11.白髪の青年2
期待、好意、熱意、緊張。真っ直ぐキラキラとしたルルの瞳からは、様々な感情が伝わってきた。
「それはつまり……私たちに協力して、通り魔事件を解決に導きたいという意味でしょうか?」
「はい。事件解決はもちろんそうなのですが、僕はそれだけでなく、この学園に蔓延る理不尽な差別意識を少しでも無くしたいと思っているのです」
「そう……でもどうしてそこまで?」
ティンベルには分からない。何故、彼がそこまでこの事件に固執するのか。何故そこまで、この世界における悪魔や愛し子に対する理不尽を嘆くのか。
「……もう、見たくないんです。誰かが誰かを傷つけて、傷けられた人の悲しみが、また誰かを傷つけて……そんな悲しみの連鎖を、もう見たくないのです」
俯きがちに、さめざめとルルは思いを吐露する。
ティンベルは思った。この人も、もしかすると自分と同じなのでは無いかと。
長い長い年月をかけて積み重なっていった、悪魔に対する歪んだ価値観のせいで、大事な人と離れ離れにならざるを得なかった。そんな自分と同じ境遇に生きた人なのではないかと。
根拠は無かった。ただ、誰かを思うように語ったルルの表情が鮮烈で。
胸を締め付けられる程、何かを訴えかけているような。ふとした瞬間に泣いてしまいそうな。彼のその表情には、理屈に勝る説得力があった。
「お前の思いは分かったが……お前、俺たちの役に立てんのか?」
「精一杯頑張ります!」
「精神論じゃねぇよ。俺らの足を引っ張らない程度の実力はあんのかって聞いてんだ。そこの生徒会長様は、事件解決に必要不可欠なブレインだ。俺の方は敵の襲撃に遭った時、戦闘で役立つ。
お前には何が出来る?言っておくが、足手纏いはいらねぇぞ?」
「僕に、出来ること……」
プレッシャーをかけられながら尋ねられ、ルルは深く考え込んでしまう。見兼ねたユウタロウは、一つ一つ尋ねてみることにした。
「お前、戦闘力はどれぐらいある?」
「恐らく生徒会長と同じぐらいでしょうか?」
「なら、頭は切れるか?」
「いえ全く!自慢ではありませんが、僕は自他ともに認める馬鹿です!」
「じゃあ今回の通り魔事件と学園について、俺らの知らないような情報を仕入れる手段を持ち合わせているか?」
「全然、全く、これっぽっちも無いです!」
「てめぇふざけてんのか」
ガシッと、苛立ちと怒りのままに、ユウタロウは彼の頭を鷲掴みにする。遠慮なく五指の爪が頭部に食い込み、純粋な痛みと、竦み上がってしまいそうな冷たい怒気に、ルルはビクッと肩を震わせる。
「まぁいいじゃないですか。ただでさえこの学園には、悪魔や愛し子を毛嫌いする生徒ばかりで、私たちの周りには敵しかいないのですから。味方は多い方がいいのでは?」
ルルを擁護するように説得したティンベルを前に、ユウタロウはどんどん顔を引き攣らせていく。衝撃を受けているようにも見える彼の表情に、ティンベルは首を傾げた。
「…………え、なに?お前こういう男がタイプなのか?」
「ぶっ……ゲホッ、ケホッ……」
頭脳明晰、冷静沈着な生徒会長様はどこへやら。ティンベルは思いきりむせてしまい、苦し気に胸を叩く。
全く想定していなかった方向から妙な勘違いをされ、その奇襲に対応しきれなかったようだ。
「ちょ……いきなり何を言うのですかっ」
「いやだって。論理的なアンタなら〝役立たずはいらねぇ〟ぐらい思っているものだと」
「あなた……私を鬼畜か何かと思っていませんか?」
「そうですよ、ユウタロウ様。生徒会長は優しい人です」
ルルがフォローした瞬間、ティンベルは途轍もない違和感に襲われた。それに気づいたのはティンベルだけで、彼らは何食わぬ顔でそれを見逃している。
(この子どうして……っ、まさか…………いや。そんなわけ無いわよね)
ティンベルはその違和感からとある仮説を立てるが、すぐに心の内で首を横に振る。その仮説を是としてしまうと、誰が見ても辻褄の合わない部分が出てしまうから。だからティンベルはそれ以上の考察を放棄して、その仮説を捨ててしまったのだ。
