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第三話 時計盤を逆走して 

「なんでこうなっちゃうんだろ……」


 部室で真壁先輩、広瀬先輩と口論した後、工藤さんを追いかける足が動かなかった。もう昼休みも終わろうかという時間だが、教室に戻る気になれずに校舎外に出てきていた。


 朝倉さんを手伝ったのは私だと、ずっと言おうと思っていた。それが工藤さんに話しかけるきっかけになるかもなんて、期待していた……でも。

 最悪のタイミングだった。……私が勇気を出せずにいたから、裏目に出てしまった。


「私に謝る資格なんてあるのかな」


 臆病者の私に。あのとき、工藤さんを裏切った私に。


『今年の巨大術式制作、コアアイデアを指名するよぉ。工藤澪さん、あなたにやって欲しいって思うね』


 滅多に部室に来ない顧問が言ったこの言葉が、全ての始まりだった。

 コアアイデアは集団で大規模な術式を描くときに、必ず用意されるリーダー的な立ち位置だ。毎年卒業を控えた四年生をおくるための予餞会では、賑やかで贅沢な術式で卒業生を送り出すというのが目玉だった。

 そして、例年その魔術のコアアイデアは三年生に任せることになっていた。


 生徒からも不満に対して、顧問が言うことには、そもそも三年生がコアアイデアをやるというのは十年そこそこの伝統である、守る必要性を感じない、と。要するに、生徒の要望は突っぱねられたのだった。

 残念ながら、元来コアアイデアは形式的とはいえ、教師が指名することになっているのでそれ以上文句の言いようがなかった。


 たかだか部活の出し物ぐらいで、と冷め切った反応の人間も、私を含めて多く存在した。三年生であっても、最初からコアアイデアをさせてもらえそうにもない立ち位置の人間からすれば関係の無い話である。


 しばらく工藤さんは部室に来なかった。先生と話し合っていたらしく、数日後工藤さんは先生からの指名を受ける旨を部員たちに伝えに来たのだった。

 久しぶりに部室にやってきた工藤さんは、部内のごたごたに無関心を決めこんでいた私を、突然廊下に呼び出した。


「滝さんにデザインを手伝って欲しいの」


 見られていたんだ。工藤さんは演者で、私は背景だと思っていた。急に舞台に立たされた素人役者は、なにか眩暈するような、ちかちかするような感覚に襲われた。その時自分がなんて答えたのか、よく覚えていない。


