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レディバグの改変<W>  作者: 乱 江梨
第一章 学園編
25/117

25.奇妙な廃墟

 ふわふわの、艶やかな金の髪。溢れるそれを頭の両端で束ねるリボンが、ゆらゆらと猫じゃらしのように揺れている。腰まで伸びる程の長髪では無いが、毛量自体は多いので、束ねた両の髪が彼女の顔をすっぽりと包んでいる。


 そんな美しい金髪が印象的な彼女――謎の幼女の後ろ姿を見つめながら、悪魔教団〝始受会〟の三人は、少しずつ歩を進めていた。



「……ねぇ。さっきのあれ、一体どういう意味なのかしら?」

「さっきのあれ?」



 幼女は足を止めると、振り向き、見上げ、そして首を傾げた。低身長なニーナ相手でもその身長差は凄まじいので、幼女の首にかかる負担は相当なものだろう。



「仮面の連中に一泡吹かせたいなら、少し協力してくれっていうあれよ」

「意味も何も、そのままの意味として受け取ってもらって構わないのだけど。

 君たちは悪魔を貶めようとする仮面の連中を良く思っていないのだろう?なら、連中の暴挙を阻止しようとしている僕たちに協力したっていいじゃないか」



 何もかもお見通しとでも言いたげな幼女の態度が腹立たしく、ニーナはムッと眉を顰める。一方、会話内容についていけていないハッチは、ニーナの耳元に近づくため、その場にしゃがみ込んだ。



「……?おいニーナ。このガキ何言ってんだ?全っ然意味が分かんねぇ」

「話が進まなくなるからアンタは少し黙ってて」

「ちっ……」


 軽くあしらわれてしまったハッチは舌打ちすると、すぐに諦めて立ち上がる。


「それで?アンタは私たちに、具体的には何をして欲しいの?」

「僕の読みが正しければ、仮面の連中はこれから学園に侵入し、武闘大会の観客らを無差別に襲うはずだ。それを阻止して欲しい。一人として犠牲者を出さなければ上々といったところかな……」

「おい」



 不意に、突き差すようなササノの声が、幼女の耳に鮮烈に届いた。


 ササノの瞳に揺らぎはなく、真っすぐ鋭いその瞳孔は、酷く冷たく感じられる。



「何だい?」

「俺はこの国が好きじゃねぇ。本来ならこの国の奴ら全員、殺して回ってもいいぐらいなんだ。助けろって指図すんなら、俺らにそれなりの利益があってのことなんだろうな?」

「利益?そんなものあるわけ無いじゃないか……」



 幼女が紡いだ言葉の終末は、突如襲ってきた妨害によって掠れる。


 ササノは幼女の細い首を片手で掴むと、そのまま吊り上げるように彼女の身体を乱暴に持ち上げた。ササノの目つきは鋭く、内に秘めた怒りが犇々と伝わってくる。


 一方、首を絞められている幼女は、逃げ場の無い苦しみに顔を顰めた。



「……ガキ。俺が今、てめぇの首をへし折らないでやっている理由が分かるか?」

「っ……ねぇ僕マゾじゃないから苦しいのは好きじゃないんだけど。謎かけならやらないよ?」



 絞られた声で幼女が言うと、首を絞めるササノの力がグッと強まる。思わず、幼女は「うっ」と呻き声を上げ、更に顔を顰めた。



「てめぇがどういうつもりか聞く為だ。そして、素直に答えねぇなら一瞬でへし折るという意思表示だ……分かったらその減らず口をやめろ」

「……」



 ササノは、強い怒気と殺意を込めて言った。


 幼女は、今までの比にならない程の苦しみと、全身が粟立つような恐怖に襲われているはず。にも拘らず、ササノを見下ろす彼女の眼差しは冷え切っていくばかりだった。


 その冷たく鋭い眼光に彼らが射抜かれた瞬間、幼女は口を開く。



「へし折るのはあまりお勧めしない。その行為は、君たちの言うところの……〝悪魔様〟の意思に反するからね」

「「!」」



 刹那、彼らは衝撃で目を見開いた。幼女の意味深な発言で、終始謎だった彼女の正体を理解してしまったからだ。


 気づいてしまった以上、首を絞めたままにすることなど出来ず、ササノはその手を即座に離す。瞬間、幼女は地面へと急降下するが、彼女は颯爽と、そして軽やかに降り立った。


 着地すると、幼女は乱れた襟元やスカートをいそいそと整える。



「てめぇ……レディバグの奴かよ」


 忌々し気に幼女を見下ろしつつ、ハッチは核心をついた。


「まぁそういうことだね」

「ちっ」



 あっさりと幼女が肯定すると、ササノは苛立ちを抑えきれず舌打ちをかました。そんなササノを見上げると、彼女は尋ねる。



「そこの君。名前は?」

「……ササノ・セッコウ」

「じゃあササノくん。君は先刻、利益がどうこう言っていたけれど、君たち悪魔教団にとって、最大の誉れとは何かな?」


「「悪魔様、そしてその血に準ずる方々のご意志、利益のため全身全霊を尽くすこと」」



 三人は、異口同音にはっきりと言い放った。

 彼らにとってその問いは愚問もいいところ。彼らの根幹、命よりも大事なものは何かと問いているようなものなのだから。


 絶対に揺らぐことの無いその信念を尋ねられ、彼らの答えが一致しない方がおかしいのだ。



「そうだろうね……。僕の言葉は、レディバグの意思だと思った方が良い。……なに、心配する必要は無いさ。君たちだって、()()()()()()の役に立ちたいだろう?」