「まぁアンタがそれでいいなら俺に異論は無いけどよ」
「本当ですかっ!?」
「あぁ。大して強くねぇって自称する割には、殺気立ったアイツら相手に一歩も譲らない度胸はあるみたいだからな。俺、そういうの嫌いじゃねぇよ」
ユウタロウが素っ気無く称賛すると、刹那の内にルルはその相好をぱぁっと明るくする。単純明快なルルの感情表現がどうも合わないのか、ユウタロウは思い切り顔を引き攣らせた。
「ありがとうございますっ!ユウタロウ様!」
「……まぁ。てめぇの満面の笑みはやっぱきめぇけど」
「き、気持ち悪くない笑顔の練習、頑張ります!」
「アリザカくん。論点はそこじゃないと思います……」
思わずティンベルはツッコみを入れるが、ルルはキョトンと首を傾げるばかり。
ユウタロウは何も、彼の表情筋に問題があると言っている訳ではない。ただ、捻くれているユウタロウの価値観からすると、ここまで真っ直ぐに感情を伝えてくるタイプは珍獣にしか見えないのだ。故に、生理的に合わないというわけである。
こうして。通り魔事件の調査メンバーに、ルル・アリザカは加わることになるのだった。
********
ルルの存在を知ったその日。ティンベルは彼――ルル・アリザカという人間について調べることにした。
初めてルルを見た時、ティンベルは思った。この青年は、大きな何かを背負っているのではないかと。
ただ、彼という人間の印象を述べるのであれば、純粋無垢。嘘をつけない性格で、後ろ暗い部分があるようにはとても思えなかった。
その為、ルルを疑っている訳では無いのだが、会ったばかりの人間を無条件で信用できる程、ティンベルの脳内はお花畑では無い。一切のしがらみ無くルルを信用する為にも、彼の情報を入手する必要があったのだ。
「ルル・アリザカ。十五歳。学園の一年ルリ組所属。両親は幼い頃事故で他界。学生寮で暮らしている……。クラスメイトの話だと、入学当初から学生たちに聞き込みしたりして事件を調べていたみたいだけど…………その過程で彼らが被害者遺族であることを知ったってところかしら?……入学手続きの書類に不備は見当たらないし、特に引っ掛かる点は無いけど……」
ルルに関する資料を片手に、ティンベルはブツブツと独り言を呟く。彼の経歴等に不審な点は無かったが、彼女はどこか歯切れの悪い物言いである。
彼女にはたった一つ、どうしても腑に落ちないことがあったのだ。
「どうして彼、私たちが通り魔事件について調べていることを知っていたのかしら?」
ルルは言った。ティンベルとユウタロウのお手伝いをさせて欲しいと。だがその時点では一言も、彼女たちは事件を調べているなどとルルに零していなかった。
ティンベルは確かに通り魔事件を調査しているが、表立っては行動していない。彼女が事件を嗅ぎ回っていることを知られれば、犯人の尻尾を掴む機会が格段に落ちるからだ。
そして、彼女がユウタロウに協力を仰いだのもつい先日。故に本来であれば、彼がその情報を手に入れることはほぼ不可能なのだ。
このたった一つの謎が、ティンベルの頭の中で存在感を放っていた。本心ではルルのことを信用したいと思っているのだが、彼女の理性が全力でそれを否定しようとする。
不可解な点を白黒つけないまま放棄するなど、普段のティンベルであれば絶対に犯さない愚行である。つまり、ルルを信じようとしているティンベルの方が、彼女の基準ではおかしいのだ。
「……どうして私、アリザカくんのこと疑いたくないんだろう……?」
敵ばかりのこの学園において、自ら協力を志願してくれた貴重な存在だから?
純粋無垢な真っ直ぐな瞳をしていたから?
悪魔や愛し子に対する偏見を持っていなかったから?
差別を少しでも無くしたいと、そんな夢物語のような綺麗事を、一切の迷いなく言ってのけたから?
