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第二話 人間たちの散逸構造

 才能は一目見たらわかる。

 私が工藤さんに初めてあったときに感じたのは、これだった。

 精々15、6年生きただけの私でも、言葉にすれば短いこの一文を、何度も体験してきたと思う。


 正直、工藤さんのことを気にくわないと思っていた。私が、こんな学校に来なきゃ行けなくなった原因、それが才能っていう理不尽だったから。


 私が部活を魔法部に決めたのは消去法だった。運動とかは苦手だったし、なにより、油絵だとか古典音楽だとかそういうものから離れたかった。


 入ってみたら、思ったより楽しかった。魔術の勉強は苦手じゃない、ぐらいで面白いとはあまり思ったことはなかった。現在ろくに使われていない炭素描記法について延々と覚えるのはつまらないけど、それが現在の式の書き方にどう活きているかを知るのは、ワクワクした。


 でも、良くできる人と出来が悪い人は当然いた。私は式を完成させることすらままならない後者だったけど、工藤さんは見るからに前者だった。

 講義で話してくれないようなことでも、工藤さんは活用して式を描いていた。発想だってとても高校生のレベルとは思えない。私が工藤さんを意識してた理由はいろいろあったけど、やっぱり圧倒的な魔術の実力が一番、目についた。


 彼女のようにはなれない。だけどなりたいって思うわけでもない。それは、才能には良い面もあれば、苦労させられる面もあるからだ。

 工藤さんは、明らかに嫉妬されていた。魔法部の人間から、露骨に。


「工藤さん、今日は集中できてないのかな~」

「そりゃあ、そうでしょうよ。魔工じゃない人に優勝されちゃったんだから。プライドも傷つくってもんよねえ」


 放課後の部室。ついこの前のコンテストで工藤さんが負けてから、魔法部の部員たちは声が大きくなってきた。いろんな意味で。

 さっき聞こえてきた声も、嫌味な響きだ。しかし私にとってはそれだけじゃなく、焦りを感じさせるものだった。


 部内で交わされている話声に、なんとなく肩が丸まりつつ、窓から身を乗り出しながら一人タブレットを眺めている工藤さんの背中に近付く。工藤さんに……彼女に言わなければいけないことがあったから。

 そのせいで、工藤さんが真剣に読んでいる記事のタイトルが見えてしまった。


 『オススメの動画編集ソフト三選』……? どういうことだろ。工藤さんがパソコンをいじっているところは、あまり想像できない。


「どうかした?」


 工藤さんは、こちらに気づいて、手元のタブレットを隠しながら振り向く。勝手に画面を見てしまったことに申し訳ない気持ちがわいてくる。


「ご、ごめん。大したことじゃないんだ。げ、ちょ、調子はどうかな……みたいな?」


 動揺してしまって、何を話しに来たのか、自分でもわからなくなる。だんだん恥ずかしくなってきた。


「げ? うん、元気だよ。ごめん、もう帰ろうと思ってたところなんだけど、なにか用があったかな」


「あ、いや! だったら、ぜんぜん、ていうか……」


 わちゃわちゃと身振りが激しくなってしまう。でも、実際私が言わなきゃいけないことなんて、工藤さんからしたら大したことじゃない。

 不思議そうな顔をする工藤さん。引き留めてしまって申し訳ない気持ちになる。


「ひ、引き留めてごめんね」


「ううん、大丈夫。じゃあ、また明日」


 そう言って工藤さんは帰ろうとする。


「落ち込んでてかわいそ」

「あのときもこれぐらい素直だったらよかったのにねえ」


 あの集団はこっちが何をしたって、あの調子だ。とりあっても仕方がない。

 工藤さんもそう思っているのか、特に気にした様子もなく教室を出ていく。


 でも、もしかしたら心の中で泣いてるのかも、そんな風にも思えるのだった。




「ぶぁーーーーーーーーーーか!!」


 強風が吹きすさぶ屋上。ここは本館のてっぺんから学校中を見下ろせるスポットだった。特に、今のような逢魔が時では、見慣れた学校にオレンジの帳を下ろして、お手軽に非日常的な景色を味わえる。