 それまで授業の課題ぐらいでしか絵も描かなくなっていた自分は、その言葉に手を引かれるように、巨大術式制作の手伝いを始めた。

 工藤さんのアイデアを形にするには相当厳しいスケジュールだったが、私には気にならなかった。


 忙しくなってくると、当然工藤さんと一緒にいる時間が増えて、話す機会も増えていく。


 『ほんとうにいいもの』のためなら私何でもできるの。


 あるとき、工藤さんはそう言った。工藤さんは自分のことをあまり語りたがらないから、その時はどういう意味かよく分からなかった。

 それでも、工藤さんの考えを知っていくのは楽しかった。なんだか自分が失ってしまった情熱みたいなものを取り戻していく感覚があった。


 だけど、そんな時間は長くは続かなかった。

 私は見てしまったのだ。真壁が、開発途中の術式が描かれた鉄板を破壊するのを。


 三年生で次期部長と目されていた貴水先輩は、工藤さんの管理不行き届きと、そもそもの計画に無理があったと主張した。

 工藤さんも、はいそうですかと意見を飲むわけにはいかない。まだ描きなおしても十分間に合うと反論した。


「じゃあ、あんた一人でやったらいいわ。私たちは私たちで勝手に作る」


「……なんでですか。私のコアアイデアに文句でもあるんですか」


「あんたは正当に選ばれたわけじゃない。そうでしょ、ねぇ?」


 そういって周囲の人間に同意を求める。反応はうなづくか目をそらすかだった。

 そして、私は……目をそらした。


 ……怖くなったんだ。あれほどまでの憎しみが工藤さんに向けられていたなんて、想像もしていなかった。

 真壁さんがやったことを糾弾することもできたのに、私はしなかった。


 それから私は貴水先輩がコアアイデアを担当している術式を手伝った。

 工藤さんとの時間は終わったのだ。そう自分に言い聞かせて。

 その間、工藤さんは一度も部活に顔を出さなかった。


 それなのに、予餞会の日。工藤さんはやってきた。まるでそうするのが当然かのように、卒業生たちを外に誘導して、術式を発動した。

 花が咲き、鳥が歌い、なにもかもが私たちを祝福しているような感覚。そこにいた人はみな、圧倒されていた。

 私の描いた絵だ。いや、私の描いた絵だった。


 いくらデザインを私が考えたと言っても、あの時点で作業が終わっていたのは植物や虹ぐらい。それ以外のデザインを術式に落とし込むのに、どれだけの労力が必要だったのだろうか。

 関わった人員は比べ物にもならないのに、私たちが拵えてきたありきたりの花火とは違う、確かな美意識とオリジナリティを感じる芸術作品だった。


 


 あれを見た時に、高揚のような、でもそれだけでもないような熱が、体の内部からぐわああっと出てきた。工藤さんの作る世界が綺麗だったよって、まだ伝えられてない。それがたまらなく口惜しい。


 朝倉のコンクール用の作業を手伝ったのも、工藤さんへの贖罪の意図があっただろう。そこまでして私が信念としてのつながりを保とうとしたことも……きっとあの時の感動と、それから感謝を、示すためだったはずだ。それを今更諦めきれるだろうか。

 逃げたところで、工藤さんから目をそらしたあのときと何も変わらないのに。 


 思考がそこまで至ったところで、自分が中庭の人気のないところに迷い込んでしまっていたことに気づく。

 ここはどこだろう、と辺りを見回すと、何かが木に引っかかっているのを見つけた。


「なにこれ」




 分針がゆっくりと動いている。煉瓦製の茶色がかった建物の前面に、顔のように存在している大きな時計。かすかな頭痛のせいでぼやけた頭のまま、絞りを開いたカメラみたいな視界で時計台の分針を眺めていた。

 分針が揺らいでるように見えて、進んでいるのか戻っているのか瞬間的にわからなくなったりする。曲がっているように見えたりして、時計回りがどっちだったかわからなくなることもある。じーっとそれを見つめてると白い盤面がなんだかおかしくなったような錯覚に頭が浸かってしまう。


 そういえば、私は屋上にきたっきりずっと時計台の分針を眺めていた気がする。そりゃあゲシュタルト崩壊みたいになってもおかしくない。


『授業に出なくていいのか?』


 突然、自意識の営みを邪魔するように、ポリンから質問が飛んできた。


「……聞かなくても内容わかるし、出席制度なんて下らないし、お腹ちょっと痛いし」


 そういいながら、時計台から校舎の取水塔の方に体を向けなおし、手すりに背中でもたれかかる。


「ノート探すのめんどっちぃな……」


 いまだノートは見つかっていなかった。

 最初、一番の心当たりである屋上にあたった。昨日、警備員らしき人が屋上に上がってきたとき、結構焦っていたのを覚えている。しかもよく考えると、それ以降ノートを見た記憶がない。

 ただ、ずっと鞄の中にあると思い込んで、今まで過ごしているので、記憶が正確とは言い難いが。


 その後、学生生活課でノートの落し物がないか尋ねたり、昨日落ちた植え込みのあたりを探したりと、四方をあたったが、全く気配すら見せない。ノートには名前が書いていないから、拾っても直接私に持ってくるということはないだろう。


 あとは部室ぐらい……。しかし、あの実習室の本来の使われ方である講義が終わるまで待たないと入れない。歩き回る気にもなれず、結局屋上に帰ってきたのだった。


 ここを私が気に入ってる大きな理由は、景色がいいからだった。郊外にある第一魔術学校からは、敷地内も含めて見渡す限りの大部分が森である。木々のざわめきや湖面の反射が一望できるというだけでも、一見の価値があると思う。中等部の校舎や、時計台などの建造物も、この並び立つような角度で見ることは少ないので、最初は随分新鮮に感じた。息苦しい学校でのごたごたに比して、ここは開放的で落ち着く。

