2頁 怪しげな依頼
首元で切り揃えたダークグレーの髪が揺れる。
フィオナは口元に指を添えながら、もう一度思考を整理していた。
目の前の椅子に座りながら悪態をつく中年女性の話に対して半信半疑だったからだ。
カミラと名乗る女が語ったことは、どうしても何か裏がありそうに思えて仕方なかった。
「どうしてわからないんだい? 近頃街に出没する魔物は、盗賊団がわざと連れてきたものなのさ」
警備兵が駆けつけて魔物を退治するまでには、それなりの時間を要する。
落ち着くまでの間、国民は逃げ惑うしかないため、その混乱に乗じて至る所から金品を盗んでいる。
だから、その魔物の手引きをしている人間を始末してほしいと懇願してきているというわけだ。
街は昼夜問わず警備兵が見張っているため、本来ならば魔物が街に入り込むこと自体が起こり得ない。誰かがこっそり魔物を招き入れていると考えるのは筋が通る。
それにしても、何故盗賊団ではなく、手引きしている者を依頼対象にするのだろう。
非効率的だ。たとえその人間を始末したとして、盗賊団は別の人間を雇うだろう。
「確かに、私たち執行者は正義によって裁かれない者たちに罰を与える」
しかし……。と続けようとしたフィオナの言葉を遮るようにカミラはまくし立てる。
「それなら、是非とも頼むよ。被害に遭った街の連中は本当に困っているんだ」
殺すのは構わない。
それこそが執行者としての仕事であり、結果的には、名ばかりの王国統治下で人々が抱える問題を解消する。いわゆる殺し屋だ。
そして依頼者からの報酬によって気ままな人生を送れているのだから、とくに不平を並べ立てることはない。
しかし、依頼者が嘘をついている場合、面倒ごとに巻き込まれる可能性が高い。
僅かな判断の誤りが命の危機を招くのもまた、この職業の特徴だ。
もしも彼女が嘘をついているのなら、詳しく話を聞くうちに真相が見えてくるかもしれない、とフィオナは思った。
『対象』の情報を促すと、案の定カミラは嬉々として話し始めた。
『対象』の名前はジョセフ。
ウアカムのような脚力の強い魔物を調教しては荷台を引かせ、運び屋を生業としている男だという。
麻布で覆われた荷台の中に、狂暴な魔物を乗せてきて、街中で放っているのだと睨んだカミラは、ジョセフの尾行を行った。
すると、ちょうど数日前に魔物が街に出現した夜に街中で荷台を走らせている姿を目撃し、直後に魔物が現れたと叫ぶ悲鳴が聞こえたのだと、カミラは語った。
確かに怪しい、とフィオナは思った。
彼はよく働くため、王国側からの信頼も厚く、いち国民のカミラが訴えたところでまともに取り合ってもらえないのだというカミラの嘆きを聞き流し、ジョセフという男の居住地や背格好を簡単に聞いて、フィオナは一呼吸置いた。
「状況は把握した。こちらでもジョセフが危険人物であることを確認した後、執行を下そう」
カミラは微笑んだが、その直前の一瞬、表情が歪んだのをフィオナは見逃さなかった。
「最初に話した通り、前金として20万ガルダ、成功報酬として80万ガルダいただく」
あとは事務的な書面へのサインや、金銭のやり取りがあり、カミラはおとなしく帰っていった。
扉が閉まり、完全に依頼者が去ったのを確認してから、フィオナは言った。
「イネス、もう出てきていいぞ」
イネスと呼ばれた少女は、まだ怯えた様子で奥の壁から頭だけをひょいと出して部屋を一瞥する。
フィオナ以外にも愛嬌を見せることができたなら、綺麗に結った金髪も、幼いながらも整った顔立ちも、そして純粋無垢な性格も、必ず世の男たちを魅了し得るだろう。
「話は聞いていたな?」
イネスはこくりと頷き、ようやくフィオナの傍へとことこと歩み寄ってきた。
「あの依頼者の言うことはどうも怪しい。私はジョセフを調べるが、お前にはカミラのことを調べてほしい」
二人きりになって、すっかり安心しきった様子のイネスは、甘えるようにフィオナの足元に抱き着いた。
そして頬を膨らませながら不平を言う。
「私は掃除だけって約束だったはずですよ、人の多いところに行くのは嫌です」
執行者は専属の掃除屋を雇って二人一組で行動するものだ。
イネスはまだ幼いが、しっかりと仕事をこなす掃除屋だ。
ただ、極度の人見知りで、特に昼間のうちは家の外に出たがらないので、フィオナはいつも頭を抱えていた。
「その人見知りを治す訓練だと思え、その代わり今晩はお前好みのスープを作ってやろう」
どう考えてもわりに合わない、と不満顔のイネスを退けて、フィオナは外套を手に取った。調査開始だ。