「っ……」



 ニッコリと不敵に破顔し、幼女は言った。図星を突かれ、反論できず、彼らは思わず悔しげに口を噤んだ。



「それに、僕だって好き好んで君たちに頼んでいる訳じゃないんだから、素直に聞き入れてくれないと困るんだよ」

「……どういう意味?」



 棘のある言い方が引っ掛かり、ニーナは思わず怪訝そうに尋ねた。


 すると幼女は、細めていた目をパッチリと開いた。口元は相変わらず弧を描いているというのに、その瞳に温かい光は灯っていない。


 凍てつく瞳の笑顔のまま、彼女は口を開く。



「あのね。僕は君たち悪魔教団のことが……反吐が出るほど大嫌いなんだよ」


 ********


 チサトの救出に向かうべく、勇者一族の彼らは、彼女が連れ去られたと思われる場所に向かっていた。ユウタロウがチサトの気配を辿りながら道を切り開き、残りの四人がその後を追いかける形である。



「ユウタロウ……愚問だとは思うが、場所は分かっているんだろうな?」


 俊敏に走り抜けるその足を止めることなく、ハヤテはユウタロウの背中に向かって尋ねた。



「あぁ。チサトに関して言えば、例え世界の果てにいようと見つけ出す自信がある」

「ははっ……お頭、何だか色男みたいな台詞ですよ、それ」

「事実だから仕方ねぇだろうが」



 ライトが苦笑交じりに揶揄うと、ユウタロウは開き直る様に言った。

 チサトの身の安全が保障されていない現状況ではあるが、ユウタロウに軽口を叩き合うだけの余裕があることを確認でき、ハヤテたちはホッと安堵した。


 そんな中、チサトの気配を近くに感じたユウタロウはその目を見開く。そして、前方に見える大きな廃墟に目をつけると、スザクの方を振り向いた。



「スザク!あの廃墟だ。先に行って道開けてこい」

「了解です!」



 勢いよく返事をすると、スザクは走るその足を更に速めた。刹那、突風が吹き荒れたような衝撃がその地に広がり、彼らの髪や服をバサバサと揺らす。誰よりも髪の長いライトは、鬱陶しそうに顔を顰めてしまう。


 それら全て、スザクが走り去った影響である。そんなスザクの姿は既になく、数百メートル先に見える廃墟へ向かったと思われた。そしてこれこそが、ユウタロウが先陣を切る役目をスザクに託した理由でもある。


 スザクは、勇者一族の誰よりも足が速いのだ。足の速さだけなら、ユウタロウでも敵わない程に。ジルによる身体強化を施してやっと、スザクの速さに追いつけるかどうかというレベルなのだ。


 ********


 廃墟へ足を踏み入れた途端、スザクは思い切り顔を引き攣らせることになる。


 何故なら、侵入した瞬間、仮面を被った人形たちが一気に襲い掛かってきたから。人形とは、以前ユウタロウたちがナオヤを尾行していた際に襲い掛かってきた人形と同一の物である。


 人形たちはそれぞれ刃物を所持しており、スザクをめった刺しにする為、それぞれの武器を振り上げた。



「ちょっ……うおっと…………ビックリしたぁ」



 その攻撃から逃れる為、スザクは高く跳躍して人形を飛び越えた。何とか着地すると、バクバクと鳴る心臓を抑えつつ、五体の人形を振り返る。


 すると、人形はぐるりと百八十度回転し、再びスザクに襲い掛かろうと踏み出す。いたちごっこになるのを防ぐため、スザクは帯刀する剣を構えた。そして――。


 人形たちの懐に一気に飛び込むと、素早い剣撃でそれぞれの片脚を斬りおとした。

 ガタガタガタッ、と。人形が倒れこむ音が響き、スザクは剣を鞘に収める。



「ふぅ……可哀想だけどこれで…………あれ?血が出てない……何で?」



 敵が人形であることに気づいていないスザクは、傷口から血が流れ出ていないことに不信感を覚え、キョトンと首を傾げる。


 倒しても倒しても蘇り、何度も牙を向けるというその特性に。そして、自らに迫る危機に、スザクは気づけていなかったのだ。


 次の瞬間、人形たちは隙の出来たスザクに再び襲い掛かる。だが――。



「っ……」



 身構えたスザクに、予測した衝撃が訪れることは無かった。思わず、ぎゅっと閉じていた瞼を徐に開くと、そこに人形たちの姿は無い。当に瞬きする間に、人形たちの影の形も無くなっていたのだ。


