62.不穏の足音3
「――レディバグ、序列第四位……アマノ・ナグサメ様だ」
先とは比べ物にならないほど小さくなったアマノは、悠然と言い放った。幼子かと思える程縮んでしまっているので、当然服はぶかぶかで、シャツがワンピースのようになってしまっている。
この現象は、アマノの変わったジルの使い方が大きく影響していた。アマノやアデルが戦いの際使用する、声にジルを乗せて命ずる術は、命令の種類によって異なりはするが、一度に多くのジルを消費してしまう。
例えば、アマノが最初に発した「止まれ」程度の命令であればそこまでジルを消費することは無いが、相手の命を簡単に奪えるような命令だと、膨大なジルが必要になるのだ。
アデルの場合、愛し子の力で無尽蔵にジルを生み出すことができるので、一切の懸念なしに相手に命ずることができる。だが、アマノは操志者としての技術が並外れて優れているだけで、あとはただの人間……ユウタロウのような精霊術師でもない。そんなただの人間がジルを術に使うには、空気中のジルを集める他ないのだが、それには多くの時間を要することとなり、実戦にはあまり向かない。
そこでアマノは、自らの体内に貯蔵されているジルに目をつけた。この世に生きる生物は、身体の中にジルを必ず蓄えており、そのジルを生命維持や成長の為に使っている。そして、悪魔の愛し子などの例外を除いて、生物の身体にはジルの許容量というものがある。
その許容量は身体の大きさに比例するように増えていき、その許容量によって、生物が身体に宿すジルの量は変わってくる。
アマノはジルを使う際、この許容量をいじることで余分なジルを生み出しているのだ。
身体のジルを使うという行為は、死に直結する程の危険を孕んでいる。だからこそ操志者は迂闊に自らのジルを使えないのだが、アマノは許容量を狭めることで、身体に必要なジルを減らし、元々あったジルから余分なものを作るという裏技を使っているのだ。
一方、そんな事情など露ほども知らない髭面の男は、今にも失神してしまいそうな苦しみに悶える中、正体不明のアマノを睨みつける気力すらなく、一刻も早く術を解いて欲しい一心で、懇願するような眼差しを彼に向けた。
縋られたアマノは男を見上げ、ニッコリと微笑むと――。
「この洗脳は強い精神力があれば解ける場合もある……ま、がんばれ♪」
「っ……」
そう言って、いとも簡単に男を奈落の底へと突き落とした。その数秒後、髭面の男はあっさりと気絶してしまい、アマノは内心肩透かしを食らう思いであった。
因みに、強い精神力でこの術を解くことができるというのは事実で、それを証明したのは皓然の姉の林である。数年前、アデルが林に向けてこの術を使ったことがあるのだが、その際林は、気合いで洗脳を解いてしまったのだ。
突如現れたアマノに、ディアンたちが腰を抜かす中、沈黙を破ったのは皓然だ。
「アマノ様……とても小さくなってしまわれましたね」
「喧嘩を売っているのなら買うぞ」
「いえいえまさか。俺に姉さんほどの精神力は無いので、遠慮しておきます」
皓然が両手を挙げて交戦する意思が無いことを伝えると、アマノは面白くなさそうにそっぽを向く。
「ふん。どうだかな……いつか会った時より、大分強くなっていたじゃないか。……お前らもな」
「「っ!」」
皓然の成長ぶりを称賛すると同時に、アマノはディアンとヒメの実力も評価してやった。レディバグの序列四位に褒められたという事実に、ディアンたちは少しソワソワと落ち着かなくなってしまい、胸を躍らせた。
「それにしてもアマノ様、どうしてこちらに?」
「別に。通り魔事件が落ち着いたと聞いたから、アデルの所に帰ろうとしただけだ。……だが、寧ろ帰らない方がよかったかもしれないな」
皓然が尋ねると、アマノは意味深な発言を零した。
通り魔事件が頻発していた頃、アマノは他国で単独行動をしていた。そこで仮面の組織に襲われた人々を救ったり、通り魔たちと戦闘を繰り広げていたのだ。
「?……どういうことなの……ですか?」
「……お前は本当にアデルに似ているな」
ヒメの下手くそな敬語を耳にしたアマノは、彼女がアデルの分身体であることを犇々と思い知らされ、どこか苦い表情を浮かべてしまう。
