38.フェイク1
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全員の注目がティンベルに集まる中、偽理事長はキョトンと首を傾げながら訝しげに彼女を見つめている。
「……?」
「ずっと、考えていることがあります」
徐に凛とした声で、ティンベルは呟いた。真っ直ぐ射貫くような眼差しを向けられた彼は、ティンベルの目的が分からずほんの少し身構える。
「あなた方……あっ。そう言えば、あなたのお名前は?」
「……そうだな。仮に……フェイクとでも名乗っておこうか」
本名を語るつもりはさらさら無いのか、彼――フェイクは空を見つめて思案顔を浮かべると、適当な偽名を名乗った。
「……ではフェイク。あなたたちが今回の通り魔事件を引き起こした理由――それが、悪魔やその愛し子に対する差別意識を増長させる為だというのは分かっています」
「っ……だからあなたは、悪魔を裁くためにと……」
ティンベルの発言に誰よりも反応したのは、未だ呆けた表情が抜けきらないナオヤ。
ナオヤは通り魔事件の犯人がフェイクであることも、その目的も今知ったばかり。以前フェイクが傷心するナオヤを励ますように言った言葉と、ティンベルの語った目的が漸く合致し、妙な納得感が生まれたのだ。
するとティンベルは、そんなナオヤの呟きが引っ掛かってしまい、首を傾げつつナオヤの方を振り向く。
「?……副生徒会長。彼は、悪魔を裁く為……と言ったのですか?」
「え、えぇ……」
唐突に質問を投げかけられたナオヤは、当惑気味に首肯した。
ティンベルが注目したのは、フェイクが悪魔の愛し子では無く、悪魔と明言していた点である。
『妹さんが殺されたのは、主犯である悪魔の愛し子のせいだ。悪魔の愛し子が憎いだろう?だがね、彼ら悪魔の愛し子も、元は被害者なのだよ。彼らは悪魔に目をつけられさえしなければ、ただの人間として生まれてくるはずだったのだから。
諸悪の根源は悪魔だ。だが奴らはこの世界を維持するためにどうしても必要な存在……殺してもすぐに蘇ってしまう。
ならば悪魔を裁くために、私たちは何をすればいいのか。……簡単なことだ。この世界から、奴らの居場所を失くしてしまえばいい。
協力してくれるかな?悪を裁くために。もう二度と、妹さんのような被害者を生み出さないように』
今回の通り魔事件で目撃されているのは悪魔の愛し子。そして、犯人では無いかというデマを流されたのは、悪魔の愛し子であるアデルの指揮するレディバグ。
これらのことを踏まえると、悪魔の愛し子こそが鍵であると考えるのが自然だが、フェイクの口ぶりでは悪魔を諸悪の根源と捉えているように感じられた。
悪魔を裁く為――。そのはっきりとした言葉に妙な焦燥感を覚え、ティンベルは腑に落ちないような表情を浮かべる。
「……そうですか。……失礼、話がズレましたね。
あなた方の目先の目的を理解していたからこそ、私は当初、こう思っていました。この事件を引き起こすあなた方はきっと、悪魔や愛し子に相当な恨みを持っているのだろうと」
まるで、その考えをこれから否定するような言葉運びに、フェイクはぴくっと眉を顰めた。その反応こそが、これから提言する可能性の肯定になっていることなど、今のフェイクに気づける程の余裕はない。
「ですが初めて、件の悪魔の愛し子――車椅子に乗ったあの男性をお見かけした際、ある違和感を覚えました」
「……違和感?」
フェイクは、唸るような声で尋ねた。
「えぇ。正確には、一緒にいた人形遣いの女性に対する違和感ですが。
私は当初、事件現場で目撃されている悪魔の愛し子は、実行犯ないし、あなた方に利用されている者なのではないかと考えていました。ですので、車椅子に乗っている彼をお見かけした時は〝あぁ、後者か〟と、私は思いました。何らかの理由で動くことの出来ない悪魔の愛し子を利用し、事件に愛し子ないし悪魔が関わっていることをアピールしているのだと。
ですが、よく考えてみれば、妙な話だとは思いませんか?」
「……何がだ?」
「実行犯の中に悪魔の愛し子がいて、その人物を目撃させるのならまだしも、動けない相手を利用するぐらいなら、誰かを悪魔の愛し子に見立てる方が余程効率的なはずです」
「確かに……」
皓然は思わず、盲点だったと言わんばかりの声を上げた。その一瞬だけ、全員の視線が皓然に集まるが、当の本人は思考を巡らせるのに夢中で気づいていない。
「これだけ有能な構成員がいるのです。当然、髪と目の色を変えることのできる操志者だっているはず。そうして悪魔の愛し子に偽装した仲間を目撃させればいいだけの話なのに、わざわざ本物の悪魔の愛し子を利用する意味が分かりません。何せ彼は車椅子に乗っていて、彼を連れる役目を負った人間の機動力は格段に落ちてしまうのですから。そんなハンデしか付随しない悪魔の愛し子を、何故わざわざ探して利用したのか?
