29.精霊術師と精霊1
「……ま。どうせてめぇらのことはぶちのめす訳だし……丁度いい。現代の勇者様の本気、少し見せてやんよ」
「「っ」」
当初彼らはチサトを人質にとり、身動きの取れなくなったユウタロウを殺す腹積もりであった。その計画が大幅に狂った今、万全の状態の勇者を相手にしなくてはならないので、仮面の彼らはかなり焦っていた。
ユウタロウは剣を抜くと、ふと思い立ったように口を開く。
「あ、ぶっ倒す前に色々聞かねぇとな……。今回のことはまぁ、邪魔者の俺や生徒会長を殺す為の茶番だろうが……通り魔事件はどういうつもりなんだ?
悪魔と愛し子に対する迫害を増幅させることが目的だって、生徒会長は言っていたが……」
「「っ」」
途端、仮面の彼らは衝撃を受けた様に息を呑んだ。彼らの狼狽えようを仮面越しにも感じ取ると、ユウタロウはせせら笑う。
「はっ……その反応を見る限り、流石は生徒会長ってとこか。
……にしても良くやるよなぁ?悪魔か愛し子に恨みがあんのか知んねぇけど、よくもまぁこんな大掛かりなことしやがって」
呆れるようにユウタロウが言った刹那、仮面の彼らの放つ空気が一変する。ユウタロウに対する鋭い敵愾心、憤怒、苛立ち――それら全てが、棘のように刺さってきたのだ。
一人の男はわなわなと拳を震わせると、代弁するように口を開く。
「っ……我々は、私怨などでこの事件を計画したのではないっ……我々はこの世界を救う為、崇高な目的に導かれ、この手を汚しているのだっ!何も知らぬ愚か者が、知ったような口を利くな!」
嘘偽りない、本当の怒りの込められた、強い感情の波に押し潰されそうな声で、男は怒鳴った。
彼は美辞麗句を並べて思想を語っていたが、ユウタロウはその内容自体に興味は無かった。
何も知らない癖に――。ユウタロウの耳には、男がそう嘆いているようにしか聞こえなかったから。
「まぁ俺が何も知らねーのは否定しねぇけどよ……世界を救うっていうご立派な目的を免罪符にして、人殺しの罪から逃げてんじゃねーよ。てめぇらの目的を言い訳にすんな。
……気に入らねぇ」
「っ……」
ユウタロウが舌鋒鋭く言い放つと、男はグッと悔し気に歯噛みした。
「で?悪魔に対する差別を深刻化させることと、世界を救うことがどう関係するんだよ」
「それは……」
ユウタロウは知ろうとした。通り魔事件を引き起こした彼らが、何故か隠そうとするその真実を。
何も知らない愚か者と罵り、それを嘆いているというのに、肝心なその真実を何故か吹聴しない彼らは、傍から見れば矛盾だらけだろう。
逆に言えば、そんな彼らでも、誰彼構わず告げるのは躊躇う程の何かが、今回の通り魔事件に隠されているということ。
その動機――真実を、ユウタロウは知ろうとした。
男が言い淀んでいると、もう一人の男が徐に剣を抜き――。
「それをお前が知る必要は無い…………お前は今ここで、我々に殺されるのだからなっ!」
ユウタロウを抹殺するべく、勢いよくその場から駆け出した。同時に、他の五人も一斉に攻撃を仕掛ける。
だが、抜刀したその剣をユウタロウが振ろうとする素振りは見られない。攻撃を回避する為の動きを全く見せないユウタロウに彼らは不信感を覚えるが、問いただす前に彼らの刃がユウタロウの元へ到達しようとしていた。
あと少しで攻撃が直撃すると思われた、その時――。
「チサト、結界」
「はーい」
一瞬にして、ユウタロウと彼らの間に強固な結界が現れ、彼ら六人の攻撃を全て弾いてしまった。
「「っ!?」」
突然の出来事に困惑冷めやらぬ中、結界に弾き返されてしまった彼らは、後方に着地する。動きから見て、ユウタロウが結界を張ったのは理解できたが、不可解な点が一つあった。
「っ……我々の攻撃全てを防ぐ結界だと?この短時間でどうやって、それだけのジルを……っ!……まさか……ま、さか……」
一人の男はその可能性に気づいてしまい、掠れた声を漏らした。儘ならぬあまり、仮面の奥では目元をピクピクと震わせている。
結界はジルが無ければ絶対に創造することが出来ない。そして操志者の多くは、空気中のジルを集めて結界を張る。だが先刻のユウタロウを見る限り、空気中のジルを集めている様子は皆無。例え集めていたとしても、この短時間で集めたジルによる結界などたかが知れている。
実力者揃いの、この六人による攻撃全てを回避できる程強力な結界など、作れる訳が無かったのだ。つまり、ユウタロウの張った結界に含まれるジルは、空気中から集めたものでは無く、何者かが創造したジルということになる。
