102.彼が陽の光を浴びる時-序章-1
過去編からかなり話数が経過しましたので、第二章のあらすじをざっくりまとめました。過去編に突入する以前のあらすじを忘れてしまった方は、これを読めば大体の流れを理解できるはずです。「いや!ちゃんと覚えてるぜ!」という素敵な読者様は、読まなくても支障ありませんので、飛ばして本編をお読みください。
これまでの「レディバグの改変<W>」
勇者一族現当主――ツキマの罠にはまったことで、ロクヤの生存が露見してしまい、彼らが危機感を覚える中、仮面の組織の構成員――黄虎紅、通称フェイクは騎士団の監獄から脱獄を果たしていた。ユウタロウはロクヤを守る為、彼が命を狙われることになった経緯をレディバグの面々に語り、彼らとの交流を深めていった。
ツキマと通り魔事件との関わりを証明する為、彼が始受会に送ったとされる手紙の入手を目指す中、クルシュルージュ家までもが仮面の組織に関わっていることが判明する。
ティンベルは、仮面の組織に情報を売った犯人を探る為、実家であるクルシュルージュ家へ赴いた。その際、暗殺者に命を狙われるが、護衛を務めていたクレハの助力によって難を逃れる。そして、暗殺を依頼した人間の僅かな情報を手に入れることに成功した。
一方その頃、悪魔教団始受会のメンバーであるササノは、心の奥底に眠らせていた過去に触れてしまい、心休まらない時を過ごしていたが、そんな彼の心を解きほぐす存在――パーシェとの出会いを果たしていた。
そんな中、クルシュルージュ家の長男が悪魔の愛し子であるという情報が世間に知れ渡ったことで、ティンベルは学園での居場所を失いながらも、懸命にクルシュルージュ家の関係者の中から、仮面の組織に情報を売った人物――通称Xの正体を探っていた。
仮面の組織、勇者一族、通称X……各々の思惑が交錯する中、勇者一族現当主のツキマは、ロクヤの居場所を特定する為、スザクを人質にとるという強硬手段に出た。ユウタロウたちがスザクの救出に向かう中、ティンベルはXの正体の特定にこぎつける。だが、Xの暴挙によって、X自身が仮面の組織に命を狙われることを知ったアデルは、たった一人でXの救出に向かうことになった。それは同時に、アデルが幼少期の頃、彼を苦しめてきた一人である彼女――ネミウス・クルシュルージュとの再会を意味していた。
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ロクヤの居所を探る為、ツキマがスザクを人質に取ったことなど露程も知らないロクヤは、レディバグによって守られた家の中、ぬくぬくと平穏な時を過ごしていた。
彼が身を潜める隠れ家に待機しているのは、メイリーン、コノハ、ナツメ、ルーク、ギルドニスの五人。
森閑とした部屋の中、不意に、メイリーンの透き通った声が響き渡る。
「はい……はい……はい、分かりました。……そういうことでしたら、私もすぐにそちらに向かいます」
会話の相手は一体誰だろうか?ロクヤは不安と疑問を持て余すように首を傾げた。
メイリーンがここにはいない誰かと通信機器で会話しているのは誰の目にも明らかであるが、相手の声はロクヤに聞こえていないので、その正体を特定できるはずも無い。因みに、メイリーン以外のレディバグ構成員も、通信術や機器などを通じて、同じ内容を現在進行形で聞いていた。
彼女たちの通信相手はリオである。ツキマがでっち上げた作り話によって敵となった騎士団と、勇者一族両方を相手に全面戦争を繰り広げなければならなくなった今、人手はあればあるほどいい。そこで、リオはレディバグの仲間に連絡を取り、少しでも戦力の足しにしようと目論んでいる訳である。
「あの……どうかしたんですか?」
「あ……」
どこか不安げな表情で尋ねたロクヤが案じているのはやはり、ユウタロウたちの身である。不安に揺れる眼差しを一身に受けたメイリーンは一瞬、どう返せばいいものかと逡巡した。
正直に話してしまえば当然、ロクヤは人質に取られたスザクの身と、そんな彼を救いに行ったユウタロウたちの行く末を案じ、とてもでは無いが平常心ではいられなくなる。最悪、スザクの代わりに自分が犠牲になろうとするだろう。
だが、この状況で「何も起きてはいない。心配するな」と言ったところで、それを鵜呑みに出来る程、ロクヤの頭はお花畑で出来てはいない。