……いいえ、違う。件の悪魔の愛し子は、元々あなた方の仲間だったのではありませんか?」
「っ」
「「っ!」」
ティンベルが追及した刹那、明らかにフェイクは動揺の色を見せた。一方のアデルたちは、その推測に驚きつつも、それを是とした場合の矛盾に気づき、首を傾げてしまう。そして、その疑問に対する答えを求めるように、再びティンベルに食い入るような視線を向ける。
「ここに転がっている彼らや、下っ端の実行犯とは訳が違う。そう、フェイク――あなたのような幹部クラスの方々にとって、仲間と呼んで相違ない程重要な存在なのでは?だからあの方を今回の事件に利用した。最初から、あなたたちの傍にはその悪魔の愛し子がいたから。他の愛し子を使ったり、誰かを変装させるという発想がそもそも無かった。違いますか?」
「……何故、その根拠だけで仲間ということになる?この事件のために用意した人材で無いにしても、以前から別の理由で捕らえていた愛し子を再利用しただけかもしれないというのに」
「根拠はもう一つあります。先程申し上げた、人形遣いの女性に抱いた違和感こそが、その根拠です。
状況から見て、あの時は彼女が件の愛し子を連れ、彼を目撃させる役目を担っていたのでしょう。私が不思議に感じたのは、彼女の愛し子に対する対応です」
「……対応?」
「えぇ。私が勝手に抱いた印象ではありますが、彼女は件の愛し子に対して、慈しむような眼差しを向けていたように感じました」
「「っ」」
先刻、アデルたちの気づいた矛盾が更に濃く広がり、彼らは困惑の表情を露わにした。一方のフェイクは、少しずつ苦みを増す苦汁を口に含んでいるかのように、どんどん顔色を悪くしていく。
「加えて、私たちから逃げる際、彼女は転移術を愛し子にも反映させるために、彼の肩に触れました。追われ、切羽詰まった状況にも拘わらず、肩に触れる彼女の動作はあまりにも丁寧でした。まるで、その愛し子が傷つくことを恐れているように」
「っ」
「目撃した悪魔の愛し子には生気を感じられませんでした。見たところ、なんとか生き延びているような状態で、とてもではありませんが、自らの意思で働きかけることが出来るようには思えなかった……。ですが彼は、衣服も、身体も綺麗で、爪も短く切り揃えてありました。髪だって、その日の朝とかしたように整っていて、誰かからの補助を受けているようにしか思えません。
これらのことを踏まえて考えると、あなた方にとってあの悪魔の愛し子は、損得勘定を抜きにして、守りたい存在――大事な相手ということになります」
「「っ」」
「ですが、そのように仮定してしまうと、決定的な矛盾が生じてしまいます。
そんなにも大事な仲間が悪魔の愛し子だというのに何故、その愛し子が生きにくい世界を作る計画を立てているのか、という疑問です」
そう。それこそが、アデルたちの思考を支配していた矛盾である。
アデルは同じ悪魔の愛し子であるが、彼の仲間――レディバグの構成員であれば、悪魔や愛し子を差別することなど、死ぬより辛い苦行である。立場が大きく重なる彼らだからこそ、断言できた。
仲間が傷つけられる世界を自らの意思で作るなど、絶対にあり得ないと。
「おかしいですよね。大事な人の立場を揺るがすような行為。大事な人が後ろ指を指されて、蔑まれて、罵声を浴びせられて、身も心も傷つくような真似……私なら絶対にできません。だから、私の推測が間違っているのかと思っていました。
……でも、気づいたのです。この矛盾を、矛盾で無くす……たった一つの可能性に」
ティンベルが勿体ぶる様に言った刹那、フェイクは突き刺されるような危機感を覚え、ハッと顔を上げた。
「それは……」
「もういいやめろ」
核心を突かれることを避けるように、フェイクは彼女の声を遮って語気を強めた。それでも、ティンベルがその口を閉ざすことは無かった。
「それはっ!……その愛し子本人が、悪魔の生きにくい世界を望んでいた場合です」
「「っ……」」
