15.狙撃手の追撃2
「標的は見つかりましたか?お嬢様」
「……あっ、すみません。まだ探してないです」
あれ程大きく目を見開き、探索するオーラを醸し出していたというのに、ナツメは未だ行動に移してはいなかった。想定外の反応に思わず、従者のルークは硬直してしまう。
「…………お嬢様。私はあなたが生まれた時から仕えておりますが、これ程残念な頭をお持ちだとは……」
「ちょっと!失礼な上に勘違いしています!」
「勘違い?見苦しい言い訳は品位を落としますよ。お嬢様」
「本当に違いますっ……私はただ、勇者の剣捌きに気を取られていただけで……」
「勇者?……なるほど。その名は伊達では無いということですか」
任務を一瞬忘れてしまう程、ナツメが見入ってしまう剣技。その持ち主が勇者であることを聞くと、ルークは思案するような神妙な面持ちになる。
ナツメは目が良い。それは従者であるルークが最もよく分かっている。それ故にルークは、彼女の見たものを疑うような真似は決してしない。それは、ユウタロウの実力も然りである。
「強いのですか?」
「はい…………ねぇルーク。勇者とリオ様なら、どちらが強いのでしょうか?」
「さぁ?私はお嬢様のように、勇者殿の実力を直接見ているわけでは無いので何とも。ただ、お嬢様の見られているものが、その者の全てとは限りません。あなた様の想像以上の実力を持っているのだとすれば、それこそ。答えは神のみぞ知る……ということでしょうね」
「……勇者が、良い方ならよいのですが……」
徐に瞼を閉じると、ナツメは哀愁漂わせて呟いた。
「お嬢様…………」と、ルークは目を見開き、深い声で彼女を呼ぶが――。
「そろそろ本気で操縦者を探した方がよろしいかと」
ルークは至って冷静であり、目の前の現実にしか重きを置いていなかった。
「あっ、そうでしたっ。うっかりです」
「はぁ……」
「やれやれ」という彼の心情が聞こえてきそうな、深みのあるため息が空に舞う。
ナツメは普段から少しおっちょこちょいな所があり、毎度その尻拭いをする羽目になるルークの気苦労は、計り知れないのだ。
「ルーク!主人の前でため息をつくとは何事ですかっ。今絶対〝コイツ駄目だ〟って思ったでしょう!?」
「思いましたがそれが何か」
「なっ……」
ナツメの応対が面倒になってきたのか、ルークは段々と伏し目がちになっていく。その瞳はまるで死んだ魚のようで、ナツメとの温度差が甚だしい。
歯に衣着せぬ物言いをするルークに、ナツメは思わず言葉を失った。
「大正解ですよ、お嬢様。的中なのですからもっと喜んだらどうですか。というかさっさと標的探せ」
「後半雑すぎませんっ!?」
態度は最悪であるが、正論を述べているのはルークの方なので、ナツメに反論の余地など無かった。
このやり取りは二人にとって慣れたもの。故にナツメは、何事も無かったかのように視線を戻し、眼差しを鋭くするのだった。
********
「――そのナツメって奴も、アンタらの仲間か?」
「そうなのっ」
人形三体を同時に倒しながら、ユウタロウは尋ねた。答えるヒメも、身軽な動きで人形を蹴り飛ばしている。
「そいつは序列何位なんだ?」
「………………八位?」
「だから何で疑問形なんだよ。ってか、答えるまでのその間は何だ」
「あのお二人は特殊なのよ。この状況では……説明できないわっ」
ヒメやユウタロウほど余裕の無いディアンは、詰まらせた声で言った。意味深な彼女の補足説明に、ユウタロウは怪訝に首を傾げる。
(二人……?意味が全く分からないが、少なくともソイツの序列は八位。
ディアンとかいう女がそこそこ強い割に62位ってことは、ナツメって奴はそれ以上の……いや。比べ物にならない程の実力者ってわけか。
言われてみれば、さっきから一射も外してねぇし。弾道は分かるが、ここから狙撃地点までの距離が全然分からねぇ……俺が気配を察知できねぇほど離れた場所から、この精度の狙撃を成功させる……。正真正銘の化け物ってわけだ)
未知の実力者の存在に、ユウタロウは緩む頬を抑えることが出来ない。好奇心で不敵に笑って見せると、不意にディアンの言動が頭を過ぎる。
この状況。そう、多くの人形たちと交戦しているこの状況。今はレディバグの秘密より、この人形を看破することが先決である。