「ふっざけんな! 好き勝手言って! 私の感情を決めるな! どうせ私が何したって文句言うくせに! おまえらだって朝倉に負けてる分際でやかましいわ!」


 なにより、人が来ない。ここにつながる扉が施錠されているからだ。時代遅れの施術魔法を採用しているこのドアでは、私にかかれば破壊するまでもなく開け閉めが可能だった。鍵を持ってる用務員さんなんかに見つかったら大目玉では済まないだろう。まあ、いざとなったら逃げるための用意もある。


『なんで直接言わないんだよ』


 ポリンはゴウゴウと音を立てる風の中でも涼しい顔をして、私の周囲を飛び回っている。落ち着きのない奴だ。

 しかし、その意見は検討の余地もない。


「わかってないわね。人間の世界ではね、感情的になった方が負けなの。怒った方が負け、泣いた方が負け、惚れた方が負けなわけ。あんなところで感情爆発させてたら、私はとんだ笑いものよ」


『そんなもんかねえ……』


 そもそも、あいつらはどこまでいっても私より能力が低い。だからこそ、ああやってせこせこと足を引っ張ることしかできないわけだ。私が生み出す作品のクオリティに対しては、ぐうの音を出すことも許されないだろう。


「そんなことより、滝と話さないと……」

 

 昨日、唐突にポリンから持ち掛けられた動画投稿という、新しい目標。

 しかし、実際に目標を達成するという段になると、本当にできるのか、不安が感じられる。精霊たちの協議のなかでも、内容やそれぞれの作業の担当、機材の調達などの問題点が挙げられていた。


「このままだと企画倒れ……。それは面白くない」


 今のままだと、作業の大部分を私が受け持つことになる。精霊は物に触れないので、彼らに作業を任せるとなると、精霊のために少し複雑な術式の組み立てが必要になる。それでも、私の能力では撮影についての術式を組み立てるのが精一杯で、他は人間がやるしかない。


『だから滝に相談してみるってことになったんだろ』


 そう。演出やBGM選びやサムネイル作りなど美術的素因が絡む作業を滝に任せようと考えた。


 研究者の家の出が多いこの学校では、異色の経歴を持つ、滝香奈子。滝の実家は祖父が油絵、祖母がクラリネット奏者、父が彫刻家、母が映画監督とかいう冗談みたいな家庭だ、と本人から聞いたことがある。あまり言いふらしている様子は無かったが、この前のコンテストの作品など、彼女の作風にその出自はいかんなく発揮されている。


 編集なんかを頼める人材に心当たりがなく、私自身顔が広いというわけでもないのも理由の一つだ。ソフトの扱いぐらいであれば、そう難しいものでもないし。


『なんで、滝に話しかけなかったんだよ。いくらでもチャンスはあったのに』


「だってそういう雰囲気じゃなかったじゃん……」


 私がコンテストで優勝を逃してからというもの、魔法部の空気が一層気持ち悪い。生ぬるい熱気が私を中心に渦を巻いているような、居心地の悪さがあった。

 陰口を叩いていた真壁優希と広瀬秋の盛り上がりが特にひどい。あれがなければ、何の忌憚もなく話しかけられたのだ。最近は、矛先が滝にも向いて、金魚のフンだのと言われている。滝から足が遠のいてしまうのも仕方がないというものだ。


「私にかかわらない方がいいと思うしなあ」


『なに言ってんだ。お前らしくもない』


 もし私らしさを簡潔に説明できるなら、その言葉もアドバイスとして機能するのかもしれないが。


『作品のクオリティのために妥協することなんてあったか?』


 確かに、私にとって自分の生み出すものの質は最優先だ。なにかをそれより上位に置いたことなどない。一時の手抜きでも、部員から笑われようものなら、切腹だって辞さない。そこの時計台の上から真っ裸で飛び降りたっていい。でも。