この世でジルを生み出すことができるのは、悪魔、悪魔の愛し子、動物、植物、亜人……そして、精霊。
絶対に揺るがぬこの事実に加え、先刻ユウタロウがポロっと零したあの発言――。
『――頭ぶち抜いたところでチサトが死ぬ訳ねぇっていうのに』
これらを踏まえると、自ずと答えが見えてしまったのだ。
ユウタロウは獰猛な牙を覗かせるように、精悍な笑みを浮かべると、その口を開く。
「俺が精霊術師ってことを知らねぇ奴が多いみてぇだからな、この俺様直々に教えてやるよ。
俺は精霊術師の中でも希少とされる……人型精霊を使役する精霊術師なんだよ」
「人型、精霊…………まさかっ、その女が……?」
人型精霊。その言葉を聞いた瞬間、彼らは否が応でも理解してしまった。
結界のジルを生み出した存在――ユウタロウと契約を結ぶ人型精霊が、チサトであるということに。
精霊は人間や他の動物と違い、ダメージを負ってもすぐに回復できるという特性を持っている。精霊はジルとの干渉能力が高いので、身体の一部を欠損しても、空気中のジルを勝手に吸収して、そのジルで自然回復してしまうのだ。
とは言っても、精霊は不老不死ではない。どんな精霊にも、身体のどこかに核があり、その核を破壊されると、どんな大精霊であろうとも消滅してしまう。逆に言うと、その核さえ破壊されなければ、精霊はどんな攻撃を受けても死なないということである。
精霊の容姿は千差万別であるが、基本的には動物の姿をしていることが多い。そして、ジルを生み出す力や、その場のジルを支配する力など、それら全てを一括りにした精霊の実力も玉石混淆である。一度に少量のジルしか生み出せない精霊もいれば、例え契約を交わしている操志者がいなくとも、力を振るうことの出来る精霊もいるのだ。
その中でも、人型精霊は特に希少な存在である。人型精霊はアンレズナに存在する生物の中で、悪魔とその愛し子に次いで、多くのジルを生み出すことの出来る生命体なのだ。
ジルの違いや動きにも敏感で、喉から手が出るほど人型精霊を求める精霊術師は多い。
そしてチサトは、そんな希少で貴重な人型精霊の一人である。
人型精霊は精霊の中でも上位の存在ではあるが、有象無象の精霊と同じように、自らが生み出したジルを戦闘で有効活用することが出来ない。だが人型精霊はその希少さ故か、自らの力に誇りを持っており、そう簡単に操志者と契約を結ぶことが無い。力の強大さを誰よりも理解しているからこそ、その力を使いこなせる有能な操志者で無ければ、契約する気が起きないのだ。ましてや、どこにでもいる三流操志者にその力を分け与えるなど、とんでもないと思っている。
そんな人型精霊をユウタロウは使役しているのだという事実に、思わず打ちのめされそうになった彼らを目の当たりにすると、チサトは不敵に微笑する。
「私これでも、その界隈では結構な有名人なのよ?お勉強不足だったわね」
「くっ……」
「チサト……めんどくせぇから一気に片付けんぞ。てめぇの業火で、アイツら焼き尽くそうぜ」
「りょーかい」
チサトの返事を聞くと同時に、ユウタロウは素早く駆け出す。目にも止まらぬ速さ故、彼らはユウタロウを見失ってしまい、当惑気味にキョロキョロと辺りを見回した。すると――。
「ぐあっ……!」
「っ……!」
「ぐほっ……」
次々と、次から次へと。彼ら一人一人の呻き声が聞こえたかと思うと、彼らはおしくらまんじゅうの様にぶつかり、一定の場所に固まってしまう。
ユウタロウの姿を捉えられぬ間に蹴られたり、剣の棟で殴られたりと、各々が受けた攻撃は様々だが、彼らは強い衝撃を与えられ、一塊になってしまったのだ。
ユウタロウに与えられた攻撃と、仲間とぶつかった衝撃に目を回していると、彼らは再びユウタロウを見失ってしまう。
そして、仲間と密着している状態から逃れようと、各々が歩を進めようとした瞬間、彼らはその異変に気づいた。
「「……っ!」」
ガンっと、何かにぶつかってしまった彼らは、またしても目を回した。固まっている彼らを取り囲むように配置されたそれは、まるで彼らが動くことを阻もうとしているよう。
それが結界であることに彼らが気づくまで、それ程時間はかからなかった。
「いつの間にこんな結界を……くそっ、堅いな」
彼らは何とか、結界の檻から脱しようと試みるが、結界には僅かなヒビすら入らなかった。各々がバラバラに攻撃を与えても意味が無いことを悟ると、
