86.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか12
昨日3月3日は我らがおヒメちゃんの誕生日でした。おめでとうっっ(^▽^)/
(さて。どうでるかな)
ハヤテの容姿を揶揄されたユウタロウが、一体どんな反応を見せるのか。高みの見物を決め込んでいたライトだが、零コンマ数秒後、悠長に構えたことを早速後悔する羽目になる。
「おいてめぇ……耳ついてねぇのか?頭沸いてんのか?ハヤテにはハヤテっつう名前があんだよ。さっき聞いただろうが。んなふざけた呼び方するっつーなら、その役立たずの耳、俺が斬り落としてやってもいいんだぜ?」
ユウタロウはライトの胸ぐらをつかむと、絶対零度の鋭い眼光で睨み上げた。殺気すら感じられる威圧感を受けたライトは、全身が粟立つ感覚に震え、顔中に冷や汗を浮かべてしまう。
(おっっかねぇー……まさかここまで怒るとは……。
……このハヤテとかいう子、超大事にされてんじゃん)
ユウタロウの獰猛な睨みから逃げるようにハヤテを一瞥すると、面白半分で彼を揶揄したことをライトはしみじみと後悔した。
すると、事態の深刻化を危惧したハヤテが、二人の仲裁役を買って出ようと、ユウタロウの肩をそっと掴んだ。
「おいっ、ユウタロウ」
「あー、ごめんね。悪気があった訳じゃないんだ。忌み色だから悪いとかそういうことは全く思ってなくて、ただ、いきなり初対面の年上から名前呼ばれるのは嫌かなぁって……」
「容姿を馬鹿にするような呼び方の方が嫌に決まってんだろうが、アホなのかてめぇ」
相手の出方を窺うような弱めのブローをかました刹那、ライトは強烈な一撃を防御無しに受けてしまった。
(耐えろ……今回は俺がこの子を揺さぶる立場なんだ。俺が動揺したら負けだ)
年下に阿呆呼ばわりされたことが想像より堪えたのか、ライトは蟀谷に青筋を立てながらも、何とか笑顔を崩さないよう己を鼓舞した。
「そ、そうだよね。ごめんね。じゃあ、ハヤテって呼ばせてもらおうかな。俺のことは呼び捨てでいいし、畏まる必要も無いから」
「……」
非はこちらにあるので、ライトは下手に出て交流の仕切り直しにかかった。だが、陳謝された側のハヤテは、何故か物言いたげな冷たい眼差しでライトを見上げており、思わず彼は不安げに首を傾げる。
「な、なに?」
「簡単に意見を翻すぐらいなら、最初から不快な呼び方をしないでほしい」
「っ……す、すいません」
至極真っ当なハヤテの意見はあまりにも冷徹に感じられ、ライトは条件反射で平謝りをしてしまう。辛辣なことを口にしているというのに、ハヤテはガラス玉のような瞳で、淡々とした印象を受けた。恐らく、憤慨しているわけでは無く、理性的に苦言を呈しているからだろう。
教師に叱られた生徒のように委縮してしまったライトを前に、ハヤテはキョトンと首を傾げる。
「?何故敬語なんだ?」
「ハヤテ……お前言うじゃねぇか。いいぞ、もっと言え」
顔中に疑問符を浮かべるハヤテに対し、ユウタロウは向こう見ずな煽り文句を口にし、その対比が凄まじい。
「で?結局お前何の用だよ。冷やかしなら余所でやれ」
「いやいや違う違う。俺はただ、君と模擬戦をしたくて声をかけただけだよ」
「俺と?」
名指しされたユウタロウは、意外そうに首を傾げた。
「そ。君、一年の中ではかなり強い方なんだろ?そうなると、二年の中にも相手になる奴がいないんじゃないかと思ってさ」
「……てめぇなら相手になれると思ってんのか?」
「相手になるかは分からないけど、他の奴らよりはマシだと思うよ」
ニコっと感情の読めない表情を浮かべたライトを、ユウタロウは探るような眼差しで捉える。目を皿のようにして観察したところで、彼の思惑など見抜けるわけも無く、ユウタロウは諦めるように視線を外した。
「ふぅん……ま、そこまで言うならいいけどよ。ぶっちゃけ、相手なんて誰でもいいし」
「おっ。じゃあ今日一日よろしく。ユウタロウ」
「おう。今日一日だけな」
鋭い言葉の刃がライトの胸に突き刺さり、模擬戦前から彼は深手を負ってしまった。同時に、ユウタロウの中でライトという存在が〝第一印象――胡散臭い不審人物〟として認識されているという事実を、ライトは遠回しに理解する羽目になるのだった。
********
ユウタロウの対戦相手がライトに決定する中、ハヤテはライトに紹介された二年生と対戦することが決まった。セッコウ、ササノの二人も、各々対戦相手を見つけ、今回の訓練の主軸となる模擬戦の幕は切って落とされた。