 突然の出来事に、思わずスザクが呆けていると――。



「いてっ……」



 スザクの頭部に鋭く強烈な、そして愛のある一撃が放たれた。頭を摩りながら、涙目で振り返ると、



「てめぇはそんなだから俺らに一生パシられる運命なんだよ。もっと警戒しろや」



 追いついたユウタロウが握り拳を持て余しながら、スザクの目線の先に佇んでいた。

 瞬間、スザクは理解する。ユウタロウが人形の軍勢から自身を救い、あっという間に対処してしまったということを。



「ユウタロウさん…………ん?今一生って言いました?」



 ユウタロウの助太刀に感謝したのも束の間、彼が何気なしに零した呟きが引っ掛かってしまい、スザクは思わず突っ込んだ。



「この人形は普通に倒しても意味ねぇから。操志者の力をフル活用するか、逃げた方が良いぞー」

「ちょっと話逸らさないでくださいよっ、一生って何ですかっ?僕一生パシられるんですか!?」



 食い気味にユウタロウの肩を掴むと、スザクは鬼気迫る様子で問い詰めた。一方のユウタロウは、素知らぬ顔で耳の穴を小指でほじっている。



「ピーピー、ピーピーうっせぇなぁ……俺らにパシられんのがそんなに不服か?寧ろ泣いて喜べよ」

「ユウタロウ。スザクを苛めるのも大概にしろ」



 ユウタロウの後方から、彼を咎めるハヤテの呆れた様な声が聞こえた。追いついたハヤテがユウタロウの後ろからひょっこりと顔を出しただけだが、スザクには救いの神が降臨したかのような錯覚が見えている。


 ハヤテに続いてライト、クレハも廃墟の中へ足を踏み入れるが、最早スザクにはハヤテの姿しか見えていなかった。



「うわぁぁん……もうっ、僕に優しいのはロクヤさんとハヤテさんだけですぅ……」

「ぶはっ!坊ちゃん超涙目じゃん、ウケる」

「お前たち……本来の目的を忘れるんじゃない。スザク、勇者一族の男がこの程度のことで泣くな」

「ううっ……はい……」



 感極まり、ハヤテに抱きついたスザク。

 そんな彼の、涙でボロボロになった顔を目の当たりにし、大爆笑するライト。

 興味なさげにユウタロウの傍に控えるクレハ。

 スザクに突如抱きつかれ、どうしたものかと硬直するハヤテ。


 とてもチサトを救うため、敵のアジトに乗り込んだ一味の図では無いので、ハヤテはまとめるように苦言を呈した。

 何とか平静を取り戻したスザクは涙と鼻水を引っ込ませながら、ハヤテに抱きつく腕を緩める。



「にしてもあの人形遣い、まだ生きてたんだな。片腕吹っ飛ばされてたっていうのに」

「……お頭」

「あ?どした」



 いつものヘラっとした声音でありながら、どこか覇気の無いライトの呼びかけに、ユウタロウたちは首を傾げる。


 ライトは滝のような冷や汗を流しており、今にも事切れそうな表情を彼らに向けている。増々疑問を覚える彼らは、ライトの指差す地面へと視線を移した。



「なんか俺……変なの踏んじゃったかもです……」

「……あ?」



 死にそうな声で伝えられたその事実に、思わずユウタロウは眉を顰めた。よく見ると、ライトの足下には一部分だけ不自然にへこんでいる床があり、彼の右足が踏み込んだことが起因していると思われる。


 それに彼らが気づいた瞬間、目を開けていられない程眩い光がその場を包み込んだ。



「「っ……」」



 しばらくして、ユウタロウは光が治まったことを瞼の奥から確認すると、そっとその目を開いた。刹那、ユウタロウはあまりの衝撃に言葉を失う。



「……何だよこれ」



 つい先刻まで傍にいた彼らが、この刹那の内にユウタロウの視界から消え去っていたのだ。



「アイツらどこ行きやがった?」



 右を向いても、左を向いても。見上げても、俯いても。


 見慣れた仲間の姿はどこにもなく、目に映るのは薄暗い廃墟のみ。突然の出来事に、思わずユウタロウは顔を顰めた。


 一体何が起こったのか?と、ユウタロウは自身の頭の中で状況を整理する。そして、この状況を打開するためには何をするべきか。


 数秒考え、呆然と空を見つめると――。



「……ま。アイツらはアイツらで何とかすんだろ」



 と、かなり投げやりな結論に辿り着いてしまった。


 ユウタロウが仲間を信頼しているからこそ出た答えではあるが、それにしても放任主義が過ぎる。だが、そんな彼にツッコみを入れてくれる人間すらどこにもいないので、彼の独特なペースで物事は進んで行く。


 この奇妙な状況についての思考を放棄したユウタロウは、チサト救出に向かうべく、その場から駆け出すのだった。



 もうここまでいけば、<L>からの読者様はあの幼女が誰だか分かったのではないでしょうか?核心を突くのはもう少し後です。


 次は明後日投稿予定です。


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