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レディバグの改変<W>  作者: 乱 江梨
第二章 過去との対峙編
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88.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか14

 ユウタロウの背に庇われていたロクヤは、ヒョイと後ろからライトを覗き込むと、恐る恐る尋ねた。



「ねぇねぇ……ユウタロウくん。もしかして、この人がライトさん?」

「おう」

「へぇ。知らない子がいる。それに、結構年下っぽいね?誰かの弟?」



 ライトは興味津々そうに顔を近づけると、ロクヤを見つめながら尋ねた。思わずロクヤは面食らうが、おずおずと自己紹介を始める。



「えっと。ロクヤです。僕は、その……」



 ロクヤは、自分のことを何と説明したものかと頭を悩ませた。ユウタロウやハヤテたちに可愛がられているロクヤではあるが、血の繋がりがあるわけでは無い。修行を共にする仲間でも無ければ、友人という訳でも無い。


 ユウタロウたちが情けをかけているからこそ、親しくしてもらっているというのがロクヤの認識なのだ。


 だが――。



「俺らの弟みてぇなもんだ」

「っ……!」



 ユウタロウが何でもないように断言した瞬間、ロクヤはきらりと輝く目を見開いた。ユウタロウがロクヤのことをどう思っているのか。改めて尋ねたことは無く、初めて耳にしたその本音は、ロクヤの胸にストンと落ち、じわっと暖かく溶けていった。


 一方、彼らの関係性に詳しくないライトにとって、その答えは不明瞭なものだったのか、どこか物言いたげな声を漏らす。



「ふーん」

「ってか、アンタ。結局何で俺との模擬戦で手ぇ抜いたんだよ」

「……」

「ここには小うるさいじじぃ共はいねぇ。本音を言ったところで、睨んでくる輩もいねぇ。だんまり決め込むのは、大人げねぇと思うけど」

「いや、俺まだ八歳児なんだけど……。まぁ、お前らになら話しても大丈夫だろうな」



 大人げないという罵詈雑言を受けられる程、ユウタロウとライトの間に年齢差は無い。だが、そんな不満を零す前に、ライトは諦め交じりにため息をつくと、事の経緯を彼らに話し始めた。


 ********


「――とまぁ、俺は親父の指示に逆らうことにしたってわけさ」



 経緯を語り終えると、ライトは湯船の浅い所に腰を掛けた。一方、ライトが現勇者の実の息子であることを知ったハヤテたちは、呆けたように目を丸くしている。



「勇者の息子だったのか……道理でどこかで聞いた名だと思った」

「俺はこんな電球みたいな名前の奴知らんぞ」

「お前は他人に興味が無さすぎるから例外だ」



 腑に落ちたような表情で呟くハヤテとは対照的に、ユウタロウは眉間に皺を寄せて首を傾げていた。相変わらず、興味のないことに関してはとことん無知なユウタロウに、ハヤテはため息交じりの苦言を呈してしまう。



「アンタの話をまとめると、俺なら勇者になっても問題ねぇと思ったから、父親の指示に逆らって、あの時手を抜いたってことか?」

「手を抜いたつもりは本当に無いけどな。あのまま戦っても勝ち目無いと思ったし、それならさっさと終わらせてもいいかなって、気を抜いただけだよ」

「……はぁ」

「……?」



 ライトの主張を再確認したユウタロウは、どこか落胆したような表情でため息をついた。一体何に対する失望なのか?と、ライトが首を傾げてしまう程度に、その態度は唐突なものであった。


 この疑問を解消するべきか、否か。ライトが懊悩していると、ユウタロウは不意に立ち上がる。湯の雫がユウタロウの身体から滴り落ち、水面に波紋を広げたかと思うと、彼はぶっきら棒に言い放った。



「のぼせるから俺はもうあがる」

「え、早くない?」

「ユウタロウは暑がりだからな」



 ユウタロウはのぼせる程入浴していないので、ライトは当惑気味に彼を見上げた。対するユウタロウは、彼に一瞥もくれずに大浴場からあがると、スタスタと立ち去ってしまう。そしてその間、呆然と彼の背を目で追うライトの為に、ハヤテは解説をしてやった。