「おいお前ら。一斉に攻撃を加えて壊すぞ」
そう言って、即座に別の作戦に移ろうとした。
だが、彼らがその策略を実行することは無かった。男の提案に返事をするように、彼らが首肯したその時――。
「――もうおせぇよ」
「「っ!?」」
唐突に、見失ったユウタロウの声がどこからともなく聞こえてきた。思わず彼らは目を見開き、声の在り処を探ろうと辺りを見回す。
何度か首を回し、不意に天井を見上げると、彼らは漸くユウタロウを視認した。ユウタロウは廃墟の梁に両膝をかける形でぶら下がっており、構える剣は燃え盛る炎を纏っていた。
天地に逆らっているので、ユウタロウの前髪は開けており、いつもは見えないおでこが露わになっている。そのせいか、いつになく妖艶で精悍な顔つきのユウタロウは、不敵に破顔すると、
「言っただろ?一気に片付けるって」
心底愉し気に言い放った。
刹那、ユウタロウは業火を纏った剣を、結界に囚われる彼らに向かって振るう。ただし、破壊的な一撃では無く、比較的威力の低い技を素早い連撃で繰り出した。
結界に逃げ道を塞がれている彼らに、その業火を防ぐ手立ては無かった。例え防ぐ手立てがあったとしても、素早すぎる彼の連撃を躱すのは困難を極める。
「「ぐああああああああああああっっ!!」」
ジュっという、身を焼かれ、鮮血が沸騰し、蒸発する音と。ザクザクっと、身を斬られ、裂かれる音が結界の中に木霊したかと思うと、刹那の内に彼らの叫喚が突き抜けた。
身体中のあちこちに細かい剣撃を食らったことで、彼らは全身に控えめの火傷と切り傷を負った。もしユウタロウが強烈な一撃を放っていた場合、当たり所が悪ければ死人が出ていただろう。
だが、彼らの負った火傷は両足にまで広がっており、激痛で立つことが困難になってしまう。彼らはとうとう耐え切れず、結界の中で雪崩のように倒れこんでしまった。
彼らが戦闘不能に陥ったことを横目で確認したユウタロウは、梁に吊り下がった状態のまま勢いをつける。勢いそのままにぐるっと一回転すると、ユウタロウは軽やかに着地した。
「よっと……ふぅ、終わった終わった。あとはハヤテたちと合流すれば一件落着かな。……あぁでも…レディバグの奴ら、本当に大丈夫なのか?生徒会長の無事が確認できねぇと、手放しには喜べねぇよな……」
結界の中、苦痛に顔を歪める彼らの処遇を頭の隅で考えながら、ユウタロウは独り言を呟いた。チサトはそんなユウタロウの傍まで歩み寄ると、頬を上気させながらニヤニヤと満面の笑みを浮かべる。
「さっすがユウちゃん!こーんな奴ら、なんの問題にもならな……」
ばさっ――。
突如、鮮烈で強引な。それでいて、優しく甘い。本能のまま、昂る感情のまま求める様な抱擁が、チサトを襲った。
突然の出来事にチサトは一瞬呆けてしまうが、ユウタロウに力強く抱きしめられていることにすぐさま気づく。ぎゅっと、チサトを抱き寄せる腕の力が強まる。苦しいというのに、どこか温かいその抱擁を感じれば感じる程、チサトは何故だか泣きたくなってしまった。
しばらく何も言わないまま、チサトの体温を感じていたユウタロウは、不意に口を開く。
「……っ、はあああああああああああああ」
「ユウ、ちゃん?」
深すぎるため息を耳元で吐かれ、チサトは当惑気味にユウタロウを呼んだ。
「……悪い。気づくのが遅れた。……アイツらに変なことされなかったか?」
ため息交じりに陳謝する彼の声には、自己嫌悪と不安から解放された安堵が含まれていた。
「ううん……何にもされてないわよ?……それにユウちゃん、すぐ助けに来てくれたじゃない。遅くなんて無いわよ」
「……お前が連れ去られたって気づいた時、心臓が止まるかと思った」
「っ」
ユウタロウの切実な思いを直に浴び、チサトは胸を締め付けられた。思わず涙を零しそうになり、堪えるようにグッと唇を噛む。
「お前、俺がいねぇと駄目だけど……俺もお前がいねぇと駄目になんだよ」
「ユウちゃん……」
「てか、何勝手に連れ去られてんだよ殺すぞ」
「ふふっ、急にいつものユウちゃんに戻ったわね」
「てめぇは俺の物だってちゃんと自覚しろや。俺以外の人間に触らせんな。もっと警戒心を持て」
「はいはい」
「しょうがないなぁ」とでも言いたげな苦笑いを零すと、チサトは駄々をこねる子供をあやす様に、ユウタロウの頭を撫でるのだった。
次は明後日投稿予定です。
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