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レディバグの改変<W>  作者: 乱 江梨
第二章 過去との対峙編
94/117

91.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか17

 死んだ魚の様な目でユウタロウを見上げるライトだが、微かに挙動を見せようとした途端、左上腕の傷がその存在感を主張してくる。



「った……」

「っ!おい大丈夫かっ」



 左腕がズキリと痛み、ライトは思わず顔を顰めてしまう。その時漸くユウタロウは、ライトの左腕の引っ掻き傷に気づき、彼の身を案じた。


 ユウタロウはなんとか手当てしようとするが、彼はまだ治癒術を行使することができない。治癒術は操志者の行使する術の中でも高難度の技で、いくら優れた操志者の卵であるユウタロウと言えど、本格的な修行を始めて数ヶ月の子供が行使できる術ではないのだ。


 ユウタロウがどうしたものかと頭を悩ませていると、彼の後方から複数の足音が聞こえてきた。



「ユウタロウっ、ライトっ。大丈夫かっ?」

「おぉっ!ハヤテ!いい所に」



 駆け足でやって来たのは、ハヤテ、セッコウ、ササノの三人で、ユウタロウは嬉々とした表情を浮かべた。一方のライトは、ユウタロウだけでなくハヤテたちまでもがこの森を訪れている事実に面食らっている。



「お前ら……何で……」

「今朝、ライトの同級生と偶然会ったのだが、その時お前が屋敷を飛び出していったという話を聞いてな。色々と事情を聞いた結果、ライトが訓練でいなくなった同級生を助ける為に飛び出していったんじゃないかという結論になり、こうしてここまでやって来たんだ」

「アイツが……」



 ハヤテの説明を聞くと、ライトは呆然としながらも納得の声を上げた。だが一方で、ライトには承服しかねることもあった。


 ライトが重鎮たちの策略を知るきっかけになった同級生に話を聞いたとしても、彼らは断片的な情報しか知り得なかったはず。確かに彼らはハヤテのこともあり、一族の異常性をよく理解しているので、ライトのように今回の強制訓練について勘付くことは出来ただろう。


 だがそれは、最終的には杞憂に終わるかもしれない、単なる万が一の可能性である。


 ライトは見知った同級生の命がかかっていたので、自らを犠牲にする羽目になったとしても構わないという気概でここまでやって来た。だがユウタロウたちは違う。


 今回の件にユウタロウたちは何の関係も無く、彼らがこんな危険な地に足を踏み入れる必要など皆無なのだ。

 重鎮らの許可なく外出することは、一族の子供にとって罪に等しい行為。重鎮らにこのことが知られてしまえば、ユウタロウたちはただでは済まないだろう。


 そんな危険を冒してまで、ユウタロウたちがここまで来た理由が、ライトには分からなかった。



「お前ら……何でこんな無謀なこと……何かあったらどうするつもりなんだ」

「あ?お前を助ける為に決まってんだろうが」

「っ!……なんで、俺なんかの為に……。俺みたいな奴を助ける為に、取り返しのつかない羽目になったらどうするつもりなんだっ!最悪死ぬかもしれないんだぞっ」

「「……」」



 怪我をしているというのに、物凄い剣幕で怒鳴り込んだライトを前に、ユウタロウたちは口を噤んだ。ライトの叱責が恐ろしかったわけでも、対する反論が思いつかなかったわけでも無い。


 彼らには、ライトが自分自身の存在を卑下するような物言いをする理由が分からず、当惑したのだ。



「お前……」

「っ、ユウタロウ!」

「「っ!」」



 ユウタロウがライトに言葉を掛けようとした刹那、ハヤテは誰よりも早く敵の殺気を感じ取り、逼迫した声でその危機を知らせた。


 ハヤテの声に急かされて後ろを振り向くと、ユウタロウが衝撃波を当てて一時的に気絶していた災害級野獣たちが、彼らに襲い掛からんと激しい足音と共に向かってきていた。



「チサトっ!」

「うんっ」



 三体同時に飛び上がった瞬間、ユウタロウはチサトに合図をして即座に防御を入れる。チサトの生み出すジルによって生成された強度の高い結界が、彼らと災害級野獣を隔てるように出現し、三体とも結界に弾かれて後方へと吹き飛ばされた。



「誰か一人ライトの手当てに回ってくれ!結構出血量があるからなっ」

「はい!はい!ぼ、僕が止血します!」

「ササノ。お前こんな時だけ積極的になんなよ」



 今まで見たことも無いほど食い気味に挙手したササノは、ユウタロウの頼みを逸早く引き受けた。もちろんライトの為ではあるが、もう半分の理由である〝戦いに参加したくないから〟というササノらしい本音は彼らに丸見えで、セッコウは思わず彼にジト目を向けてしまう。


