異世界流に銃を無効化する方法
天窓から光が降り注ぐ中、俺は机に向かいこまごまと魔法陣を書いている。
何が悲しくてこんないい陽気に仕事をしなければならないのか。
「ねえ師匠」
「どうした弟子よ」
「毎日毎日結界の魔法陣ばっかり作ってますけど、なんで結界ばっかりなんすか?」
来る日も来る日も受注があるのは結界魔法陣ばかりだ。
「そりゃお前、需要があるからに決まっておろう」
師匠と呼ばれたのは見た目若い女性。
眼鏡をかけ、長い髪を後ろでまとめ櫛でとめている。
書きかけの魔法陣から目を離さずに答える。
「人というのは憶病だ。誰しも死を恐れるから結界が売れる。
たとえ使われないとしても安心を金で買っておるのじゃ。」
「いくら結界があっても何キロも先から銃で狙われたら意味がない気がするけどなぁ」
弟子である自分は異世界人だ。
異世界人からすればやはり兵器と言えば銃。
お手軽簡単に人を殺せる最強兵器だ。
「銃というのは鉄の弾を高速で飛ばす兵器だったか。
銃を見たことはないが、似たようなものはこの世界にもあるのじゃ。
千里眼の魔法と風の魔法を組み合わせて超長距離から狙いを違わず矢を放つ方法を考えたやつが200年ほど前におってな、矢の速さは音を超え、当時の物理結界は簡単に貫かれたのじゃ。」
師匠は机から目を離し俺に視線を向ける
「その方法が編み出され一般化してからの5年間は、それはそれは多くの貴人要人が暗殺された。姿が見えれば殺されるような状況で、権力者による魔法使いの拘束や処刑も相次いだのじゃ。」
師匠は長い息をつく。見てきたかのような口ぶりだ。
「5年でなんとかなったんですか?」
「魔法使いは迫害されつつあったが、迫害されないためにも対抗手段を必死で考え出したのじゃ。魔法無効結界や物理結界の強化なども試したが射出された弾丸は阻止できなかった。
そして開発されたのが減速結界。
開発者はもちろんこの儂、アンドルルト・カステリーナ様じゃ。敬うがいい。」
師匠渾身のドヤ顔である。
年齢不詳だとは思っていたが200年生きてたのか。
「減速結界は通過する物体の速度を馬の速さ程度に抑え、余剰分の速度は光に変換する。
その程度の速度に落ちてしまえば小さな弾で人は死なぬわけだ。
減速結界が普及して以降は結局投石器などで速度が落ちても威力がある『重いもの』を投げるスタイル、あるいは結界の内側で戦う近距離戦闘が主流になったのじゃ。」
ふむふむなるほど勉強になるな。
でも最近売れている結界はそれではない。
「師匠、売れてるのは減速結界じゃないですよね?」
師匠は頷く
「弟子よ、戦争を仕掛けたいが結界が強力で飛び道具の効果が薄い、近接戦闘ならできるが地の利はないし被害もバカにならない。そうなったらお前ならどうする?」
そうか。結界が強いなら結界をなくせばいい。
「もしかして売れてるのは結界を無効化する結界ですか?」
「惜しいな弟子よ。魔法陣は固定しないと使えない故に結界を無効化するのは魔法使いの仕事。我らが売っているのは結界を守る結界なのじゃ。」
結界は魔法使いが魔力で結界に侵入し書き換えることで無効化されるらしい。
そして今売れているのは本命の結界を特定させないための囮の魔法陣だそうだ。
つまりハッキングのようなものか。
ネットもコンピューターもない世界でハッキングの概念が成立するとはね。
「今の戦争において7割ぐらいは結界戦が勝敗を決めると言われておる。
ゆえに優秀な魔法使いは一軍に匹敵するし、防衛用の結界も売れて儲かるというわけじゃな。」
作業場に師匠の高笑いが響く
「とはいえ、ここまで売れることはそうそうある事ではない。
近いうちにどこかで戦争が起きるのかもしれんのう...」
師匠は窓の方に視線を向け眉根を寄せ、俺に向かって手で合図する。
『物音を立てずに動ける準備をしろ』
ああ、またか。
防衛のためとはいえ魔法陣も軍略兵器だ。
大量に売ればどこかの国から目をつけられる。
窓の外をちらりと見ると馬車から降りた20名ほどの兵士がこちらに向かってきているのが見えた。
俺は道具を片付けカバンに詰めると師匠とともに地下へと伸びる隠し通路に降りていく。
お気に入りの作業場だったんだが…
折角のいい陽気だ。
こんな日に引越しをするのも悪くない。
地下道を抜け遠くに燃える元作業場を眺めながら苦笑するのであった。