 鞄から紫色のノートを取り出す。私の部屋の引き出しから持ち出してきた。埃を被ったそれを取り出すのには難儀したが、手に取ってみるとなんてことはない、ただのノートだ。中をめくる気にはならずに、裏と表をひらひらと眺める。


「……まあ、なかったんだけどさ」


 トットッ。


 そのとき、誰かが屋上に昇ってきている足音がした。おそらく暇になった守衛さんだろう。この屋上は、どうやら守衛さんにとっての絶好のたばこ休憩スポットらしいのだ。


 私がここに出入りしていることがばれるのはまずい。取るものもとりあえず、鞄をさっと持ち上げる。


 肩ほどの手すりから身を乗り出すと、中庭が見える。一瞬、距離感がわからなくなる感覚にめまいを覚える。が、足音はどんどん大きくなる。戸惑っている時間はない。

 しっかりと目標の地面を見据えて、手すりを乗り越えた。


「うおお……」


 落下するときの、地面に引っ張られる感覚は何回やっても慣れない。しかし、投身自殺にならないように、用意してある術式セットを起動するのは慣れたものだ。鞄についた猫のアクセサリーに魔力を込めた後、鞄から武骨な棒を取り出す。


 自分の姿がみえないように、円筒上に光の屈折の魔法が敷かれる。じっと見つめられたら景色が歪んでいることに気づかれるかもしれないが、ぱっと見ではまずわからない。


 そして、手に持った棒からは雨除け魔法を展開し、取っ手を持つ。すると急速に落下速度が落ちて、終端速度に達する。あとは、風に揺られて地面まで空の旅を楽しむだけだ。


『面白い形の雨除けだよな』


「傘っていう道具を参考にして作ったの。昔はいちいちこんなおっきい物体を持ち歩かないと、ずぶ濡れだったんだから大変よね」


 今は、空気抵抗を頭上だけ局所的に増加させることで、水滴が勝手によけていく、商標登録のなされたポケットタイプの術式がある。


 これを改造……もとい応用して落下する際に、空中からふわふわ舞い降りる魔法を開発したというわけだ。……スカートが捲れそうになるのが玉に瑕だが。


「それにしても風が強いわね……」


 落下地点は植え込みの裏手を狙っており、その周辺には当然誰もいない。しかし、この強風では狙った場所に降りれるかどうかが怪しい。


「うわっふ!」


 噂をすれば風。強烈なものが一陣、体を浮かせる。進行方向が乱されて、体の軸がゆらゆらと揺れる。このままでは、この雨除けグッズごと屈折魔法の外に投げ出されてしまう。


「ひえええ」


 屋上からの距離は四分の一ぐらいまできているので、後は二階から飛び降りる危険を選ぶか、風に遊ばれる姿を中庭の人たちに晒すかだ。


(屋上にいたことがバレるのは一番ヤバい!)


 もう十分に地面は近づいてきていると判断して、棒に魔力を供給することをやめる。そして再び自由落下へと立ち返ると、ひたすらに風圧を受け止める無力感に襲われる。しかし、なんとか受け身を取ろうと必死に態勢を整える。奥義、五点接地を意識した完璧な姿勢で落下する。頭だけは守ると固く誓った。