因みにヒメが無理をしてまで、下手な敬語を使っているのは、アマノのことが少しだけ苦手だからだ。ヒメの慕うリオとアマノは、所謂犬猿の仲というやつで、ヒメはアマノとの距離感を未だにはかりかねているのだ。
「はぁ……コイツら、明らかにレディバグの構成員を狙って襲っていた。加えて勇者一族の人間と来た……レディバグがこの国に集うことはコイツらにとっちゃ、獲物が勝手に自分たちの巣に入り込むようなものだろう」
「……確かに、そうですね」
勇者一族の目的がレディバグの構成員を殲滅することだとすれば、レディバグの構成員をアオノクニに集めるのは得策ではない。敵にとってそれは、獲物がわざわざ殺されに来てくれるようなものなのだから。
思わず皓然は、深い納得を込めて呟いた。
「ふん。まぁいい。アマノはさっさとアデルにこのことを伝えてくる。お前らはお前らの仕事に専念しておけ。
……あぁ、そうだヒメ。お前今、アデルの力使えるか?」
「はいなの」
「ならアマノにジルを譲渡しろ。そこらの有象無象の記憶を消す」
そこらの有象無象というのは、一部始終を見てしまった野次馬のことである。彼らは未だに何が起きたのか理解しきれておらず、茫然自失と立ち尽くしているので、今の内に記憶を消してしまおうと思ったのだ。
「分かったの……です」
「あとその気持ちの悪い敬語をやめろ」
「わ、分かったの……」
舌鋒鋭く指摘されてしまったヒメは、冷や汗を流しながら首肯した。
ヒメがアデルの力でジルを生み出し、それをアマノに譲渡してやると、アマノはそれを声に乗せ、多くの野次馬に向けて放つ。
『ここで起きた出来事をすべて忘れろ』
刹那、野次馬全員が貧血でも起こしたかのように頭をぐらつかせた。意識が朦朧としているような彼らはその内、覚束ない足取りで歩きだし、とぼとぼとその場から離れていく。術がかかっていることを確認すると、アマノはヒメたちの方を向き直した。
「アデルは今どこにいるんだ?」
「アデル様がこの国の森の中に作られた、あの家にいるはずです」
「分かった。アマノはもう行く。お前らは自分の仕事に専念しておけ」
「「承知いたしました」」
ディアン、皓然の二人が頭を下げると、アマノは転移術を行使してその場から姿を消した。
アマノがいなくなったことでホッと息をつくヒメだが、彼があっさりと転移術を行使したことで、ポカンと呆気に取られてしまった。
「アマノ様……いつの間に転移術使えるようになったの?」
「アマノ様は元々、操志者としてはアデル様に匹敵する程のお方ですから。転移術という存在を知らなかっただけで、使おうと思えば案外すんなり行使できたんじゃないでしょうか?」
「ふぅん……」
アマノは元々転移術の使い手では無かったのだが、彼はレディバグの中でも指折りの操志者だ。何せ、ジルの許容量を操るという御業を日常的に行っているのだから。その為、やり方さえ分かってしまえば、転移術も簡単に行使できたのだろう。
「ヒメちゃん」
「ん?」
「さっきは怖がらせてすみませんでした。これ、お詫びのオレンジジュースです」
先の身体強化術でヒメを怖がらせた自覚があったのか、皓然は申し訳なさそうに眉尻を下げると、懐から瓶のオレンジジュースを取り出し、それをヒメに献上した。
瞬間、ヒメは分かりやすすぎる程ぱぁっと顔を綻ばせ、嬉々として瓶を高く掲げる。
「っ!オレンジジュースなの!ありがとうなのっ……皓然大好きなのっ!」
満面の笑みで裏表のない感情をぶつけられた皓然は、パチクリと目を瞬きさせると、一瞬にしてぶわっと頬を上気させた。
「っ。……もう、揶揄わないでくださいよ。ヒメちゃん」
((かわっ))
照れを隠すように火照った顔を逸らした皓然を前に、ヒメたちは異口同音に心の声を漏らした。普段冷静沈着で、感情を表に出さない皓然を知っているだけあって、そのギャップに胸を射止められてしまったらしい。
「っ~……皓然かわいいのっ、ナデナデしてあげるのぉ……」
「十四歳児可愛いわねぇ……」
