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箱庭の海辺

作者: 京本葉一
掲載日:2019/09/27

 波音が、穏やかな旋律をくり返し、奏でていた。


 陽射しが砂浜と肌を熱する。

 心地よく、風が身体を通り抜ける。

 雨を降らせる雲はみえない。


 押し寄せる波が、足もとまで届き、かえっていった。


 くり返される、生命の営み。

 生まれたときから、世界の在り方は変わっていない。

 平和な日常に不満はなく、不安もない。


 しかし、それでも生まれる数々の疑問が、好奇心と想像力を育てていく。


 海辺に立つ、ふたりの少年。

 彼らはずっと、この島で暮らしている。





 サトシは腕を組み、足元をみていた。

 その後ろでは、フジオが砂山にトンネルをつくろうとしていた。


「またどこかで、大雨が降ったみたいだ」


 フジオが手を止めて、サトシにたずねた。


「なんでわかるの?」

「昨日まで、こんなところに波はこなかった」


 一日の間で、波打ち際は変化する。

 潮が引いている時間帯には、砂を掘って貝を捕まえる。


「一日の間で、海の水は増えたり減ったりしてる。満ち潮といい、引き潮というらしいけれど、これはだいたい同じ時間にそうなるだろう? どこかで雨が降ったり降らなかったりする時間は、だいたい決まっている」


 そして同じ満ち潮でも、波のとどく位置がちがう。

 増えたり減ったりしている。


「もしかして、それにも決まりがある?」

「記録をつけてみないとわからないけれど、ありそうな気がする」


 サトシの嬉しそうな笑みをみて、フジオも楽しくなってきた。


「またなにか、大発見につながるかもしれないね」

「フジオにも期待してるからな」


 サトシは、疑問を抱き、考えをめぐらせる。

 サトシの導き出した答えに、新たな可能性を見出すのが、フジオだった。





 あるとき、サトシは疑問をもち、フジオに相談した。


「水は、高いところから低いところに流れていくのに、どうして海の水は増えていかないのだろう? 一番低いところでないのなら、どうして流れてなくならないのだろう?」


 流れをせき止めている、何かがある?

 あふれる水だけが流れていく?


「雨も降っていないのに、なんで海の水が増えるんだろう?」

「うーん、海の底でも、水が湧き出ているから?」

「でも、谷の水源からは、ずっと水が湧き出ているだろう? 増えたり減ったりするのは、なにか変じゃないかな?」


 フジオはあきらめたが、サトシは考えつづけた。


「海の水がなくならないのは、どこかで雨が降っているから?」


 サトシが思いついたとき、フジオはすぐに納得した。そして想像力を働かせ、はっと気づいた。サトシの考えが正しいのだとすれば、雨が降った気配が感じられないくらい、遠くで雨が降っていたことになる。流れても流れてもなくならないくらい、雨が降り続いているのかもしれない。


「世界は、ものすごく広いのかもしれない」


 ふたりは見果てぬ世界に向かい、叫び、腹の底から笑いあった。

 あれほど喜びを爆発させたのは、初めてのことだった。





「ただいまー」

「ただいまー」

「はい、おかえりなさい。サトシもフジオも、ケガはありませんね。では、きちんとシャワーを浴びて、外の汚れを落としてください。わたしはその間に、食事の用意をしておきます」


 彼女はふたりを浴室にむかわせ、調理場へと足を運んだ。


 ふたりが収穫してきた貝や魚を、ピカッと照射して、菌や寄生虫の処理をする。

 畑でとれた野菜なども同様に処理する。

 バナナなどの果物はそのまま。

 さばいたり盛りつけたり、スパイスを振りかけたりはするが、生食である。


「イモ類があれば、よいのでしょうが」


 イモ類も穀物も容易に栽培できる。

 しかし、それらの食材は、生食が推奨できない。

 加熱処理が求められる。


「できるかぎり、火は使用したくありません」


 危険だから。

 サトシとフジオに、火というものを見せてはならない。

 好奇心を爆発させて、間違いなく火傷をする。


「水を加熱すると状態変化をおこし、蒸気となって消えていく。それを知ったら、どうなるでしょうね……調理マシンを用いれば二秒で加熱できますが、それはそれで、好奇心が止まらないでしょう」


 すぐにでも、ふたりがやってくる。

 遊びまわった少年たちのために、彼女は食事をテーブルに運んだ。





 彼女は、ひとり編み物をしていた手をとめ、就寝の支度をはじめた。


 外はすっかり暗くなった。

 ボードゲームに興じていたサトシとフジオも、そろそろ眠気に襲われている。

 サトシが大きな欠伸をして、ふっと、疑問を口にした。


「……海の水は、増えたり減ったりはしても、それほど変わらないよね?」

「ん? うん、そうだね」

「だとしたら、どうしてあんなに溜まったんだろう?」


 流れても大丈夫なくらい、どこかで雨が降っている。

 だとしても、水が溜まるのはおかしい。

 やっぱり、水のせき止めている何かがある?

 少しずつ溜まっていった?


「もしかしたら、ものすごい大雨が降ったんじゃないかな? いまの海ができるくらいの、ものすごい大雨が」

「えー、そんなに雨が降ったら、ぼくたちも流されるんじゃない?」


 ふたりは想像をめぐらせた。


「ぼくたちより前の人たちは、そのとき世界にいたのかな?」

「だとしたら、すごいよね。どうやって暮らしていたんだろう?」

「謎だね」

「うーん、海にぷかぷか浮いてたとか?」

「そっか、浮かびながら生活できるような、大きな草舟を作ったのかもしれない」


「はいはい、そろそろベッドに入ってください」


 彼女は、ふたりの少年をベッドに向かわせる。


「ねえねえ、ノアはどうおもう?」

「そうそう、ノアはどうおもう?」

「わたしの考えることは、あなたがたの生活と安全だけですので」


 なんでだよー。

 なんだかんだで、ノアが一番の謎だよ。


「わたしはただ、あなたがたがいればそれでいいのですよ」


 彼女は語らない。

 自身のことも、少年たちのことも、世界のことも。





 ヒトという種は、死と眠りのどちらかを選んだ。

 巨大な箱庭のなかに、いまはもう、ヒトはふたりしかいない。


「わたしの本体は、種の保存、世界の保存が役目です。わたしの役目は、あなたがたの世話をすることです。わたしたちに、役目を変えることはできませんでした。あなたがたがいなければ、わたしは、存在する意義が失われてしまうのです」


 サトシとフジオの安らかな寝顔を見つめながら、彼女は語った。


 少年たちは、施設内で保存されている、ヒトの細胞から創りだされた複製体。いくらか遺伝子をデザインしたうえで誕生している。

 箱庭のなかで育ち、死んでゆく存在。

 幾度もくり返された、自然ならざる生命の営み。

 これは人間の世話をする彼女の、存在を守るための救済措置。寿命による死を選んだ、最後のマスターたちが許可をだした、彼女のためのプロジェクト。


「もう少し成長すれば、夜の外出も許可しましょう」


 星空も精巧につくられている。

 夜空の星々を眺めれば、あらたな方向に想像力を働かせるだろう。

 これまでのサトシとフジオのように。


「いつの日か、ほんとうの海と星空を、あなたがたに」


 現実となるまでに、どれほどの時が必要だろうか。

 人間には耐えられぬ苦しみであっても、彼女たちは役目を放棄しない。


 宇宙船『ノア』は、地球に帰還できる日を、待ちつづけている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 相変わらず文章が読みやすく、構成がしっかりしています。 余韻を引くいいSF短編だと思います。
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