 バサバサっ。

 そして、植え込みに刺さった。


「いっつつ……」


『おまえ、本当に無茶するよな……』


 どうやら、結構狙った着地地点からずれていたらしい。しかし、おそらくこの辺りなら誰にもみられていないだろう。


 植え込みから出た後、全身の葉っぱを払って、大きなけががないことを確認する。


「ま、ざっとこんなもんでしょう」


『こんなもんでしょう、じゃねえよ。命あっての物種だろうが』


「凡人は命を懸けて初めて、スタートラインに立てるのよ」


 ポリンが説教臭いモードに入ると七面倒だ。さっさと会話を切り上げるに限る。


 空を見上げると、大分日が暮れてそろそろ下校時刻だということを悟る。


「もう帰んなきゃ」


『ま、明日のことは明日考えるか』


 たまにはポリンも良いことを言う。どうせ、もう滝も帰宅しただろうし、学校に長居する理由はない。


「げっ、中庭だと寮、遠いじゃん」


 中庭から帰ろうとすると、校舎をぐるりと回り込まないといけない。少し気分を落としながら、カップルなどの邪魔にならないようにそそくさと帰路についた。




「魔法は二つの記述方法があり、呪文魔法と術式魔法に分れます。後者はみなさん知っての通り……」


 専門の内容から外れた教養科目は、眠たいものだ。今講義を受けている魔術言語は、私の専門とする魔術工学と全く別の流れを汲んでいる。


 昔ながらの形式である呪文魔法は、今となっては完全に亜流である。飛行箒(ひこうそう)などに活用されているが、呪文式の箒はトロすぎて現在、実用性は無い。開発された当時は画期的だったのだろうが。


 それに比べると円環を用いる術式魔法は、使用する魔力量に対するパフォーマンスが高い。魔学史的には炭素描記法から始まったこの手法は、魔術工学でもっぱら用いられる。


 この二つの流れは歴史的な派閥間の対立も反映している。うちの実家のルナカントでは、術式法が嫌われているような、ド田舎だったので過ごしにくくて仕方なかった。そのせいで、古典的だとか伝統的という名のついた魔法の理論を聞くと蕁麻疹が出る。


 呪文魔法は、人類の歩みという面では重要だが、精霊から魔法を教えてもらっていた私からすれば、巨人の肩がどんな風に成長してきたかなんて興味が湧かない。精霊の話によれば、術式魔法が魔法の本来の形であるらしいし、学ぶ意味を感じないのだ。


 なので、私は講義を聞いていなかった。

 教室を満たすあくびが移りそうな空気の中、別のことをして辛うじて目を開いているのだった。

 昨日から始めていたことだが、タブレットを使って、これから自分がやらされそうな仕事について検索していた。

 ソフトの習熟には大した労力は必要なさそうだが、慣れるまでには結構かかりそうだと感じる。PCのスペックもなかなかのものが必要そうだ。今持ってるやつを改造してもいいが、情報系の知識を最低限しかもっていない。新しいのを買うか……。


 だいたい、メモリだのしーぴーゆーだのえいちでぃーでぃーだのと用語が多くて理解しきれない。スペックと一口に言っても随分といろいろな概念が絡んでるようで、とてもじゃないが今すぐは判断できない。

 長期戦になることを覚悟しながらネットサーフィンでの情報収集を繰り返していた。


 そうこうしているうちに、チャイムがなって授業が終わる。昼食休みの時間になったので、教室を出る生徒たちの動きは機敏だ。私も少し遅れて、そのあとに続いたのだった。




 食堂で食事を終えると、大抵私は部室に入り浸っている。この魔術式実習室は、授業で使っている時間以外は解放されているのだ。

 部室の利用時間と用途を制限しないのは魔法部の考え方の表れだった。部室を失って教室として使われるようになった今も、自主性と創造性をひたむきに求める初代部長の考えがなくなったわけではない。その魔法部の創設者は、私が魔法部に入りたいと思った理由だった。

 ……誰もいない広い教室を眺めていると、変な気分になる。棘に触っておもわず手を引っ込めるように、思考を別の方に持っていった。

 指定席の窓際の机に座って、鞄からタブレットを取り出す。昼の調べ物の続きをすることにした。


「こんにちはー」


 しばらくそうしていると、滝が部室に入ってくる。私は動揺して、タブレットを机に置く。

 誰もいないこの状況。話しかけるのには絶好のチャンスだ。

 心を落ち着かせるためには、深呼吸だ。吸ってぇ…………吐いてぇ…………吸っ


「工藤さん」


「うええ!?」


 あまりの驚きに、椅子をひっくり返して立ち上がった。私の動きに、滝まで驚かされてしまったみたいで「ひい!」なんて言わせてしまった。申し訳ない。


「ごめん……。びっくりさせるつもりはなかったんだけど……」


「いやいや! 滝ちゃんは悪くないよ。ちょっとこっちの準備ができてなかっただけで……」


 椅子だってこれぐらいで壊れるほどやわじゃないが、いくら何でも驚きすぎだろう、私。


 滝は、机の上で画面がつきっぱなしになっているタブレットをちらっと見て、「澪ちゃんもしかして……」といい出した。私はとっさに画面を消してしまう。それを見て滝は目をぱちくりさせている。


