17.周到な計画
「確信した」と、ティンベルは口にした。一体何を?という、ユウタロウたちの疑問に答えるように、彼女は口を開く。
「レディバグの長はアデル兄様なのか?という問いに答えるまでに、ヒメさんはかなり間を置きましたよね?」
「あ、あぁ」
「あれは恐らく、彼女たちの長に何らかの方法で判断を仰いだから。判断を仰いだということは、彼女たちの一存で答えることが出来ないということ。そんなもの、問いに対する肯定以外の何物でもありませんよ。もし違うのであれば、瞬時に否定できるはずです」
「……アンタに、レディバグの長は兄だと思わせていた方が、レディバグ側にとって都合が良かったとすれば?」
「確かにその可能性もありますね。ですが、ヒメさんはアデル兄様のことをこう呼びました。〝アデル・クルシュルージュとか言う人〟と。
まるで今の今まで、そんな名前は聞いたことも無かったかのように。これは、レディバグの長はアデル兄様では無いと、暗に伝えるための手段だと思われます。私がこの事件に関わる理由は主にアデル兄様ですから、それを排除したかったのでしょう。
そしてヒメさんは、私がこの事件に関わることを咎めるような物言いをしました。ヒメさんの言葉全てが、レディバグの長に判断を仰いだ結果だとすれば、その人物は私がこの事件に関わることを厭っているということ……。そんな悪魔の愛し子、私の知る限りやはり一人しかいないのです……」
自らの推察を理路整然と語るティンベルだが、言葉の節々からは、抑えきれない嬉々とした感情が滲み出ており、どこか浮かれているようである。
「これではっきりしました……レディバグのボスは、アデル兄様に間違いありません」
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ユウタロウたちが人形と一戦交えている頃。クレハとルルの二人は、副生徒会長の尾行を続行していた。
「あ、あのっ……クレハ殿……」
「何だ?」
困惑混じりにクレハを呼ぶルルの声が、速い速度で流れる空気に溶けた。一方、尾行対象に悟られぬよう、木々や建物の屋根などを伝いながら、足音一つ立てずに駆け抜けているクレハは、ぶっきら棒に尋ねた。
「そ、そろそろ下ろしてもらって大丈夫ですよ?僕、何とかついて行ける程度には鍛えていますし……」
ルルの言葉を聞いた刹那、クレハはシュタっと地面に降り立ち、そのまま僅かに静止する。
その僅かな間の後、二人の視線がバッチリと交錯する。ルルは困った様に眉を下げており、クレハはそんな彼をジッと見下ろしていた。
「…………あぁ。下ろしていなかったか」
「今気づきました?」
「道理でお前の声が下から聞こえるなと思った」
ルルを抱えたままだという事実に今更気づいたクレハは、あっさりと彼を地面に下ろしてやった。
クレハの天然な部分に苦笑いしつつ、そんな彼について行く形で、ルルは尾行を再開するのだった。
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「クレハ殿は、どうしてあそこまでユウタロウ様を慕っているのですか?」
尾行の道中、少し潜めた声でルルは唐突に尋ねた。すると、凍てつくようなクレハの鋭い眼光が、ルルを襲う。
「何だその問いは。主君が慕うに値しない人間だとでも?」
ユウタロウを侮辱されたと勘違いし、クレハは不機嫌そうに返した。
「いえいえまさかっ……。僕もユウタロウ様のことは尊敬していますし……ただ、何か理由が無いと、あそこまで敬服しないんじゃないかなぁと」
「……主君は〝某を欲しい〟と言った。……それだけだ」
昔の思い出を見つめるような、神妙な面持ちでクレハは答えた。簡素すぎる回答だけで、その意味を把握することなど、ルルには当然できない。
「……それって……」
ルルが尋ねようとしたその時、クレハは「シッ!」と口元に人差し指を立てて、彼の声を遮った。
何事かと、クレハの後ろから尾行対象を覗き込むと、ルルは驚きで目を見開く。
「え……ここ、って……」
「……」
あまりの困惑にルルは茫然自失とし、クレハも動揺を隠せていない。
何故ならナオヤが足を踏み入れたのは、彼の出発地点――国立操志者育成学園の学舎だったから。
