13話 プリシラ・ローゼシュタインの想い
【神問会】。
それは【英雄神アキレリア帝国】において国事を決定する最高機関に位置する。
英雄神アキレリアを頂点とし、国内有数の【血位者】が集められる会合の場であり、今回の議題は【武を語る街ストリカ】の消失に関するものだった。
その原因究明と責任を問う会であったが、主神であるアキレリアの一方的な通告にて早々に【神問会】の幕は閉じたのだった。
神の御言葉は二つのみ。
『【星遺物】の暴発であるのなら仕方ない』
『アーク・ビブリオンの血位を【第三十二血位】に降格させる』
ちなみにだが【血位者】においての序列は、神から継ぐ血の力が絶対基準となっており、すなわち個人においての武力の強さが大前提となる。
絶対的な力の強さこそが国是であり、神に定められた完全なる序列。
それが下位の【血位者】に決闘で負けてすらいないのに、降格するのは【血位者】にとって死ぬよりも辛い惨めな罰である。
「やはり、アークには筋肉が足りなかったようだな。オルガノさんもそう思うだろ?」
「…………口ばかり……達者な奴であったからな」
「しっかし、30ある都市のうちの1つが潰れるたぁ……王権を持つ【血位者】の席が一つ減っちまったなあ」
「バーンズ……あまり余計な口を開くな」
【神問会】が解散となり、数人の【血位者】らが吐いたのは渦中の人物に対する評価だ。そして、神に自らが都市を治める権限を授かる証、【王権神授】の対象都市を失ったと憂うもの。
街1つが消えたというのに、彼らの感心は神にどれだけ認められているのかが重要であって、『民が何人死のうが眼中にない』と言った意思が透けて見える。
だが、中にはそうでない人物もいた。
「ローゼシュタイン様、見ましたか? 英雄神様の御前であるのに、アークのあの不敬な顔を。まるで悔しさを噛みしめるような……【血位者】としてあってはならない無礼ですな」
名門中の名門、ローゼシュタイン家のご令嬢に話しかけたのは長身痩躯の美青年だ。
【第七血位リヒテス・ノルディアート】は風に揺れる艶やかな金髪をかきあげ、多くの女性を虜にするであろう微笑みを浮かべている。
「……悔しいのは僕の方です。リヒテス」
対して、彼に話題を振られた少女もまた絶世の美姫と名高い【血位者】であった。
長く伸びた髪は【天空神アイテール】の瞳より澄み切った青であると評判で、万民が目を惹かれて止まない。さらに【美の戦女神イシュタル】も顔負けの美貌を持ち、絶大の人気を誇っている。
それでいて、16歳の若さで帝国内トップ5に入る実力者である。
誰もが認める頂点の1人、【第五血位プリシラ・ローゼシュタイン】その人は、リヒテス・ノルディアートへ冷たい視線を送る。
「ローゼシュタイン様が悔しい、と言うと……?」
彼女の本意を計りかねたリヒテスは再度、疑問を重ねる。
「帝国は惜しい人物を亡くしたのですから」
「まぁ、アークはあれでも民を扇動する能力には長けてましたな。奴の神意はなかなかに有用ですし。なので【王権神授】の剥奪も、他の国から奪った都市が手に入り次第すぐにでも戻る気もしますが」
「……アークのことではありません」
ピシリ、と空気が割れる音が響く。
リヒテスは彼女が不機嫌になったのを悟り、自らの失言をすぐさま謝罪した。
「ローゼシュタイン様の御意向を察知できず、申し訳ありません。失われた民もまた、貴重な帝国の糧でしたな。しかし、ペテン師レイが引き起こした大事件と比べれば取るに足らない損失ですよ。高貴なる貴女様が悔やまれる必要はございません」
街1つを失っても、小さな損失と切ってのけるのは【英雄神アキレリア帝国】がそれだけ多くの都市を所有し、強大な帝国であるという証でもある。
無論、それが愚かな判断ではないと言い切れるはずもなく、臣民を失って心から憂う人物も【血位者】の中にはいたのだ。
「確かに臣民を失った事実は悲しいです……しかも、それが未然に防げたであろう人物が、つい最近までこの帝国にいたというのに……」
力強い瞳でリヒテスを見つめ返すローゼシュタイン。
彼女の緋色の瞳には疑念の色が浮かんでおり、研ぎ澄まされた刃の如くリヒテスを貫く。
「レイがいれば【武を語る街ストリカ】が消えるのも防げたのでは、と。僕はそう言っています」
明らかにペテン師と呼ばれた大罪人の肩を持つ言に、眉をひそめる者がチラホラと現れるがそこは彼女が上位者であるのもさながら、名門ローゼシュタイン家というのもあって反発心を表に出すことはない。
そもそもがリヒテスを含め、彼女に評価されているレイに対する嫉妬心じみた感情はあっても、彼女への悪感情には繋がらない。むしろお近づきになりたい男の【血位者】は多いだろう。
「ローゼシュタイン様はなんとお優しい。あのようなペテン師にも等しく、【血位者】としての民を守るといった責務を背負おうとしているのですね」
リヒテスの態度を見て、ローゼシュタインはどこか諦めたような表情を浮かべる。
それは、レイの価値にまるで気付けていない愚鈍者を見る眼差しそのものだった。
リヒテスも所詮は大切な友人を貶める存在である、そうと分かれば彼女は心を閉ざすように氷の如く表情が固まってゆく。
「リヒテス。レイの最期は……どのような……?」
「脆弱なペテン師なればこそ、竜に一噛みされて救いようもなく。アークやバーンズの負傷もあったので、我々はその場を離脱するのが精一杯でして」
しれっとした顔で返答するリヒテスに対し、ローゼシュタインは不意に俯いた。
それから数瞬の沈黙の後、彼女はポツリポツリと自身の内心を吐露し始める。
「悔しいのです。【竜の巣】で、あの時……レイの傍にいられなかった僕自身を、悔いているのです」
気付けば彼女は下唇から血を流していた。
噛みしめた前歯から、彼女の傷口は徐々に広がってゆく。
「どうして駆け付けられなかったのかと。どうして守れなかったのかと、どうして死なせてしまったのかと、どうして……僕を置いて逝って……」
普段から冷静沈着であるイメージの彼女から到底想像できない反応に、さすがのリヒテスも驚きを隠せない。
ひどく、ひどく、悲しみに耐えるような所作でローゼシュタインはぽつりとこぼす。
「レイの死によって……悲しみの楔が、この胸に深く打ち込まれたのです」
帝国の美姫と呼ばれた少女が、ペテン師と呼ばれる青年に――
深い深い、敬愛の念を抱いているのが一目で見て取れた。
「きっと、この胸の痛みは生涯消えないでしょう」
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