考え抜いた末、メイリーンは、真実に半分嘘を交えて話すことにした。
「えっと……少し、私の手が必要な事態が起きてしまっただけで、ロクヤ様が心配なさることは何もありませんよ?安心してここにいらしてください」
揺蕩うような柔らかな笑みを向けられたロクヤは、納得したのかしていないのか、どちらともとれない表情で口を噤んだ。
一方、大まかな状況を理解したコノハは、コテンと首を傾けて尋ねる。
「かか……俺も、行った方がいい?」
「いえ。コノハ様が向かわれると……恐らく少し……いえかなり混乱が起きてしまうと思うので、コノハ様はここでロクヤ様の護衛を続けてください」
コノハに近しい人間は時折忘れてしまいがちになるが、彼は正真正銘現代の悪魔である。この世界にとって必要不可欠な存在でありながら、世界の嫌われ者でもある悪魔は、勇者一族最大の敵。勇者の血を引く人間は端から端まで、一人の例外も無く悪魔の気配を察知することが出来る。そんな彼らの住処にコノハが足を踏み入れてしまえば、一体どんな事態に陥ってしまうのか。想像するのも憚れる結果が待っているのは言うまでもない。
それを逆手に取り、彼らの意識がコノハに集中している隙を狙ってスザクを助け出すという策もあるにはあるが、それはあまりにも利の少ない危険な賭けである。
悪魔が現れたからと言って、ツキマはスザクの拘束を緩めるような失態は犯さないだろうし、逆に利用されるという最悪の展開すら考えられる。
例えば、ユウタロウたちが悪魔を討伐できたのなら、スザクを解放し、ロクヤのことも見逃すといった取引を持ち掛けられる可能性。仮にこんなことが起きてしまえば、レディバグとユウタロウたちが敵対関係になることもあり得るのだ。
これ以上問題が起きてはいけないので、メイリーンはコノハの申し出をやんわりと断った。
「分かった。かか、気をつけて」
「はい。皆様はどうなさいますか?」
「私はここから援護射撃をしたいと思います。私が向かったところで、役に立てるようなことは何もありませんから」
「では私は、そんなお嬢様とロクヤ様の護衛を務めさせていただきます」
ナツメ、ルークの順に答えると、メイリーンは一人物思いに耽っているギルドニスに視線を移した。
「ギルドニス様はどうなさるのですか?」
「……私は少し、野暮用が出来てしまったので、単独行動ということで」
「あ、はい……」
野暮用。
アデル至上主義のギルドニスが、彼の援護よりも優先させる野暮用とは一体何なのか?メイリーンは少し疑問に思ったが、彼女を一瞥もしないギルドニスの態度から、問い詰めたところで無意味であることを悟り、それ以上何も言わなかった。
結局。ロクヤの隠れ家から応援に向かうことになったのはメイリーンだけで、彼女は一人、リオたちの援護に向かうのだった。
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勇者一族の屋敷の庭園に集った一族の重鎮らが取り囲むのは、痛々しい姿で座り込むスザク。庭園の木に括りつけられたスザクと、照りつける陽射しはかなりミスマッチである。
スザクは顔中に痣ができており、既に満身創痍。ユウタロウに対する脅迫以前に、拷問されたのは明らかであった。
苦しげに肩で呼吸するスザクを真正面から見つめるのは、彼の視線に合わせて膝を折っているツキマ。彼は頬杖をつきつつ、どこか呆れたような表情でため息をついた。
「お前も頑固な男だな。スザク……てっきり、すぐに音を上げてロクヤの居場所を吐くと思ったが」
「っ、はぁっ……はぁっ……えぇ、まぁ……ロクヤさんを、危険に晒すわけにはっ、いかないのでっ……」
「はぁ……まったく。あんな無能の何がいいのやら。理解に苦しむな」
「……ロクヤさんの魅力に気づけないなんて、ご当主様も案外節穴なんですね」
「おい貴様っ!殺されたいのかっ」
重鎮の一人が目くじらを立ててスザクを怒鳴りつけるが、ツキマはそれを鬱陶しそうに制止した。
「よせ。今殺しては、コイツを人質に取った意味が無いだろうが」
「はっ、申し訳ございません」
「それで?スザク。何なんだ?俺たちの大切な家族――セッコウを手にかけたロクヤの魅力というのは」
(それはアンタが作った法螺でしょうが)