 ライトの手当てをしつつ、彼の護衛をする役回りが決まったところで、災害級野獣三体を討伐することになった三人は、帯刀している剣を抜きつつ、軽く身体を解すように脚を動かした。



「ほんじゃまぁ、俺ら三人でコイツらぶちのめすか……あ、俺が二体相手してやろうか?」

「あ?ふざけんなよ。俺一人で三体相手したって余裕なんだよ」



 余裕綽々としたユウタロウが揶揄うように尋ねると、セッコウは眉間に皺を寄せてそう息巻いた。一方、ユウタロウに煽られた自覚すら無いハヤテは、そんな二人に呆れ混じりの視線を向ける。



「はぁ……一人一体ずつ相手すればいいだろう。この状況で良くお前らは喧嘩が出来るな」

「ハヤテお前大丈夫か?一人で災害級野獣相手に」



 ハヤテは優れた戦士の卵ではあるが、ジルを無尽蔵に使用できるわけでは無い。精霊術師のユウタロウや、亜人であるセッコウのように、生み出したジルを使用するのと、空気中のジルを集めてそれを使用するのとでは、効率があまりにも違うのだ。

 ジルというエネルギーを自由に使用できるか、否か。例え技術に富んだ操志者であろうとも、エネルギー源であるジルが十分に補給できなければ、技術的に格下の相手にも負けてしまうことは大いにあり得る。


 故にユウタロウは心配そうに尋ねたのだが、ハヤテは泰然自若とした態度でツンと撥ね退ける。



「無論だ。あまり俺を舐めるな」

「へぇ?言うようになったじゃねぇか。じゃ、一体は任せるぞ」

「あぁ」



 ユウタロウがニヤリと破顔する一方で、ハヤテは冷静に目を伏せて簡潔に返した。


 彼らは一斉に剣を構えると、結界に弾かれた先でのそりと立ち上がっている災害級野獣めがけ、一直線に駆け出す。ユウタロウは身体強化術で脚力を上げると、目にも止まらぬ速さで右側の災害級野獣の懐に飛び込み、炎を纏わせた剣を振り上げた。


 ブシャ、ボトッ……。

 炎の剣が切り裂いたのは、災害級野獣の右腕。切断面からは濁った色の血液が大量に吹き出し、炎は傷口から胸へと渡っていき、災害級野獣は身を焼かれる苦痛に咆哮を上げる。



『があああああああああああああああああああっっ!!』



 痛みに藻掻き、激しく暴れ出すと、攻撃に正確性が失われていき、ユウタロウは災害級野獣の反撃をスルリと躱していく。素早い足捌きで災害級野獣の背まで回ると、下から突き上げるように剣で貫いた。


 そしてその瞬間――。



「チサトっ!ありったけ寄こせ!」

「うんっ!」



 今込められる最大級のジルを、チサトから契約の指輪を通して受け取ると、指輪に嵌めこまれた石が淡く光る。ユウタロウは災害級野獣の身体を貫く剣を媒介にして、ジル全てを体内へと送り込むと、送りきった瞬間に衝撃波へと変換した。


 刹那――。

 バンっ!!と激しい衝撃音と共に、災害級野獣の身体が内側から爆散した。ベチャ……と、返り血や臓物が周囲に飛び散り、ユウタロウは思わず顔を顰めてしまう。細切れになるあまり、はっきりと認識できる災害級野獣のパーツは足だけになっていた。


 一方、地面に飛び散る大量の血など気にも留めていないセッコウも、災害級野獣をかなり追い詰めていた。


 セッコウが戦っている災害級野獣は、身体のあちこちに深い切り傷を負っており、既に満身創痍である。


 だが、最後の力を振り絞ると、災害級野獣は自らが生み出したジルを炎に変換し、それをセッコウに向けて放つ。だが、燃え盛る炎は逆に視界を遮る隔たりとなってしまい、災害級野獣はセッコウを見失ってしまった。


 その間、セッコウは結界で自らの身を守りながら、すぐ傍の木の幹へと飛び、片足をふっと一瞬だけ乗せると、その幹をバネにして、辺りを見回す災害級野獣の元へと一直線に向かって行った。


 バネの幹から足を離した瞬間、もう片方の脚で蹴りの体勢に入ると、セッコウは災害級野獣の首目がけて、鋭い回し蹴りをかました。セッコウ自身が生み出したジルによって威力を何倍にも引き上げた、刃物以上の殺傷力を持つ蹴りを。


 ビュンっ!と、空を切り裂く音が鳴ったかと思うと、既に災害級野獣の首は落ち、身体は力なく倒れていた。


 災害級野獣が倒れると同時にセッコウは着地するが、蹴りを繰り出した左脚をプラプラと動かすと、何かに気づいて茫然自失と硬直してしまう。



「やべ……足の骨逝ったかも……」



 顔中に冷や汗を流しながら呟いたセッコウのかき消えそうな声など、当然誰の耳にも届いていない。

 あれだけ威力のある蹴りだ。当然、攻撃した側にもそれなりの反動が来てしまう。それを全く考慮に入れていなかったセッコウは、足に何の防御もせずに蹴りを繰り出してしまったのだ。