 ……滝に話をしないといけないことはわかっている。良いものを作りたい。その欲求のためなら、私は。


「滝ちゃん、あのさ……」

「あれ、工藤さんじゃない」


 ガラッと音を立てて部室の扉が開かれる。見知った部員が二人、真壁と広瀬が入ってきた。間の悪いやつらだ……。

 それにしても、魔法部の部員はどうしてこうも、メガネをかけてるやつが多いのか。滝も作業の時はかけてるし。


「影での努力だなんて泣かせてくれるね……」

「滝さんも工藤さんを引き止めるのに必死だよね。他に誰も友達がいないから仕方ないか」

 

 聞こえよがしに棘のある言葉を放ってくる。教室の空気は淀み、生ぬるくなってゆく。


「だいたいさあ、部内での出し物にも非協力的だし。自分のことばっかりだよね」

「まあまあ、いいじゃないの。前みたいにコアアイデアを任せて、酷いものを出されても困るし」


 クスクスと笑いあっている二人の会話を、私は黙って聞いていた。しかし、そろそろ頃合いだろう。私は部室から出ていこうと、荷物をまとめようとする。しかし、それは空気を切り裂く声によって押しとどめられる。


「ちょっと待ってください! なんでそんなこというんですか。工藤さんだって……工藤さんだって……」

「滝ちゃん!」


 前にでて、二人に突っかかろうとする滝を呼び止める。しかし、滝はこちらに強い視線を向け、私はひるまされる。


「言わせて、工藤さん」


 そういって、彼女は改めて相手側の方に厳しい表情で身を乗り出す。見たことのない顔だ。なんで、温厚な滝がこんな顔をしなければいけないんだろう。


「工藤さんを悪者にして、好き放題言ってますけど」

「実際悪者じゃない」

「そんなことない! 広瀬先輩なんて、全然作品出してないじゃないですか!」


 滝の言葉に、広瀬は言葉を失くす。図星だったようだ。


「真壁先輩だって、工藤さんに嫉妬してるだけ。足を引っ張ったってなんにも……」

「うるさい!」


 真壁は机に掌を叩きつけて、滝の責める言葉を遮る。そして、真壁は私に視線を向けた。その眼に溜まっていたのは、憎しみ。


「なに、お前は涼しい顔してるんだよ! 全部お前のせいだろうが! お前がいなければ、貴水先輩は辞めなかったのに!」


 そうだ。今こうやって部員たちの空気を淀ませ、滝に人を攻撃させ、部活をむちゃくちゃにしているのは私だ。あのときだってそうだ。私は、人の気持ちを踏みにじり、要求を突っぱねて、意地を張った。そこまでしたのに、私が『本当に良いもの』を作ることはなかった。

 私の鞄を握る手が震える。私は他人なんてどうでもいい。自分以外の人間なんて歯牙にもかけていない。私の足を引っ張り、私を排除し、私を認めない他者など、何の役にも立たないからだ。

 じゃあ、そこまでして認めさせたい私に、価値はあるのか?


「違います! 貴水先輩は勝手に出て行っただけじゃないですか! 予餞会のときだって、あなたたちが先に裏切った!」


 滝は食い下がる。一人で二人に立ち向かう姿は弱弱しくも力強い。……矛盾しているようだが、今滝を言い表すとしたらそれしかないだろう。しかし、私はけして滝の味方をしない。真壁と広瀬を論破することに意味はないし、だからこそ私は滝を止めた。

 