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「どうして学園に戻ってきたんでしょうか?最初から学園が目的地だったのなら、わざわざ遠回りした意味がよく分からないのですが……」
辺りを異様なまでに警戒しながら、校舎内を進むナオヤに勘付かれないよう、慎重に尾行を続行していたルルは、最小限の声で呟いた。
「……恐らく、授業終了後そのまま目的地に向かうと、生徒に目撃される可能性があるから、それを避けようとしたのだろう。
学生寮に帰宅したふりをし、わざわざ遠回りをする必要がある程、見られると不味い何かをしようとしている……?」
「なるほど……!」
推測したクレハに、ルルはキラキラとした瞳で羨望の眼差しを向けた。クレハの姿に目を奪われていると、突如首根っこを引っ張られてしまい、ルルは「ぐほっ」と唸りながら急ブレーキをかける。
「く、クレハ殿?なにを……」
苦し気に首元を抑えながら、困惑と批難混じりの眼差しでクレハを見上げる。突然の出来事に、ルルの心臓は五月蠅いほど鼓動を鳴らしていた。
「黙れ。あれが目に入らないのか」
「っ!」
クレハに促されるように前を向くと、ルルは視界に広がる光景に目を見開いた。
尾行対象のナオヤが立ち止まったその場所は、学園の理事長室。キョロキョロと辺りを見回し、最大限警戒した後、ナオヤは理事長室の扉をノックし、中へと入っていった。
つまり。ナオヤ・コモリが面倒な手間をかけてまで隠し通したかったのは、理事長との密会ということ。
それを、クレハとルルは理解した。
********
空が夜に包まれ、瞬く星がちらほらと確認できる頃。別れていた二組は漸く合流することが出来た。その頃には、既にナオヤは学生寮に戻っており、ユウタロウたちは詳しい話を聞くべく、彼の自宅に集まることになった。
尾行の果てに、彼が理事長室へ入っていったことを知ると、ティンベルはほんの少し眉を顰めつつ、こう言った。
「理事長?……やはり、そうでしたか……」
「やはりって何だよ」
まるでそれを予期していたかのような口ぶりに、ユウタロウは疑問を呈した。
「いえ、何となくそうじゃないかと、ある程度予想はしていたのです。
アリザカくんと初めて会った時の騒動もそうですが、この学園は近頃おかしすぎます。悪魔の愛し子に対する憎悪がそうさせるのか……少しでも似た特徴を持つ生徒が差別されたり、暴行を受けたりと……何の罪も非も無い生徒が害されるなんて、あってはならないことです。にも拘らず、学園側は何の動きも見せようとしていません。この事実を学園が把握していない訳もありませんし……学園に在籍する教職員全てが、動きを見せないとなると……」
「理事長クラスの奴が、裏で手を回しているってわけか」
教職員全ての行動を制限し、それに対する異議を唱えることさえ躊躇われる存在など、学園には一人しかいない。故にティンベルは、理事長の関与を疑っていたのだ。
「自然に考えるのなら、その可能性が高いと踏んでいたのです。
事件も当然解決しなければなりませんが、この学園の汚染された空気も何とか浄化しなければ、いつか取り返しのつかない事態にまで発展してしまいます」
「――いやぁ、ほんっとうに不味いですよねぇ……」
ふと、ユウタロウにとっては聞き馴染みのある声で、しみじみと呟かれた。声の主へと視線を移すと、そこに佇んでいたのは勇者一族の一人――スザクであった。
スザクは学園の三年生として通学しているので、身を持って学園の状況を理解しているのだ。
「……スザク、お前どっから湧いて出てきやがった」
「え?普通に玄関からお邪魔させていただきましたが」
「ロクヤ……何入れてんだよ」
「僕いつの間に出禁になってたんですか!?」
部屋の隅でまどろんでいたロクヤは、唐突に抗議の視線を向けられてしまったので「え、駄目なの?」と、どこか当惑気味にユウタロウを見つめ返している。
「で?何しに来たんだよ」
「そうだ……丁度その件で話したいことがあって来たんですよ」
勇者一族の中で下っ端のスザクを弄るのは恒例行事なので、二人の切り替えは驚くほど早い。
スザクの意味深な物言いに、彼らは首を傾げた。
「僕の周りでも酷い嫌がらせや、謂れのない差別を受けたりする生徒が増えてきて……僕の目の届く範囲でなら、加害者を粛正したりしていたんですが……」
