気を乗せた。
「殺すぞこのクソ猿」
((口悪っ))
年上に対する礼儀がどうとか、最早それ以前の問題な気がする少年を前に、二人は一瞬呆気に取られてしまう。
「ぶはっ!俺様にそんな口利けるなんて、お前面白えな。名前は?」
「……クレハ」
少年――クレハは、ムスッとした顰め面で渋々答えた。
「クレハか……お前、指導してもらう相手見つかってないんだろう?」
「だったらなんだ。わざわざ笑いに来たのかこの暇人」
「ちげぇって。お前のこと、俺が指導してやろうと思ってな」
「……なんだって?」
ユウタロウの唐突な提案に、クレハは思わず怪訝そうに尋ねた。彼のとって、上級生から指導を持ちかけられるという事態は、あまりにも想定外の出来事だったのだ。
「だから、俺がお前を指導してやるっつってんだよ。ハヤテもいいだろ?」
「あぁ。俺はやる気のある人間であれば誰でも構わない」
「なんのつもりだ?重鎮の方々に言われて来たのか?それとも哀れみか?どちらにしても虫唾が走る」
「ちげぇよ。俺はお前に見込みがあると思ってだな……」
「っ……。見込み?」
刹那、彼の纏う空気が一変する。どこか危うさを孕んだ痛々しいほど冷徹な気迫に、ユウタロウたちは一瞬目を見張る。
絶望。そんな陳腐な言葉では言い表せないような表情で、クレハは自嘲じみた笑みを浮かべる。
「……はっ。もし本気で俺に見込みがあると思ってんなら、アンタ相当な節穴だぞ」
「あ?誰が節穴だって?」
「その様子だと知らないのか?……俺は、そ」
「操志者じゃないって?」
「っ!」
自らの告白を遮られたクレハは、目を見開いて困惑を露わにした。クレハの表情からは「何故知っているんだ」「知っているのにどうしてこんな提案をしてくるんだ」という疑問が犇々と伝わってくる。
「どうして……」
「あ?あのガキどもが話してるのを聞いたからな。お前が、一族には珍しい、ジルを操ることの出来ない人間だってことは最初から分かってる」
「……だったら分かるだろう」
「「っ?」」
心底呆れかえったような、それでいて、低く唸る獣のような声に、二人は思わず首を傾げた。俯くクレハの表情を窺うことは出来ないが、彼は爪が食い込む程掌を握り締めており、震えるその両拳が彼の感情を体現していた。
「操志者では無い人間は問答無用で無能扱いされるのが当然なんだ……なのに、俺に見込みがある?……笑わせるなっ……そんな嘘でっ、そんな薄っぺらいもので俺が喜ぶとでも思っているのかっ?俺を侮辱するのも大概にしろっ!!」
クレハはユウタロウをキッと鋭く睨み据えると、目に涙を滲ませて怒声を上げた。絶叫のような主張を一身に受けたユウタロウは感情の波にのまれ、そのまま僅かの間、茫然自失としてしまうのだった。
この時のクレハ君は、某呼びでも無ければ、長髪でも無いんですよ……。
次は明後日投稿予定です。
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