模擬戦の順番は重鎮たちが決めた不規則性で、ユウタロウたち四人だけで言うと、セッコウ、ハヤテ、ササノ、ユウタロウの順に決定した。
そして現在。ササノの模擬戦が終了してしばらく経ち、あと一戦見届ければユウタロウの番が回ってくる頃。ユウタロウは呆けた面で模擬戦を眺めながら、ふっと口を開いた。
「まさか……ササノも勝つとはなぁ……」
「だからてめぇはササノを見縊り過ぎなんだよ。俺と同じ練習量熟してるんだから、弱いわけねぇじゃねぇか」
現実逃避をするような声で呟いたユウタロウに、セッコウは然もありなんといった態度で返した。
実は、未だに模擬戦の番が回ってきていないユウタロウ以外全員、本来格上であるはずの二年生相手に勝利を収めていたのだ。セッコウ、ハヤテが勝利したことは想定の範囲内だったが、まさかあの気弱なササノまでもが二年生相手に躍進するとは思ってもおらず、ユウタロウは未だに現実を受け止め切れていない。
実際、最も驚いているのは当のササノだろう。これを期に少しはササノに自信を持って欲しいと、セッコウは淡い期待を抱いているが、ササノのネガティブ思考は筋金入りである。恐らく今回の勝利も、相手がかなり弱かったことによる運の勝利だとでも考えているのだろう。
一方、想定よりも二年生の黒星が多い現状に、重鎮たちは危機感を覚えていた。だが今回の場合、相手が悪かったと言えばそれで片のつくことなのだが、彼らはそんな風に呑み込めるほど柔軟な思考を持ち合わせてはいない。
そのせいか、物凄い視線と威圧感に襲われる羽目になったライトは、シクシクと痛む胃を押さえつつ、ユウタロウとの模擬戦に挑むことになった。
「あれ?契約した人型精霊の子はいいの?」
「あぁ。アイツの力借りるのは流石にズルだからな」
「君の力で契約した精霊なんだからズルってことは無いと思うけど」
「……アイツの力借りた俺相手じゃ、多分勝負になんねぇぞ」
「おっ、言うねぇ。まぁ、君がそれでいいなら、俺に異論は無いけど」
ユウタロウに煽られても一切表情を崩すことの無いライトは、模擬戦用の木刀を構えてみせた。それに倣うようにユウタロウも木刀を構えると、場にシンとした緊張感が走る。
今回の模擬戦は、線引きされた場内の外に出た場合と、降参した場合に勝敗が決することになっている。白線で作られた簡易的な枠の周りでは、重鎮と子供らが勝敗の行く末を見守っている。
重鎮の一人が片腕を掲げ、振り下ろすと同時に「始めっ」と声を上げると、二人は一斉に駆け出した。
ユウタロウは駆け出すと同時にライト目掛けて木刀で突きをかますが、彼は身体を逸らしてそれを華麗に躱した。避けると同時に、ライトは彼の首目掛けて木刀を振るうが、規格外の動きによって攻撃は不発に終わることになる。
「っ!」
ユウタロウはグイっと首ごと身体を右側に曲げて攻撃を避けると、そのまま右手を地面について、側転の要領で身体を持ち上げた。そして持ち上げた左脚で回し蹴りを繰り出すと、ライトの腕と首辺りに狙いを定める。
予想だにしていなかったユウタロウの動きに面食らいつつ、ライトは蹴りを受ける直前に両腕を入れ込んで防御した。ユウタロウの突飛な蹴りを腕で受け止めるライトだったが、白線ギリギリまで追いつめられてしまう。
当然、それを見逃すユウタロウでは無いので、彼は体勢を直すと同時に駆け出すと、木刀を突き出してライトを場外に出そうとした。だが、ライトは既の所で高く跳躍し、ユウタロウを飛び越えてその危機から脱する。
恐らく、試合開始時点から集めていた空気中のジルを、自身の脚に集中させることで身体強化術を行使したのだろう。
ユウタロウも同じようにジルを集めながら戦っていたので、一メートル半の高すぎる跳躍の種は容易に想像できた。
攻撃を躱したライトと、躱されたユウタロウは同時に振り返ると、一斉に駆け出して鍔迫り合いに入った。
二人の力が拮抗する中、ライトはニヤリと口角を上げてみせる。
「いやぁ……強いね君。このままだと負けそうだ」
「……?」
含みの感じられるその声に、ユウタロウは思わず怪訝な反応を返してしまう。今までの流れで言うと、優位に立っているのはユウタロウの方だ。だが、何故かライトは飄々とした態度を崩しておらず、負けることに対する躊躇いが感じられなかったのだ。
懸念は残るが、今は目の前の戦いに集中することが最善だと自らに言い聞かせると、ユウタロウは相手の力の流れを読んで木刀を受け流す。刹那、ユウタロウはふらついたライトの足を引っ掛け、転ばせにかかる。