ティンベルは自問し続けるが、その実、本当は答えなど最初から分かっていた。
その答えは自嘲したくなるほど単純なもので、ティンベルは乾いた笑みを浮かべ――。
「……私はただ」
そっと目を閉じ、あの時の光景を思い起こす。
『誰かが誰かを傷つけて、傷けられた人の悲しみが、また誰かを傷つけて……そんな悲しみの連鎖を、もう見たくないのです』
「……あの時の彼の姿を、あの言葉を……嘘だと思いたくないだけね。偶には自分の直感を信じてみようかしら?どうしても彼が悪い人には見えないのよねぇ……。
……アデル兄様……私、間違っていませんよね?」
ティンベルは、記憶の中の兄に問いかけた。かつて、兄に貰った大切な言葉の一つ一つを噛みしめるように。
ティンベルには確信があった。自らの思いが決して間違っていないという確信が。彼女の心に迷いが無いのは、幼い頃アデルから貰った、溢れる程の言葉を胸に刻んでいるから。
誰よりも。自らの卓越した頭脳よりも信頼する、兄の言葉が耳に残っているからこそ、彼女はたった一人、この残酷な世界でも気高く立ち続けることができるのだ。
********
翌日。その日の授業が全て滞りなく終了した放課後。
ユウタロウ、チサト、ティンベル、ルルの四人は、何故かユウタロウの自宅に集まっていた。
四人は、客間のテーブルの上にちょこんと置かれたホールケーキを取り囲むように座っている。そのホールケーキには、誰もが唾を飲み込んでしまう程の威力があった。もちろん、それはロクヤシェフの力作である。
甘い誘惑を前にルルが目を輝かせている一方で、ユウタロウはこの状況に不満があるのか、ムスッと顔を顰めている。
「……おい。何で家なんだよ。作戦会議を否定するつもりは無いが、別に家じゃなくてもいいだろうが」
「人目を憚って私たち四人が集まることの出来る場所は限られてきます。生徒会室は副生徒会長が訪れる可能性もあるので、ここが最善手かと」
ロクヤの淹れてくれた珈琲を優雅に一口含むと、ティンベルは何食わぬ顔で言った。正論も正論なので、ユウタロウは反論一つできない。
「それにしても僕は嬉しいよ。ユウタロウくんにお友達が二人も出来るなんて……」
「友達じゃねぇよ。目ぇ腐ってんのか」
「そう……口を開けば人様の神経を逆撫ですることしか言えない、協調性と優しさをどこかに捨てて、代わりに生意気さと傍若無人の才を拾ってきてしまった、このユウタロウくんに……こんなに素敵なお友達が出来るなんて……」
「だから友達じゃねぇっつってんだろうが」
身内に対する評価とはとても思えないロクヤの物言いに、ユウタロウは顔を顰めた。ロクヤの認識下ではもう、二人はユウタロウの友人になってしまったので、いくら否定しようが無意味である。
「こんなユウタロウくんとお友達になってくれて、本当にありがとうっ……えっと、ティンベルちゃんとルルくんだったっけ?」
「はい……ユウタロウ様たちと暮らしているロクヤ様……で、よろしかったでしょうか?」
「そうだよ。ユウタロウくんを今後ともよろしくね。
あっ、ムカついてはっ倒したくなったら遠慮せず、殴る蹴るの暴行を加えても大丈夫だから!それぐらいでダメージを負うような子なら、ここまで厄介なことになってないから!」
「その前に俺がお前を殴るがいいか?」
酷い言い草なロクヤは曇り無き眼をしており、それが余計にユウタロウの苛立ちに拍車をかけていた。
その後、ユウタロウは本当にロクヤを殴った。とは言っても、軽く小突く程度のもので、ロクヤは「いてっ」と頭を摩るのみなのだが。
「――では、まずは状況を整理しましょうか?」
開口一番、ティンベルは現在に至るまでの事態を把握するために言った。
「今回の通り魔事件が発生したのは今から約一月半前。被害者のほとんどは国立操志者育成学園に通う生徒の関係者。そして襲撃者は皆、奇妙な面をつけていて、性別、年齢、背格好、犯人側がどれ程の規模なのかさえも不明。
事件現場付近で悪魔の愛し子を見たという証言が多数あることから、悪魔が何らかの形で関わっていいる可能性が囁かれています。まぁこの点に関しては、私も同意見なのですが。
問題は、それが原因で起きている風評被害です。確たる証拠があるわけでは無いというのに、悪魔教団〝始受会〟や、レディバグが事件の主犯格なのでは?という噂が流れたり、学園では悪魔の愛し子に似た容姿の生徒たちが、理不尽な迫害を受けていたり……。この状況で何の動きも見せない学園側も信用できません。もちろん、ユウタロウ様をはめようとしている勇者一族の重鎮たちと、副生徒会長も含めて」
「副生徒会長、ねぇ……」
ユウタロウの意味深な呟きが、客間に響き渡る。すると――。
「……クレハ、いるな?」
「はっ。ここに」
「「っ!?」」
ユウタロウが唐突に声をかけた刹那、客間の床にシュタっと降り立つ男が一人。
――クレハはどこからともなく現れると同時に跪くと、ユウタロウに首を垂れた。この家に住む者にとっては慣れた光景だが、ティンベルとルルは突然の出来事に目を回すのだった。
次は明日投稿予定です。
この作品を「面白い!」「続きが気になる!」と思ってくださった方は、評価、感想、ブックマーク登録をお願いします。
評価は下の星ボタンからできます。




