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レディバグの改変<W>  作者: 乱 江梨
第一章 学園編
27/117

27.一歩1

 ハヤテが敵と応戦している頃。時を同じくして、敵をなぎ倒す男が一人。


 長い髪を靡かせながら、反った大刀を優雅に振っているが、どこか浮かない表情を浮かべている。


 ――ライトである。



「あーあ……これ、あとでお頭に殺されるやつだなぁ……」



 敵――人形を相手にしながら、ライトは苦い表情で呟いた。目の前の敵より遥かに恐ろしいユウタロウに再会した時、一体どんな悍ましい方法で咎められてしまうのか。今ライトの頭の中は、その恐怖で埋め尽くされている。因みに、咎められないという選択肢は端から無い。ユウタロウがそんなお優しい性格で無いことは、ライトも十分理解しているから。



「何で踏んじまったかなぁ……?そしてなんであの装置、俺の足下にあったかなぁ……?」



 どう考えても、あの時ライトが踏んでしまった何かのせいで、転移が発動してしまったのは明らか。つまり、彼らが分断されている現状況を作り出してしまったのは、ライトのせいということになる。


 少なからず責任を感じているのか、それともただ単にユウタロウからの仕置きが恐ろしいのか。とにかくライトは、ため息交じりに人形を斬り続けていた。



「お頭は一瞬で倒してたけど、俺は地道にやらないと無理そうだなぁ。まぁ幸い、俺との相性バッチリな相手ではあるけども」



 切り刻んだというのに、ゾンビの如く蘇る五体の人形を前に、ライトは淡々とした声音で呟いた。


 少しずつ、少しずつ。その変化は現れ、どんどん顕著になっていく。


 何度目か分からない人形の再生。だが再生した人形たちは、元通りになっている訳では無かった。


 再生する度に、人形たちは元々の形状よりも小さくなっていたのだ。


 その理由は、ライトの持つ大刀にある。彼の愛刀はハヤテ同様特殊なもので、操志者の力を使わずとも、斬った者のジルを奪うことができるのだ。

 ハヤテの場合、蓄えてあるジルを糸に変換する必要があるが、ライトの大刀はそう言った作業が不要になる。


 つまり、操志者でないクレハが使ったとしても、斬った相手のジルを奪うことができるのだ。


 そしてこの大刀にはもう一つ、大きな特徴がある。大刀がジルを連続で吸えば吸う程、その強度が上がる上に、ジルを吸い上げる速度も増すのだ。つまり相手は斬られれば斬られるほど、大量のジルを奪われてしまうのだ。


 その特性が意味するのは、人形たちもどんどん小さくなり、最終的にはジルが尽きて消滅してしまうという事実。


 ――人形たちが再生する。だが、元々の半分ほどの大きさである。ライトが人形を完全消滅させるのは、時間の問題であった。



「さてと。もうひと頑張りしますか」



 大刀を肩に預けながらライトは言った。


 先刻ユウタロウが一掃したというのに、再び現れ、ライトを足止めする人形たちを見るに、操縦者はかなりの量の人形を用意し、小分けにして戦わせているようだ。要するに、例え今いる人形を全滅させたとしても、また別の人形が襲い掛かってくる可能性が大いにあるということ。