ライトは「おっと」と声を漏らしながら何とか体勢を持ち直すが、その時にはもうユウタロウによる第二撃が繰り出されようとしていた。
ユウタロウは今まで集めてきた空気中のジルを全て脚全体に込めて身体強化術を施すと、思いきり跳躍して鋭い回し蹴りを繰り出した。その蹴りを胸と肩で思い切り受けてしまったライトは、抵抗する余地も無く吹っ飛ばされてしまう。場外を優に超えると、ライトは遠く離れた大木に直撃した。
「っ……」
「そこまで!」
ライトが地面に倒れ込むのを確認すると、審判を務めていた重鎮が声高々に告げた。ライトの実力を良く知っている二年生からは、それ相応のどよめきが起きている。
ユウタロウは同年代からも嫌われているので、彼が勝利して安堵しているのはハヤテたちだけだ。
一方、大木に叩きつけられたライトは「いてて……」と苦悶の声を漏らしながら立ち上がるが、その姿をユウタロウはどこか不服そうな眼差しで捉えていた。
「いやぁ……強いねぇ、ユウタロウ。うっかり負けちった」
「てめぇ。最後手ぇ抜きやがったな」
「「っ?」」
唸るような声でユウタロウが詰め寄ると、重鎮やハヤテたちは当惑気味に首を傾げた。一方、鋭い眼光で睨み据えられているライトは泰然自若とした態度で微笑むと、コテンと首を傾けて口を開く。
「そんなこと無いけど、どうしてそう思ったんだ?」
「……。……ふんっ。ま、手抜かなかったところで俺が勝ってたしどうでもいいけどよ」
「えぇ……」
ライトが意図的に手を抜いたとしても、彼の真意などどうでもいいと言わんばかりの態度で、ユウタロウはケロッと言ってのけた。思わずライトは苦笑いを浮かべるが、内心ではユウタロウの気遣いに感謝していた。
ライトの出し惜しみを匂わせた瞬間、重鎮らの彼に対する視線が厳しくなったことを察知したユウタロウは、咄嗟に路線変更して、この件を有耶無耶に終わらせようとしたのだ。
(……この子、俺より筋がいいし、何より自分の信念を貫く心の強さがある。加えて、じじぃ共が醸し出す気味の悪い雰囲気を〝おかしい〟と正常に捉えることが出来ている。……コイツなら将来勇者になっても、父親の二の舞になることは無いだろうな)
ユウタロウの為人をざっくりと把握したライトは、安堵したような笑みを浮かべると、受け身を取った身体についた土を大雑把に掃った。
こうして、一年と二年の合同訓練は漠然とした雰囲気で幕を閉じ、その日の修行を終えたユウタロウたちは、意気揚々とロクヤの見舞いに向かうのだった。
********
僅かに開かれた襖から差し込む夕陽が暖かに照らすのは、彼らの見舞い先――ロクヤの部屋である。台所ではロクヤの母親が夕飯を作っており、部屋にはだし汁の優しい匂いが充満している。
薬のおかげもあってか、ロクヤの熱は大分下がっており、明日になればいつも通り生活できる程に回復していた。そんなロクヤが腰を下ろす布団を取り囲むようにユウタロウたちがしゃがむ中、チサトただ一人が部屋の隅で彼らを傍観しており、傍から見ると彼らがチサトを仲間外れにしているようだ。
「――へぇ。じゃあ、そのライトって人、強かったの?」
「うぅん……ハヤテよりちょっとだけ強かったかもしれん」
ユウタロウから今回の修行の話を聞かされたロクヤは、興味深そうに尋ねた。ユウタロウの返答で引き合いに出されたハヤテは、ため息交じりに口を開く。
「俺らより一年も長く修行しているんだ。当然だろう」
「んなこと言って、ハヤテの対戦相手、勝負が終わった頃には青痣まみれになってたじゃねぇか」
「鍛錬が足りないのだろうな」
「うわ辛辣」
今回の件で、ハヤテが気合いの足りない年上に対して厳しいという一面を知り、ユウタロウは苦々しい表情を浮かべた。
そんな二人の会話を「クスクス」と微笑しながら聞き入るロクヤを見つめると、ユウタロウは大雑把に彼に頭を撫でた。指の間にロクヤのふわふわとした髪が絡まり、頭皮をマッサージされたような感覚に酔いしれたロクヤは、トロンと目を眇める。
「ったく。今日熱なんて出さなきゃ、陰からコッソリ見学できたのにな。俺らの勝ち戦見せたかったぜ」
「えへへ……ごめん」
「さっさと治せよ」
ぶっきら棒に、それでいて愛の籠った声でユウタロウが言うと、ロクヤは「うん」と嬉しそうに破顔一笑した。
そんな二人の様子を食い入るように見つめていたチサトが、悔しげに唇を噛みしめていることも知らずに。
次は明後日投稿予定です。
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