「裏切ったのはあんたの方でしょ。滝」


 滝の表情がこわばる。私は、滝のその顔も知らない。まるで、いたずらを今まさに親に暴露されそうになっている、いたいけな子供のような。

 一方で真壁は何も見てはいない。私も、滝も見てはいない。


「この前の朝倉のコンテスト作品、あなたが手伝ったんだって? 名前は載らなかったけど、優勝作品を制作したのはあなたなんだからもっと誇ったらどう?」


 饒舌だ。それに反比例するように、対面していた少女は口を閉ざしていく。

 瞬間、静謐な時間が流れた。音のない時間は、私たちの頭を急速に冷却していく。


 ついに、生ぬるい熱気は終焉を迎えた。それは私の体の中へと吸い込まれていって渦を巻く。そして、目が回るような感覚と共に、内側からなにかがこみあげてきた。

 やばい、吐きそう。


「ごめん。帰る」


 私は荷物を持って駆け出した。部室の仄暗さだけが私についてくる。


「工藤さん!」


 実験棟の窓がない廊下に飛び出した私に聞こえたのは、滝の叫び声だけだった。






『工藤さんの魔法見てると、元気になるよ』


 いっぱいに広がる花畑。その中で私一人。そんな景色だった。


『絵馬ちゃん? 引っ越したらしいわよ。あんた知らなかったの?』


 広大な空間とむやみに長い時間。そこから飛び立ったイカロスは、あっけなく翼が焼け落ちたようだった。




「はっ……はっ……」


 息が詰まる。色々なものが体内でぐるぐるしている。

 流しっぱなしにした水が音を立てる。過ぎ去った出来事は、もう戻らない。消えて無くなってくれはしない。


 ――裏切り――


 そんな言葉が頭にこびりついていた。でも、こんなものは裏切りにも入らないかもしれない。だって、魔法部に私をよく思っている人間なんていない。……きっと滝も。


 駆け込んだトイレの洗面台で、鏡に映った自分を見る。

 ああ、私だな、と思った。

 少し気持ちが落ち着いてきて、蛇口を捻って水を止めた。


『おーい、滝とは話せたのかい』


 私は、昨日使った棒を取り出し、魔力を込めてポリンを殴りつける。床のタイルに害獣をぐりぐりと押しつぶしながら、心からの軽蔑の目でにらみつける。


「ここは女子トイレなんだけど?」


『……精霊に性別なんてないとは思わないか?』


 反省が見られない。死刑。


『ぐあああああ! 悪かった! 悪かったよ! いて、いでえ!』


「男女関係なく、罪は償わないと」


『悪かったって言ってるだろ!』


 むしゃくしゃしてちょっとやりすぎてしまった。そそくさとトイレから出て、人気のないところへ移動する。

 そこでかくかくしかじかと事の顛末を説明した。


『滝が朝倉に手を貸してた、ねえ』


「まあ、予想外だけど、こうなってみれば当たり前よね。滝だって、あの事件の被害者なんだから」


 滝には、私を責める権利がある。私は彼女がせっかく作り出してくれた美しいデザインを、ゴミにしたのだから。


『それで、どうするんだよ。滝に頼めないって言ったって、ぼっちのお前じゃ他にあてがあるわけでもあるまい』


「……うっさい」


 もう喧嘩する気にもなれない。

 私に残された選択肢は、やはりすべてを自分で請け負うこと。他人の力を借りるのは……私には怖い。


『……はあ。これは失敗かな……』


 ポリンのつぶやきが自分の身に響く。失敗……か。大袈裟にも聞こえるが、確かにその可能性はぐんと上がった。


 私一人でやるのなら、内容については紫色のノートに頼らざるを得ないだろう。

 でも、私は今、あのノートを直視できるのだろうか。


 未来は過去の相似形。魔術理論における基本原理、因果律だ。

 広大な空間と、むやみに長い時間。その間、同じことが繰り返される。

 過去のトラウマ、今の生傷。新しくできた傷のようで、ただ古傷が開いただけのようにも感じる。

 私の内部の渦のような周期運動。その軌道を決定づける、固有座標が――――。


「……ない」


『え?』


 自分の表情が氷のように固くなっていくのを感じる。


「あのノートが……ない」

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