何とかやってみるか。と、心の内で決意し、漸くやる気を出し始めたユウタロウ。
彼は頭を捻りながら人形を対処し続けると、一つ妙案を思いつく。そして、目を見開いた。
「……どうしたの?」
ユウタロウの様子がおかしいことに気づき、ヒメは心配そうに尋ねた。
「コイツらが紛らわしい姿してっから、ついうっかりしてたぜ。コイツら、人形だったわ」
「?何を今更……」
怪訝そうに首を傾げるヒメ。至極当たり前のことを言ってのけたユウタロウの真意が、一切分からなかったからだ。
「生き物じゃねぇんなら、コイツらがどうなろうと俺の知ったことじゃねぇしな。
加えて、この世に存在するもの全てには、必ずジルが含まれている」
ヒメの疑問を遮るように、ユウタロウは絶えず言葉を紡ぎ続ける。その言葉一つ一つに、有無を言わさぬ自信のようなものが感じられ、彼女らは呆然と見つめることしか出来ない。
ユウタロウは視界に全ての人形を捉えると、大きく腕を広げ、両の五指を不規則に動かす。彼の屈強な手の骨張りが最大限まで引き出され、どこか洗練された動きにも感じられる。
「そして俺ら操志者は、ジルを自由自在に操ることが出来る」
彼の精悍な笑みが、発した言葉と同時に舞い踊っているようだった。破天荒にも見えるそれは、刹那の内に場を呑み込み、全てが彼の手中にあるのでは?と、錯覚しそうになる程――。
「「っ!?」」
突如現れたその変化に、彼女らは衝撃を受ける。
ユウタロウがグッと、両の手を力強く握り締めた刹那。今の今まで鬱陶しいほど視界を占領していた人形たちが、一欠けらも残らず消え去ったのだ。
ヒメたちは状況を理解するまでに、多少の時間を要した。その間一歩も動けず、見開いた瞼ばかりがピクピクと痙攣する。
息を呑む彼女らを置き去りに、ユウタロウは更なる行動に移す。
まるで、ぎゅっと握りしめた拳の中に閉じ込めた何かを解き放つように、ユウタロウは腕を広げた。
すると、人形によって消滅していた結界が、再び姿を現す。上方から彼らを覆うように結界は広がっていき、最終的には元と遜色ない状態に戻った。
「……まさか、操縦者から操作権を奪って、あの人形全てのジルを操った……の?」
段々と平静を取り戻してきたヒメは、一つの可能性に辿り着き、恐る恐る尋ねた。声が震えているのは、それが到底信じられない可能性だからだ。
だが現実とは、残酷であり鮮烈である。
「あぁ。一番手っ取り早い方法だろ?」
「「っ……!」」
何でも無い様に言ってのけたユウタロウは、彼女らにとって異質――端厳すべからざる存在と言って差し支えなかった。
「信じられない……相手はあれだけの人形を同時に操ることの出来る実力者よ?そんな相手からジルの操作権を奪って、同じように人形のジルを操るなんて……」
「そんなにおかしいことか?ただ単に、敵より俺の方が操志者として優れていたってだけだろうが」
「そうだけどっ……」
ジルの操作権を奪う。それは、格上の人間が格下の相手にだけ使える裏技のようなものである。元々別の人物によって操られていたジルを、無理矢理奪う形で操るのだ。当然その人物以上の、ジルを掌握する技術が求められる。
口で言うのは簡単だが、それは想像を絶する程の集中力、精密さ、空間把握能力などが必要で、並大抵の操志者には不可能な芸当である。
操志者は、ジルを自由自在に操ることが出来る。ユウタロウはそう言ったが、操志者の世界は当に玉石混淆。彼ほどの実力者を十把一絡げにするのは適切ではない。
「アンタさぁ――」
ふと、咎めるような鋭い声がディアンの耳を貫く。ユウタロウの荒業を未だ受け入れられないディアンに、ほんの少し苛立っているようであった。
「俺を誰だと思ってやがる。……勇者を舐めるな」
「っ……」
全身が粟立つような感覚を覚え、ディアンは顔を真っ青にする。一切揺るぐこと無い絶対零度の瞳孔も、身震いしてしまう程の気迫も。全てディアンだけに向けられたものであれば、それは最早殺気に匹敵してしまう。
ユウタロウの心意など彼女らに分かるはずも無いが、彼の憤りが本物であることだけは理解できた。
助け舟を出す為、ヒメは話題を逸らすように口を開く。
「この結界、人形のジルで張ったの?」
「……あぁ。人形をただのジルに変換したは良いが、それを空気中に放つのは勿体ないからな。副生徒会長が気づく前に、アイツらが壊した結界を元に戻しておこうと思ったんだ。