 セッコウの足首は見るも耐え難い程赤黒く変色しており、徐々に徐々に彼は痛みを自覚してきてしまう。一方、痛みで硬直してしまっているセッコウを遠目で見つめているササノは、怪訝そうに首を傾げていた。



「セッコウ兄……何で固まってるんだろう……?」

「つっ……いったいな……」

「あぁっ、すいませんっ!」



 セッコウに視線を釘付けにしながら包帯をギュッと縛ると、ライトの口から思わず苦悶の声が漏れ、ササノは酷く慌てた様子で陳謝した。



「いや。止血の為なんだ。強く縛らないと意味がねぇ。……」

「?……どうかしました?」



 何か気掛かりなことがあるのか、ライトは物憂げな表情を浮かべた。思わずササノはキョトンと首を傾げるが、ライトは誤魔化すように話題を切り替える。



「……いや。……そういえば、俺の同級生に会わなかったか?七人ぐらいの……」

「あ、はい。ここに来た時、結界を壊そうとしていたので、セッコウ兄たちが手伝ってあげたんです。あの人たちが森を出た後、結界はちゃんと塞いでおきました」

「そうか……アイツらの尻拭いまでありがとうな」

「いえっ、ぼ、僕は何もしていないので……」

「包帯巻きながら言う台詞じゃないな」



 ササノは現在進行形で怪我の応急手当をしてくれているので、ライトは苦笑いを浮かべて言った。


 ユウタロウ、セッコウが災害級野獣を討伐する中、自由にジルを使うことの出来ないハヤテは、中々の苦戦を強いられていた。


 災害級野獣の身体には細かい切り傷がついているが、どれも致命傷には至っていない。ハヤテの頬や上腕には、災害級野獣の爪が掠めてしまった際の切り傷がスーッと残り、雫のような鮮血が流れていた。



「はぁっ、はぁっ……」



 一定の距離を置き、呼吸を整えていると、災害級野獣は連撃を繰り出してくる。右腕と左腕を交互に振り下ろすことで、絶えず攻撃を仕掛けてくる災害級野獣に対し、ハヤテは全ての攻めを素早い剣撃で躱していく。


 上から振り下ろされる左腕を向かって右側に流し、刹那の内に降り注いでくる右腕を同じ右側に掃う。災害級野獣の右腕を力強く左腕にぶつけることで、ハヤテは敵に僅かな隙を作ると、その一瞬で一歩後退り、そのまま高く跳躍した。


 災害級野獣が狼狽えながら見上げると、そこには両手で力強く柄を掴み、切っ先を下に向けた状態で剣を高く振り上げるハヤテの姿が鮮烈に映った。咄嗟に災害級野獣は毒性のある唾をハヤテに向かって吐くが、その刹那、何故かハヤテは不敵に微笑する。


 ハヤテはこうなることを予期しており、戦いが始まった瞬間から空気中のジルを集め続け、それに一切手を出していなかったのだ。十分に集まったジルを爆風に変換し、切っ先から放つと、災害級野獣の唾液はそのまま本人へと返っていき、災害級野獣は視界を一瞬封じられる。



「はぁっ……!」



 その一瞬の隙をついて勢いよく剣を振り下ろすと、刃は災害級野獣の心臓を貫き、敵はそのまま後ろ向きに倒れていった。災害級野獣の腹を踏み台にして着地したハヤテは、心臓を貫く刃の向きをぐるっと半回転させると、一瞬の躊躇いも無しに頭に向かって振り上げた。


 ズパッ……と、心臓から頭まで一直線に斬り裂かれた災害級野獣は、パタリと動かなくなり、段々と冷たい無機質へとなり下がっていく。


 はぁっ、はぁっ、と。ハヤテはゆっくりと呼吸を整えると、剣を素早く払って血振りをした。バシャっと、地面に濁った血液が飛び散る中、ハヤテは剣をスッと鞘に納める。



「やるじゃん。ハヤテ」



 二カッと破顔すると、ユウタロウはハヤテの実力を称賛した。内心、社交辞令を知らないユウタロウからの賛辞を嬉しく思うハヤテではあったが、彼の性格上素直に喜ぶのは憚れ、ほんの少し頬を染めるだけに止めた。



「……当然だ。俺は、お前らと一緒に強くなるんだからな」



 そしてハヤテは悠然と微笑むと、挑発的な匂いの入り混じる声で、随分と愉しげに言い放つのだった。


 次は明後日投稿予定です。


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