デレッとだらしのない表情を浮かべた二人は、ここぞとばかりに皓然に擦り寄り、二人がかりで彼の頭を撫でまわし始めた。完全に二人のおもちゃにされてしまった皓然だが、抵抗は無意味かつ状況を悪化させるだけと悟ったのか、完全に流れに身を任せている。
だが――。
「……拗ねますよ?俺」
皓然は顔を赤くしたまま、口をへの字に曲げると、ムスッとした声音で呟いた。それでも二人の暴走が止まることはなく、皓然はしばらくの間「可愛い可愛い」と、ヒメたちに猫可愛がりされる羽目になるのだった。
********
アマノが転移したのは、先日アデルたちが話し合いを行った一軒家。アマノはその場所を正確に把握していた為、転移術を行使できたのだ。
因みにロクヤは既に他国に避難しており、レディバグの構成員数名と共に、アデルの作った建物で過ごしている。
レディバグの面々しか残っていないその家の扉に手をかけようとするアマノだが、背が縮んだせいで中々届かず、思い切って跳躍することで、無理矢理扉を開けた。
アマノは家の中に着地すると、低い視界から逃れるように顔を上げた。瞬間、一番目を合わせたくなかった人物に見下ろされている事実に気づき、アマノは思いきり顔を顰めた。
「「げ……」」
アマノと目を合わせた人物――リオも、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべており、隠し切れない二人の心の声は、面白いぐらいに重なった。
嫌な奴と鉢合ってしまった……。そんな雰囲気を醸し出している二人だが、レディバグにとっては通常運転なので、アデルは気に留めないまま、アマノに話しかけた。
「アマノっ……どうしたのだ?そんなに小さくなって……何かあったのか?」
アマノが小さくなっているということは、大量のジルを消費するような事態に巻き込まれたということなので、アデルは心配そうに尋ねた。
「……別に。お前の分身体たちが戦っていたから、少し手助けしてやっただけだ。……まぁ、少し力の加減を間違えたが」
「?……賢いアマノにしては珍しいのだ……大丈夫であるか?」
「ふんっ。相手は雑魚だ雑魚。大丈夫に決まっているだろうが」
「雑魚なら何でそこまでジル消費してんのよ」
強気に言ってのけたアマノだが、リオに目敏く指摘され、ついつい彼を睨む眼光が鋭くなってしまう。実際、あの程度の相手にアマノがあそこまで強い命令をする必要は無かった。それでもアマノがあの男の呼吸を封じたのは、アデルを侮辱したことが許せなかったから。
わざわざそんな事情をアデル本人に聞かせる必要性は無いと思い、アマノは冷静に返す。
「お前には関係ない」
「……あっそ」
いつものアマノであれば、リオの追及に対して感情的に返すのだが、今回は淡々と答えたので、リオは何となく彼の心情を察した。詳しい事情までは分からないが、アマノにはジルを大量消費した原因を語りたくない理由があるのだろうと、リオはそれ以上の追及を止めた。
そんな中、気になることがあったメイリーンは、どこか不安気な表情でアマノに尋ねる。
「あの、アマノ様。戦っていたと仰いましたが、ヒメちゃんたちは誰と戦っていたのですか?」
「勇者一族のクソジジイ共だったぞ」
「「!」」
アマノの口から勇者一族の名前が出てくるとは思わず、一同は衝撃で目を見開いた。そして、それが真実だとした場合、様々な問題が発生してしまうことに思い至り、その場に神妙な空気が流れてしまう。
その空気を察知したアマノだが、彼はロクヤの件を詳しく知らないので、首を傾げてしまう。
「よく知らんが、勇者一族がレディバグの人間を狙う事情でもあるのか?」
「……もしかすると、ユウタロウ様が我々と交流を持っている事実を、一族の幹部に知られてしまったのかもしれませんね」
「っ……それ、結構不味いんじゃないの?」
事実から冷静に分析したルークが一つの可能性を提示すると、リオは最悪の想定を思い浮かべてしまい、思い切り顔を引き攣らせるのだった。
次は明後日投稿予定です。
この作品を「面白い!」「続きが気になる!」と思ってくださった方は、評価、感想、ブックマーク登録をお願いします。
評価は下の星ボタンからできます。