あくまでも、セッコウを殺したのは自分では無くロクヤという架空の物語の元、話を進めるツキマに辟易としつつ、スザクは苛立ちをぶつけるように口を開いた。
「ロクヤさんは……優しくて、面倒見がよくて、料理が上手で、いつも誰かの為に何かを考えたり、悩んだりすることの出来る人です。
……自分なりに、僕たちを守ろうと必死になれる人です!あなたたちが当然のように罵っていい人じゃない!」
「はっ……守る、ねぇ?力も無いくせに理想だけは立派なことだ」
「っ……力なら、あります……」
何も知らない癖に――。悔しげに歯噛みし、忌々しげにツキマを睨み据えるスザクの眼差しからは、そんな訴えがありありと伝わってくるようだった。一方、まさかスザクがそんな反論をするとは予期していなかったツキマは、虚を突かれたように首を傾げる。
「……ほぅ?興味深いな。あの無能に一体どんな力があると……」
「?」
尋ねかけ、口を閉ざしたツキマを前に、思わずスザクは怪訝に首を傾げた。呆けた様な面で黙り込んだツキマは数秒後、合点が行ったようにハッと目を見開いてみせる。
「まさか……お前たちに毒が効かないことと、何か関係があるのか?」
「っ!……もしかして、僕たちの知らない間に何か盛りました?」
ユウタロウたちが毒耐性持ちの身体であることを知る方法など、直接彼らに毒を盛ってその反応を確かめることだけ。故に、スザクは怪訝な相好で尋ね返した。
「ふむ……なるほど。アイツもただの無能では無かったということか。まぁ、だからといって、一族の家族を殺した罪人を見逃すわけにはいかないが。
……さて。ロクヤの居所を吐く気にはならないか?スザク」
「なるわけないでしょ」
「……爪を一枚ずつ剥ぐ」
「っ」
何の前触れも無く告げられた、身の毛もよだつような拷問内容に、スザクは顔を引き攣らせた。
「剥ぐ爪が無くなった場合は、指を一本ずつ斬り落とす。両手の指が無くなった時は、足の指をまた一本ずつ。指が無くなったら手と足を。それが終われば腕と脚を……。さて、お前が音を上げるのが先か。斬り落とす部位が無くなるのが先か……どちらだろうな?」
「えーっと……流石にそれはきついんで、僕逃げますね?」
「?」
逃げる。その言葉の真の意味を理解できた者はいない。拘束されたこの状況で逃げるも何もない上、そもそも逃げられないからこそ、ユウタロウに対する脅しが成立しているのだから、スザクの思惑を知らない者にとってその発言は、当に臍で茶を沸かすようなものであった。
だが、ツキマたちが怪訝そうに首を傾げた次の瞬間――。
プツンっ……と、音が鳴るように、スザクは自らの意思でその意識を手放した。
「……。コイツ……自分の脳に軽い衝撃波を流して自主的に気絶したな。悪知恵ばかりよく働く」
呆れを通り越した感心の声を上げたツキマは、見切りをつけるように立ち上がった。流石に、いつでも自分の意思で気絶できる相手に拷問をする程無益なことも無いので、スザクから情報を聞き出すことは諦めたようである。
「ご当主様。恥さらしがどの程度の戦力を引き連れてくるか分からない以上、最悪の場合、こちらが押されることもあるのでは?」
「その点に関して対策済みだ。お前が気にする必要は無い」
重鎮の心配を軽く撥ね退けたツキマではあるが、内心ではその重鎮以上の危機感を抱いていた。
(はっ、こちらが押される……か。この愚か者たちは、厳正な勇者選定戦で選ばれた勇者を何だと思っているんだ。……最悪、こちらが全滅する可能性だってあるというのに)
そう。ツキマは恐れているのだ。勇者ユウタロウの力を一番信頼しているのは、ある意味彼と言っても過言ではない。
何故なら彼は、自分自身が亜人であるという真実に絶望しながら、それでも尚盲目的に、勇者一族を――勇者という存在を信じ、崇拝しているから。
だからこそ、勇者選定戦で勝利を掴み取ったユウタロウの実力だけは、勇者の名において信頼しているのだ。その心構えや思想が自らと相容れないだけで、実力だけに注目すれば、ユウタロウはツキマが崇拝してやまない勇者のそれに相応しいものを持ち合わせている。
だからこそ――。
ツキマは誰よりも慎重に。己の秘密を知る彼らを確実に殺すため、念密に練られた計画の上を、一歩一歩歩んでいるのだ。
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