 大浴場と入口の、ちょうど中間地点まで到達したユウタロウは徐に足を止めると、振り向きがちにライトに問いかける。



「なぁ、ライト」

「ん?」

「アンタ、心にもねぇことばっか言い続けてると、いつか……信じて欲しい真実を語った時、大事な人にも信じてもらえなくなるぜ」

「っ」



 その言葉の真意など、ライトに分かるはずも無かった。ユウタロウが踵を返すことは無く、それを尋ねる前に扉の向こうへと消えてしまったから。


 それでも、その言葉はライトの胸に深く突き刺さり、消えない痕をくっきりと残していた。それは恐らく、ライトの中でそう指摘される心当たりが少なからずあるからなのだろう。


 ユウタロウが消えていった扉を呆然と見つめたまま、ライトはハヤテに問いかける。



「なぁ、ハヤテ」

「なんだ?」

「さっきの、翻訳できる?」

「……ユウタロウは、あんたが嘘をついていると思っているんだろうな」

「嘘なんてついてないけど」

「本当に?……心の底から、はっきりと、嘘偽りはなかったと?」

「……どういうことかな?」



 心の中を見透かしているようなハヤテの物言いに、思わずライトの八方美人が崩れてしまう。表情はいつも通りの、当たり障りのなさすぎるつまらない笑みだが、その声音にほんの少しだけ、ハヤテを怪訝に思う翳りが混じっていた。



「ユウタロウなら勇者に相応しいとあんたは言ったが、それは本心か?」

「っ!」



 容赦なくその核心に触れると、ライトは衝撃を受けた様に目を見開いた。同時に、先刻ユウタロウが言った「心にもないこと」の正体が、その発言に対する印象であることをライトは悟る。



「いや、違うな。これは……ユウタロウがどうという問題では無く、あんたはそもそも、真の意味で勇者と呼べる人間など、この世には存在しないと思っているのではないか?……ユウタロウは多分……ある種、アンタの諦めのような物を感じ取って、あんなことを言ったのだと思う」



 あまりにも図星だったせいか、ライトはそれ以上の反論をする気が起きなかった。自分よりも年下の少年に、自らが心の奥底に鍵をかけて見ないようにしていた諦めを言い当てられ、情けない気持ちが無いと言えば嘘になる。だが、ここまで淀みなく看破されてしまうと、逆に清々しい思いになり、ライトは穏やかな表情を浮かべた。



「……ユウタロウのこと、随分と理解してるんだな」

「家族だからな」

「家族、ねぇ……」



 家族。同じ言葉だというのに、二人が発した〝家族〟はあまりにも対照的だった。せせら笑うように呟いたライトに、ハヤテは怪訝な眼差しを向ける。



「なんだ?」

「いや?ただ〝勇者一族は家族だ〟なんて、当主やじじぃ共が吹聴してるきれいごとを、本気で信じている奴がいるとは思わなくてな」

「……何か勘違いしているようだが、少なくとも俺は、当主を始めとした大人たちを信用していない」

「へぇ。そこは激しく同意するけど、なんでまた?ハヤテみたいな真面目くんは、じじぃ共の言うことに従うことこそが正義だと勘違いしているもんだと思ってたけど」


「……俺の母親は、俺の父親に裏切られ、結果的に当主に殺された」

「…………えっ……」



 ハヤテから唐突に告げられたその真実に、ライトは言葉を失った。


 成人するまでにそれなりの成果を残せなかった者や、子供を産むことの出来ない女性などが一族を追放されたこと。そして、追放されたというのは名目で、彼らは一族の重鎮らに殺されたのではないのか?という噂が流れていることは、ライトも知っていた。


 だが、本当に殺された人が勇者一族の中にいるなんて、ライトは想像もしていなかったのだ。


 自然と冷や汗が流れ、微かに開かれた唇は震えている。



「父親のことも、当主のことも、信じられるわけが無い。あの人たちは、家族だと公言していた一族の人間も、実の家族でさえも……簡単に見限れるんだからな」

「……」



 自嘲じみた笑みを浮かべるハヤテは、とても嘘をついているようには見えなかった。そもそも、ハヤテはこの手の冗談を言う様な人間では無いことぐらい、知り合って日の浅いライトでも理解できる。



(おもっ……えっ?ちょっと待て……。この子忌み色持ちだし、色々大変な目に遭ってるんだろうなとは思っていたけど……ここまで重いのは想定外過ぎる……)



 とてもでは無いが、まだ七才にもならない少年が抱えられる問題ではない。哀れみというよりも、純粋な衝撃が勝ってしまい、ライトは開いた口が塞がらなかった。



「俺が思うに、家族というのは、血の繋がりで決まるわけでも、仲の良さが重要な訳でも無い。……楽しい時も、辛い時も、悲しい時も。幸せな日もそうでない日も、一日一日を共に生きていける、そんな間柄のことを言うんじゃないんだろうか。辛くて、苦しくて、呼吸をするのも嫌になってしまう時、地べたをはいずり回る姿を見られたとしても、その気持ちを共有したいと思えるのが、家族なんじゃないのか?