とは言ってもこれ、厳密に言うと結界では無いんだが」
「「……えっ?」」
呆けたような二人の声が重なった。
「その証拠に…………チサト!戻ってこい!」
「はぁーい」
当初、結界が壊されたおかげで、離れた場所に隠れられたチサトとティンベルだが、現在はユウタロウの張った結界擬きに阻まれている。
ユウタロウに言われるがまま、チサトはティンベルの手を引きつつ、彼らの元へ歩み寄り始めた。
チサトたちはスルリと結界擬きをすり抜けてしまい、何事も無いまま、ユウタロウの目の前まで辿り着いた。
「……な?」
「……あれだけのジルを使っておいて、偽物の結界なの……?勿体無いの……」
「しょうがねぇだろ?尾行対象が戻ってくれば、十中八九自らが張った結界を解こうとする。だが俺の結界だとそれが出来ない。
だから俺は、この結界擬きにちょっとした仕掛けを施してみた。誰がどう術を解こうが、当人には結界に組み込まれた術を解いた感覚がもたらされる、そのプロセスをな。ぶっちゃけ普通の結界張るより難しいんだからな?」
「次元が違い過ぎて、何を言っているのか全然理解できないんだけど……」
「ヒメには分かるの。ディアンはまだまだなの」
ユウタロウが成した技を理解できていないのは、この場においてディアンのみ。ティンベルは言わずもがなだが、チサトはそもそもユウタロウの解説を理解しようとしていない。
チサトの感覚では「またユウタロウが複雑怪奇なことを始めたなぁ……」という感じなのだ。
「んなことより、早く操縦者を見つけて尋問しねぇと、逃げられるぞ」
「それは大丈夫なの。ナツメ様が、そう易々と敵を逃がすはずが無いの。ナツメ様の視界に捉えられたら最後……姿を晦ますことの出来る人間なんて、そうそういないの」
ヒメがどこか誇らしげに言った刹那、空気を切り裂くような苦悶の声が。遠くから聞こえる酸鼻な悲鳴は女性のもので、タイミングを考えるに敵の断末魔だと思われる。
彼らは示し合わせるようにアイコンタクトを取ると、叫び声の主の元へと足を速めるのだった。
********
「みんな……どこに、行ったの?」
少し前。それはユウタロウが、敵である人形を結界擬きに変換した時のこと。
彼らから少し離れた場所に身を潜めていた彼女は、衝撃と激しい動揺に太刀打ちできず、小刻みに震える身体を抑え込んでいた。
百五十センチ程の背丈に、全身真っ黒な装い。数え切れない程のフリルによって装飾されたドレスは、まるで魔女の衣服のようである。彼女は黒のベールをかけており、怪しげな雰囲気は増すばかり。
桜色の髪はショートカットで、灰色の瞳はどこか空虚。
そして彼女の肌はまるで、穢れることを一切許されていないかのように、真っ白であった。
「……どうして、この手に、みんなの感触が残っていない、の……?まさか……消えたっ……?」
ユウタロウによって人形を奪われた現実を段々と自覚し始め、彼女の震えは悪化していくばかり。カチカチと歯は鳴り、人形を操っていたはずの五指は、最早自らの意思で制御できない程軟弱である。
絶望に染まりきった瞳に窺える感情は、燃え盛る憤怒。そして動揺。
「ああああぁっ……よくもっ、よくも私の大事な子たちを……許さないっ、許さないっ……絶対に殺すっ……。
で、でもどうしようっ……あ、あの子たちがいないと私っ……」
震える両手で顔を覆うと、ブツブツの怨念の籠った恨み言を呟くが、ハッと顔を上げると、現実というどうしようもない不安に襲われた。
救いを求めるように彼女が手を伸ばした先――。その場所にポツンと、静寂と共に存在していたそれ。彼女は、それ縋る様に言った。
「ジャニファス様っ……ジャニファス様、ジャニファス様……。どうしてっ、どうしてこの世はこんなにも不条理で、私の愛する者を傷つけるのでしょう?
私はこんな世界でどのように生きていけば……」
四つん這いになりながら必死に、それに手を伸ばそうとする彼女。
彼女は知らなかった。
遥か遠く離れた場所から、異次元の瞳で、彼女をじっくりと観察している人物がいることを。
そしてその人物が、精一杯伸ばしている自らの腕に、狙いを定めているということを。
次は明日投稿予定です。
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