ハッと全員が息を呑み、その場が支配されたかのような緊迫感が一気に走る。
その静寂の中、レディバグの皓然とディアンは想像した。もし、アデル自身がそんな世界を望んでいたとして、自分たちはその意志を継ぐか、否か――。
そんなことは絶対にあり得ないと理解しているからこその、想像である。
だが、やはり想像は想像でしかなく、皓然たちは答えを導くことができなかった。のっぴきならない事情があった上で、それが切実な望みなのであれば、もしかしたら――。
その手を悪に染めることもあるかもしれない。皓然はそう思った。それだけアデルは彼らレディバグにとって根幹であり、恩人であり、あまりにも大事な仲間であるから。
つまり、仮面の彼らにとって件の愛し子も、それ程までに大事な仲間なのでは?皓然はそう思った。
「先刻、副生徒会長からお伺いした話も踏まえて考えると、あなた方が真に、社会的に抹殺したいのは悪魔の方なのでしょう。件の愛し子があのような状態になる前に何があったのかは分かりませんが、彼は悪魔の生きぬくい世界を望んでいた。それこそ、愛し子である自らが被害を被ったとしても。ですが、当の彼はその望みを叶える前に、何らかの原因であの状態になってしまった。だから、仲間であるあなた方がその意志を継いだ……違いますか?」
「……」
核心を突かれたフェイクは、押し黙ったまま何も言わない。静かに、相変わらず悪い顔色のまま、ティンベルを見つめるのみ。
「何故あの悪魔の愛し子は、あなた方の仲間は、悪魔が徹底的に排除される世界を望んでいたのですか?本当に、こんなことがっ、あなた方の仲間のしたかったことなのですか?」
訴えかけるような声音でありながら、フェイクの琴線に触れるような言葉運びで、ティンベルは問いかけた。ティンベルが狙っているのは、フェイクを感情的にさせることで、情報を引き出すこと。
フェイクは眉を顰めると、彼女の思惑通り、唸るような憤りの声を漏らす。
「っ……こんな、こと?」
(っ、かかった……!)
足が竦むような鋭い睨みを向けられるティンベルだが、フェイクが罠にかかったことを喜ぶのみである。
ティンベルの推測がすべて正しいと仮定するのなら、彼らの犯行を〝こんなこと〟と称するのは、件の愛し子の望みを軽視するのと同義。だからこそティンベルは、その方法を選んだ。そうすれば情報を引き出すと同時に、ティンベルの推測に対する答えを遠回しに得ることが出来るからだ。
「こんなことだと……お前のような小娘に何が分かると言うんだっ!あのお方がどのようなお気持ちでっ、どれだけ……心を痛めたことか……」
フェイクは力強く掌を握りしめ、その拳をわなわなと震わせると、明確な敵愾心をティンベルに向けた。普通の女子であれば、その感情の波にのまれ、気迫に押し潰されるところだが、真相の鍵を探る為に、ティンベルは頭をフル回転させている。
(あのお方……恐らくあの悪魔の愛し子のことでしょうね)
あのお方。フェイクが件の愛し子をそう呼ぶ理由の可能性として考えられるのは、大きく分けて二つ。一つは、彼ら仮面の組織にとって、その悪魔の愛し子こそが長――最高位の存在である可能性。そしてもう一つは、フェイクでさえも組織の中では幹部と呼べる地位についていない可能性。
両方という場合もあるだろうが、少なくとも件の愛し子が組織の中で敬られる存在であることは明らかになった。
――ふと。フェイクは地面にガンを飛ばすと、徐々に徐々に……その肩を震わせ始めた。
だが、それは〝あのお方〟の境遇を嘆いて涙しているからではない。
フェイクは小刻みに肩を震わせると、少しずつ乾いた笑い声を漏らし始めた。
「ふっ、ははっ……ははははははっ……」
「「?」」
突如、気が違ったような薄気味悪い笑い声が響き渡り、彼らは警戒心を抱きながら、フェイクを怪訝に見つめるのだった。
次は明後日投稿予定です。
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