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物語を紡ぐだけの無駄なお話  作者: 白野二合
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1頁 決行の夜

その夜はとくに冷え込んだ。

人々は家路を急ぎ、辺りは普段よりも閑散としているように感じられた。


彼女は握った剣をくるりと、ひと回転させて集中を取り戻す。いつもの癖だ。

鋭い眼光が見据える先には一人の人間。


生きることは決して容易くはない。いくつもの困難を乗り越えて年齢を重ねてきた結果こそが人間だ。

最も彼女自身は『其れ』を人間ではなく『対象』として見做している。


『対象』はまだ彼女に気づいていない。

時刻は夜半、辺りが暗すぎて視認できないからであり、彼女が完全に死角となる位置を的確に選んだからでもある。

あとおよそ数秒で『対象』の人生は終わる。急所である首を切断され、人間としての生命活動を継続できなくなるからだ。

つまるところ、死んでしまうのだ。

その時がいつ訪れるのかは、彼女の決断に委ねられている。もはや『対象』に生きる術は残されていない。


彼女は誰にも悟られぬよう静かに、いっそう深く息を吸い込んだ。

肺に溜まった空気が一気に吐き出されるとき、既に彼女は『対象』の真後ろ、僅か数十センチのところまで距離を縮めていた。握った剣は振り上げられている。

この常人を超越した素早さこそが、彼女にとって最も有利な点だ。

そのとき初めて地面を踏みしめる彼女の靴音が『対象』の耳に届いた。


鋭い音を(まと)って、剣は『対象』の首元を確かに切断した。


だが彼女は、しまった、と思った。


首を切断する際、たとえ精巧に創られた剣だとしても、その感触が柄から手に伝わるものだ。

けれども彼女の手に伝わったのは、ただの布を切り裂いたときの感触だった。

『対象』は首元を切断されたローブを脱ぎ捨てて、彼女から距離をとって既に武器を身構えていた。武器というにはお粗末な短刀。


彼女はため息をひとつ吐く。『対象』が同系列の能力保持者だとは聞かされていなかったからだ。


「お前、まさか執行者か……ッ!?」


荒々しく叫ぶさまには、まったくといっていいほど余裕が無い。恐らく先ほどの回避に全精力をつぎ込んでしまったのだろう。

彼女は何も答えない。


「まさか、フィオナ……」


その言葉を最後に、彼女は『対象』に止めを刺した。

この冷淡すぎるほどの無慈悲さが、彼女にとって二番目に有利な点だ。

フィオナと呼ばれた少女は、人生最後の言葉として自分の名前を呼ばれたことに若干の嫌悪感を抱いた。


執行者は後片付けまでは請け負わない。このあとは掃除屋の仕事だ。フィオナは一刻も早くシャワーを浴びて返り血を流してしまいたかった。

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