「お前そんなことしてたのかよ」
「あ、はい……これでも一応、勇者一族の端くれですので……」
スザクは照れたように後頭部に手を乗せた。
「ユウタロウくんよりよっぽど勇者っぽいよね。スザクくんは真面目で偉いなぁ」
「へいへい。どうせ俺は不真面目で、どっちかって言うと悪魔よりの留年クズ野郎だよ」
「そこまでは言ってない」
想像以上に自らを卑下したユウタロウに圧倒され、ロクヤは頻りに首を横に振ることしかできない。
「……それで?」
「実は……そういった生徒を粛正していたら、被害を受けた生徒と関わることがあって、気づいたことがあるんですけど……どうやら被害を受けている生徒の中には、悪魔の愛し子の特徴を全く持たない生徒もいるみたいです」
「というと?」
「何でもレディバグに家族を救われた生徒や、実際に自らの命を救われた生徒も、愛し子に恨みを持つ生徒たちの標的になっているみたいです」
「……なるほど。レディバグに救ってもらった生徒は当然、命の恩人であるレディバグを。そして、その長である悪魔の愛し子を非難することが出来ない。だから狙われる。ということでしょうか?」
「はい。もう何というか、手当たり次第って感じで……不気味なんですよね」
スザクの話を聞き、ティンベルも会話に参加し始める。彼女の推察を首肯すると、スザクはげんなりとした表情を浮かべた。
「もしかするとこれは、悪魔や愛し子に対する憎悪を増長させること自体が目的なのかもしれませんね」
「それ自体?」
限られた言葉で彼女の思考全てを読み取ることは出来ず、ユウタロウは尋ねた。
「えぇ。加害者はもちろんのこと、このままでは被害者まで、悪魔や愛し子に恨みを持つ可能性だってあります。自らがこんなにも虐げられるのは、悪魔や愛し子が存在しているせいだと思い至ってしまえば、恨みなんて一瞬の内に増幅していくでしょう」
「おい待て……それじゃあ……」
「えぇ。今回の通り魔事件……生徒の関係者を殺すという、その行為自体に意味は無く、その事件の犯人を悪魔の愛し子だと思わせること自体に、犯人側の目的が潜んでいるのでしょう。故に、学園の騒動と通り魔事件には、明確な繋がりがあると考えていいと思います」
「えぇっと、つまりなんだ?犯人側は、悪魔や愛し子に対する差別を広めることを目的にしているってことか?」
「えぇ。事件の目撃者ほとんどが悪魔の愛し子を目撃しているのも、犯人側がわざと目撃するよう仕向けているのだとすれば、辻褄も合いますしね」
「でも分からねぇな。なら何で、狙われるのが学園なんだ?悪魔や愛し子に対する憎悪を産みたいっつっても、わざわざ被害者を、生徒の親しい者に限定する意味がよく……」
ユウタロウの疑問には彼女も思うところがあったのか、口元に手を置いて思案顔を浮かべる。だがすぐに――。
「……っ!いえ、意味はありますっ」
ハッと目を見開き、ティンベルは興奮気味に言った。
「国立操志者育成学園に在籍する生徒は、世界中から集められた優秀な操志者ばかり。学園の卒業生は次代を担う優秀な人材へと成長し、様々な方面で活躍することで大きな発言権を有しています。そしてそれは、今悪魔や愛し子に対する差別意識を強めている生徒も同じこと」
「っ!……まさか、犯人側はそれを見越して?」
「えっ、ど、どういうことですか?」
二人の頭の回転についていけなかったのか、ルルは当惑気味に尋ねた。
「つまりですねアリザカくん。
悪魔や愛し子は絶対的な悪、世界の敵であるという思想を持つ、多くの優秀な若者たちが数十年後……世界にその意思を発信できるだけの重要人物に成長することを見越して、犯人側は学園の生徒に狙いを定めたということですよ」
「っ……それじゃあ……」
漸く理解したのか、ルルのハッと息を呑むような呼吸音が鮮明に響いた。
ティンベルは神妙に首肯し、口を開く。
「えぇ。これは単なる通り魔事件などで収まる規模の計画ではなく、世界を丸ごと塗り替えてしまうような、大いなる目的によって立てられた、周到な計画ということになります」
通り魔事件の核心に迫りつつあるこの状況に、全員が思わず息を呑むのだった。
次は明日投稿予定です。
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