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起②
「なんで」
しばらく彼女と見つめ合って、
私は、やっと三文字絞り出した。
首を傾げる、彼女。
私の疑問には答えてくれない。
いや、
答えられるわけがない。
あまりにも漠然とした問いだ。
なんで、私がいるって分かったの。
なんで、振り向いたの。
なんで、なにも言わないの。
ここでなにをしているの?
ウシロダくんのうわさを知らないの?
貴女は誰?
菫色の、彼女の瞳をじっと見つめたまま、
ぽこぽこと湧き出た疑問が、
形を成す前に消えていく。
酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせて、
つづきの言葉を探していると、
「君は、
誰」
首を傾げたままの彼女が、
そう問いかけてきた。
「私は、」
名前を答えようと息を吸って、
ああ私は呼吸をしていたのだと、
そんな当たり前のことに気がついて、
闇と私の身体とが、
その境界線が、
呼吸によってはっきりと分かたれて、
ようやく、生きた心地がした。
「さより。稲田、沙代里」