 それに気づけないライトでは無いのだが、気づかない振りをしているのだ。自覚してしまえば、目の前の人形を倒すモチベーションが消え去ってしまうから。


 「あと少し頑張ればお頭を探しに行ける」そう自分に言い聞かせ、ライトは戦闘に励むのだった。


 ********


 廃墟の中、ユウタロウ、ハヤテ、ライトが一人孤独にいるのに対し、スザクとクレハの二人は、同じ場所に転移させられていた。


 ライトが妙な装置のスイッチを踏んでしまい、二人が同じ場所に転移された瞬間。様々な感情が渦巻き、スザクは傍にいるクレハに縋りついた。



「く……クレハさぁん……クレハさんがいてくれてよかったですぅぅぅ……僕一人だったら一体どうなっていたことか……」

「まったく。この程度のことで弱音を吐くとは、相変わらず軟弱な奴だ」



 膝立ちしながら、クレハの腰に抱きつくスザクは、感情を爆発させるように咽び泣いた。


 一方、生温い涙やら鼻水やらを衣服越しに感じ、クレハは思い切り顔を顰めている。そのせいか、クレハはまるで蛆虫を見る様な目で、スザクを見下ろしていた。



「皆さんの中で僕が一番弱いんですから、不安になるのは当然です」



 そんな侮蔑の眼差しに気づいていないのか、気にしていないのか。スザクは立ち上がると、何事も無かったかのように歩き始めた。


 二人が転移させられたのは、廃墟の廊下。とは言っても、どこの廊下なのかは全く分からないので、探索の他にすることなど無い。


 スザクはクレハの方を振り向きながら、ほぼ後ろ歩きのような形で歩を進めていた。



「開き直るな……おいっ。ちゃんと前を見て歩け」



 警戒心の薄いスザクを前に、思わずクレハは咎める様な声を跳ねさせた。

 曲がり角に差し掛かっているというのに、スザクがそのまま一直線しようとしたからだ。クレハが危惧していたのは、スザクが壁に激突することだが、彼はコンマ数秒後、別のものと衝突することになる。



「えっ……」



 曲がり角で衝突する直前、スザクはその人物の顔を目の当たりにし、思わず言葉を失ってしまった。当然、その人物を知っているからこそ驚いたのだが、スザクの衝撃はその程度の理由で引き起っている訳ではない。


 ――その人物が、こんな場所にいるわけが無いと知っているから。

 いや、思っていたから。思い込んでいたから。そうでなければならないから。



 バタンっ――。


 スザクはその人物と曲がり角でぶつかり、流れるままに尻餅をつく。それは相手も同じであった。


 瞬間、現実を突きつけられ、スザクは目を見開いたまま硬直してしまう。そんなスザクの後ろからその人物を確認したクレハも、同じように面食らっている。



「いてて……すいません。大丈夫でした、か……」



 そんな中、たった一人。ぶつかった相手だけが状況を把握しておらず、呑気な声で陳謝してきた。だが顔を上げ、スザクたちの存在を確認すると、ひゅっと息を呑み、言葉を途切れさせる。


 互いに目を逸らすことが出来ない。呼吸も出来ない程の沈黙を破ったのは、スザクだった。



「……ロクヤ、さん……」



 目の前に確かに存在するその人物の名前を、スザクは口にした。


 スザクも、ロクヤも、クレハも。頭の中は真っ白で、まず何を切り出せばいいのか考える余裕すら無い。

 それ程までに、ロクヤがここにいるということは。そして、彼が外の世界に飛び出しているということは、彼らにとって衝撃的な出来事なのだ。



「……どうして、ここに」

「ロクヤ殿!何故このような場所に……いや、何故あの家を出たのだ!?」



 当惑気味に尋ねようとしたスザクの声を、クレハが鬼気迫る怒号で遮った。その様子から、彼が狼狽えていることは明らか。


 普段は冷静なクレハに怒鳴られ、思わずロクヤはビクッと肩を震わせるが、呆然としたまま口を開く。



「っ……二人がいるってことは、ユウタロウくんも、ここに来てるの?」

「そうですけどっ、ロクヤさんはどうして……っ!」



 何故今、そんなことを聞くのか。

 疑問とロクヤに対する批難を込めて、スザクは漏らした。瞬間、ロクヤの両目から大粒の涙が溢れ出る。思わずスザクたちはギョッとし、対するロクヤは呆けた表情のままさめざめと泣いている。



「っ……本当にどうしたんですか?ロクヤさん。ちゃんと事情を話してくれないと、僕たちも対処が出来ません」



 ロクヤの肩にそっと触れると、スザクは優しく問いかけた。ロクヤが泣いてしまったのは、二人がかりで責める様に問いかけてしまったからでは無いかと、スザクは後ろめたく思ったのだ。


 優しさで包み隠された罪悪感と、困惑と。全てを見透かして、感じたロクヤは、ハッと意識を鮮明にさせていく。



「っ……じ、実は――」



 涙を手の甲でゴシゴシと拭うと、ロクヤは口を開いた。そして、赤く腫れあがった目で二人を見据えながら、事の経緯を語るのだった。


 ********


 それは、武闘大会が始まったばかりの頃。ユウタロウが三戦目か、四戦目に突入した頃合いである。


 いつものように穏やかな時間を過ごし、緩やかに家の掃除をしていたロクヤ。


 鼻歌混じりに床を掃いていると、心臓が飛び出てしまいそうな轟音が、ロクヤの耳を貫いた。


 ――ドンっ!!