 ……ユウタロウも、ロクヤも、セッコウも、ササノも。俺が一番苦しい時、与えられる時間全てを俺にくれた。何度も抱き締めてくれた。……あの時の俺は、きっと、見るに堪えない状態だったというのに」

「っ、ハヤテくん……」



 眉を落としながら優しく微笑むハヤテは、今にも泣きそうな表情で、それを目の当たりにしたロクヤは思わず声を詰まらせた。思い出してしまったのだ。ハヤテの母が殺されたばかりの頃、普段は弱音など吐かない彼が、事あるごとに涙を流していたことを。



「いつか、四人の誰かが窮地に立たされた時。今度は俺が手を差し伸べたい。一切の躊躇いもなく。……これが家族では無いというのなら、それは俺にとって要らないものだな」

「っ!……悪い。お前の家族を、蔑ろにするような言い方だったな」

「ライト?」



 自嘲じみた笑みには翳りが見え、ハヤテは思わず不安げに首を傾げた。ライトはほんの少し俯くと、表面上は淡々とした声音で謝辞の言葉を口にする。



「俺がそれを持ってないからって、他人のそれが偽りだなんて、決めつけもいいところだった」

「……勇者も、同じなんじゃないか?」

「え?」



 ハヤテの言葉の意味を瞬時に理解することが出来ず、ライトはキョトンと首を傾げた。


 自らの経験という固定観念のせいで、ハヤテの〝家族〟の形を理解できなかったように。ライトが勇者という存在を信じられないのも、ある種決めつけのような物があるのではないのか?ハヤテはそんな自らの考えを語り始めた。



「ライトが知らないだけで、この世のどこかには、弱きを守る為に戦う……そんな勇者が、いるんじゃないか?俺たちは、勇者一族という狭い世界しか知らない。勇者一族の人間しか勇者になれないなんて、そんなのおかしいだろ?だって、初代勇者様たちの間に血の繋がりは無かったんだから」

「っ!」



 その言葉に、ライトは目を見張った。勇者一族の子供たちは修行などの特例を除いて、基本的に屋敷から出ることを禁じられている為、世間知らずもいいところだ。そして、初代勇者たちの間に血縁関係は無いというのに、その子孫である一族の人間が勇者の血に固執するのは、傍から見ればおかしな話ではあった。



「まぁ、とは言っても……俺にとっての勇者は、ユウタロウただ一人だけどな」



 破顔一笑して言ったハヤテに、憂いは微塵も見られなかった。呪いのような母親からの嘱望に囚われて、勇者にならなければいけないと自らを追い込んでいた、あの頃の姿は影も形もない。



「あ……ユウタロウは勇者に興味が無いから、今俺が言ったことは、ユウタロウには内緒な?」

「お、おう」



 口元に人差し指を立てて目を眇めると、ハヤテは悪戯っぽく言った。ライトが返事をする隣で、ロクヤはほんの少し興奮気味に紅潮させた顔で首肯している。


 ふと、ササノにも口止めしなくてはと思い至ったハヤテは、振り返って声をかけようとするが、そこにササノの姿は無かった。



「ササノも……あれっ?ササノ……?」

「「っ!?」」



 いるべき場所に誰もいないという状況に首を傾げるハヤテたちだったが、徐に視線を下げた瞬間、視界に飛び込んできた光景に血相を変えることになる。


 彼らの瞳に映るのは、溺れた様に水面に浮かぶササノの背中で、腕も足も力なく垂れさがっているせいで完全に湯の中に浸かりきっている。慌ててハヤテはササノの身体を持ち上げると、そのまま彼の身体を湯から上がらせた。



「ササノっ!?のぼせたのかっ?っ、しょっと……」

「ササノくんっ、大丈夫っ?」

「影薄すぎてのぼせてることに気づかなかった……」



 ハヤテとロクヤがササノの身を案じる中、ライトは彼の影の薄さに感心してしまっていた。


 その後、ササノは何とか目を覚まし、大事には至らなかったが、三人は事情を知ったセッコウによって、ぐちぐちと苦言を呈される羽目になるのだった。


 次は明後日投稿予定です。


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