3話 第七血位パーティー(前)
【星遺物】の発掘や探索は、本来であるなら【遺跡士】の仕事である。
だが、この帝国では【遺跡士】の待遇は決してよいものでない。故に【遺跡士】の数が少ないため、代役として【錬星術士】である私が任命されるケースも多々ある。
「レイはさあ、荷物持ちもできない非力なんだねぇ」
耳にするだけで、不快極まる感情がドッと押し寄せてくる声。
道中でチクチクと口撃を挟む人物に、一瞥だけして無視を決め込む。
「レイは役立たずを物語っているねえ。お前の筋肉もそう囁かないのか?」
いや……私は君らみたいな、チート持ちとかじゃないからな。
アーク、キミが何気なく持ってるその【暗鉄本】だって、100キロ以上だろう? それらに準ずる至宝級の荷物やら予備の武具を持って歩けとか、余裕で1000キロは超えるし、死ねる。
なんて言い返してやりたいものだが、そんな余裕はもはやない。
身体的な疲弊はもちろんだが、それよりもまず目の前の光景に心を奪われたからだ。
「ここが【雲の断崖】の上……【竜の巣】か」
【虚言に落ちた太陽】と名付けられた災厄から二カ月後、私に課された禁固刑は解かれた。減刑すぎる処遇に疑念を抱きながらも神の招致に応じれば、名誉挽回の機会を設けるとし、とある調査任務が下された。
それは突如として近隣に現れた巨大な雲の壁、【竜の巣】の探索だ。
そこまで説明されれば、ああ、なるほどと納得した。
竜、それは古くから神をも殺す存在として畏怖され続けている幻想獣。
そんな竜を生成すると囁かれてる未知の存在が【竜の巣】である。
一説によれば【竜の巣】そのものが【星遺物】であると、定かではない情報が囁かれている。何せ【雲の断崖】を超えて【竜の巣】に到達できた人物が少なければ、帰ってこれた人物も極僅かである。
まあ心当たりがないとも言えないが……不可解なのはこれだけの目撃情報がありながら、その神出鬼没性もあって全くの未知領域となっている事だ。
神々が絶対であるこの世界で、理解しえぬものがあるとすればそれは【星遺物】に他ならない。
すぐ近くに危険性の高い【星遺物】が出現したのなら、それの調査をさせるのが定石。
結局は私を利用するために罰を解いたのだと理解すれば、神々とは常に人を食いつぶす存在であると再認識できた。
だがそれは些細な事であり、【星遺物】の収集と研究は私の本願であるのが重要である。が、おそらくは、この愚かしい欲求すらも神は看破し利用しているにすぎないかもしれない。
「おいおいアーク、暴発すんのは早えぞ。所用を済ますのはまだだぜぇ」
「わかってますって、バーンズ様」
今回、選抜された探索パーティーの1人がアークを嗜める。
名をバーンズ・イェーガーといい、炎のような前髪をがさつな所作でかき分ける。
『生命力に溢れている』というのは、バーンズのような男を指すのだろうな。大柄の骨格に、野太い筋肉という名の鎧に覆われた見事な肉体。圧倒的な武を身にまとうその覇気に、さすがは神人であると思わせる。
バーンズはアークよりも上位の【血位者】であるため、アークの態度は私と一変して殊勝なものに変貌する。
そんな2人へ不機嫌そうに一言添えるのは全身黒ずくめの中年男性、ノラ・オルガノだ。
「――――五月蠅い、控えろ。リヒテス様の御前ぞ」
こちらもバーンズに負けず劣らずの偉丈夫であり、物凄く渋いナイスミドルである。
古風な葉巻をくゆらし、鷹のように鋭い視線を2人に浴びせれば、当人たちは黙りこくった。言わずもがな、先の2人よりも高位の【血位者】である。
「――して、レイよ。此度は【第五血位】様ご一行と2手に分かれての探索であったが、どうやら先に【雲の断崖】を突破したのは我々のようだな」
ノラ・オルガノにその名を呼ばれた美青年が――
この場の誰よりも高位である人物が私に話しかけてくる。
「はい、リヒテス様」
「ふん……して、貴公はこの場をなんと捉える」
リヒテス・ノルディアート。
自らの血族を【最古の人間】と冠する、ノルディアート家の若き当主にして、【英雄神アキレリア帝国】において上位7番目の武力を有する【血位者】。
長い金髪を優雅になびかせ、氷より青く透き通った双眸を私に向ける。
女性であれば彼の美貌っぷりに色めき立つだろうが、男の私からすれば冷たい視線に込められた意味を把握するのが重圧であるだけだ。
「おそらく、こちらが【竜の巣】であるかと」
「おそらく……?」
咎めるような問いに私は無言でうなずく。
彼の蒼き瞳は、かつてあった空の青さを彷彿とさせる美しい煌めきを見せるが、私に向ける瞳の温度は氷点下である。
リヒテス様が私への不信感を抱くのも当然で、【虚言に落ちた太陽】の時に最前線で戦っていた彼は【祈りの涙】によって多くの部下を失っている。
その原因は私の判断ミス、もしくは【失伝魔法】に対する知識の浅さが招いた惨事だと思っているはずだ。
リヒテス様の父上が『何かの間違いかもしれない』と私を庇ったらしいが、起きてしまった事実は消せず、失った者の大きさから遺恨や疑念を簡単に払拭するのは不可能だろう。
それ以前にリヒテス様は私への不信感を抱いていたようだが、あの日以降は更に風当たりが強くなった。
「おそらく……だと? その憶測とやらで、貴公は再び私の部下や仲間たちを危険にさらすのか?」
弁明の余地なし、結果で示せとゆるぎない瞳がそう語る。
「レイ。父上に認められた錬星術士ならば、正確に、慎重に、言葉は選びたまえ」
リヒテス様の声音は、聞いた者全てが底冷えするほどの鋭さを伴っていた。
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