「うわぁっ!えっ、なにっ?……子供がボールでもぶつけちゃったのかなぁ?」



 首を傾げつつ、ロクヤは玄関へ向かった。


 この家には、二種類の結界が張られている。一つは、庭を除いたこの家全体を覆う、とても強固な結界。そしてその強固な結界と庭を、丸ごと覆うように張られている普通の結界である。この家を守る為、ユウタロウとチサトが張ったものだ。


 故にロクヤは思った。きっと、外側の結界に何かがぶつかったのだろうと。


 確認を取る為、ロクヤは庭に出た。その先で、ロクヤは先刻の予想をあっさりと裏切られることになる。



「……へっ?」



 思わず呆けた声を漏らしたロクヤ。その視線の先にあったのは、矢文である。


 庭を覆う通常強度の結界には、矢が通り抜けたと思われる痕――ひび割れた穴が出来ていた。そして、問題の矢文が足止めを食らっているのは、内側の結界。


 つまり、通常の結界では何の意味も成さない程、その矢文の勢いは常軌を逸していたということになる。



「何これこわっ……え、庭の結界すり抜けちゃったの?……家の方の結界が何とか食い止めてくれたのか……。ユウタロウくんがあり得ないぐらい時間かけて張ってた時はドン引きしたけど、あれ、本当に必要だったのか……」



 流石にユウタロウが手塩をかけて張った結界を貫通することは無かったが、刺さったということは、食い込む程度の威力はあったということ。普通の射撃であれば刺さることすら無く、弾かれて地面に転がることを、ロクヤは知っていた。



「これ、矢文……だよね?」



 結界に刺さった矢文を恐る恐る見つめながら、ロクヤは呟いた。少し迷ったが、最終的にロクヤは、その矢文の中身に目を通すことにする。


 矢を抜き、括りつけられた文を広げたロクヤは、息を呑みつつ文を読んだ。



〝チサトを攫い、廃墟にて監禁している。助けたくば、下記の住所まで一人で来い。一時間以内に来なければ、チサトの命は無いと思え。このことを第三者に伝えた場合も同じことだ。我々は勇者一族の彼らを常に監視している。伝えればすぐに分かる。決して、妙な考えは起こさないことだ。チサトの命が惜しいのならな〟


「チサトちゃん……」



 読み終えると、ロクヤは顔面蒼白になりながら、その文を震える手でぐしゃっと握りしめた。



(どうしよう……ユウタロウくんは今武闘大会に出場してるから、チサトちゃんがいなくなったことに気づけても助けに行けない。っ!……もしかして、犯人はそれを利用して?

 ……俺のせいだ。ユウタロウくんは俺のために、毎年武闘大会に出場している。この家を奪われないためには、ユウタロウくんは武闘大会に出るしかない。それを利用されたんだ。

 っ……今すぐチサトちゃんを助けに行きたいのに……)



 グッと、ロクヤは唇をかみしめる。ユウタロウたちに迷惑をかけてばかりの自分が情けなく、チサトを助けに行くことさえ躊躇ってしまう自らが許せなかった。



(俺が外に出れば、これまでみんなが積み重ねてきたことが全部無駄になるかもしれない。……でもっ、このままだとチサトちゃんが……)


『――ロクヤちゃん』



 不意に、チサトのロクヤを呼ぶ声が、彼の耳に木霊した。瞬間、ロクヤはハッと目を見開く。

 親愛と信頼の込められた、チサトの和やかな声を思い起こしてしまえば、迷う余地など皆無。気づけば、先刻までの憂いは晴れ、ロクヤは微笑を零していた。



「何、迷ってんだろう、俺……チサトちゃんの命より大事なことなんて、何も無いじゃないか。それに……チサトちゃんはユウタロウくんの大事な子だもん。……迷う必要なんてないよね」



 決意を確固たるものにすると、ロクヤ文を捨てて一歩を踏み出した。


 少しずつ、少しずつ、門扉へ向かう足を速めていく。震えが止まった訳でも、心臓の鼓動が治まった訳でもない。


 それでも――。ロクヤは数年ぶりに、ユウタロウに守られたこの家から、外の世界へと踏み出すのだった。




 次は明後日投稿予定です。


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