 

 そういえば、このスポットを見つけたのは、ちょうど魔法部での風当たりが強くなってきた頃だった気がする。

 予餞会の出し物づくりの仕切り役に任命されて、三年生から恨みを買ったあの時期。


 私の滝と二人で作った疑似オブジェクトの術式が破壊され、私を手伝ってくれる人は誰もいなくなった。滝は何も言わなかったが、おそらく貴水かその周辺人物の誰かが私たちの術式を壊したんだろう。


 術式も一人でやれと言われたから一人で作ったが、デザイン担当の滝に対して申し訳ない出来となってしまった。スケールは比べ物にならないくらい小さくなり、精巧さも失い、みっともない。花のアーチは一つしかなく、鳥は十羽に満たず、多くの要素が切り捨てられていて。


 朝倉がコンテストで出してきた体内の魔力動態をレントゲンのように可視化できる機械は、理論的なバックグラウンドがなければ作れるものじゃない。一方でやってることの本質は写真を撮っているというだけなので、造影魔法を使い慣れた工学科の人間が協力するのは適切だ。二つの分野の人間が協力するのは、良しあしというより必然なのだろう。


 一人でなんでもできる、というのはただの幻想。そうなのかもしれない。

 私がちょっと色を出して滝を巻き込んだらこの様だ。久しぶりに『本当に良い物』ができると思ったのに。


「『本当に良い物』かあ……」


 屋上の手すりにもたれて、遠く離れた地面を見つめる。昨日、一瞬だけ経験した自由落下の感覚を思い出していた。


『……変なこと考えてねえだろうな』


「ばーか、また守衛さんが来たら面倒だなって思っただけよ」


 ポリンが変な顔をして私に声をかけてくる。ポリンはいっつも変な顔か。


「あー……面倒くさいし、もう帰ろうかな。もうノート見つからないでしょ」


『おいおい。あのノートは、田舎から持ち出した数少ない荷物じゃねえか』


「……なんであんなもの持ってきたのか、自分でもわからない。持ってきたのはいいけど、一度も開いたことないし」

 

 なんとなく、また時計台の方に意識が向かう。自分の集中力をコントロールできないような感覚は、不快だ。


『……あのノートに魔法陣を描いてたころのお前はもっと楽しそうだった』


「あの時と今は違う」


 あのノート、『まほうのノート』は私だけで描いて勢いたものじゃない。もう一人いたから、何十ページも埋め尽くすぐらいたくさんの式が描けた。

 体の中の嵐がぐるぐると回転している。屋上の風がそこに巻き込まれていく。


「一人で生きていくために、私の力を示すために魔法を使っているだけ。動画作りだってそう。付き合ってあげないと、あんた達がボイコットするっていうからやってあげてるのに」


『あのノートには精霊が使える録画の魔法もあっただろ。あれがあるだけでもお前の作業は楽になる』


 ポリンが口をはさんできた。でも、私も言葉を切らなかった。


「あんなノート無くても、私だけの力でコンテストにだって優勝してきた……」


 でも。


『でも、一人じゃ限界があるんじゃないか』


「うるさい!」


 手すりに拳を振り下ろす。鈍い音と共に、手の側部に痛みが響いた。

 体の中をかき回す嵐がはちきれそうに苦しい。


「私の術式がつまらないんだって、はっきりそう言えばいいじゃない」


『そんなこと言ってないだろ』


「うそ。さっきからあのノートにこだわってる。あんたたちが私に魔法を教えたくせに、もっと責任持ちなさいよ」


 時計台の針が微視的に反時計回りをする。


『……お前には才能がある』


 頭に血が上って、視界に何も映らなくなった。


「じゃあ、私の何がダメなのよ!」


 鞄を持ち上げる。いい加減、風の音が不快になってきたところだ。

 階段を下っていくと、後ろから聞こえるポリンの声も、扉のきしむ音でもう聞こえなかった。 



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